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黒豹は夜を切り取らない。

20180922 ご質問頂いたのでお答え致しました~。

Trick & Treat―アクマでも、キミがキライ。Seasonal

CategoryDevil I Know
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Anywhere you go, let me go too.
(君の行くところなら、何処へなりと連れていってくれ)
――" The Phantom of the Opera " /「オペラ座の怪人」


少女まんがなりばみか、スクカーパロ、季節ネタ。
今回はハロウィン。
ちょっとだけ爽やか学園モノのフリしてます。
二人だけの三週間を過ごした夏休みの後のお話。
おおっぴらに付き合えないので逢うといちゃいちゃ。

《注意事項》
相変わらずの少女まんがテイスト
砂粒ほどの学園モノらしさ
通りすがり程度にほかのキャラ登場
キャラ粉砕され過ぎ&捏造度MAX
ひたすらゴスっ娘を甘やかす清掃員さん
 :堕落させるのがアクマの仕事です(キリッ
 :時々暗黒面がポロリする
 :発情期に入りました(いつもだろ)
やはり翻弄されるゴスみっか
 :無自覚に三十路過ぎを悩殺
 :ぷりんだいすきりばいもだいすき///
 :発情期にまき込まれました(いつもだよ)
べたべたいちゃいちゃしてる
えろは添えるだけ
 :薬味程度なのでボリュウム重視の方は要注意
ややSF(すこし・ふおん/少し、不穏)

学園モノらしさと季節感出そうとしたら無駄に長いです。
ケンカップルが好きな方にはおぞましいほど仲良し。

どんなリヴァミカでも大丈夫な方のみどうぞ。

20171011→
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「おかあさん。もし、ひとりぼっちのあくまやまじょがきたら、おうちにいれてあげてもいい?」
「お菓子をあげたら、喜んで受け取って、帰っちゃうんじゃない?」
「ううん。おともだちになりたくてきたこだったら」
「悪魔とお友達になるのは、賛成出来ないな」
「どうして」
「悪魔はね、ミカサを神様から引き離して、悪い子に変えようとしちゃうから」
「なかよくしちゃダメなの? いっしょにいたいだけでも? さべつはわるいことでしょ?」
「悪魔は別なの。神様の仰ることに従わないで悪いことばっかりするから」

黒髪の少女は悲しそうに項垂れる。母親が去ってから、とぼとぼと窓辺に近づいた。

「ごめんね。いれてあげられないかもしれないの。だから、うちなんかにきちゃダメ。おともだちになりたいだけなのにね。いっしょにいてあげられなくて、ごめんね」

窓の外を見ながら誰にも聞かれないように小さく小さくつぶやく。

わたしがおおきくなったら、おそとにむかえにいってあげる。いっしょにあそんであげる。

ひとりぼっちは、たのしくないもの。わたし、しってるの。だから、わたしがいっしょにいてあげる。

わたし、はやくおとなになりたい。
おとなだったら、じぶんできめてじぶんでできるでしょ? おうちのドアだってあけられるのよ?

おともだちを、ひとりにしたりしなくてすむの。


◆ ◆ ◆


楓の赤、銀杏の黄色。ルビィとシトリンを薄くスライスしてかたちをつけてカットしたものを敷き詰めたような地面。
秋が少し深まって、町の彩りが変わった。
ウォール・ハイの敷地内の木々もあでやかな表情を見せている。

「チャリティのハロウィン・パーティ?」
「そう! チケットは有料になるんだけど、その収益をこの辺の福祉施設とかスウプ・キッチンへの寄付に当てようと思ってるんだ。もし良ければ参加してもらえないかな」

全ての授業が終わって、ロッカーに荷物を取りに来たところで、マルコが控えめな笑顔で声をかけてきた。おとなしく誠実そうな人柄に見え、アルミンと親しげに話しているのを目にしたことがある。物腰の穏やかな男子生徒で、ミカサは彼が嫌いではない。選択している授業も重なっているものが比較的多いため、よく見かける生徒のひとりだ。成績のいい生徒は教員からより習熟度の高い者が受講すべきクラスを勧められる。ミカサもマルコもその常連と言っていい。
的確な批評や評価を下すが、いたずらに他者を批判することのない、聡明なタイプだ。何より、アルミンが親しくしているのならきっといいひとだろう。

「どんなカンジのパーティなの?」
「最初はこの学区の子供たちの引率なんだ。協力してもらえる各家庭を回ってお菓子もらって各々送り届けるか保護者に引き渡してとりあえず終了。その後に本番のダンス・パーティ開始。先生たちも参加するから、まあ、うん、健全だと思うよ。…化学のハンジ先生も来てくれるけどね」

最後のひとことで台無しになることを、ミカサもマルコも知っている。ハンジ先生は気さくと言えなくもなく、人柄はそれほど悪くないのだが、クセがあり過ぎて困るのだ。遠目に見る分には楽しいが、関わり合いになると途端に何やらトラブルが降ってくることがある。
先日などは「ニトログリセリンが大量に欲しい」とつぶやいていたのを聞いてしまった。そんなものがなくてもその発言だけで、十分周囲の人間には衝撃を与えているではないか。

「そう。とても、……楽シイぱーてぃニナリソウ」
「ミカサ。感情込めて言ってよ。我が校の女王様、ヒストリアとか、アメフト部のライナーも参加するから、多分結構派手にやれると思うんだ」
マルコは笑った。
「明日購入させてもらう。それでいい?」
「うん。一枚でいいのかな」
「え」
「ほら。…誘いたいひととか、ボーイフレンドとか」
「あ、ああ、そういう、」
ミカサが赤くなった。マルコは顔に出さないようにして「へえ」と内心興味津々でそれを見つめる。
「万が一ダブったら善意の寄付に早変わりってことで! 『見えない友達連れてきてキャンペーン』てカンジかな。一緒に来たひとは居ないのに手元にはチケットが余分に! ……まあ要するに、少しでも多くチケットを購入するカタチでの寄付を募ってる」
「と、友達の分なら、ちょっと考えておく。ついでに買っておいても、いいかもしれないし。ダブったら、うん、仲良しのモンスターの分ってことで」
「ホント? ありがたいなあ。考えておいてね。見えない友達は何人居てもありがたいからね! じゃあ、ほかのひとにも声かけるから、これで。あ、いつもの友達も見えない友達歓迎って、宣伝もしてくれると嬉しいな」
「うん、わかった」

マルコが去って行った。ミカサはふと自分が立っている場所で顔を上げただけで、たった今聞いたばかりのハロウィン・パーティのフライヤーが目に入ることに気づいた。承諾をもらったのか、主催者側なのかは定かではないが、ロッカーのところどころに貼られている。
生徒たちの有志によって発案・運営され、それが寄付に繋がるというのなら、無碍にも出来ない。多分、大抵の生徒が出席するだろう。チャリティの名の下に開催されるとなれば、教員も可能な限り出席するだろうし、一応顔を出しておいた方が無難だと考える者が多い。既に付き合っている相手が居る生徒などにとっては、デートの口実にもなる。あるいは、このパーティをきっかけに気になっている相手を誘う者も出てくるだろう。
校内の人気と人望の持ち主、つまるところカースト上位者が参加するというなら、その取り巻きや友人たちも出席するだろうし、盛況になりそうな雰囲気があれば、自ずとチケット購入者も増えようと言うものだ。
基本、パーティと言えば高校以上にもなるとダンス・パーティになることがほとんどだ。ふだんのミカサならさほど気には留めないが、仮装が絡むなら少し違う。日常では着られないような服装を楽しめる、その一点にならばそれなりに価値があった。

皆通常通り登校するが、まれに仮装して来る生徒も居る。露出が多すぎる、他者に迷惑がかかるなど、度が過ぎていなければ注意されることはない。むしろ、ハロウィン当日は教員たちが当たり前のように仮装して生徒たちを出迎え、授業もその格好のままで行っている。生真面目な教師がとんでもない仮装で現れたりするので、毎年密かに楽しみにしている生徒も多い。
今年は学校内でのパーティがあるため、ひょっとすると仮装姿で登校する者が例年より多く居るかもしれない。大半はパーティ参加のために一度家に帰って身なりを整えてくるか、あるいはコスチュームを持参して更衣室やトイレで着替えをするか、いずれかになるだろう。

リヴァイは、……参加しないと思うけど。
チケット二枚買えば、寄付に貢献出来るんだし。先生たちは、わざと何枚か購入してあげたりしてるし。
仮装とか、しなさそう。ひょっとしたら「清掃員の格好が仮装みたいなものだ」とか言い出すかもしれない。あるいは逆に、「清掃員とは判らないふだん着が仮装に相当する」とか。あり得る…。
でも、一応。参加しないだろうけど。念のため。寄付になるし。そう。寄付。

誰も尋ねてはおらず聞いてもいないのに、ミカサは内心必死で言い訳をしている。否定してはそれをまた取り消す逡巡を続けていた。

ちょっとだけ、憧れる。おおっぴらに一緒に出かけたりパーティに出席したり。そんなことが、出来るはずもない。それが、ほんの少しさびしい。
絶対に口に出して言えないけれど。

もっと言えないのは、誰にも内緒で二人だけの時間を持っていること。これはむしろ誰にも言わずに秘密にしておきたい。

とびきり美味しいレストランで二人きりの食事をすること。一緒に離れた町のカフェでお茶を飲むこと。手を繋いで知り合いに合う心配のなさそうな遠い町の大きな公園を散策すること。
リヴァイの家で、――

校内で考えていいことではなかった。身体に火が点る。

放課後、互いに約束や予定がなければリヴァイと落ち合い、そのままリヴァイのアパートに行ったりいつもの店に食事を楽しみに行ったりしていた。出来ない場合は夜に無料通話アプリを使って電話で話すこともある。ミカサにもこなすべき課題があり、必ずという訳ではないが、以前に比べれば電話やメールもするようになった。

それが「日常」になっていた。

ただ、高校生活に慣れて落ち着いてきた今は、ちょっとしたアルバイトをしたりボランティア活動にも力を入れるようになった。大学進学を一応は検討しているので、ボランティア活動は必須であったし、自分の自由になる金銭を手に入れたい気持ちもあったので、出来る範囲で短時間の仕事を探してはこなしていた。
カフェの裏方や定番のベビー・シッター、小売店の掃除や品出しのような雑務など、探せば意外に出来そうな仕事は見つかった。ひとと関わることは得意ではないが、内向的でおとなしい子供のシッターはむしろ向いているらしく、最初は服装故に怪訝そうな顔をしていた保護者も子供が楽しく過ごしていることを知ってリピーターになってくれたりもした。通信教育の添削員も自分のためにもなってやってよかったと思っている。

また、思い切ってアート・フェスに出品者として参加して、自作のアクセサリィや雑貨の販売もしてみた。ゴシック・テイストのアクセサリィや天然石を用いたアミュレット、タロット・カードやオラクル・カードを収納する袋や付け襟など、手縫いの小物を持参したのだが、思いの外好評だった。来客に自由に持ち帰ってもらえるようにと用意した、自宅のプリンタでつくった名刺は早い段階ではけてしまって驚いたほどだ。会場で手描きの名刺を作って追加の配布をしたが、それも早々に消えた。買った金額に応じてサービスで行ったタロット占いも楽しんでもらえたらしい。
似たテイストのアクセサリィを販売していた女性や会場で知り合った人々とSNSなどで細々とではあるが、交流するようにもなった。
ミカサのつくったものは丁寧かつ繊細で出来がいいと言ってくれるひとが多い。時折交流サイト上で「こんなテイストのものは作らないのか」というような質問をもらうこともあった。

リヴァイにばっかり、べったりしてもいられないし。きっと、私がいつもいつもくっついていたら、……どんなにやさしいあのひとでも、鬱陶しくなるに決まってる。
それに、お金が欲しい。クリスマスとお誕生日が一緒なんてすごく素敵! お祝いしたい。でも、オヤのお金じゃリヴァイは遠慮しちゃうかもしれないし。

頻繁に逢えないのは、当然、さびしいとは思う。でも、自分だけの時間がないのはダメ。…特に、リヴァイにとっては。
いつも私のことを甘やかしてくれるひとだから。気を遣わずに過ごせる時間がきっと欲しいはず。

ホントは、ちょっと、嬉しかったこともある。
「仕事があるから逢えない」って言った時、ほんの少しだけど、……リヴァイ、不機嫌になった。逢いたいって思ってくれてるんだ、って思えたから。
だから、逢える時のことを考えて、仕事も頑張れた。
アート・フェスのことも、真っ先に相談したのは、リヴァイ。車で送迎してやる、って言ってくれたから、ちょっと遠くの州だったのに行けた。今回は諦めるか、グレイハウンド利用する覚悟だったのに。遠いから、誰も私たちのこと、知らないのが嬉しかった。
リヴァイは会場をゆっくり見て回って、私が好きそうなものをちょこちょこと買っていたらしくて、後でプレゼントされてしまった。会場内の私のブースの設営や撤収も手伝ってくれて。

リヴァイと出会ってから、「世界」が広がった、と思う。ドアが開いた、のかもしれない。
前の私は閉じていたから。…閉じているのが、好きだけれど。
今は、少しだけだけど、ほかのひととも繋がっている。アルミンみたいにやさしい子と知り合えた。思い切ってエレンをカフェテリアに誘えたのは、リヴァイのおかげだった。
その分、リヴァイとの繋がりが何より大事で愛しい。
リヴァイと居る時だけは、閉じていてもいいし、ワガママで子供っぽくて甘ったれな私で居てもいいし、大事にされて誰よりもしあわせなオンナノコで居られる。
時々、意地悪されるけど。

ミカサはつらつらと考えていた。
あの不機嫌そうな仏頂面の男だけが、自分を変えることが出来た。そして、変わらない部分も受け容れてくれている。
だから、…少しくらい、逢えない時間があることも、我慢しなくては。
リヴァイを、縛りつけたりしちゃ、ダメ。

ほてほてと歩く。校内は静けさを取り戻していた。スポーツに打ち込む生徒はとっくに体育館やグラウンドに出払っているし、教室を利用する活動はそれほど姦しいこともない。
放課後の校舎の雰囲気は好きだ。初めてリヴァイに「遭遇」した日のことや、探し回って歩いた時のことを思い出せる。大好きな可愛い灰色の猫は今も「あの場所」に眠っている。学校に来るのが楽しいと思えるようになったのも、ミカサにとっては嬉しい誤算になった。

「オイ」

顔を上げる。

「どこ行くんだ」

気づくと、清掃員事務室の前を通り過ぎていた。あれこれ考えていたのが良くなかったらしい。慌てて踵を返して戻る。

「リヴァイ。お仕事、終わったの」

既に作業服ではなかった。あっさりしたコットンのプルオーバーにジャケット、コットンのパンツ。

「終わらせたんだ」

私と、一緒に過ごしてくれるために?

