アクマでも、キミがキライ。3-薔薇と彼女の王子-

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「私は何にでも抵抗できる。誘惑以外は」 (オスカー・ワイルド)

スクール成分.・カースト成分不足。
なのにぬけぬけとタグつけてます。
皆様の寛大さに全力ですがるシリーズ。
多分清掃員さんとゴス娘がスタート地点に到着。

清掃員さんにゴス娘がデレてくれればいいな。
デレた辺りから清掃員さんの進撃が始まればいいな。

性的な意味で(真顔)。

とか考えながらの3作目。
考えただけでえろはないです。
ただ、清掃員さんの存在がやや15禁。
デレ始めたゴスミカさん。
そこにつけこむ清掃員さん。

さすぺんすほらーですねわかります。

自重を知らない三十路過ぎ。
相変わらずいかがわしい。
加えて若干クズというかゲスい。
15歳女子を追い込んでる。こわい。
大好きなかっこいい兵長は冬眠中。
きっとこの先も出てこない。
兵長、起きて。睡眠不足たたり過ぎ。

なお、動物好きな方には
嬉しくない描写があります。
お気をつけ下さい。

少女まんが過ぎてどうしようコレ。

キャラは丁寧に粉砕済。全てが捏造。
どんなリヴァミカでも大丈夫な方のみどうぞ。

20180827→
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どうしよう。
どこに居るの。
どうしよう。どうにも出来ることなんてないけど。でも、どうしたらいいんだろう。
どうしよう。こんなことを考えている私が、私?
いつからこんな風に、

――知ってるクセに。いつから、なんて。




大抵のことは、自分で出来る。そう思っていた。
ひとりでも平気なんだと、そう思っていた。
でも、どうやら違うらしい、と気づき始めた。

気づかなければ良かった。気づかない方が良かった。

苦手な男子をなかなか振り払えなくて困っていたら、いとも簡単に遠ざけてくれた男の子。
私が好きな話をしても、にこにこ顔で聴いてくれて、ほかの楽しそうな話題をくれる男の子。
一緒に居られるのは、とても嬉しいことだと、気づいてしまった。
カフェテリアでランチをするのも、一緒にパソコンで動画を観るのも、ゆるゆるとおしゃべりするのも、楽しいものなんだと、知ってしまった。

無視されたり遠巻きに笑われるのがフツウだった。楽しくはないけれど、仕方ないことだと思っていた。ひとと違う、ということは、そういうことだと思っていたから。

わかってる。気まぐれなんだろうと思う。

でも。私を受け容れてくれるのだと、期待してしまう。私だけを、私なら、私だから、受け容れてくれるのかもしれないのだと。そんなことをどこかで切望している。

そんなこと、あるはずがないのに。
青い薔薇を探すみたいに。青い月を待つみたいに。
馬鹿げた夢を見てしまう。醒めなくてはいけないのに、眠り続けることを願ってしまう。



「仲良くやってんじゃねえか」
紅茶のカップを手に、穏やかにそう言った。
「え」
「最近よく三人で歩いてるだろ」

いつものお店の、いつもの部屋。真っ白で壁一面の窓があって、テーブルと椅子があるだけの場所。信じられないくらい美味しい料理と、丁寧な接客でもてなしてくれる。


「明日、暇か」
学校の廊下。誰も居ない静かな時間。すれ違うその時に、ふいに声がする。
「予定は、ない」
「なら、午後三時。いつものところで」
「うん」
立ち止まって、それだけを交わす。

誰にも内緒。二人だけで、食事する。最初はどうして誘ってくれるのかよくわからなかったけれど、今は、……どこかで期待しているのが自分でもわかる。

瑣末な、取るに足らない日常のカケラをぽつぽつと話すのを、このひとは聴いてくれる。子供のたわごとなのに。穏やかな顔をして。
うちの窓の下の花壇に咲く花の蜜を吸いにハチドリが来てくれたこと。
ちょっと気味の悪いお菓子をつくったら成功したこと。
黒猫の後ろ姿を見かけて後を追ったら車に轢かれそうになったこと。
憧れのカフェのスタッフのプライベートな姿を見かけて嬉しかったこと。
いつもとは違うお店で可愛いピアスを見つけてしまったこと。
ウォール・ハイの敷地内で見かける猫が懐いてくれてとても可愛いこと。
そんな、聴かされても困るであろうことを、聴いてくれる。時々、コメントをくれたり質問をしてくれたりもする。
憎まれ口を叩く私を、からかいはしても怒らずに、鷹揚に構えている。