ミカサはそのことばを静かに飲み込む。

「毎日完璧に掃除しても、日々やることがある、って逆にすごいかも」
「まったくだな。どうすりゃお前ら生徒はああもあちらこちら満遍なく汚く出来るんだか、皆目わからねえ。ゴミ捨てる場所すらわかってねえのが居るのは呆れるしかねえよ」
「ふふふ。でも、そのせいで仕事を失わずに済んでる」
「笑うとこかよ。まあ、確かにクソガキどもサマサマだ。殺意は湧くがな」

もっと笑えよ。クソ可愛いツラしやがって。

リヴァイはそのことばを黙って飲み下す。

「行くか」
「うん」

ミカサはそっとリヴァイのジャケットの裾を掴んだ。
リヴァイが一瞬周囲の気配をうかがった、ような気がした。そして、おもむろにミカサの手をさらう。
やわらかく指を絡ませてしっかり握ると、スタッカートのキレの良さでどんどん前に進んだ。

すき。こうやって風を切るみたいにして歩くの。
すごく、…気分がいい。

リヴァイには、迷いが感じられない。いつも潔くて決断も速い。
どんどん前に進んで、置いていかれるかもしれない、と思ってると、振り返ってくれる。

私は、あなたと居てもいい存在にならなくちゃいけない。
一緒に歩いていけるひとに、なりたい。

ミカサは自分の前をゆく小さな頭を見つめる。さらさらと髪が流れるように揺れる。
この先もずっと見ていたい、と願う。そして、出来れば隣で横顔を見ていられるようになりたい。ただ後ろ姿を見つめるのではなくて。

子供のようにまとわりついているだけでは、いずれ、……呆れられて嫌われて遠ざけられてしまう。

邪魔だと思われるのが何よりこわい。
今までは、平気でいられたのに。関わらず意にも介さず、関心を持たずに過ごせることの方がほとんどだった。なのに、たったひとりの男にだけは、それがうまく出来ない。
邪魔にされる前に自分から離れればよかったし、邪魔にされるほど一緒に居たいと擦り寄った相手も居なかった。

理由も意味などもなしに、一緒に居たいと願ってしまう。声を聴けるだけでも嬉しいと感じてしまう。同じ空間に居られるだけでいい。それだけで心が凪いでしあわせな気分で居られる。

親に放っておかれても、特に困ったことはない。学校からの書類を見せてサインをもらうことなどは欠かしたことがない。そういう意味で、最低限きちんと繋がっていたし、両親の申し訳なさそうな顔を忘れたこともなく、愛情をもらっていることは疑っていない。
ただ、時々、自分が何も言わないことを了承とだけとっているのであれば、それは少しだけさびしい、とは思うけれど。言わなければ伝わらないと思う反面、言わなければ感じ取れないのだろうかとどこかで思っている。

友人がそれほど居なくても、そんなものだろうと思っていた。誰とでも合うような人間ではない自覚がある。
アルミンは大好きだし、エレンとはもっと仲良くなれれば、とは思うが、それなりに打ち解けた今は、ほどよい距離が保てる方がいいとも思える。エレンは素っ気なさ過ぎて気になってしまうことがあるのだが。そして、その点に関してはリヴァイに「姉か母親のようだ」と言われてしまった。

表情が乏しく、口調も乱暴だが、それでもあの男が自分にはとてもやさしく、甘やかしてくれるのを知っている。寄りかかろうとひとりで立てなくなろうと、文句ひとつ言わずにそばに居てくれるであろうことは、想像に難くなかった。
そう思えるくらいには、大切にされている。

そんな自分に、価値があるだろうか。縋るしか能のない子供に。

他人にどう評価されようが、どうでもよかった。どう思われようが、自分は自分だと、捨て置くことが出来た。それが、出来ない。
役に立たない子供のままでいて、いいはずがない。

一緒に、歩いていけるようになりたい。

ミカサはスタッカートの歩調に合わせて歩いた。風が、空気が、目にぶつかって閉じてしまいたくなる。

でも、それじゃダメなの。リヴァイと一緒に歩きたいなら。

繋いだ手の温もりを失いたくない。
決して広いとは言えないはずなのに、これほど頼りになる背中を見たことがない。腕を回すと、見た目とは裏腹の胸の厚みと背の逞しさと筋肉の硬さを感じる。何をして鍛えられたものか、ひとの身体があれほど硬質に感じられるとは思ってもみなかった。それでいて、素肌は無機的なはずもなく、なめらかでとてもあたたかい。

「速すぎるか」

振り向きつつ、尋ねた。

「ううん。平気」

鳥に飛ぶなって言うひとが居る? 魚に泳ぐなって言える? こうして歩いていくひとを好きになったんだから。
一緒に歩いていけるようになりたい。

リヴァイはほんの一瞬ミカサの顔に見えた翳りが気にかかった。
何を考えているのか、問い質したとして、答えるだろうか。
答えさせる方法は、ないわけでもないのだが。泣かせてまで問うことなのかは、わからない。
何でも口に出来るタイプではないらしいことはわかってきた。どちらかというと溜め込みやすい傾向があるのだとも。あるいは。自分には、言えないのかもしれない。

誰になら、言えるものなのか。

いずれにせよ、歩きながら出来る話ではないだろう。歩幅が自然により大きくなる。落ち着いて話せる場所に行くべきだ。

「歩くの、速すぎたら、言えよ」
「うん。だいじょうぶ。平気」

ひとけの無い廊下を進む。リヴァイの車を停めてある駐車場まではあと少し距離があった。


「リヴァイ。三十一日は、どうやって過ごすの」

紅茶を一口飲んだミカサが尋ねた。リヴァイはカップをソーサーに戻して一瞬思いを巡らせる。
三十一日? ……ハロウィンか。
「特に何もねえな。ガキどもがパーティだか何だかで、――」

リヴァイは顔を上げた。ミカサはどことなく落ち着かない表情をしている。

「そのパーティなんだけど、…………リヴァイは、どうするの」
ためらいがちに問うた。
アパートのリビング・ダイニングは静かなものだった。二人の声だけが穏やかに響く。テーブルに向かい合って座り、いつものように紅茶を楽しんでいた。
「どうする、って、……俺は関係ねえヤツだろ」
「だって、リヴァイだって職員でしょ? 先生方はほとんどが出席されるし。チャリティだから出るだけで、ちょっと面倒だなって思ってるのかもしれないけど」
ミカサはポットを手に、リヴァイの顔を見た。目で促されて紅茶を注ぐ。華やかな香りのヌワラエリヤのオレンジ色の水色が白いカップの見込みに映える。テーブルの上には、ミカサがつくったティ・コゼとポットの下に敷くマットもあった。
「俺や警備員の出席ってのは考えてねえだろ。職員って言っても生徒と直接関わるカウンセラーだのアドバイザーだの教師と違って、俺や警備はその仕事に専念するだけの人間だからな。出て悪いってことはねえだろうが、参加するのを考慮してるヤツは皆無じゃねえか。……お前、参加するんだろ」
「う、ん。一応。同級生の中に主催者側のコが居て、そのコにチャリティだから是非、って言われて」
「まあ、予定ねえなら出ておいた方がいいだろうな。アイツらも参加するんじゃねえのか」
「あいつら?」
「いつもつるんでるだろ」
自分のカップにも紅茶を注いだ。この茶葉が「セイロン・ティのシャンパン」とも呼ばれるものだということは、リヴァイと紅茶を楽しむようになってから知った。
「多分、アルミンは参加すると思う。エレンは、……面倒くさがるような気がする。アルミンや私が無理矢理誘ってどうにかイヤイヤ、っていう絵しか想像出来ない」
「そりゃ、……楽しそうだな」
「だから、その、…………リヴァイと、参加出来たらいいな、って、思ったの」

それか。リヴァイは内心納得する。表情の曇りの原因の、少なくともひとつはこれなのだろう。

「参加したとしても、一緒には居られねえだろ。とりあえず、そのパーティ終わったら、俺のアパート来るか」
「いいの?」
「おう」

ミカサははにかんだ。しかし、心の底から喜んでいる表情ではない。
「一緒に参加する」ってのが、ミソか。リヴァイは目を伏せた。

高校の清掃員と、その高校に通う生徒。接点は同じ場所に居合わせている、本来ならばそれだけだ。それだけで、終わるべきだった。
当然、見知った人間が居ると思しき場所ならば人目につくところで二人で過ごすことは出来ない。短い時間、ただ隣り合っているだけなら可能だろう。二言三言、ことばを交わすのも、なくはない場面だ。
しかし、不思議と周囲にはわかってしまうものだ。誰かと誰かが親密な関係にある、というようなことは。

「最近、表情が違うな」

エルヴィン・スミスに言われた台詞だった。歴史の教師を務める少々風変わりな男は、自分の時間が空いている時などに、ふらりとリヴァイの事務室を訪れ、勝手に茶など飲み、のんびり本を読んだりしていることがある。
化学教師のハンジ・ゾエも似たようなもので、へらへらと笑いながら実験準備室の備品のビーカーで淹れた珈琲やら茶を注いだタンブラーを手にやってきて、勝手にくつろぎ勝手に喋り倒しては部屋を散らかしてゆく。
変わり者二人にどういう訳か気に入られ、今では仕方なくではあるが、一緒に茶など啜りながら時々共に過ごしていた。

「あ?」
「いや、何となく、前より穏やかに見える。何かいいことでもあったか」
「……なんもねえよ」
「そうか? 不機嫌そうなのは相変わらずだが、それでもどことなく雰囲気が変わった」
「お前がこうして勝手に押しかけて俺の茶葉を無駄に消費しなけりゃ、もう少しはご機嫌になるだろうよ」
「そう言うな。俺もたまに差し入れしてるじゃないか」
「それ以上に飲んでやがるだろうが」
「牛や馬じゃあるまいし! たかが知れてる量だろう?」

エルヴィンは笑った。

何を考えているのか今ひとつわからない男だが、勘はいいように思う。妙に隙がないというか、手の内を見せないようなところがあるのだ。それでいて、周囲の変化などは見逃さない気がする。

自分は、変わったのだろうか。その問いに対する答えは、当然ながら「Yes」だろう。
誰かと一緒に居る自分など、想像したことがなかった。深く関わることは好まなかった。
それが、今はどうだ。ひとを招いたことのない自宅に入れてやり、共に食事をして、時間や状況が許せば、……ベッドまで共にしている。電話が来れば相手をしてやり、とりとめのない話に付き合っている。
仕事や最低限の用件以外で電話などかけないし、かかってくることもない。そうであってほしいとすら思っていた。乞われるまで連絡先を伝えたこともない。
一緒に出かけ、時間を共有している。それまでは、上辺の付き合いで、最低限のみが通例だった。
この間など、予定を尋ねて仕事があると言われて、……どういう訳か苛立ちを感じた。

これで変わっていないのなら、何を変化と呼ぶものか見当もつかない。

「食事に行くとかの方がいいか」
「ううん。リヴァイの部屋に来るのがいい。パーティに出るって言っておけば、遅くまで外出出来るし」
「そうか」

テーブルの上の手の甲に、ミカサの手が躊躇いがちに重ねられた。手を返して握ってやると、嬉しそうに微笑むのが見えた。身体を乗り出すと、ミカサも同じように身を乗り出してきた。
同じ紅茶の香りがする唇を、静かに重ね合った。


「ミカサ。ミカサも、パーティ、出る?」
「うん。チャリティになるんだし、みんながとんでもない格好で来るから、私が目立たない素敵なチャンス」
少しおどけて見せると、アルミンは笑った。
「どんな仮装するか、決めた?」
「うん。もう縫い始めてる」
「え。すごい、もしかして、一から縫うの!?」
「うん。やるなら、本気で」
「わあ、当日楽しみだよ!」
「ふふふ」
ミカサは小さく笑った。

「おー。お前ら今日も楽しそうだな」

エレンがとろとろと歩いてきた。三人共通で受ける授業はそう多くはない。必修科目以外ではなかなか顔を合わせないこともしょっちゅうだった。

「エレン。エレンもハロウィン・パーティ参加するよね」
「あー? いや、俺は別に、」
「そう言わないで! チャリティなんだし、出ようよ!」
アルミンはにこやかに言った。
「チャリティとやらには協力してもいいけどよ、無理に参加しなくたっていいだろ。チケットは買ってもいいけど、出るのは、」
「高校生で居られるのは、通常四年間だよ? 思い出になるよ、きっと!」
「いや、俺はそういうのは」
エレンは面倒そうにつぶやく。ミカサは苦笑した。
「エレン。アルミンの言う通り。ちょっと顔を出して雰囲気を味わってみるのもいいと思う。参加、して。一緒に三人で行きたい」
「そうしようよ!」
「またソレかよ」
「いいから! 一緒に、行く! 一緒なら、きっと楽しい!」
ミカサが珍しく強い口調で言った。
「いや、良くねえよ」
「いいじゃないか! 三人で行こうよ、エレン!」
アルミンも詰め寄った。
「またこのパターンだよ…」

諦めた顔をした瞬間、ミカサとアルミンは顔を見合わせて笑った。

うん。リヴァイと一緒じゃないのはさびしいけど、友達と三人で、っていうのも、いいかもしれない。


「忙しい?」
「うん。今日は、ベビーシッター二時間あって、それが終わったらハロウィンの準備する」
リヴァイはやや拍子抜けしたように黙り込んだ。ほんの少し前までは、誘えば嬉しそうに承諾したものだった。最近はアルバイトや慈善活動に飛び回っている。成績は変わらず優秀らしいため、課題や宿題もきっちりこなしているらしい。とっているクラスのほとんどが成績優良者のためのクラスだ。
「ハロウィンの準備てのは何するんだ」
「仮装の衣装を縫う!」
「買うんじゃねえのか。本格的過ぎるだろ…」
「だって、着たいものは売ってない」
ミカサは、ぷう、と少しだけ頬を膨らませた。

清掃員事務室の奥にあるロッカー室兼物置に椅子を置いて、各々リヴァイが淹れた紅茶のカップを手に、放課後をひっそりと過ごしていた。ちょっとした用件ならば内線電話でも事足りる。わざわざこんなところに足を運ぶ者などほぼ居ないが、逆にいつ来るとも知れない訳で、人目につかない場所に引っ込んでいる。

「両親は」
「父は出張から帰ってくるはずが、足止めを食らったって電話があった。母は祖母のところに行ってて、今日は一旦帰宅したらまた戻って泊まる」
「まだ居てやらねえとまずいのか」
「おばあちゃん? ケガがきっかけで動き回るのに抵抗感じるようになったらしくて、リハビリ続けてるんだけど、ひとりだと不安になるみたいで。もともとおばあちゃん、お母さんのこと実の娘みたいに可愛がってるから、放したくないんだと思う」
「お前、またあの家にひとりか。十三歳以下じゃねえって言っても、……お前の母親も、お前も、つらいな」

十三歳以下の子供をひとりで、あるいは子供だけで家に放置するのは虐待と見なされる。だからこそ、年齢的に該当する子供が居ればどの家でもベビー・シッターを雇うのだ。おかげで、ミカサのような高校生たちにも少しばかり収入の道が開ける。

「だいじょうぶ。慣れてる!」
ミカサはにっこり笑って見せた。しかし、すぐに笑顔が消えた。目の前の男が随分と渋い表情で自分を見つめている。
「リヴァイ。どうかした?」
「そんなコトバ、笑って言うんじゃねえよ、馬鹿」

どくん、と心臓が強く胸を叩いた。ニトログリセリンがどうとか言ってたのって、…ああ、ハンジ先生。
先生。私のニトログリセリン、このひと。ちょっと童顔で仏頂面してて不機嫌全開のクセに誰よりもやさしい、タチの悪い悪魔みたいな男なの。ほんの一滴で、私を正気にしたり正気を奪ったり出来る。こわいでしょ? でもすごく甘いの。イヤになるくらい。

「心配、しないで」

声が震えたら、どうしよう。悲しい訳じゃない。少し、苦しいだけ。嬉しくても、苦しくなる。リヴァイのせいで。

「させろよ、それくらい」

ああもう! だから、リヴァイってイヤ!!