「エレンは相変わらず少しそっけないけど、アルミンがとてもいい子だって、わかってきてるみたい。アルミンを邪険にするなんて出来ない。すごく、やさしい子。エレンは少し不器用みたいだから、うまく表現出来ないだけで、きっと一緒が楽しいって思い始めてるんだと思う」
紅茶を飲んだ。今日はシッキム。ダージリンに似てる。澄んだ印象でどことなく甘い感じがする。
「お前は、どうなんだよ」
「え」
「お前がどう思うか、がねえな。エレンがどうの、アルミンがどうの。お前はどうなんだ。楽しいのか」
「……うん。ただ、……初めてで、自分でもよくわからない、のかも」
「何がだ」
「親しく話すひとって、あんまり、居なかったから。なにがフツウか、とか、どうするのが当たり前なのか、とか、わかってないような気がする」
そんなことも、割合よく一緒に居るひとが出来たから思えるようになった。

リヴァイがカップを持って紅茶を一口含んだ。淡い水色を眺めているのかカップに目を落としている。

「そう気負うこたねえだろ。一緒にいて楽しいなら結構なことじゃねえか」
「……う、ん。あの、……あなたは」
「あ?」
「…………こうして、一緒に食事をしてくれるけど、……退屈では、ないの」

視線を落として合わせようとしないミカサを、リヴァイは見つめていた。

「お前、カフェテリアで席取るときに、キライなヤツ居るテーブル、避けねえか」
「避ける」
「キライなツラ見ながらメシ食ったって楽しかねえよな」
「うん」
「それと、同じだ」

良かった。くだらない質問をするところだった。ちゃんと飲み込めた。
ミカサは安堵する。

「食事は、好きなひととが、いい」
「だろ。……なんだ。お前、俺が好きなのか」

ミカサが言い返すのだと、思っていた。いつものように毛を逆立てた猫よろしく、にゃあにゃあと勢い込んで。リヴァイはそれを期待して眺めていた。
その首の辺りに赤みが差した。ミカサはしばらく視線を逸らしたままだった。

「………………キライ」

躊躇いなのかそう言うための何かが必要だったのか。答えるまで随分と間があった。目が潤んでいるように見えた。小さな唇が、僅かに震えている。

「ほう。そうなのか」

濡れた目ェ逸らして、横顔で誘うんじゃねえよ、クソガキ。そんなの、いつおぼえた。

「知ってるクセに」

答えの意味が真逆に聞こえるのは、自分の耳のせいなのか。

「お前んとこの両親、相変わらずか」
「ん。父はやっぱり出張で飛び回ってるし、母は仕事だけじゃなく、今は祖母の面倒を見るのと並行だから、前にも増してあまり家に居ないのが続いてる」
遅い時間まで外出していても何ら気にする様子のないミカサに、リヴァイが尋ねたことがあった。元々父親は仕事が多忙で不在がちな上に、今は離れて暮らす父方の祖母が怪我をしたために、母親が家事を代行してやったりしながら仕事もこなしているのだという。
時折時間を見つけては母が帰ってくるが、夜にはまた出て行ったりであまり直接ことばも交わしていない。スマートフォンでメールや電話をすることでどうにか互いに交流を図っているのだとミカサは言った。
「サビシイだろ」
「慣れてる。こう見えて信用があるから、任されてるだけ。食事は自分の食べたいものを適当につくればいいし、宿題をやってネットから送信すれば、本も読めるし好きなことが出来る。気楽でいい、と思う。私はそうしていればいいけど、父も母も忙しいのに、私には愚痴ひとつ言わない。むしろ気遣われたり感謝されてしまう。私だけラクをして、申し訳ないくらい」

「信用」。そんなことばにすり替える術を身につけたのだろう。ミカサは微笑んではいるが、決して嬉しそうな顔には見えなかった。おまけに、まだ庇護されていておかしくない年齢なのに、大人と同じように出来ない自分だけが無用の存在のように感じているらしい。