ミカサは俯いたまま顔を上げることが出来なくなった。頭を撫でられて、そのまま抱き寄せられた。肩に額を押し当てると、こめかみにキスをされた。

「うちに来るか。縫い物も課題も出来なくはねえだろ」
「……でも、リヴァイ、退屈でしょ」

シェイクスピアのレポートとアメリカ史の課題と宗教学のリーディング、地球環境科学の下調べのレポートがある。加えて裁縫だ。一緒に居て、何が楽しいというのだろう。

「お前の百面相眺めてりゃ暇してる余裕ねえよ」
「何ソレ」

ミカサが頭を上げた。泣きそうではあるが、泣いてはいない。リヴァイは顔には出さずに安堵する。

「作業に熱中してると、色んなツラしてるだろうが」
「嘘!」
「そりゃテメェにゃわからねえよな、どんなツラしてるかなんて」
「やだやだやだ!! 目隠しして過ごして!」

頬を赤らめて必死の形相をしている今も、そのことに気づけないのだから、何をか言わんや、であった。
以前に比べれば、表情が豊かになった。怒り、恥じらって、戸惑い、笑って見せる。時々泣くのはご愛嬌だろう。必ずしも悲しみだけが涙を誘発する訳ではない。蕩けそうな顔でしがみつきながら泣くのを見るのはむしろ愉しいくらいだ。泣かせたくなる。

「…どんなプレイだそりゃ」
「もおおおおおおう!!」

リヴァイって、ホントに、ヒドイ。

「本読むんでもいいし、ぼんやり過ごしてるんでもいい。お前、いつも言うだろ。『一緒に居られるだけでいい』って。その『だけ』ってのをするってハナシだ」
「いいの?」
「イヤなら提案するかよ」
「リヴァイ、やさしいから、……」

自分ほど身勝手な人間も居ない、と言われた側は思うのだが。

「手の抜き方と気の抜き方、おぼえろよ。張りつめてたらその内ぶっつり切れる。緩めろ。寄りかかれるものがある時は、寄りかかれ。俺みてえなしょうもねえのでも、お前が倒れねえように隣には居てやれる。気張るべき時に気張れよ。四六時中じゃ壊れる」

ニトログリセリン、二滴目。痛い。すごく、痛い。心臓に直接衝撃を与えてくる。

「リヴァイに寄りかからないと何も出来ない人間になったら、どうするの」
「責任もって俺が面倒見てやるよ。……お前な。まだ俺の生きてきた時間の半分にやっと手ェ届くか届かねえかだろ。今からそんな何でも出来なきゃって気ィ張ってどうすんだ」

私のすきなひとに、追いつきたいから。置いていかれたくないから。
ダメな子だって、思われたくない。リヴァイにだけは、……軽蔑されたくない。

「でも、」
「お前はな、十分によくやってる。何だって出来るのもわかった。でもな、たまに、何も出来ねえフリして、甘えとけよ」

痛い。リヴァイのばか。

「…………高い場所にあるモノ、取ってくれる?」
「テメェ、ぶっ飛ばすぞ」

ようやくミカサは笑った。

「リヴァイ。もしイヤじゃなければ、私のうちに来て」
「あ?」
「課題とかに必要なものまで、リヴァイの家にはないでしょ。縫い物、結構嵩張るし、まだパーツが多いから、持ってくの、ちょっと大変。だから、リヴァイがイヤじゃなければ、だけど、うちに来て欲しい。母がいつ戻るかはっきりしてないから、いざって時は隠れてもらうけど」

コイツの親父、ショットガン持ってねえよな。

リヴァイはぼんやり考える。

ああ、アレか、親父は持ってねえけど母親がライフル持ってるパターンか。
こういう時に限って出くわすのが鉄板だ。
棺桶の注文でもしとくか。

頬を染めるミカサの向かい側で、リヴァイはゆっくりと紅茶を飲み干した。


「いい家だ」
「そう? ありがとう」

ミカサは照れたように顔を逸らした。

リヴァイを、家に招いてしまった!!

自分から言い出しておきながら、実際に家の中に通すと、緊張と気恥ずかしさが募った。お掃除、もっと頑張っておけばよかった…。
ベビー・シッターのアルバイトを終えるとスマートフォンでメールを送り、迎えに来てもらうとそのままミカサの家に向かった。行きも送ってもらって心苦しかったが、これで連絡しないでいると何が起きるかわかったものではない。あの不機嫌そうな顔がより不機嫌になるのを見なくてはならないのだ。

「とりあえず、夕食の支度しようと思うんだけど、リヴァイ、何かリクエスト、ある? 食材と私の腕と経験によっては作れる」
「任せていいか」
「うん。頑張る!」
「ほどほどで十分だ」
「その前に、まずお茶淹れる! そこのソファでもいいし、こっちのテーブルの椅子でもいいし、好きなところに座ってて」
「おう」

ミカサは家に入るなりくるくるとよく動いた。
家の中はティーンエイジャーのコドモがひとりでほぼ切り盛りしているにしては片付いており綺麗なものだった。ほとんどを自室で過ごして、出来る範囲で気になる場所を掃除するようにしているのだろう。
使う必要のない部屋はそう乱雑になることがない、そういうことなのかもしれない。
基本的にはあたたかみのある色遣いでまとめられており、整頓されている。ただ、やはり本来居るはずの家族がふだんからあまり居ないからか、少しだけうら寂しい気配がある。
ひとの居ない家は、どうしても少し寂れるのだ。致し方ない。

そんな家に、お前ひとりかよ。

「はい。ダージリンにしたの」
「悪いな。もらう」

結局リヴァイはダイニングのテーブルの椅子に腰掛けた。見えている限りでしかわからないが、どの部屋もひとりきりで過ごすには、あまりに広すぎる。

湯気とともに香気が立ち上った。
目の前に置かれたカップとソーサーは上品なデザインだった。白地にロイヤルブルーと金彩が映え、見込みに柄はなくダージリンの淡い水色が存分に楽しめる。

「お前も一旦座って休まねえか。大したことは出来ねえが食事の支度は手伝ってやれる」
「今行く。あ、お手伝いは大丈夫。お皿棚から出してもらうくらい?」

いつも使っているらしき、やや大きめのマグを手にミカサが席に着いた。

「リヴァイ。あんまり周り見ちゃダメ」
「どうした」
「お掃除、その、……あまり行き届いてない、ので、」
「お前ひとりで頑張ってんだ、綺麗なもんじゃねえか」

やはり気にしていたらしい。リヴァイは小さくため息を吐く。
俺は小姑にでも見えんのか。

「夕食、何つくる」
「んー……スウプとパスタ、ポテトで何か一品、あとはデザート?」
「いや、そこまで凝ることは、」
「簡単なものばっかりだから。缶詰とかも使っちゃうし。事前にちゃんと招くつもりなら、もう少しマシなのにする!」
「お前の簡単てのは、毎度レベルが違うな、……」
「そう? つくってるの見てないから。ホントに簡単だから、呆れるくらいだと思う。手間なんてどこにもない」

テレビ観ててもいいし、寝ててもいいから、と言って、ミカサはキッチンに向かった。もちろん、おかわりの紅茶を注ぐのも忘れず。

シンク上のウォールキャビネットの扉を開くと、ミカサはいくつかの缶詰を取り出した。それから、ふらりとキッチンの脇にあるパントリィらしきスペースに向かうと、手に持ったコランダーにじゃがいもを入れて戻ってきた。
カウンタースツールにかけてあったエプロンをつけると、次々にフライパンや小鍋やパスタポットなどを取り出して並べ出す。パスタポットに水を注ぐとコンロに載せて火をつけた。今度は鍋に水を入れる。
冷蔵庫に向かうとミルクを取り出しシンクに戻って缶詰を手にした。中身を小鍋に空けて缶にミルクを注ぎ、それも小鍋に投入する。

リヴァイはついその姿に見入っていた。慣れた仕草はどこか小気味良く見える。
夏休みに一緒に過ごした時も、時々夕食をつくってくれたものだが、手際が良かった。勝手の違うキッチンで戸惑いながらもさくさくと作業を進めるのだ。出かけることで気分転換させたり、支度や後片付けに取られる時間を有益に遣おうとして外食の方が多かったが、ミカサ自身は苦とも思わないのか常にまめまめしかった。

「料理、好きか」
「う…ん、好き、かも」
「かも、か」
「だって、手抜きばっかりで本格的につくることあんまりない」
「仕事覚えるとか出来るようになるってのは、手の抜き方覚えることでもあるだろ」
「ふふ。リヴァイ、フォローが上手」

話しかけても手を休めることはなく、作業を続けている。今はじゃがいもの皮を剥いている。

「いもの皮剥き、手伝うか」
「いいの?」
「皮に食うとこ多くなるかもしれねえが」

ミカサは手を止めて楽しそうに笑った。大笑いしないように堪えているらしく、その場で踊るように小さく足踏みしている。
手放しではしゃぐミカサは、初めて見るような気がする。あの夏休みでさえ、どこかしら緊張が垣間見えた。自宅だとやはりリラックスするのかもしれない。
黙って鑑賞していると、不埒なことしか考えられなくなるのが腹立たしい。

油断し過ぎだ、お前。クッソ可愛いとこばっか見せやがって。

リヴァイがジャケットを脱いで袖を捲り上げるとミカサの隣に並んだ。水道の水を出し手を洗う。

「これ、お前の母親の分も込みか」
じゃがいも六個は二人で食べる分にしては多いだろう。
「うん。食べるか食べないかはわからないけど。一応。それに、残ったらまた食べるし」

まったくもって、関心な娘だな、お前は。両親揃って出来の良さに感謝はしても、それに寄り掛かることに対して埋め合わせてやれる何も持ってねえらしいのに。

「コレ、何にバケるんだ」
「マッシュドポテトと、フレンチフライ、どっちがいい?」
「次の日にも回せそうなのは前者だ。揚げ物は調理はラクだが、油の後処理と掃除がやや手間になる」
「さすが、わかってる! ポテトグラタンも悪くない! ので、明日のメニュウまで決まる素敵なチョイス」

口元に笑みを浮かべてするすると皮を剥く。慣れているのだろう。慣れるしかなかったのかもしれない。
黒髪に縁取られた横顔を見つめた。

「リヴァイ。さっき嘘吐いたの? すごく上手! あんまり料理しないって言ってなかった?」
手元を覗き込んで驚いた声を上げている。
一緒に過ごした時に焼いてくれたパンケーキも、そういえばとても綺麗に焼けていた。ミカサは甘い思い出に一瞬浸る。
「まあ、なんとかこれくらいはな」
「だって、刃物の扱い、慣れてる。皮、透けて見えそう!」
「女の方がおっかねえからな。それに比べりゃナイフだの庖丁のがマシだ」
「そんなに…コワイひととばっかり付き合ったの?」
「お前とかお前とかお前くらいだな」

ミカサは口を開いてリヴァイを見つめた。頬がわずかに薄紅色に染まりつつある。

「ど…うせ、私はコワイ」
気を取り直したように手元に視線を戻し、ミカサがむくれる。
「全くだ。頑丈そうな見てくれのクセに、割れ物注意のステッカー、左胸の上にべったり貼ってやがる。危なっかしくてしょうがねえし、本人は自分が強いって信じて疑ってねえか、…強いって思い込もうとしてやがって厄介だ。少しは自分のこと大事にしてやれよ、このコワレモノ。いつか壊れんじゃねえかって、気が気じゃねえんだよ。怖えに決まってんだろ」

ニトログリセリン、三滴目。もしかしたら、私の口から瓶の中身全部一気に流し込まれてる? 胸が痛いし、目がヘンになりそう。
壊れるとしたら、それはあなたのせいだと思う。飛び散ってバラバラになったら、リヴァイが拾って。

キレイに剥き終えた最後のじゃがいもがミカサの目の前の俎板の上に置かれた。

「剥いた皮、ここにまとめて置いときゃいいか」
「うん」

リヴァイは水道の水を出し、改めて手を洗った。その間にミカサは黙々とポテトを刻んでは鍋に入れる。火をつけて茹で始めた。リヴァイがリネンタオルで手を拭き終わる頃には刻み終わり、ミカサも軽く手を洗った。

「あと、何やりゃいい」
「……私がこれ以上取り乱さないように、椅子に座って見守ってて」

目を合わせようとしない。

「何だったら俺の上か下で乱れとくか」

目を見開いてリヴァイを一瞥するなり、耳まで赤くなった。

「も、…何言って、」

腕が伸びてミカサの頭を抱え込む。

「お前が食えねえなら食事楽しみにするしかねえな。いも、茹で上がったら俺に寄越せ。マッシャーもな。潰してやる」
「……うん。リヴァイ、」
「なんだ」
「今日ね、マッシュドポテトにガーリック使うの。だから、今のうちに、キスしてもいい?」
「もっと早く言えよ。あとで足りなくなったらどうしてくれんだ」

リヴァイが両頬を手で包み込んで引き寄せると、ミカサの腕がリヴァイの身体に絡みついた。

デザート、これより甘いの作らなくちゃダメかも。食べた気がしないに決まってる。
もっとも、このキスの甘さに勝てる菓子やデザートは、ミカサには思いつかないのだが。


クラムチャウダー、トマトとフレッシュ・バジルのパスタ、チーズとガーリックも入った濃厚なマッシュドポテト、加えて梨のコンポートもあるのだと言う。バゲットをカットしたものも皿に盛って供された。
「車で来てもらったから、ワインは出せないんだけど」
「…………いやお前、……豪勢だな。あの短時間でつくったとは思えねえ」
「そこが手抜きの手抜きたる所以です!」
ミカサはむふー、と得意げに胸を反らせた。
「美味そうだ」
「そうであって欲しい」

一緒にテーブルに就いた。

「イケるな」
クラムチャウダーを一口食べて、ぽつりと言った。
「缶詰、なかなか優秀。とてもいい仕事をする! ホントは、アサリを買ってきて茹でるところからつくると、もっと美味しい! パスタがトマトだから、ミネストローネは見送った」
「そうか。次期待しとく」

また食べたいって、思ってくれてるの? ミカサはふわふわと気分が高揚するのを感じた。
もし今度つくるチャンスがあるなら、もっと手間をかけて美味しいものをつくりたい。練習しておいた方がいいかも。
夏休みに一緒に過ごした時は、リヴァイが私の負担を軽くしたいって言って外で食べたりすることの方が多かったし。

「パスタも、美味いな」
「ホント?」
「茹で加減がちょうどいい。トマトとバジルも間違いがねえ組み合わせだよな」
「うん。…良かった」
「いつでも嫁に来れるじゃねえか」
「!」

思わず、むせそうになった。無理矢理に堪えて水を飲む。
リヴァイはと言えば、さして表情も変えず、パスタをフォークに巻きつけては黙々と大きくもない口に運んでいる。

「パスタにも、ガーリック入ってんな」
「う、うん、……ポテトにももう使っちゃったし、イタリアンは、やっぱり入ってた方が美味しいかな、と思って、」
「だな」

しれっと、とんでもないことを。本当に、ニトロ並みに危険。腹立たしい。

「マッシュドポテト、どう?」
「美味い。アルコールねえのが惜しいな。クラッカーのディップにもなりそうだ」
「今度、父に出してみる」
「ああ、そりゃ喜ぶだろ。家に居られりゃ娘がつくったこの美味い手料理、毎日だって食えるだろうに。気の毒なもんだ」
「リヴァイ、なんかもう、褒め過ぎ……」
「ガキは褒めて伸ばすもんだろ」

そこでコドモ扱いとは! どうしてこう、この男は!

「俺ならこんなのが食えるなら、家にこもって毎日食って、食った以上に嫁抱きまくるけどな」

派手な音がした。
ミカサは思わずフォークを皿の上に落とした。
リヴァイは声も立てず、顔を背けて肩をわずかに震わせた。


「リヴァイ、ホントにいいの?」
「今更だろうが」
「う、ん…。じゃあ、ゆっくりしてて」
「おう」

ミカサの部屋の位置は、帰りに送るたびに明かりがつくのを確認していたため、何となくわかっていた。
一緒に階段を上がりながら、そこに向かう。

二人がかりだと後片付けも早い。ある程度はミカサがつくっている最中に洗っておいたこともあり、尚更早く片付いた。
リヴァイはいつものように終始ミカサを褒め、馳走になったことへの謝辞を述べた。ミカサにはくすぐったくてしょうがない。どれもさほど手間などかかっていないのだ。ポテトに関してはリヴァイの加勢もある。

「退屈だけはしねえ。安心しろ」

ミカサの部屋に入るなり、リヴァイが言った。

十代の少女の部屋など入ったこともないが、加えてあちらこちらにミカサを構成する「成分」が存在している。ありとあらゆる意味で未知の世界だった。退屈のしようがない。
壁と天井はモーヴ・ピンクで、腰壁は白だった。ところどころにあるアイアンの壁付けの燭台の黒がアクセントになっている。ロマンティックな中にゴシック要素を風味程度に取り入れているように見えた。これくらいならば親が眉を顰めることもないだろう。
つぎはぎだらけのテディベア、パッケージも美しいタロット・カード、祭壇のようにも見えるチェストの上の雑貨やオブジェ、アクセサリィの数々。
結構な量があるのに、それほど煩くはない。だが、圧倒される。
本棚には「オカルト」、「黒魔術」、「魔女」といったおどろおどろしい文字の踊る書籍が並んでいるが、マグリットやウォーターハウスといった画家の名前も散見され、画集などもあるらしい。良く見れば絵本、コミックブック、専門書やレシピ本などもあった。ロマンスやミステリらしきタイトルも見える。

「……こりゃあ、…何だ。お前、……これ、読まねえのか」

かつて自分のせいで水浸しになった本を、新たに購って渡したことがある。それが、本棚の上から二段目の棚板に置いた箱の中に収められていた――しかも、ほかの何か……多分、オブジェとでも呼ぶべきあれこれと一緒に。青と黒の造花と思しき薔薇、本からコピーしたであろう悪魔の絵の切れ端、メゾンのリボン、貝殻、ドールハウスに用いるようなミニチュアの椅子とテーブル、料理。

「ジョセフ・コーネルも好きなの」

ミカサが言っていたことばを思い出した。箱の中にポートレイトやオブジェを配し封じ込めた作品を生涯で八百点以上も残した芸術家だ。ミカサがそう説明してくれた。良く見れば本棚に作品集がある。

「リヴァイが陰干ししてくれた元から持ってたのを読んでる。それは、その、大事だから、保存用」

ミカサは一瞬振り向いただけで、後は敢えて背を向けたままぽそぽそと答えた。机の上に課題を片付けるためのあれこれを配している。耳の縁がうっすらと赤い。
ノートパソコンを機動させ、テキストやレポートパッドを開き、椅子に座る。

リヴァイは音を立てないように静かに移動しながら、ミカサの部屋の中をゆっくり見て回った。

三曲一隻の屛風のようなクラシカルなアイアン細工調の写真立てがあり、真ん中に比較的最近のミカサとその両親の姿があった。向かって右のフレームには生まれて間もないミカサであろう赤ん坊を真ん中に両脇から抱きかかえる両親。左の初々しい男女の結婚式の写真はかつての父と母だろう。真ん前には美しいロザリオが置かれている。
少し離れて置かれている銀色のフレームには、エレンを真ん中にミカサとアルミンでサイドを固めた三人の写真が入っていた。呆れた顔をする少年、たしなめるように見るミカサ、その二人を見て苦笑する少年。悪くない写真だった。
その横の少し奥にチャーミングな少女のようなガーゴイル像風の模型。頭に玩具のティアラが載っている。石膏風の小さな天使の彫像の頭にはピンクの石がついたきん色のピンキィ・リングが載せてあった。
リング・ピロウのようなものがあり、中央に小振りの水晶玉、その周囲を取り囲むように色とりどりのパワー・ストーンが並べてあった。その傍には箱を開けたことのないままに飾られている「オペラ座の怪人」ヴァージョンのバービーとケンのペア・ドール。
美しいダークなイラストで彩られた箱からカード・デッキが取り出されており、一枚だけ図柄を上に置かれている。タロットかと思っていたが、箱には「オラクル・カード」と書かれていた。
中東風の香水瓶、黒猫のミニチュア、五芒星の描かれたアクセサリィ・プレート、色のついた液体の入った小瓶数本、少し不気味な、それでいて今風のファッション・ドール……数え切れない。

ミカサの頭の中をカタチにすると、こんな風になるのだろう。

あまり親しくしている友人は居なかったと言っていた。この部屋に誰かを招き入れたことは、あるのだろうか。
好きなものだけを配したであろう小さな箱庭。ロマンティックでありながら闇を潜ませており、甘い毒入りの菓子を思わせる。

「家で映画観る時は電気消すの。その方が映画観てる気分になれる」

この部屋にテレビはない。だとすれば、あの広いリビングでひとり明かりを消して映画を観ているのか。
机に向かうミカサを見つめる。身長こそ一六〇センチの自分より一〇センチ高いが、やはり座る後ろ姿の背中は小さい。
文句も言わずたったひとりで食事をつくって食べ、毎日さぼりもせずに学校に通い、アルバイトとボランティアと宿題をこなす。
家の至る所でスマートフォンで長電話をして親に叱られることもなく、遅く帰る母親のために食事を準備してやってから課題に取り掛かり、時折窓の外をぼんやり眺めながら猫でも飼えたらどんなにいいだろうと思いを巡らせる十五歳。

クローゼットの扉の脇に、大きめのクラシカルな革のトランクがあった。
どういう訳か、リヴァイはその中に既に必要最低限の衣服が詰められているような気がした。

「もし、万が一、そんな時が来たら、駆け落ち、してくれる? 私たちのこと誰も知らないところに行くの」

ミカサはあまりねだることをしない。何が欲しいとも何をしたいとも、声高に主張することがない。尋ねればおずおずと答えるが、たかが知れている。抱きしめてほしい、キスしてほしい、一緒に居たい。願う必要などなく押し付けてすらいるものを与えてほしいと遠慮がちに言うだけだ。

あの時言ったことばは、嘘偽りなく本心からの願いなのだろう。
ねだらないミカサが冗談めかして言った、「願い」。

それなら。

俺がお前をさらおうが、かまわねえよな? 帰り道も戻る家も、必要ねえだろ。
お前にねだることや願うことを無駄なものだと思わせる人間に、……くれてやることはねえはずだ。

奪い取って、連れ去って、何が悪い。

――俺のものだ。

「・・・ヴァイ。リヴァイ」

どす黒い靄が胸の内から一瞬にして飛散した。色違いのボタンを目に持つつぎはぎのテディベアが自分を虚ろに凝視している。

「なんだ」
「お茶でも飲む?」

椅子に腰掛けたままでリヴァイを見つめていた。

「気を遣うな。やるべきこと、やってろ。順調に進んでんのか」
「まあまあ。あとはシェイクスピアだけ!」
「早いな」
「ドレス縫いたいし、……リヴァイと一緒に過ごしたいし」
「俺のことはいい。とりあえず、母親にメールか電話してやりゃいいんじゃねえか」
「あ! うん、そうする! リヴァイ、ありがとう」

ミカサがスマートフォンを手に立ち上がろうとするのを手を上げて制した。

「いいの。ずっと座ってたから、ちょっと運動」

廊下に向かって歩き出した。

リヴァイは机の上を何気なく見た。
レポートパッドに走り書きのメモが縦横無尽に並んでいる。教師にもよるが、今は大抵宿題・課題の提出を、メールに添付させて提出させる。昔ながらの「ペーパー」を提出させる者もいるが、以前に比べれば格段に減った。
走り書きの割に字はどこか端整で読み易い。
視線をすべらせると、羽根ペンとインク瓶が見えた。マゼンダやラヴェンダーのインクで何を認めるのだろう。
その隣には写真立てが伏せて置かれている。手に取って、…見たことを後悔した。

お前、あの写真まだ消してねえのか。

スマートフォンの中どころか、今では印画紙にまで自分の姿が焼き付けられているらしい。
想われて、悪い気はしない、のだが。どうにも……居心地が悪い。気恥ずかしいというのはこんな気分を言うのだろうか。
元の場所に戻し、机のそばを離れた。

抱けねえ日に限ってコレかよ…。

「――うん。わかった。じゃあ、先に寝てると思う。気をつけて帰ってきて。うん。わかってる」

ミカサが戻ってきた。スマートフォンを手にため息をつく。

「何か言ってたか」
「多分、家に着くの夜中の三時過ぎるかも、って。その代わり、運良く明日仕事はお休みもらえるみたい。おばあちゃんも、泊まらなくていいって」
「不幸中の幸いだな」
「ん」

時間がある程度明確になった。リヴァイは可能な限り、この家に留まろうと密かに決めた。ひとりで置くには、この家はあまりに大きい。娘をひとりにする両親の心苦しさも想像に難くないが、それよりもミカサにこの家の広さを改めて実感させたくない。


数十分の後にレポートから解放されたミカサは、いそいそと大きなランドリィ・バスケットをクローゼットから出してきた。白い布地が溢れそうに入っている。
「すげえな」
「ふふふ。これを、ひたすら、縫う!」
「ミシンは」
「もちろん使うしそっちがメインだけど、レースとかギャザーとか、ちょっと細かいところは手縫いがいい、と思って」
「本気過ぎるだろ」
「縫ってると、無心になれていい。ちょっとした瞑想状態?」

さびしいのもひとりなのも、忘れていられるからかもしれない。おどけた口調で言われると、かえって勝手な想像をめぐらせてしまう。

「ベッド上がっていいか」
「? もちろん。横になってる?」
「馬鹿言うな、お前の匂いしかしねえベッドで黙って寝てられる訳ねえだろ」

ミカサの眉がへにゃりと下がった。恥ずかしげに目を潤ませている。

リヴァイがどっかりとベッドに座り込むと、手を差し伸べた。

「来い。お前、ここで縫え」
「ここ、って、」
「いいから来い」

裁縫道具と布地の入ったバスケットをベッドに上げ、自分も上がる。バスケットをリヴァイの手が引き寄せた。

「っひゃ、」

ミカサは驚いて妙な声を上げてしまった。バスケットに続いて自分も引き寄せられてしまった。

「ここでいいだろ」

両脚の間のスペースに収まれ、ということらしい。ミカサはもぞもぞと体勢を変え、リヴァイの身体に軽く背を預けた。途端に、後ろから抱きしめられる。

あったかい。

「髪、ちょっと邪魔だ。ほどく」

そう言って、結い上げているサイドの髪の一方に手をかけた。根元を括るゴムを少しずつずらしてゆく。出来るだけミカサの髪や頭に負担をかけないように気遣っているのが力の加減や手の動きでわかる。
もう一方をいつものようにミカサがほどこうとすると、リヴァイの手がそれを制した。

「俺にやらせろ」
「……うん」

私は、薄いガラスや砂で出来てるの、リヴァイ。そんなにそっとやらなくても、だいじょうぶなのに。
強引に見えて、繊細な気遣いをする。リヴァイは、いつもそう。初めて食事に連れていってくれた時も、私の意志なんておかまいなしで引っ張っていったクセに、オーダーする時は子供だからってリヴァイが全部決めるんじゃなくて、私に何がいいか訊いてから頼んでくれた。
正式なデートの相手みたいに。

結わいていたゴムをミカサの手首に二本ともはめると、手櫛で髪を整えた。

気持ちいい。リヴァイの手がしてくれることは、ぜんぶ。

「リヴァイ。眠くなる」
「寝てもいい。起こしてやる」

耳元で響く声は、どこまでも甘い。

「起きられない。あんまり気持ちよくしないで」
「違う方法でも、キモチよくしてやれる」

するすると腕がミカサのウエストから忍び寄って、腹の辺りに回ったかと思うと、一瞬胸のふくらみをかすめた。どうにか声がもれそうになるのは我慢出来た。

「ありがとう。すごく、目が醒めた!」
「だろ」

濡れた感触に耳の縁をなぞられた。ミカサはびくん、と身体を揺らす。

「リヴァイ! もう眠くない!」
「そうか。裁縫、頑張れるな」
「ソウデスネ!」
ミカサの首筋に埋めた顔が小刻みに震えている。
リヴァイのばか。からかって笑うとか、最低。

気を取り直して、バスケットから裁縫道具の入ったツール・ボックスを取り出し、縫いかけの布地を引っ張り出す。レースと白いコットンが溢れかえった。
ミカサがバスケットの中身を出そうと身を乗り出したために一度は解放した腕が、再度身体に巻きついた。

「リヴァイって、滅多に笑わないクセに、私のことは笑う」
「しょうがねえだろ。笑う気はねえんだが、お前が面白すぎる」
「馬鹿にして…」
「馬鹿にしてる訳じゃねえよ」
「信じられない」

話していても、感心に手は動かす。リヴァイは肩越しにミカサの手元を覗き込んでいた。細い指が器用に生地を縫い合わせてゆく。

「白一色でレースって、……ウエディング・ドレスか」
「そうとも言うし、……見方を変えると死装束とも言える」
「あ?」

ミカサはふふ、と微かに笑った。

「『オペラ座の怪人』。大好き。ミュージカル版と、それを元にした映画版が特に。サラ・ブライトマンがヒロインを演じてるロンドン・キャストのCDも持ってる! ブロードウェイでミュージカルも観たし、映画はDVDあるし。ミュージカルの中でクリスティーヌがファントムに着せられる真っ白なドレスが好きで、……着てみたいって思ってた」
「……見方によっては、……なるほどな」
「あそこまで細かくは再現するのは出来ない。縫いやすくアレンジして、それらしく見えるようになれば、って思ってるんだけど、……難しい!」

音楽の師であり常に自分を見守るファントムと、幼馴染みの青年との間で揺れ動くヒロインと、その周辺で起こる怪事件。特にミュージカル版はロマンティックで官能的に仕上がっており、いまだにロングランを続けている。物語には常に死の影も漂い、ミカサの好みにも副いそうではあった。

「父親みてえな男と幼馴染みの若い男の二人から想われて、…若い男取るハナシだよな」
「もう! 身も蓋もない言い方!」
ミカサは苦笑いを浮かべた。
「身につまされる物語なもんでな」

ミカサは手を止めた。

「私なら、ファントムと地下で暮らす」

躊躇いなく言った。針と糸と生地を持っていた手が、リヴァイの手に触れた。

「陽の光浴びられねえ生活でもいいのか」
「平気。だって、ずっと一緒でしょ?」
「…………そうか。ファントムもオカルト・マニアの女に惚れときゃよかった訳だ」

抱きしめる腕に力がこもったのを感じて、ミカサがうっとりと深い呼吸をした。
誰に会えなくなっても、何もかも棄てることになっても、ずっと一緒なら、それでいい。誰にも理解されなくてもいい。

もし。もし、私たちのことが誰にも受け容れてもらえないなら。

リヴァイ。その時は、私を連れてってくれる?

ふたりだけでずっといられるところに。

ミカサは随分前に手に入れたバービーとケンのペアの人形に目をやった。
あんな風にふたりだけの空間にずっと一緒に居られたら、どんなにいいだろう。
絡みつく腕が、苦しいのに、嬉しい。

小さな手が再び針と布地を手にした。
部屋には時折微かな衣擦れの音が響いた。
どちらも何も語らなかったが、それで十分だった。

リヴァイはその日、明けてからの午前二時頃にミカサの家を出た。ミカサがシャワーを浴びて寝る支度を整え、ベッドに入って寝入りそうになるまで一緒に過ごした。あらかじめ鍵の隠し場所を聞き、外から施錠して鍵を隠して去った。

ミカサは終始穏やかに満足げな笑みを浮かべていた。

「なんかあったら、電話でもメールでもしろ。何時でもいい」

最後に聴いた声が、ミカサの頭の中で回り続けた。額に残る唇の感触と共に、身体中を循環してあたためる。
ニトログリセリンて、お守りにもなるみたい。ハンジ先生、論文書いてみる?