「料理、するのか」
「簡単なものだけ。時々、張り切ってレシピ本を見たり、TVの料理番組を参考にしてつくる。どちらかが帰ってくるってわかってるときとか。この間、チキンのオレンジソースがけをつくったら母にものすごく喜ばれた」
「そりゃそうだろ。可愛い娘がつくってくれんなら」
無理のない笑顔に、少し距離を感じる「母」というかしこまった表現。少しばかりちぐはぐな印象を受ける。リヴァイは黙ってその顔を眺めた。
「……うん。でも、だから、こうして外でとんでもなく美味しいものを自分でつくることもしないでラクして食べられるのは、すごく贅沢。私は、その、……コトバが足りないし、伝えるのもヘタだから伝わってないと思うけど、とても、感謝してる。いつも、ありがとう。あなたのおかげで、とても貴重な時間を過ごすことが出来てる」
どういういきさつかなどわかるはずもないが、リヴァイと店とはとても懇意にしているらしく、いつ訪れても極上の料理が饗される。給仕の老紳士もとても感じがよく、常に親切だ。

ミカサが照れたようにぽそぽそと言った。
やはり育ちがいいのだろう。罵倒しつつも気をつけて帰れと気遣いを添え、給仕の男へも敬意を払い、行儀もよくマナーもそれなりにきちんとしている。冷めているようには見えるが、「いい子」なのが丸わかりだ。それをどこかで否定したくて、黒がメインのワードローブと少々ゴツめのアクセサリィで自分を鎧うのかもしれない。素直さを隠すように化粧までして。

「いい子には特別仕様のデザートだな」
「そんな、ただでさえ豪華なのに」
「気にするな。どうせ何も言わなくたってそうなる。お前、気に入られてるからな」
「…? そうなの?」
「ああ。いつも以上に腕を振るいたくなるそうだ」

シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテにヴァニラのアイスクリームを添えたものが出された。たっぷりめのアイスクリームには、ブラック・チェリィのコンポートがかけられており、彩りも華やかだった。また、舌休めなのか、ごく薄く焼き上げたゴーフルの載った皿もある。

「綺麗。食べるのがもったいない!」
「料理は召し上がってこそですよ、お嬢さん。目で召し上がったら、口でも味わわなくては」
給仕に微笑まれてミカサは照れたように笑った。

スッピンで笑ったら、どんなツラしてんだよ、お前。

「オイ、お前、俺の分も少し手伝え。女の別腹は底なしだろうが、一緒にされても困る」
「そんなことだから背が伸びない」
「テメェ……」
「でも、食べてあげてもいい。残しては失礼」
いつもの調子に戻った。リヴァイはチェリィを添えてアイスクリームをひとすくい差し出した。
「……まずは自分でも食べたらいいのに」
「いいから、食え」
促されて、素直に口に含んだ。直後、目が輝くのがわかる。
「美味しい! こんなに美味しいヴァニラ・アイス初めて…!」
ミカサは自分のプレートのアイスクリームをすくうと、同じようにチェリィを添えてリヴァイに口元に差し伸べた。
「うめぇな。俺がひとりで来たときと味違うってのはどういうことだよ」
少しばかりむっとした表情を浮かべたのを見て、ミカサが噴き出した。

「おや。このお嬢さんとなら、スプーンが入れ替わっても困らないようですね」
「え」
思わずリヴァイと給仕の両方を見てしまった。
「余計なことを」
リヴァイが不機嫌そうにつぶやく。
「この方は、少々潔癖が過ぎるところがおありなんですが。あなたが召し上がったカトラリィで食べるのもご自身がお使いになるものであなたに召し上がって頂くのも、苦にならないようです。お仲のおよろしいことで」
「え、あの、…」

そういえば、まだ居るのにリヴァイに自分のスプーンで食べさせてしまった。もらったからだし、未使用だったけど、……。いつも、そうだった。自分のカトラリィで食べ物を口元に運んでいる。ミカサは頬が上気するのを感じた。

「今日は長居だな」
「失礼致しました。ごゆっくりどうぞ」
珍しく茶目っ気のある表情で去って行った。

「マナー違反を遠まわしにたしなめられた?」
「今更だ。いい。気にしないで、食え」

唇を、見てしまう。悟られるかもしれないのに、見てしまう。唇の動きは、思っていた以上に官能的で扇情的だと気づいてしまった。時折見える小さな舌先の動きなどは、特に。
……でも、エレンやアルミンの口を、こんな風にじろじろ見たり、しないのに。

キスしたことがないひとだからかも。

そう思った自分に気づいた瞬間、ミカサはむせそうになり、無理矢理に堪えた。余計なことを。料理の美しさと美味しさに集中しなくては。

コクのあるヴァニラのアイスと、濃厚な甘みを持ちながらすっきりしたコンポートを口に運びながら埒もない事を考えた自分を封印した。ケーキも素晴らしく美味だ。ほろ苦さと甘みと果物の酸味にしっとりとなめらかなクリーム。味にも「美しさ」があるのかもしれないと思うほどに。

その少しばかり淫らな視線は、自分にも注がれ得るものだと気づかない。それはミカサの幼さだろう。
見つめる者が見つめられる者でもあると、気づけない。

ああ。想像するだけで姦淫の罪ってのは成立するんだったな。
リヴァイは静かに甘ったるい果実を飲み込んだ。

「受難」、あるいは「犠牲」。
チェリィは甘く傷みやすいために、「快楽」と「堕落」をも意味する。
甘さと一緒に飲み下すのがいい。甘さ故に罪の意識も増すのだが。それを歓びだと思うのは精神の糜爛かもしれない。



「今日も美味しかったし、…とても楽しかった。ありがとう、ございました」
ミカサの家の前に着いた。
「今日は少し早めに送ってやれて良かった。ゆっくり出来るだろ」
ミカサの顔がほんの一瞬曇った。
「ゆっくり、……そう、かもしれない」
「遊び足りねえか」
「そんなことはない」

貴重な時間を割いて、自分には一銭も払わせず、豪華な食事を与えてくれて、くだらない会話に付き合ってくれて。これ以上、何を望むのだろう。

「あの、……」
「どうした」

わかっていて尋ねるのは我ながら意地も性格も悪いと思う。
ミカサは「対価」を気にしているのだ。金銭では受け取らない代わりのものを。

「今日は、その、どうしたら、」
「気にしなくていい。お前からは丁寧に謝辞をもらったからな。それで十分だ」
「…………そ、そう」
ミカサがうつむく。その様子は、見ていてとても気分がいい。高揚すると言ってもいいくらいに。

「物足りねえか」
「え」
「欲しいのか。対価はもらってあって必要ねえって言っても」
「ち、ちが、……」

身を乗り出して、ミカサの顔を覗き込む。リヴァイの腕がミカサの前を封じるように過ぎり、腿の横に着地した。身体を動かすことは阻まれてしまった。ミカサが小さく息を飲む。

「違わねえだろ」
「違う」
目を合わせようとしない。首も耳も紅に染まっている。空が淡く夜に染まりつつあってもなお、わかるほどに。
「欲しいんだろ」
「ちが、」
「嘘つけ」
「!!」

唇を、キルシュの香りとヴァニラの香りがくすぐる。触れそうで触れない距離。呼吸と熱だけが混ざり合う。

「ちゃんと、言えよ」
息が唇を撫でる。ミカサは目を開けていることすら出来なくなった。
「もう、降りる」
「なら、要らねえって、言え。それで帰してやる」
果実を思わせる唇がかみ締められ、ふいに開き、また閉じては小さく吐息を生み出す。
リヴァイは黙ってその動きを見つめていた。指先でこじ開けてかき回したい衝動にかられる。
「………………欲しい、」

どうにかことばを吐き出した瞬間、塞がれた。

「ん……」

涙が赤く染まる頬を伝ってこぼれ落ちた。

「泣くなよ」
まなじりを舌で撫でて涙を絡め取ると、びくん、と身体が揺れた。そのままもう一度唇を塞ぐと、ミカサの手がリヴァイのジャケットの袖を掴んで握った。
唇を食むたびに、喉から甘い声がもれる。

「帰りたくない」

解放された唇から出たのは、小さな願いだった。同時に、とてつもなく重い。今居合わせる二人にとっては。

「言う相手、違うだろ」

からかいたいのか、自分の真意を無視したいのか。わかっているのか、わからないふりをしたいのか。
はっきりわかっているのは、卑怯だということくらいか。
リヴァイは自嘲する。