引きずられるようにして、眠りに落ちた。
枕元には、リヴァイに繋がるスマートフォンがある。


「で? リヴァイはどんな仮装するんだ?」
「あ?」
「明日だよ。ハロウィンじゃないか」

勝手に押しかけ、勝手に棚からポットと茶葉を出し、勝手に湯を沸かし、勝手に茶を淹れながら、エルヴィンが尋ねた。

「俺は関係ねえだろ」

エルヴィンにカップを差し出され、受け取りながら答える。

「私たちもするんだし、やりなよぉ」
「そりゃお前は楽しみだろうよ、変わり者がフツウに見えなくもねえ貴重な一日だからな」
「何したって高潔な科学者にしか見えないと思うけどね!」
「何してもマッド・サイエンティストになら見える」
「ええええええ、うっそぉ! リヴァイ、目がオカシイんじゃないの!?」
「お前はアタマがオカシイ」
「あっははは、ウケる!」

空き時間が重なっているのか、ハンジまで居る。持参したクッキィは差し入れだと言っていたが、封を切るなり自分でばかりばりぼりと貪っていた。昼食を食べ損なったのだと言う。足元に落ちてゆくクッキィのカケラを、リヴァイは忌々しげにねめつけていた。

「それよりお前はくず入れの中にでも入って食ってろ」
「そういう仮装も面白いかもしれないなあ」
話しながらも食べるためにどんどんカケラが周囲に散らばってゆく。

何をどうすりゃこんな汚え食い方出来るんだ。食いカス投げ散らかすスプリンクラーじゃねえか。

「セサミ・ストリートに似たようなのが居たな。二匹足せば今のお前にぴったりだ」
常にテンション高くクッキィを食い散らかす青い生き物と、ゴミを入れる蓋つきの缶に入っている緑の生き物が、リヴァイの脳裏に横たわっている。
「あなた意外と可愛いの知ってるねえ!! クッキィ・モンスターとオスカーか!」
「おう、いっそがっつり仮装して訴えられてこい。イメージぶっ壊されて迷惑だって。変態の余罪追及されてなんなら囚人服も着られるチャンスだ」
「あー、明日の仮装、ソレに変えよっかなー。囚人服、いいねえ!」
「ノリノリかよクソメガネ……」

やり取りを聞いてエルヴィンが吹き出した。ソファの脇に身体を捩ってなにやらごそごそと手にしている。

「まあ、どうせ用意らしい用意もしてなさそうだから、プレゼントだ」

段ボール箱を掲げて見せると、ソファの空きにどんと置いた。

「ゴミなら自宅前の所定の場所に出せ」
「仮装に使えそうなものだ。好きなの選んで使うといい」
「…ゴミじゃねえか。お前のサイズを俺が着られると思うのか」
「心配無用だ、俺も六年生くらいの頃はお前と似たようなものだった」
「ぶっは! いだだだだだだだだだだだだだだ!! リヴァ…放して、ちょ、指食い込んでる! いってえ! …あだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!」
「クソやかましいぞメガネ…」

エルヴィンは背を向けて口元を押さえて笑いを堪えている。
リヴァイの手がハンジの頭を鷲掴みにしていた。

「いや、実は、衣装を買うのもなんだしつくるほどの腕はないんで、あり合わせでどうにかならないかと実家を色々探したら昔の服やら色んなモノを発掘してね。小柄なお前でも着られそうなものがあったんで、持ってきたんだ」
「何がなんでも着なきゃならねえもんでもねえだろ」
「それはそうだが、今年は校内でパーティを開催するくらいだから、付き合ってやるのもいいじゃないか」
「リヴァイ、私が持ってる猫耳カチューシャと猫しっぽ、貸してあげようか?」
「仮装通り越して変態の烙印押されそうじゃねえか」
「いや、そのおっかない顔が可愛く見える素敵な魔法…いだだだだだだだ!」

リヴァイは忌々しげに舌打ちをした。

「適当に着るから、あとはうるさく言うな」
「お。何を着るんだ?」
「ねえ、そのいつもの作業服が一瞬で脱げる仕様にしてストリッ……いだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!」
「オイ、その口ン中、便所のブラシで磨いてやろうか」
「要らな、いだだだだ、ごめん、ホント痛い、ちょ、マジで!!」

清掃員事務室は、時々とてもとても賑やかになることがある。


◆ ◆ ◆


授業が終わり、廊下が生徒たちでひしめき合っていた。いつも以上に賑やかなのは、パーティが控えているからだろう。
「ミカサ! ミカサも一旦家に、……あ」
アルミンは言いかけて思い出した。ミカサは柩の形をしたキャリーカートを持参で登校したのだ。着替えのための帰宅は出来ぬ故に持ってきたと今朝話した時に聞いたのを忘れていた。
「そう。思い出した?」
「ごめん、前もって声かけとくんだったね。ミカサの家に寄るくらい、出来たと思うのに」
「ううん、そう思ってもらえただけですごく嬉しい。それに、開始時間までしたいこともあるから、問題ない」
「そう?」

アルミンはいつもやさしい。ミカサはふんわりと嬉しくなる。
「アルミンの仮装、どんなカンジ?」
「やってみたいキャラとやれるキャラって、違うよね」

やってみたいキャラ? 一瞬ミカサはきょとんとした。SFコンベンションやコミック・コンベンション、アルミンが以前見せてくれた日本のアニメのコンベンションなどで好きなキャラクターのコスプレを披露しているファンの姿を思い出した。単に好きな扮装だから身につけるだけでなく、そのキャラクターになりきる感覚なのだろうかと推し量る。

「ある意味無難過ぎて、ホントにその作品知らないとわからないのになっちゃった。ミカサみたいに裁縫が得意だったら良かったんだけどね」

ふう、とため息をついている。

「あとで落ち合って会場入りしない? その時、見せて」
「うん! いいね! ミカサのロッカー前にしようか。開場三十分前でどうかな」
「いいと思う。エレンは?」
「僕がどうにか引きずってくるよ! 約束だよ、って言ってあるし、……面倒だからって破ったりは、しないと思う」
「…うん」

エレン、どんな仮装で来るんだろう。闇の騎士としてコーディネイトしてあげるって言ったのに、断られてしまったのが悔やまれる。
もう。エレンの秘めた能力が全開になるように整えてあげられるのに。

ミカサはアルミンと一度別れると、ロッカーを開けた。


居るといいんだけど。

ミカサは廊下を歩いていた。目指すのはいつもと同じ――清掃員事務室だ。

リヴァイ、まだあの格好してるといい。近くでは見られなかったけど、かっこよかった!

どういう風の吹き回しなのか、ハロウィンの今日、リヴァイはいつもの作業服を身につけておらず、ちゃんと仮装していた。相変わらず仕事はきっちりとこなしていた。それどころか、いつも以上に仕事にはキビシイ態度だった。
アレ、絶対仮装悪用してる!

……警官の扮装をしていたのだ。

ブーツを履いていたので、バイク警官なのかもしれない。遠目には妙にリアルなコスチュームだった。公道を歩こうものなら検挙されそうなリアリティを感じる。遠くから見ただけだからだろうか。

闇社会の大物って妙な噂のあるリヴァイが、警察官なんて!

あの格好して不機嫌な顔で掃除の邪魔になってるコを脅すからか、みんないつも以上に怖がっててちょっと面白かった。
細身の身体に制服がフィットしてて、ラインがすごく綺麗に出てた。頭が小さいから、すらっとして見えてホントにかっこいい! 写真、撮りたかった。多分、隠し撮り以外は、イヤって言われて出来ないと思うけど。

ミカサはひとりほくほくしながら脳裏の映像を無限再生させる。

ドアは開いていた。しかし、肝心の部屋の管理責任者は不在だった。その場で待つ事も考えたが、今この瞬間も仕事で忙しい思いをしているかもしれないリヴァイを待つのは、子供じみているだろうかと思いとどまった。

もし疲れて戻ったところに、私が居たら、きっとリヴァイは私を気遣ってゆったり過ごせない。

この前初めて家に来てくれた時は、私が寝付きそうになるまでベッドサイドに居てくれた。疲れてるはずなのに椅子に座ったまま。手を握っててくれた。
「もう小さな子供じゃないんだから」。
そう言っても、ずっと。

早く大人になりたい。リヴァイに甘えてばっかりなのと、高校を卒業したい。

ミカサはリヴァイが気づきやすいであろう場所を探した。
ふと思いついて、棚に近づくと、ポットとカップ&ソーサーを取り出して机の上に置き、その隣に持参した小振りの紙のバッグを添えた。

パーティに出る準備をしなくては。

事務室を後にして、元来た廊下を歩き始めた。速度が上がらないのは、未練だとわかっている。


リヴァイが中庭のゴミの有無のチェックを終えて水撒きを済ませ、事務室に帰ってきた。何が気が重くなるといって、明日のことを考えることほど厭なものはない。ある程度はパーティの実行委員たちが会場にした体育館を片付けて掃除する。しかし、「ある程度」であって完璧には程遠い。陰になっている場所などにとんでもないものを残していく輩は少なくない。

茶でも飲むか。

いつもの棚を見るがそこにはなかった。定位置がある。使えば洗い、拭いて必ず元の場所に戻す。エルヴィンは一度言っただけで憶えて、勝手に来て使ったとしても元の場所にきちんとしまう。ハンジは何度か放置しており、都度叱り飛ばしたところ、この部屋に来る前に飲み物を用意してくることがほとんどになった。
一瞬周囲をうかがうがひとの気配はない。

誰だ。

入られてさほど物理的に困ることはない。私物はロッカーに入れて施錠している。奥の部屋へのドアならば備品管理の観点からも鍵をかけるようにしているが、事務室そのものは警備上それほど重要なものはないため長時間空けるのがわかっている時に施錠する程度だ。清掃員をいちいち気にとめる者は少ない。妙な噂のおかげで敬遠されてもいる。

ミカサか。

サイドに結い上げた揺れる黒髪を思い出す。暗い色調の服と、誰彼となくつるむでもなくひとりで歩く姿とを。
取り巻きに囲まれてもなおどこか孤独に見える富裕な親を持つ少女も居るが、ミカサは徒に誰かに擦り寄ることもなく、喧騒を離れてひっそり佇んでいる。つくり笑いで媚びることをせず、潔さと不器用さ故にひとりだ。

果たして、机の上に手つきの紙袋があった。その黒いバッグにはオレンジと紫の紐で飾りがつけてある。ポットと茶葉の入った缶が添えるように置かれていた。
リヴァイが紅茶を淹れようとするのを見越して、気づかれやすいように棚から出しておいたのだろう、と推測した。

「EAT ME !(食べて)」

メッセージの書かれた紙を取り除いてみる。袋の中には紙のボウルに入れられたまろやかなベージュがかった茶色の半球が二つあった。半球の半分にはスライスされたナッツがまぶしてある。ハロウィンの時期には定番のキャラメル・アップルだろう。林檎の酸味とキャラメルのやや香ばしい濃厚な甘さが後を引く、シンプルだが人気のあるスウィーツだ。
また、その脇に、人の指に似せてつくったやたらとリアルでグロテスクなクッキィも数本添えてあった。綺麗にセロファンでラッピングしてある。

どうりでメッセージにはミカサが描いたであろう顔つきの林檎の絵が添えられているはずだ。
リヴァイはキッチンに立つミカサの姿を頭の中に思い浮かべた。楽しそうに、くるくると踊るように、次から次に作業をこなす後ろ姿。

茶請けにいいだろう。リヴァイはケトルに水を入れようと、持っていたカードを何気なく机の上に置いた。
ふと、気づく。それは、ただの紙ではなかった。ハロウィン・パーティのチケットの裏に書かれていたのだ。むろん、まだ「半券」などではない。

事前に購入するか、会場入口で購入するか、参加したいならその二択なのだとエルヴィンが言ってなかっただろうか。日々楽しそうに仮装用のドレスを縫っていたミカサが参加を取り止めたとは思えない。ならば、これは、……自分自身ではない誰かの為に買ったのだろう。

それが、リヴァイの手元にある。

「リヴァイと、参加出来たらいいな、って、思ったの」

しばらく黙ってチケットを見つめていた。

徐にセロファンを剥ぎ取り、キャラメル・アップルを一口齧った。
キャラメルは甘ったるいクセに、ほろ苦い。市販のものを溶かしたのではなく、ミカサが自らつくったものだと思われた。嘘っぽい香料が感じられない。中の林檎は酸味が効いていて、キャラメルと口の中で混ざり合う。

リヴァイは静かに甘い衣を着た果実を貪った。


アルミンは腕時計を見た。ミカサは大抵待ち合わせをすると、時間より早めに来てるのに。もっとも、約束の時間からまだ二分過ぎただけだ。支度に手間取っているのだろうか。
パーティに向かおうとしている仮装した女子生徒が、時々、アルミンを見て「クール!」、「可愛い!」と声をかけてくれて、アルミンは照れたように「ありがとう」、「君もね」と返した。

「ありがとう、ごめん、急いでる、」

ミカサの声がして、アルミンはその方向を見るなり歓声を上げた。

「ミカサ! すごい! お姫様みたいだね!」

背中の半ばまである長くうねる黒い髪が急いだ勢いでふわりと空に舞う。最初きょろきょろしていたミカサが声の出どころにようやく気づいてアルミンに駆け寄った。アルミンはなかなか凝ったコスプレ姿だったために、すぐには気づけなかったのだ。いつものきん色の髪はウィッグと思しき白髪になっており、前髪を赤いピンで留めている。目の周囲に少しメイクを施して、ダークな印象を醸し出していた。いつもの穏やかでやわらかいアルミンの印象は鳴りを潜めている。

「アルミン、すごく素敵! とてもとても素敵! 可愛くてかっこいい! それは、誰の仮装なの!?」
「日本のアニメの、ホラ、前に、ミカサの憧れのカフェの店員さんがリゼってキャラクターのコスプレしてるんじゃないかって話をした時の、」
「トーキョーナントカ?」
「そう、ソレに登場するキャラクター」

肌にところどころ赤のボディ・ステッチを施しているかのように見えて、とてもクールだった。ミカサはアルミンの腕に思わず抱きついて絶賛したため、アルミンは困ったように照れ笑いを浮かべている。

「ホントは、違うキャラがいいなあって思ってたんだけど。ちょっと準備が大変だし、僕がやってもキャラに近づけないかなあって」
「そんなことはないと思うけど。でも、そのコスプレすごくすごくいい! きっとみんなアルミンだとはすぐに気づかない。本格的!」
「ミカサも、綺麗だね! 髪は、ウィッグ?」
「ううん、エクステンション。この前髪は地毛で、この生え際の辺りから毛先までがエクステ。お安い割にイイカンジになった!」
「うん、すごくいい。あとさ、いつものミカサも可愛いと思うけど、……その素顔のまんまっぽいの、可愛さがいつもの何倍にもなってると思う」

う。ふだんしてるアイ・メイクとかリップの色と違うから、ちょっと恥ずかしくて、でも仮装のためだから、と思ってスルーするつもりだったのに。指摘されると、なんだか気になってしまう。

「あ、ありがとう、」

ミカサは頬を赤らめた。

「ねえ、写真撮っていい?」

通りすがりの生徒がスマートフォンを振って見せた。ひとりはチープではあるがなかなか可愛らしい「不思議の国のアリス」を思わせるエプロン・ドレスで、隣のひとりはピンクと紫のチェシャ猫と思しき派手な猫っぽいコスチュームを身につけている。

ミカサが待ち合わせに少し遅れたのは、このためだ。数メートル進むたびにサムズ・アップで称賛のサインを送られ、写真を撮らせてと頼まれ、綺麗なドレスだと褒められ、「オペラ座の怪人」のヒロインではないかと声をかけられ、男子生徒に一緒にパーティに出ようと声をかけられた。なかなか前に進めなかったのだ。

ミカサとアルミンはエレンが来るまでの時間潰しだと思うことにして、承諾した。ほかの生徒たちも便乗して写真を撮り始めている。誰も彼もが思い思いの扮装をしており、ふだんの校内とは全く空気が違っていた。

いつもの私なら、遠巻きに見られてるだけなのに。ふしぎなカンジ。

「なあ、……お前ら、もしかして、ミカサとアルミンか」
「エレン!」

小さな撮影会がやっと終わった辺りに、エレンが現れた。

「エレン! あと十五分で始まっちゃうよ!」
「来てくれた! エレン、そのTシャツ、素敵。ホラー・テイストでかっこいい」

エレンは左肩から右の腰辺りに向かってばっさりと切られたかのようなリアルな柄のついた白いTシャツを着ていた。彼なりにパーティに出るための「妥協」した姿なのだろう。
実際、仮装と言っても大仰なものは身につけず、フェイス・ペイントで傷痕を描いて終わり、というタイプも多い。

「お前ら探すのに苦労したんだってーの。どんだけ本気出してんだよ。別人じゃねえか」

エレンは苦々しげに言う。

「アルミン。お前がアルミンだって、気づける要素がどこにあるんだよ」
「ええええ、メールに画像添付して、このコスプレで行くよって伝えたじゃないか」
「あ。メール来てたの見てねえわ」
「またぁ!? ほら、行くよ!」

アルミンがぱたぱたと歩き出した。

「へえ」

エレンがミカサを凝視している。

「ど、どうかしたの」
「んー……お前、ホントはそういう顔なんだ。こっちのが、よくね?」
「え」
「いつもよか、子供みてえなカンジ」
「え、…」

ミカサはほんの少し落胆した。顔に出てしまったのだろう。エレンが目を逸らした。

「だからさ、こう、いつもよか、なんつーか、幼いってか、カワイく見えんだって意味で、」

私の闇の騎士が褒めてくれた! 気遣ってくれるなんて。

「ホラ、行かねえとアルミンうるせえから、」

エレンは少しだけ照れているように見えた。

「ありがとう。……ところでエレン。素敵だけど、ちょっとスパイスが足りない。ので、これをつける!」

エレンは歩きながら、頭に犬耳カチューシャ、ヒップに犬しっぽをつけられる羽目になった。文句をつけはしたが、外すことはしなかった。自分のコトバのチョイスが不適当で、ミカサをがっかりさせたことへの小さな詫びなのかもしれない。

ミカサはスマートフォンやリップなどの必要最低限のものが入る小さなバッグを持ち直すと、裾を引きずらないようにして歩き出した。エレンに用意した仮装アイテムが減った分、少し中に余裕が出来た。
リヴァイのようには、かっこよく歩けないけど。風を切るようにして、胸を張って歩くのって、やっぱり気持ちいい。

このドレス姿を見たら、リヴァイは何て言ってくれてただろう?