「なら、誰に言えばいいの」

想定していない質問だった。

「ごめんなさい。ありがとう。おやすみなさい。…………さよなら」

震える手が車のドアを開き、するりと身体が流れ出た。回遊魚が流れに乗るように、よどみなくその足が帰るべき家に向かう。背中がいつも以上に小さく見えた。

「どうせ壊れんなら、……いっそ食い散らかしゃ良かったか」

前髪をかき上げて息を吐く。外はすっかり日が暮れて暗くなっていた。目を凝らして見えるものはたかが知れている。目では見えないものと、向かい合うべきだった――多分。
たとえばあの恥ずかしげに逸らされる目に込められたなにか。たとえば躊躇いがちに開かれた小さな花唇が言えなかったことば。

ミカサが生きた長さの倍以上も自らの後ろに連なる時間があるというのに。この体たらくだ。

いつもはすぐに点される明かりがいまだ点かないままだった。玄関の明かりが点いて消えたのみで、ミカサの部屋はいつまでも闇で満たされている。

心配する義務はあっても資格はない。
リヴァイは車のエンジンをかけた。去らない限り、明かりは灯らないような気がした。

「お前。……またかよ。今日日のシンデレラは黒のドレスか」

助手席に、小さなピアスが落ちていた。街灯のわずかな光を受けて反射している。鈍い光を放つ銀色の小さな薔薇を手に取ろうとしてやめた。いたずらに触れて失くするより、家に着いてから拾うべきだろうと思った。


馬鹿なことをした。言うべきではないことを言ってしまった。
ただ一緒に過ごして、空いている時間を食い潰せれば、それで良かったはずなのに。欲をかくと何もかも失うものなのだ。

もう、やめる。向こうもきっとそう思ってる。
このままだと、きっと今まで以上におかしなことを言い出してしまう。願ったり望んだりしてしまう。
私が私でなくなってしまう。

暗闇の中でスマートフォンを取り出した。オンにして浮かび上がるのはこっそりと撮った写真。

消してしまわないと。

そう思って画像のフォルダを開いて削除するための操作をした。

【削除しますか?】

答えはYesだ。でも、指が動かない。指の代わりに異なるものが画面の上に降りて流れた。
何故泣くことがあるんだろう。最初に戻るだけ。いつもに戻るだけ。ただの私に戻るだけ。
日常に、戻るだけ。
こんなの、ただのデータ。

消すことが出来ないまま、その画像を黙って見つめた。時間が経過して画面が消える。その内、闇に慣れた目にうっすら見えていた周囲の様子すらも視界がぼやけて何も見えなくなった。
家の内も外も夜に包まれているが、明かりは必要なかった。



「ミカサ。どうしたの。大丈夫? 目の周り、腫れてない?」
アルミンが心配そうに尋ねてきた。
「何でもない。インセンス・スティックの香りが合わなくて、焚いただけで涙が止まらなくなっただけ」
「うわ、そうなんだ。大変だったね。冷やすもの、医務室からもらって来ようか?」
「ううん。大丈夫。ありがとう、アルミン」

日常。これが、そう。特に意味もなくて毎日代わり映えしないとろとろ流れる時間。
受けるべき授業を受けて終わるのを待てばいい。
いつも同じ。いつもと、同じ。それでも、エレンとアルミンが居る景色は、今までとはちょっと違ってる。

薄い唇も綺麗な瞳も、私のものじゃない。長い指もさらさらの髪も。
わかりきったことを反芻することの無意味さを実感したいのだろうか。緩んだ蛇口から水滴が延々と落ち続けるように同じ映像が繰り返し去来する。
頬を撫でてくれる掌のあたたかさや耳元でささやく声を、思い出してしまう。そのたびに自分のためにあるわけではない現実を噛み締める。
ただの気まぐれ。わかっていたはずなのに。

焼き付けるのは一瞬で済むのに。それを消すにはどれくらいかかるんだろう。火傷するのはあっという間でも、痕は簡単には消えてくれない。痛みが消えても、痕だけが残ることもある。