見た目よりも軽い長い髪がふわふわとなびいて、後ろから歩いてくる生徒や廊下で合流した者の目を奪った。


体育館の入口は賑やかで、ひとでごった返していた。チケットを当日購入する生徒も意外に多い。また、新聞部のカメラ担当や学校のホームページ管理担当が、出来のいい仮装や面白い仮装をしている者や沸き立つ様子を撮影しているのも混雑の理由だろう。

ミカサとアルミンも声をかけられ、撮影させてほしいと言われてしまった。エレンも引きずり込んで三人で撮ってもらった。

「ヒストリアの『美女と野獣』のベルもすごいけど、あなたのも素敵! ファントムはあとから合流するの?」

みんなに絶賛されてミカサは内心戸惑った。ドレス、中途半端なのに、褒めてられてしまった! こんなことなら、もっと頑張るべきだっただろうか。

ようやくチケットの半券を受け取って会場の中に入ると、色彩で溢れ返っていた。まだ明るいが、おそらく始まれば通常の照明は落としてスポットライトや配置されたスタンドの明かりだけになるだろう。
ステージに近い辺りに、黄色のあざやかなドレス姿のヒストリアが見えた。いつもの美しい金髪を、ウィッグでも使っているのか栗色にしている。傍らには元の王子の姿に仮装した取り巻きのユミルと、ライオンのように金髪を逆立て、野獣風にペイントで軽くメイクしたライナーが立っている。立派な体躯に王族風のコスチュームが似合っていた。

「実行委員、本気出したねえ!」
アルミンが大きな目を更に大きくして言った。体育館の中はハロウィンを髣髴とさせる黒、オレンジ、紫に金や銀でデコレイトされていた。おばけを模した白いバルーンもあちらこちらに見える。
「すげえな」
エレンですら圧倒されていた。

来てよかった。エレンとアルミンが居てくれるし、色んなひとがドレスを褒めてくれた。会場はなんだかてづくりの割に豪華だし、みんな楽しそうにしてる。
バッグからスマートフォンを取り出すと、ミカサは写真を撮り始めた。エレンを撮り、アルミンを撮り、二人を並ばせて撮った。

「ミカサ!? うお、すげえ、マジ!?」

エレンが鬱陶しげに軽く目を眇めた。アルミンがそのエレンを見て少しオロオロする。
ジャンが目を見開いてミカサに見入っていた。頭にバンダナを巻き、海賊風の衣装を身につけている。

「ミカサ、超キレイだな! ドレスすっげ似合う! マジイケてる!」

あまりにも直球で褒められてしまい、ミカサは頬を染めた。そんな大きな声で言うからひとが振り返ってしまう…!

「ア、アリガトウ、」
「てことは、え、髪白いお前、アルミン!?」
「う、うん」
「エレンは見りゃわかるわ。おう、やる気ねえの相変わらずだな」
「誰もがお前みてえにノリノリじゃねえんだよ」
「ああ? そう言いながら何カワイイ耳とシッポつけてんだよ」
「こいつにつけられたんだよ」
エレンがミカサを顎で差した。
「え!?」
「そう。私のお手製」
「ええええ!! エレン、テメェ、何イヤそうにしてんだ、ふざけんな、羨ましい!!」
「うっせーな! 引っ張んなよ! だから、破けちゃうだろうが!」
「もう、二人ともやめなよ!」

ジャンは肩を波打たせた。ちくしょー、ミカサのハンドメイドかよ!!

ミカサはいつものやりとりに小さくため息をついたものの、唇は微笑んでいた。

これはこれで、いい思い出になりそう。思わずにらみ合う二人となだめるアルミンの姿まで写真に撮った。三人が驚いてミカサを見た瞬間もシャッターを切った。

足りないのは、ひとつだけ。
あとで、この写真を見せてあげよう。
日記にどんな風にレイアウトして貼ろうか。そんなことをつらつらと考えた。

今日は、楽しまなくちゃ。

会場を見回し、次々に写真を撮る。
華やかなヒストリアとその周りの友人たち、受付担当を終えて入ってきた頭に斧の突き刺さったマルコ、青と赤が印象的なマーベル・ヒーローに扮し、背中に蜘蛛のぬいぐるみを背負ったコニーと、何故か両手に骨付き肉のぬいぐるみを持ち口から血を垂らした魔女姿のサシャ、背の高いベルトルトは多分「オズの魔法使い」のかかしをイメージした扮装だろう、見知った顔を目で追うと、それぞれが楽しそうに見えた。
自分とはまた違う意味でひととつるまない、……アニという少女が同じ学年に居たはずだが、姿が見えない。小柄故に見えないのか、そもそも参加していないのか。
ハンジ先生は囚人服を思わせるオレンジのつなぎを着て、手首にいくつもの玩具の手錠をぶら下げ、プラスティックの鎖をたすきのように身体に巻きつけている。そばでエルヴィン先生が挿絵などで見られるいかにもなホームズ風の格好で苦笑いをしていた。

足りないのは、ひとりだけ。

ミカサはほんの少し遠い目をした。


照明が落とされて、ステージ上にスポットライトが点された。
実行委員からの簡単な挨拶や、頼まれていたらしい教師からの挨拶が終わると、ステージの上とそのすぐ下の辺りに生徒の大群が押し寄せた。大音量でマイケル・ジャクソンの「スリラー」が流れると同時に一斉に踊り出し、始まりから会場内のボルテージが上がった。

「すごいね…!」
「ハロウィンはガキのもんじゃねえのかよ」
アルミンは驚嘆しているが、エレンは呆れたような声を上げている。
「エレン、犬耳をつけて言っても説得力はない」
ミカサに突っ込まれてエレンは忌々しげに睨んできたが、それでも外さずにいてくれた。

チークのようなスローテンポならいざ知らず、スピードや躍動感に満ちた派手なイマドキのダンスとなると、ミカサには見ているのが楽しいシロモノでしかない。あくまでも、踊りに来たのではなく、雰囲気を味わいに来たのだ。その点はアルミンも同じ、エレンに至っては強制連行のようなものである。並んで物珍しげに眺めるばかりだ。
こういうパーティでは食べ物は汚れの元になるのでまず供されることはない。せいぜい水かレモネードが振舞われる程度だ。

「二人とも、レモネード、飲む?」

デモンストレーションの「スリラー」はなかなか見事で、皆それに見入っている。

「あー、飲むか。踊ってるのが居るせいか、ちょっと熱気こもってきてるよな」
「ミカサ、それなら僕とエレンで持ってくるよ。カップ、ひとりで三つは無理だし、ドレスの女の子はそんなことしちゃダメだからね」
アルミンがエレンの肘を掴む。一瞬エレンは面倒そうな顔をしたが、ふう、と息を吐いて二人で歩き出した。

エレンはココロの底から友好的、には見えないけれど、アルミンを邪険に扱うことは減ってきた、と思う。ミカサは嬉しくなった。

座って待ってても、だいじょうぶ? 

後ろを振り返って置かれているパイプ椅子を見つめる。離れた場所に設置された椅子には、友人同士らしい女の子の三人組が既に腰掛けておしゃべりで盛り上がっていた。

ドレスの裾を持ち上げて後方に歩き出す。ドレープを整えながら、ゆっくりと腰掛けた。バッグの中にスマートフォンを戻そうかどうしようか、ささやかな逡巡を始める。

「――さらわれる準備、出来てんのか」

聞こえるはずのない声が耳元で弾けて、ミカサは動けなくなった。

「パーティ、楽しんでるみてえだな」

甘い声。どういう訳か喧騒を物ともせずに耳に忍び込んでくる。

「リヴァ…」
やっと頭を動かせるようになり、後ろを振り返ろうとすると、片腕がするすると肩を包み込んだ。見えたのは薄い唇だけだった。暗がりの中だと、いつも以上にセクシィに見える。
「イタズラされんのと菓子寄越すのと、どっちがいい」
「リヴァイが好きな方」
唇が一瞬耳をかすめた。
「なら両方だ。…このままここに居るか。それとも俺と一緒に行くか」
「一緒に行く!」

躊躇なく答えると、薄い唇がほんのりと弧を描いた。
腕が肩を解放すると、影がミカサの前に回り込んだ。

「!」

リヴァイは仮面をつけていた。ちょうど鼻の辺りから上半分だけが隠れるような白のマスク。口元しか見えないのはそれも理由だった。前髪を後ろに流し、タキシードを身につけており、まさにファントムの仮装をしている。顔は半分しか見えず髪形も平生と異なっているため、おそらくこれがリヴァイだと気づける者はそう居ないだろう。

「掴まれよ」

リヴァイがミカサを抱き上げた。

「リ、リヴァイ、」

近くに居て、やはりミカサたちと同様、ステージの様子を楽しんでいた生徒の一部が、二人に気づいて歓声を上げた。

「とっとと出るぞ」
「……うん」
ミカサはリヴァイの首に両手を回してしがみついた。数人が暗がりにも関わらず、果敢にフラッシュ機能まで使って写真を撮っている。

「ミ、ミカサ!?」

アルミンとエレンが紙のカップを手に戻ってきた。
白いドレスの少女を抱く黒い影はどんどん遠ざかってゆく。
ミカサは抱きついていた手を一瞬放し、友人二人に小さく振って見せた。唖然とする二人はカップを手に立ち尽くすばかりだった。

「見て、ファントムとクリスティーヌ!」
「え、なに、コレ、フラッシュモブかなんか?」

近くの生徒たちが盛り上がり始めた。
ミカサを抱えるリヴァイはものともせずに仄暗い中を歩いてゆく。
時折歓声や口笛が響いた。

リヴァイの首筋に顔を埋めたまま、ミカサは微笑んだ。

連れてって。夜の底でも闇の果てでも。リヴァイと一緒なら平気。


数分後、呆然としながらレモネードを飲むエレンとアルミンのスマートフォンにメールの着信があった。二人がそれを確認するとミカサからのものだとわかった。

《ファントムが来てくれたから、ちょっとオペラ座の地下を散歩してくる。今日は一緒にパーティに出てくれてありがとう。嬉しかった。生きて戻れたらまた明日。 M》

体育館にはいつまでも大音量の音楽が流れていた。

「なあ、アレ、……誰だ」
エレンの問いに、アルミンは「さあ」としか答えられなかった。
三つ目のレモネードは、何故かアルミンの隣で魂が抜け切ったジャンが飲んでいた。
海賊が宝物を奪われたのでは無理もない。


◆ ◆ ◆


夢を見ているのかもしれない。ミカサは思う。

ひとけない学校の廊下を、ゴンドラではなく、横抱きにされたまま流れるように移動している。確かに現実のはずなのに、あわあわとして掴み難い。なにもかもが茫漠としている。

「……を貸せ」

あの薄暗がりの中で、ほんの僅かではあったが、一緒に過ごすことが出来た。薄闇や見慣れぬ衣服の力を借りたのは事実だが、それでもそれなりに見知った人々の中に居られたのだ。
その限られた僅かな時間のために、わざわざ着替えて会場に来てくれた。こんなお遊びの仮装なんて、リヴァイにとっては茶番でしかないのに。適当に時間を潰していれば、私が出てきて合流して、リヴァイのアパートに移動して、それで終われたのに。

あのチケットは、ただ渡しておきたかったのだ。どうなろうと、リヴァイの元に一瞬でもいいから在って欲しかった。馬鹿げた感傷だ。そんなことはわかってる。

それなのに。
来てくれるなんて。

「ミカサ。鍵貸せ」

呆れたような顔が見えた。
いつの間にかミカサのロッカーの前に来ていた。自分の足で立っていることには今気づいた。慌ててバッグを開けて鍵を取り出す。

「キャリーカートひとつか」
「うん、入りきらなかったのは違うバッグに入れてきたけど、それはもうこっちに入ってるから」
「そうか」

荷物を取り出しミカサが施錠したのを見届けると、小さな手を握って歩き出した。空いている手でカートを引く。

「待って、片手だとドレスの裾がうまく捌けなくて、」
「ああ、悪い」
「え、あ、」

ミカサを肩に担ぎ上げると、そのままざくざくと大きな歩幅で進んだ。細身で小柄なこの身体のどこにそれほどの力が潜んでいるというのか。ドレスの分も増量しているというのにものともせずに平然としている。

「下ろして、自分でちゃんと歩ける! 撃ち取った鹿とか兎じゃないんだから、」
「黙ってさらわれとけよクリスティーヌ。実際俺の獲物じゃねえか」

体育館のある方角からぼんやりとこもった音楽が聞こえてくる。白いドレスのミカサを抱えていた影が、じきに闇に融けて廊下から消えた。


「リヴァイ、」

アパートの部屋に入るなりミカサがリヴァイに抱きついた。待ち構えていたように手がミカサの項をとらえて引き寄せると、リヴァイが当たり前のように唇を塞いだ。

「ン、…んぅ、ふ、」

腕の鎖に緩く拘束されて、しばらくは動けなかった。口の内側を這う舌を自分の舌で迎え入れると、より深いキスを与えられた。頭の中から余計なもの全てが一掃され、自分を抱きしめてくれる男のことだけでいっぱいになる。

唇が解放された。リヴァイの右手の親指が少し腫れて赤みを増した唇を撫でる。

「リヴァイ、すごくかっこいい」

うっとりした瞳で言われて、唇を離したことを後悔した。その手の素直な賛辞はどうにも気持ちの置き所が掴めない。

「来てくれて嬉しかった。ワガママにつき合わせてごめ」

改めてキスをされる。

「チケットあったからな。仕方ねえ。おまけに菓子までもらっちまった」
「でも、私が届けたのは今日。……服、いつから用意してくれてたの」
「今朝家から持ってきた。エルヴィンが寄越しやがったゴミにあのマスクが入ってたんでな」
マスクは車に乗り込むと同時に脱ぎ捨てた。
「エルヴィン先生?」
「話せば長い」

経緯はどうあれ、一緒に参加したいという願いを叶えてくれたのだ。それだけで嬉しい。

「連れ去って閉じ込めたとくりゃ、あとはわかるよな」
「え、」
「俺がお行儀よくベッドにひとりでオヒメサマ眠らせておく殊勝な男じゃねえのは知ってるだろ」
そう言われてミュージカルや映画の中のワン・シーンを思い出す。ファントムは大切そうにクリスティーヌをベッドに寝かせてやる「だけ」なのだ。
「あの、」

「菓子、寄越せ。キャラメル・アップルより甘いヤツだ。たらふく食わねえと気が済まねえ」

そういう、艶っぽさ全開で言うの、やめてほしい。

「リヴァイ、そんなに甘いもの、好きだった?」

広く開いた胸元にキスをされた。

「お前は別腹だ。いくらでも食える。第一お前が先に言っただろ」
「え」

タキシードの内ポケットから一枚の紙を取り出す。賑やかなハロウィン・カラーのチケットの裏をミカサに向けた。

「『私を食べて』ってな」

そこには確かにミカサの書いた文字で《EAT ME !》とあった。

「……………………たくさん、食べて」
「ハロウィンも悪くねえな」

白いドレスのせいで、紅潮した肌が際立った。


寝室でゆっくりとドレスをはぎとられた。しなやかな手が背中のジッパーを下ろし、袖を肩から下ろし、両の手を抜き出す。

「胸元、もう少しどうにかならなかったのか」
「なにか、おかしい?」

ごく小さく絞って点けられたライトの淡い光が、ミカサの白い肌とサテンのように光沢のある淡いブルーのビュスチェを照らし出す。

「見え過ぎる」
「今日みたいな日は、誰もこんなとこ、見ない」
「ガン見に決まってるだろ、馬鹿」
「それはリヴァイがそうだから?」
「おう」
「そこは否定するとこ!」

その豊かなふくらみに唇で触れた。手はそっとドレスを下にすべらせている。

「あまり大きくないのに」
「それ、女の前で言ったら一気に全員敵だ、気をつけろ」
「だって、ビュスチェで補正されてる、」
「されてねえ時のも知ってんだよ。俺の手からこぼれそうになってんだろうが」

胸元に顔を埋めながら言わないで欲しい。ミカサは体温の上昇に伴って息が上がり始める。

「コレ、バッスル、マジで入ってんのか」

リヴァイって、ホントに、なんなの? バッスル知ってる男のひとってどれくらいいるもの? いつどうやって知ったの、ホントに。

「ううん、お手製の、なんちゃってバッスルで誤魔化した」

身体の前にはほとんどボリュウムをつけず、後方が持ち上がるように手持ちのパニエを元に戻せるように仮留めして、幾重にも重なりをつけて厚みを出したものを身につけていた。

「待って。自分で脱ぐから。あっち、見てて」
「断る」
「変態」
「この程度の変態で良かったじゃねえか。お前が涙目で『こんなに脚開くのはフツウなのか』って訊いてきた時に、なんにも知らねえのいいことにド変態なプレイ仕込んでやろうとしてやめてやったやさしさに感謝しろよ」
「やあああああだあああああもおおおおおおおう!!」

そういうのはやさしさって言うの!? リヴァイのばか! ばーか!!
ミカサはヒップからバッスルもどきをすべらせると同時にドレスも足元に落とすとベッドに座り込んだ。

「お前の年齢でビュスチェにガーターかよ。俺が楽しめるようにって気遣いか」
言いながら、エクステンションを外して、手櫛で髪を梳いた。長い指が黒髪の中をさまよう。
「実用性で選んだに決まってる!」
「ほう。ガーターがか」
ストッキングを穿かなくとも、仮装に影響など、ない。
「それは、」
ガーターを身につけたかっただけだ。大人になった気がする。大人の男に抱かれる用意を、しているような気になれる。
自分が、この男にふさわしい女なのだと、勘違い出来る。

リヴァイの手が下ろしていたミカサの長い脚をさらい、ベッドにその全身を横たわらせる。

「ガーター最大の利点は、そのままヤレるってとこだよな」
「ちょっと待って、」

ミカサの身体がひくん、と揺れた。リヴァイの手が腿を縫うように這っている。

「これなら脱がさねえでヤる方が良かったか。花嫁姿のままじゃ悪いかと思ったが、…遠慮のし過ぎもよくねえらしい」
「あ!」

ショーツの上から指が上下になぞり、やわらかな窪みに留まった。

「まあ、ドレス脱いでも花嫁仕様風とはいい心がけだ。汚す楽しみが増える」

窪みが熱を帯びて、蜜を含み始めた。

「なに言ってるの、」
「ハロウィン、気に入った。甘いモノ食い放題か。コレはガキのやっていい祭じゃねえだろ」

タキシードとベストを脱ぎ捨てると、タイを緩めてほどき、シャツのカフスを外す。どういう訳かどの仕草も無造作で荒っぽいのと同時に優雅に見えた。前身ごろのボタンをいくつか外すと、ミカサに覆い被さった。

「イタズラされるのともてなして回避するのと、オトナにはどんな違いあるんだかわかんねえな」

ビュスチェの側面にある縦に並んだホックの部分を開いた。片手でよどみなくすべるように外せるのはどういうことなのだろう。

「あ、」

乳房が露にされる。こぼれ出して、ふる、と揺れた。

「好い声で歌えよ」

ショーツの中に、手が忍び込んできた。

「んっ…」

唇を、噛んでしまう。悪い癖はなかなか抜けない。リヴァイが舌でなぞって引き結んだ唇をやわらかくほどいた。甘い息が漏れた。濡れた音がこぼれるたびに、ミカサが声を飲み込もうとする。

「歌い方教えるのがファントムの役目か。しょうがねえな」

潤んだ目に滲み始めた涙を舌先でさらうと、ミカサが縋るような瞳でリヴァイを凝視していた。

「リヴァイ、」
「力、抜けよ」

お前は、いつどんな時なら、ガチガチに固めた自分を解放してやれるんだろうな。
抱かれてる間くらい、とろとろにほどけたって構わねえだろ?

小さな手がリヴァイのシャツの袖を握り締めた。


「リヴァイ。おなか空いた。リヴァイは?」

硬い胸板に額をこすりつけてぽそりと言った。

「気づかなくて悪かった。なんかデリバリー頼むか」
ミカサの肩にブランケットをかけてやった。
「四日前買った食材、まだあるでしょ。それでなんかつくる」
放課後にミカサをアパートに招いた時に、一緒に買物に出かけ、ミカサのつくった夕食を一緒に食べた。その時の食材ならば確かに残っている。
「手間増やすことはねえよ」
「食材を無駄にすることもない。お金は、大事。リヴァイが毎日はきちんと働いて手に入れたお金なんだから」

アルバイトをするようになった今は、余計にそう感じる。可愛い服も気に入った雑貨も、両親が大変な思いをして得た給与を小遣いとして分け与えてくれることで買うことが出来ていたのだ。
リヴァイはミカサに金銭の負担をさせたことがない。「対等で居たい」というのはまだ思い上がりなのはわかっている。でも、払わせてくれないことに胡坐をかいていいとも思えない。

「何どうすりゃこんないい娘に育って、どこでどう間違って俺みてえなのに引っかかってんだろな」
リヴァイが頭を撫でて、更に頭頂に唇を押し当てると、ミカサは気持ち良さそうに目を閉じた。
「意地悪だし私のことからかうし笑うし根性捻じ曲がってるけど、こうなったのがリヴァイで良かった」
「根性捻じ曲がった男に抱かれてとろっとろに融けてやがっただろうが」

べちっ。

平らな胸をミカサの手が叩いた。

「リヴァイがホントに最初のひとで、良かった」

大事にしてもらったから。すごくやさしくしてくれたから。いちばん、すきなひとだから。

「最初で、最後だろ」

思わず、顔を上げた。

「何だよ。ほかの男にくれてやる気はねえからな」

「ほかのひとなんか、要らない」

今自分の口を塞ぐこのひとが、最期の瞬間まで一緒に居て欲しい。

「リヴァイ。あの、おなか、空いた」
「俺もだ」
「だから、コレは、オカシイ」

リヴァイに覆い被さるようにのしかかられて、ミカサは逃れようと身体を捩った。当然、徒労に終わる。

「お前食ってからでいいだろ」
「も、もう食べたあと!」
「足りねえ」
「だって、もう、さっき、」

あんなに、したのに。

「要らねえって言え。放してやる」

耳を唇で食まれている。

「またズルい言い方」
「お前みてえな菓子なら、いくらでも食えるって、言ったろ」

このまま、二人だけで居られたらいい。
ミカサはまた自分が融け始めるのを感じた。この身体は砂糖で出来ているのかもしれない。自分に重みを預けてくれる男の体温で、いとも容易く融解させられてしまう。

いっそ乱暴にされたら、本気で抵抗出来るのに。それを知ってるから、そんな風に私に触れるの?

リヴァイ。どこか、遠いところにいきたい。誰も追いかけられないくらい、遠い場所。

つれてって。リヴァイといっしょなら、どんなとおいところでもいい。


人参を刻み終え、玉ねぎに取り掛かる。セロリは既に刻んであった。全て細かいみじん切りにしなくてはならない。
ガーリック・ペーストとカット・トマトの缶詰、固形ブイヨンと、ひたすら刻んで少し叩いた牛肉。赤ワインはテーブル・ワインの残りがあるらしいので、それをもらう。オリーブ・オイルはこの前買わせてもらったばかりのがある。ローレルがないのが悔やまれてならない。
ロング・パスタはコンロが空いたら茹でることにする。

ミカサは黙々と作業していた。
着替えを出すのが面倒だったので、リヴァイが脱いだシャツを借りた。そもそも、着替えようと思えば、素っ裸のままで歩き回ったりキャリーカートの中を漁らなくてはならない。リヴァイを楽しませるだけではないか。あとは洗濯するだけだから、とリヴァイも借りるのを了承した。

「手伝うこと、あるか」
寝室から出てきたらしい。脱ぎ散らかした服を片付けて、空気の入れ換えをすると言っていたのだが、それが終わったのだろう。コットンのパンツだけを身につけている。美術館の彫像でも眺めるように、その半裸を見ていたいのだが、そうもいかない。
「椅子にでも座って、イイコにしてて」

冷蔵庫から林檎のジュースを出すとグラスに注ぎ、一口飲んでミカサの前に差し出した。リヴァイの持ったグラスから直接飲む。

「美味しい。冷たくてすっきりする!」

手はずっと動いている。手元から多少目を離しても瞼を閉じても作業を止めない。


リヴァイが寝室の簡単な整理を終えてリビング・ダイニングに行こうと廊下に出ると、歌が聞こえた。クリアに聞こえる訳ではないが、確かな音程で耳への当たりがいい声に思われた。

お前、ホントに「音楽の天使」か。

「オペラ座の怪人」ではヒロインのクリスティーヌが姿を見せずに自分を導き続けた不思議な師への敬愛の念からファントムをそう呼び、ファントムはクリスティーヌの声と歌の素晴らしさ、愛情から「音楽の天使」と呼びかけていた。
どうやら自分にもその「音楽の天使」とやらが居たらしい。リヴァイは少しの間廊下で立ち止まってミカサの声を聴いていた。

歌が途切れたところで、リビング・ダイニングに入った。ミカサが野菜と格闘している。白いシャツだけを身につけて、足には以前贈って以来愛用しているバブーシュを履いているのだが、……シャツの裾からすらりと伸びる脚が美しい。深く屈めばヒップが見えてしまうのではないか。

俺に食わせてくれるのは、何だった。パスタか。それとも、お前か。


「リヴァイ、ここ居ると玉ねぎに目をやられ――るのも、いいかもしれない。泣いてるリヴァイ、見たい! ここに居て!」
「お前も変態じゃねえか…」
「一緒にしないでほしい。可愛いリヴァイが見たいだけ」
「おっさんに可愛いもクソもあるかよ」
「リヴァイはおっさんじゃない。だいたい、あんな何回も、」

しまった。ミカサは自分の脳裏を過ぎった映像と思考に凍りついた。リヴァイのせい! こんなハシタナイ考え方とかは、きっとリヴァイのせい!!

「何回も、なんだよ」
「何でもない! 玉ねぎ刻み終わったから、リヴァイはここに居なくてもいい!」
「お前俺を何だと思ってんだ」

鍋にオリーブ・オイルを注ぎ、ガーリック・ペーストを入れた。火をつけて焦げないように馴染ませていると香りが立ち上った。オイルをさらにたっぷりと注ぎ、熱してから、野菜を全て投入すると木べらでオイルとよく混ざるよう攪拌する。

「かき混ぜながら弱火でじっくりがいいけど、待てない! ので、蓋をして火の通りを早める」
「肉はいいのか」
「フライパンで別に火を通して、あとで鍋に加える。肉は出来るだけ動かさないようにして焼き色をつけてやるとイイカンジ」
「手間かかってるな」
「リヴァイにマズイものを食べさせる訳にいかない」
「お前つくるの、何だって美味いって言ってるだろ」
「そう言ってくれるから、尚更、――」

ミカサが固まった。シャツの襟元を押し広げて、背後から肩に唇で烙印を押されている。
それは、見えない所有と独占のしるし。

「リヴァイ、くすぐったい、」

近くに火があるからって、……こんなには身体が熱くなったりしない。

「美味そうだ」

手がシャツの上から左の乳房を包み込んだ。
まるで始まりの合図みたいに、心臓のある場所から、リヴァイは触れてくれる。

「あの、……ダメ」

脈拍を測るように首筋に刻印されて、ミカサは震えた。

「何がだよ」
「だって、あんなに、……何回もしたのに」

シャツのボタンが外される。

「お前がイった回数基準にするなよ」
「や、……ダメ、リヴァイ、」
「美味そうなもの見せて食うなってのは、随分と意地の悪いハナシじゃねえか」
「や…ぁっ!」

裾から手がすべりこんで、ミカサの細くくびれたウエストから腿にかけてのなめらかな曲線をたどった。

「腕、……ほら、シンクに掴まれ。ちゃんと、自分の身体支えてろよ」
「あ……ン、やだ、リヴァイ、こんなとこで、」
「こんなとこだから余計楽しいんだろ」

着ているというよりも、もはや二の腕の動きを封じるだけのシャツが、拘束具を兼ねてミカサを押さえつけている。。

「リヴァイ、おねがい、」
「ああ、すぐにも欲しいよな」

手が両脚の間に呼ばれたように訪れて、ためらいもなく蜜の在り処をくすぐった。

「や、やだ、ダメ、」
「恥ずかしいと余計濡れるし、余計感じるよな、お前」
「ヤダっ!」

リヴァイの足がバブーシュを履くミカサの足と足の間にすべり込んだかと思うと、右にスライドした。足を開かせられてミカサが小さな悲鳴を上げる。
自分の尻に押し当てられる硬い感触と、ゆるゆると蜜の中を泳ぐ指の動きのせいで、叫び出したい衝動にかられた。

「リヴァイ、」

シャツをたくし上げられて腰から下の双丘がむき出しにされたかと思うと、両手で掴まれて一気に後方に引き寄せられた。

「やぁっ…!」
「お前、…歌、うまいな」
「あ、ダメ、……ダメ、」
「もっと聞かせろよ」

滴りそうに濡れたそこに、熱を帯びたものを押し付けて、奥に導くようにせがんだ。丸みを帯びた杭の先端が、拒みたげに締め付けてくる中で深みへと呼び寄せられ、ゆっくりと進む。

「リヴァイ、」
「……また新しいの、おぼえような」

糖蜜のようにとろりと甘い声が、僅かに乱れた息を取り込みながら、ミカサの耳に絡みついた。



「オイ。まだ怒ってんのか」

リビング・ダイニングのソファに座るリヴァイの脚の間にはシャツにくるまったミカサが口を噤んで座っている。目は赤く、濡れていた。

「私がご機嫌に見えてるならアタマがオカシイ」

正直に言えば、後ろから抱きしめている今は、具体的にわかるのは肌の赤みと熱さくらいのものである。
リヴァイがため息混じりにこめかみの辺りにキスすると、ミカサが振り払おうとした。かなわないまでも反抗しておきたい意思表示だった。そもそもまだまともに力が入らないのだ。そうでなければ、こんな風に黙って腕の中には収まっていない。

「どうせどこでどんな体勢だろうがお前感じまくりのイキまくりで泣きじゃくるじゃねえか」
「もうどっか行って!」
「また欲しくなった時俺が居ねえとしんどいだろ」
「もうヤダ…」
「泣くなよ。ヤる気が復活するだろうが」
「!」

抱きしめる腕に力が込められて、リヴァイの顔が余計に近づいてくる。ミカサは顔を背けたくて仕方がないのだが、首の可動領域にも限度がある。

「それ以上背けてえならフクロウにでも生まれ変わるしかねえぞ」

楽しそうに言うな!

キッチンで真っ先に美味しく頂かれたあとは、ミカサは全く使い物にならなくなった。
へたり込みそうになったところで リヴァイに抱きかかえられてソファにくったりと横たわるしか出来なかった。
頂かれている間に調理が進み、あとはリヴァイが拗ねたミカサから工程を確認して完成させた。
ボロネーゼ・ソースは大変見事に出来上がったのだが、ミカサはまともにフォークすら握れなかった。リヴァイが一口ずつパスタを巻き取り、口に運んで食べさせてやった。時々、自分の口にも放り込みながら。
一口運んではむくれるミカサをなだめて食べさせるのを繰り返した。延々と機嫌が直らないことを詰ることもせずに、実にかしずかんばかりに。

リヴァイって、意地が悪いの? やさしいの?