それでも、あの共有した時間だけは自分のものだと思いたい。忘れなくてはいけないなら、所有していたはずだ。持っていなかったものを棄てることなど出来ない。

あの宝石みたいな時間を、手放したのは私。くだらない欲のせいで。

なーん。

ミカサは我に返った。手の甲になめらかな毛皮がこすりつけられている。ここ数週間ウォール・ハイの敷地内をうろついている猫だ。灰色でヘイゼルの瞳。年齢を重ねた成猫でおっとりしている。誰かがミルクを与えているらしく、時々小皿を見かけた。猫好きで有名な警備員がいるので、彼がこっそり与えているのだろうと生徒たちは噂していた。
動物を保護するNPO団体辺りにでも連絡して、引き取ってもらうべきなのだろうが、何となく誰もが自由にさせていた。問題が起きたこともないのが最たる理由だ。
ミカサが時々ボイルして細かく刻んだ鶏の胸肉を家から持参して与えているせいか、懐かれているらしく、くつろいでいるとこうしてやってくることがある。

因縁の場所と言ってもいいのに来てしまう自分に呆れてしまう。本を読んでいたら急に水浸しにされた繁みの陰。

猫の顎の辺りを撫でてやる。すると甘えたように腹を見せて仰向けになった。
慰めてくれているのだろうかとふわふわのおなかを撫でながらふと思う。

思い出してしまう。不機嫌な顔や目を伏せたときの睫の長さ。

膝の上に載ってきた。今度はどっしりと座り込む。ようやくミカサはほんのり微笑むことが出来た。
猫の重さと体温が心地よかった。
ごろごろと喉を鳴らしている。ミカサはつい嬉しくなってこれでもかと撫でてしまった。いつもこんなには甘えてくれないのに。きっと塞いでいるのに気づいて励ましてくれているのだ。
いっそ、うちで飼ってしまおうか。面倒なら見られる。手間のかからないおとなしい猫だ。両親にはメールか電話で話せばいい。
視界の端に小皿が映った。誰かはわからないが、ミルクを与えてくれている。時々出現しては消え、気づいた頃にまた置かれている。可愛がっているこの子を、勝手に連れ帰ったら、そのひとは悲しむだろうか。噂の警備員が与えているのなら、家でも数匹飼っているというし、平気かもしれない。

無関係なことを考えているのは悪くない。追い出したいものが頭から立ち退いてくれる。


「落とし物か」
きょろきょろと落ち着かないミカサを見て、エレンが声をかけた。
「猫が姿を見せない。鶏肉を持ってきたのに。昨日は遊んでくれた」
「腹減ってねんじゃね? 結構隠れてなんかやってるヤツ、いるみたいだし」
「でも、あの子の好きなもの。いつもは自分からかぎつけたみたいに来てくれるのに」
「猫だからな。気が向かねえときも、あんだろ」
「そう、かもしれない…」
ミカサはぼんやりと立ち尽くした。
「お前さ」
エレンが言った。
「なんかあったか? 目、ちょっと腫れてんだけど」
気づいてくれるとは思ってなかった。
「少し、煙が目に染みただけ」
「そっか。気ィつけろよ」
思わず顔を見てしまった。
「な、なんだよ」
「ありがとう。私の闇の騎士はやっぱりやさしい」
「だからソレやめろって」
少し照れているように見える。

こうして少しずつ、薄まっていけばいい。引きずっている気持ちも。まだ消せない記憶も。
今までが間違いだった。重ならない点と点だったのが、たまたまある線で繋がっただけ。

「じゃあ、エレンは、やさしい」
「もう、いいっての!」

記憶も感情も消して空っぽになりたい。身体も頭も邪魔。足だけになって、どこかに行ければいいのに。赤い靴を履いていれば首切り役人がやってきて、斬り落としてくれるだろうか。

「お前、ホントに大丈夫か」
「大丈夫。何の問題もない」

そう。気まぐれが嬉しかっただけ。それに寄りかかりすぎただけ。見つけた宝物が、私のものではないと気づいただけ。

ミカサは笑った。失くしたピアスと気遣いのうまい猫は、どこに行ったのだろうと思いながら。



「何で、」

その場所でそのことばを口にしたのは多分二度目だ。ひとけのない繁みの陰は静まり返っている。
ミカサは今回も呆然としてつぶやいていた。
寝ているだけだと思った猫は、どんなに撫でても動かなかった。二日前には膝に載って慰めてくれたのに。

最期の挨拶をされたのだろうか。
だとしても、どうしてこんな時期に。

自分の都合に合わせてくれるはずなどない。ミカサは己の身勝手さに寒気がした。自分が元気な時ならこの猫が天に召されてもいいとでも?