どちらも正解だから腹立たしい。

「せめて、寝室に移動して欲しい」
「そんな余裕ねえよ」
「嘘ついてる」
「先にイキてえ場所あったから無理だ」
「っ……!」

もうはたく力もない。

「イヤって言った!」
「そうだな」

ボタンのかけられていない前身ごろを閉じ合わせてやり、両腕で改めて抱きしめる。
口に出して主張することはほとんどないが、寂しがりでひとりが嫌いなミカサはハグに弱い。包み込まれるとおとなしくなる。

「リヴァイなんかキライ」
「おう。いくらでも言え。お前の言うコトバは真逆の意味だろ」
「キライ!」
「わかったわかった嫌いな男にイカされんのはシャクだよな。感じて蕩けてとろんとろんになったのはたまたまだしな」
「大ッキライ!!」
「泣くな。……まだ足りねえ気がしてんだ。泣かれるともっと泣かせてズタボロにしてやりたくなるだろうが」
「やだ。……あんな恥ずかしいの、ダメ」
「恥ずかしくてひとに見せられねえことしねえと、キモチよくなれねえんだよ」
「…………わかってる」

ここで押し倒して脚開かせてぶち込んだら俺はどうしようもねえ外道だな。

「そのクソ可愛いのどうにかしろ。ヤる気しか湧かねえ」

自分に呆れながら立ち上がって冷蔵庫に向かう。ドアを開けるとやや大きめの箱を取り出して戻ってきた。

「お前のその小せえ口にはもっと別なもん突っ込んでやりてえが、今はコレで我慢してやる」

ソファに改めて座りミカサを抱きかかえ直すと、箱を持ち上げて蓋を開けた。

「ぷりん…!」
ぱああ、とミカサの顔が輝いた。プリンを覗き込み、リヴァイを見上げ、またプリンに見入る。

オイ、だからそのいちいち可愛いのやめろ。コレ犯してえのどうすりゃいいんだ。腹立つな。ヤリ足りねえんじゃなくてお前がヤる気嵩増ししてんじゃねえか。

ため息をつきながら箱の隅に入っていた柄の長い細身のスプーンを取り出す。プリンの容器の透明な蓋を外し、ひと匙掬って口元に運んでやると、ミカサがおずおずと口に含んでうっとりと味わった。

「抱かれてる時そのツラ見せろ。俺はプリン以下か」
「かぼちゃのぷりん。美味しい。すごく美味しい。夢のように美味しい! リヴァイ、だいすき!」
「こンのクソガキ……往来で犯すぞテメェ」
「なんで!?」
「その無駄に発育のいい胸に手ェ当ててよく考えろ馬鹿野郎」

口では罵倒しつつ、手はせっせとミカサにプリンを与え続けた。ガラスの器に入った、オレンジがかった鮮やかな黄色のふるふると震える甘い菓子は、二つほどミカサの胃袋に落ちていった。

箱の中には六つも入っていたというのに、リヴァイはミカサがどうしてもと言って促した一口しか食べなかった。

「これは、最初からお前に渡す手土産にするのにつくらせたんだ。だから、お前が全部食え。残るなら家で食えばいい」

ミカサはしょんぼりした顔で、白い箱を見つめる。

「リヴァイと一緒に食べるのがいいのに」

手が伸びてきて箱を寄せる。その手が今度は頬を包んだ。穏やかにキスをされた。

「……甘いな」
「うん。すごく美味しい」
「お前がだ」
「リヴァイも」

互いにことばが少なくなるのは、気づいているからだ。

もうじきハロウィンは終わりを迎える。


ハロウィンには近隣のファームが期間限定でお化け屋敷ならぬお化け農場と化す。入場料を払えば、広々とした畑に順路を設けられたファームの中で、ゾンビやモンスターたちに脅かされるスリルを満喫出来る。迷路仕様になっていたりやたらと本格的に脅かそうとしてきたり、それぞれに特色がある。一般家庭が自宅をお化け屋敷にして開放している場合もあった。パーティなどに参加した後はそういった場に繰り出すのもよくあることだ。この辺りの住民のみならず、ウォール・ハイの生徒たちもおそらく連れ立って出かけていることだろう。

ミカサはダイニングの椅子に座って室内を見回す。自分の部屋とは正反対に、必要最低限のものしかないすっきりとしたこの空間も、大好きだった。出ていきたくない。ここを出れば魔法が解けてしまう。

なんの取柄もない、ただのサビシイ子供に戻ってしまう。

「ドレス、置いていけ。洗っといてやる。今度来た時持って帰ればいい」
リヴァイが支度を終えてミカサの前にやってきた。
「うん、……ありがとう」
「お前はまだ絶賛継続中だな」
長い指が結い上げた髪の毛先を弄ぶ。
「? なにが」
「ハロウィン」

ピューリタン・カラーのついたシンプルな黒のトップスに、黒のマキシ・スカート。首からは大きな十字架のついたロザリオを下げている。

「これでハロウィンなら私だけ毎日ハロウィン」
「毎日お前が食い放題か。悪くねえ」
「……ずっと続けばいいのに」

抱き寄せられた。リヴァイの身体に頭を押し付ける。

「明日、学校で逢えるだろ」
「……うん」
「……俺も、帰してえ訳じゃねえんだよ」

あの大きな家で、ただ待つだけの時間をたったひとりで過ごす。真っ暗な中でお気に入りのDVDを再生して、毛布にくるまって膝を抱えながら、いつもと同じシーンで涙をこぼして甘いミルクティを啜る。
それは、させたくなかった。

ミカサの部屋にあったトランクに本当に詰まっているのは、きっと、これまで口に出来なかった願いや望みだ。

「私、なんでまだ……子供なんだろ……」

リヴァイの背中にミカサの腕が茨のように絡みついた。

「そうやって自分のことがんじがらめにして追い込んで、願い事ひとつ口にするのも我慢してるからだ」

甘い声とやさしいことば。

「そうやって、大人がお前に我慢を強いるからだ。辛い思いしかさせねえものに、誰が心底なりてえと思う」

それなのに、苦しい。息が出来ない。

「それでも、棄てたくねえだろ。仲良くなれた友達も。お前のこと構ってやれなくて罪悪感で余計に距離置く両親も。お前の好きなものだけ詰め込んだ部屋も。そのために、したくもねえ我慢して、慣れてるって笑うんだろ」

くるしい。くるしい。くるしい。くるしい。くるしい。

「お前はな、なまじ何でも出来るから、本当にしてえことが出来なくて辛えんだよ。本当にしてえのは、技術も経験もどうだっていいことばっかりだ。ひとりでいたくねえだの、誰かに抱きしめられて安心してえだの、そんなのだろ。それを自分がガキでワガママだからだと思ってる。そう思わねえとやってられなかったんだろ。誰もくれねえからな。だったらな、」

聞きたくない。そんな本当のことは聞きたくない。

「まだ当分ガキのままでいたっていいじゃねえか。ちゃんと、待っててやる。お前の欲しいものは何だってくれてやる。焦るな。お前を置いていったりしねえよ」
「リヴァイ、――」

お前が十八になるの待たねえで抱いたクズが、何言おうがあんまり意味ねえけどな。泣かせるしか能のねえ男でいいのかよ、お前は。

リヴァはしがみつくミカサを抱きしめていた。


「明日、またな」
「うん」
「話したくなったら電話しろ。時間は気にするな」
「うん。おやすみなさい。帰り道、気をつけて」

いつもは唇にくれるキスを、赤くなった目元にくれた。ミカサはリヴァイの頬にキスを返した。

「ちゃんと休めよ」

リヴァイの車を見送った。ハロウィンはあと一時間で終わってしまう。
母が帰宅するのは今から二時間後くらいか。父は十一月二日にもっとも地元に近い空港に到着し、この家に帰ってくる。

万聖節の前の日の夜、ハロウィンには、死者の魂が家族や知人の元に還り、それに伴って悪魔や魔女がやってくるとされる。良きものに混じって悪しきものがやってくるため、家に入らせぬために入口で歓待のかたちをとって追い返す。
今はただ、かつての古い風習に便乗して楽しむひとときでしかない。

ささやかなキャラメル・アップルや焼き菓子を差し出しただけで、何倍もの慈愛が与えられた。もっとも、イタズラなどという可愛らしいものとは程遠い、息も出来ないような快楽で縛られもしたのだが。

リヴァイには、何も隠せない。全部暴かれてしまう。その上で、見せたくなかった弱さや醜さごと、抱きしめられてしまう。

私ほどしあわせな女の子は、きっとどこを探しても居ない。そのことを、すぐに忘れてしまう。何を持っているかではなく、持っていないもののことを考えてしまう。馬鹿げたことだ。
あの速さで歩けなくても、リヴァイは私を置いていったりしない。

冷蔵庫に白い箱を入れる。
また明日も楽しめる。お父さんとお母さんには悪いけど、これはわけてあげられない。私だけのとっておきのぷりん。

母親に気遣いと労いをしたためた短い手紙を書いて、寝る支度を始めた。

リヴァイ。また、明日。

時計の針が十二時を指した。
ハロウィンが終わり、万聖節を迎えた。全ての聖人を記念する日だ。

私を護ってくれるのは、どうやら聖人ではなく、どんな誰よりもやさしい悪魔だけれど。
ヒドいイタズラもするのに、美味しいぷりんまで食べさせてくれるの。


◆ ◆ ◆


「あなた、だあれ?」

外には男の子が立っていた。自分よりもずっと年上のお兄さんだ。サラサラの黒い髪が、時々風になびく。

「さむくない? ひとりなの?」

返事はなかった。窓があるせいで、声が届かないのかもしれない。

「ごめんなさい。おかあさんが、ドアをあけちゃダメっていうの。ひとりにして、ごめんなさい。さびしいでしょ」

いつの間にか、男の子が窓ガラスを挟んで目の前にいた。とても綺麗な瞳をしている。ほんのちょっとだけ空のいろを溶かした、ヴァニラ・アイスクリームみたいないろ。

「ひとりで寂しいのは、お前だろ」

やさしくて意地悪な声がささやいた。

「ちがうもん」

泣いたら、ダメなの。おとうさんとおかあさんが心配するから。だから、泣いちゃダメ。

「俺が迎えに来てやる。お前に開けられないドア、開けてやるよ」

泣いちゃダメなのに。

「いつ、きてくれるの」
窓に貼り付けた小さな手に、大きな手が重ねられる。ぬくもりは、ない。
「お前が、十五歳になったら」
「それ、いつ?」
「待ってろよ。お前、俺のものだからな」

やだ。いかないで。

「必ず、来てやる。だから、待ってろ」

うん。まってる。ずっとまってる。ずっとずっとまってる。

そしたら、つれてってくれる?


◆ ◆ ◆

「あ」

いつものモーヴ・ピンクの天井だ。

夢を見たような気がする。嬉しいような、哀しいような、その「気分」は残っているのに、どんな夢かは思い出せない。喉の上の辺りまで、出掛かっているのに。

スマートフォンが着信を知らせた。この音はメールではなく、チャット形式でやり取り出来るアプリの方だ。

《起きたか》

――うん。

《昼飯用意する 事務室来られるか》

――絶対行く!

《身体つらいところないか》

ミカサは頬を赤らめた。

――平気。全部嬉しかった。

《あとでまた》

――うん。リヴァイ、

《どうした》

――素敵なハロウィンありがとう。

《こっちは菓子の中毒だ もっと食わせろ》

スマートフォンを思わずブランケットの上に投げつけてしまった。慌てて持ち直す。

――お砂糖食べればいい!

《顔真っ赤だろ あとで拝んでやる》

――キライ!!

《直接言え 昼にな》

階下から母の呼ぶ声がした。

――いっぱい言ってあげる!

「今起きたとこ!」

声を張り上げてベッドを下りた。一瞬、クローゼットの前のトランクを見る。

それを持っていつか、……リヴァイと一緒にいくの。

ミカサは身支度を整え始めた。


登校すると、ロッカーの前で誰もが前日のパーティや仮装のことで盛り上がっていた。
「おはよう。ちゃんと、地下から戻ったんだね」
アルミンが声をかけてきた。
「おはよう。昨日、最後まで居たの?」
「それがね。エレンとジャンがまたモメて、お化け屋敷で度胸試ししようってなって、気づいたら僕ら三人と、マルコ、コニー、サシャの六人でファームのハシゴしてた。生きた心地しなかったよ」
アルミンが疲れた顔で言った。思わずミカサは想像して笑ってしまった。
「すごく素敵なハロウィン」
「ハハハ…まあね…。ねえ、…昨日のファントムって、誰?」
わくわくした表情を隠し切れていない。
「ファントムは、正体不明」
「ふぅん? まあ、確かにね」

しつこく追究しようとはしなかった。遠慮がちでやさしいアルミンらしい。

その後学校のホームページや学生新聞、匿名の有志生徒によるウォール・ハイのゴシップサイトに、ヒストリアやライナーといった、校内のカースト上位の姿や、面白い仮装やパフォーマンスを披露した者の写真や記事がアップされた。
その中にはミュージカルの歌詞を引用して、「《彼》はここに! ――ウォール・ハイにファントム現る!」とミカサの扮するクリスティーヌを抱いて去ってゆく「ファントム」」の後ろ姿の写真が記事と共に掲載されていた。
ふだんの印象とは異なっていたためか、ミカサが扮していたと知る者は意外に少なく、それほどしつこく穿鑿されるようなことはなかった。
一時の気分の隆盛で高揚だ。その瞬間大いに盛り上がれば、あとは穏やかに波が引き、誰もが思い出として抽斗にそっとしまい込み、いずれ忘れてしまう。

たったひとりを除いて。

新聞の切り抜きやホームページを印刷したものが、ミカサの日記を密やかに賑わわせた。
しあわせな記憶と記録を繰り返し見返しては、ミカサは微笑んだ。



「リヴァイ。サンクスギビングのお休みの中で、逢える日、ある?」

ミカサはそう言って、リヴァイが用意してくれたランチのハンバーガーにかぶりついた。パテはジューシィ、野菜はシャキシャキと歯ごたえがあり甘く、最高に美味しい。

清掃員事務室は、珍しく施錠されていて入れない。その部屋の更に奥の部屋に二人は居た。ゆかにミカサが提供したやや大判のコットン・クロスを敷いて座っている。

「オイ、家族で集まるんじゃねえのか。感謝祭だぞ」
「ボランティアもあるって言ってあるし。出かける必要があると理解してもらってる。イマドキ、パパママとべったり過ごす高校生を期待してはいないと思う」

十一月の終盤、冬の入口でもあるその時期は、慈善団体などがホームレスの人々に衣服や軽食を配ったりする。ミカサはそのことを言っているのだろう。

「嘘つくのかよ」
「事実を誇張するだけ。外聞の悪い言い方は控えて欲しい」
「お前な、……」
「一緒に過ごしたい。ダメ?」

齧ったばかりのバーガーを咀嚼するリヴァイを、ミカサが息を詰めて見守っている。

「パンプキン・パイ、つくれるか」
「もちろん、焼く!」
「そうか。ならソレお前の両親に譲ってやるから、俺にはお前寄越せよ」
「!!」
「甘いもんがねえとカラダが落ち着かねえんだよ」

そう言って、バーガーをまた齧った。

「ああいうの、もうしない?」
「あ?」

真っ赤になったミカサが目を逸らして照れ隠しに紅茶を飲んだ。

「ああいう、……その、すごく恥ずかしいの」
「……ああ、」

小さな唇が安堵の息を漏らした。

「もう少しえげつねえの、イっとくか」
「ばかなの!?」
「シュガー、気づくの遅えよ」
「リ、……!」

ミカサは絶句すると、泣きそうな顔でリヴァイの肩に顔を押し付けた。

菓子扱いの挙句、恋人への呼びかけを掛けてくるなんて!

「オイオイオイ、今ココでやらかせって合図か。ゴムはあっても時間が足りねえな」
「ばかでしょ!? ねえ、ばかじゃないの!?」

ミカサがべしべしとリヴァイの身体をはたく。
リヴァイはバーガーをもっしゃもっしゃと食べながら空いている腕でミカサを抱き寄せた。


◆ ◆ ◆


言っただろ。迎えにくるって。約束したよな。
でもな、ソコ出たら、二度と戻れねえ。

ほら、手、出せ。俺の手掴んだら、それで最後だ。
俺と一緒に来るなら、戻る道も帰る家もなくなる。

構わねえよな。


お前は、俺のものだ。




――つれてって。なんにも、こわくないから。
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2017/11/01 (Wed) 19:19 | REPLY |   

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