立ち尽くしていたミカサが、踵を返して歩き始めた。考えてから歩く方だったが、今は考えるより先に歩き出していた。

どうしよう。もう何もしてあげられることなどないのはわかっている。それでも頭の中にはそのことばばかりが巡っている。
どうしよう。どうしよう。どうしたらいいんだろう。

目を凝らしても見つからない。どこなら居るのだろう。

考えながら歩いていたら、到着してしまった。

清掃員の事務室。部屋にひとの気配は、ない。

自分の馬鹿さ加減をまた味わう羽目になってしまった。いちばん会いたくないはずの男を探してしまった。でも、最初に浮かんだのはあの男の顔だった。
しかも、清掃員として必要だと思った訳ではないことに気づいてしまった。
肩の力が抜けた。気が動転していただけだ。冷静になるために、ここに来たのか。もしそうなのだとしたら、やはりどうしようもない馬鹿だ。

「ミカサ」

いつの間に来ていたのか。それとも、自分が気づかなかっただけで、最初から居たのか。
声の主の方を見る事が出来ない。

「どうした」
「何でもない」

ミカサは顔も上げず、去ろうとした。そのまま廊下を歩いてきた方向のまま進めればよかったのだが、如何せん袋小路に突き当たる。すれ違うしかない。
「何かあったから、ここ来たんだろ」
「何でもない」
すれ違いざまに腕を掴まれた。
「放す気はねえぞ。ちゃんと、言え」
ことばのままなのはその腕を掴む強さでわかる。痛みこそ感じないが、振り解けそうにない。
「猫が」
「あ?」
「猫が、死んでしまった。どうしてあげたらいいか、わからない。どういう訳か、あなたのことしか思いつかなかった。それで、」
「敷地内に居たヤツか」
「あの繁み。あなたに水をかけられた場所。あそこで、動かなくなってた。どれだけ撫でても起きてくれない」
沈んだ表情で搾り出すように言うと、リヴァイはミカサの頭を撫でた。
このひとは、前と変わらず接してくる。何も無かったからだ。あったと思っていたのは自分だけだ。
それでもその手のやさしさが慕わしく感じる自分が居て厭になる。

「……わかった。お前、ここに居ろ。俺が処理してやる」
「処理、って、」
「安心しろ。埋めてやるだけだ。晒しておく訳にいかねえからな」
「私も行く」
「ここに居ろ」
「イヤ」
「汚れ仕事だ。そんなおキレイな服で来られても迷惑だ」
「服は、どうでもいい。あの子の方が大事」
言い出したら退かないらしいことがわかると、リヴァイはため息をついた。
「……着替えろ。お前のお気に入り、貸してやる」

事務室に入ると作業着を手渡され、奥の部屋で着替えろと指示された。ミカサは素直に従った。
「先に行ってる。着替えたら、あそこに来い」
「わかった」


着替えを終えて繁みの陰に戻ると、既に奥まった場所に穴が掘られていた。
「本来なら学校側に報告して処理するが、……ここなら、まあ、いいだろう。来るのは変わり種のお前か仕事でお前みたいな物好きが隠れてねえか確認する俺くらいだからな。誰にも言わないでおけよ。真っ当なやり方じゃねえからな」
「わかってる」
「深すぎても土に還らねえし、浅くても表面に出る可能性がある。だから、穴はこんなもんだ。お前、寝かせてやるか」
「うん」
猫の身体は重かった。それとも、大きさの割に軽いのだろうか。よくわからない。あの膝に載って甘えてくれた――慰めてくれた時の心地よい重さとは何かが違う。
「これ、かけてやれ。いきなり土ぶっかけんの、抵抗あるだろ」
おがくずの入った袋を差し出された。見れば掘った場所にも敷き詰めてある。ミカサは穴の前にぺたんと座り込んだ。
「お前なら知ってるだろうが、晒しといた方が、早く土に還る。土の中に埋めるのは、還るまでに時間がかかる。火葬してやるのが案外いいのかもしれねえが、そうなると、しかるべきところにご相談てヤツだ。救いがあるとすりゃ、物好きの誰かさんがここで一緒に過ごしてやって、ガキどもの声毎日聞かされて寂しくねえだろうってとこだ。フツウなら人目につかねえ場所でひっそり逝くもんだが、幸か不幸かフツウじゃねえお前に見つけられた訳だ。案外、お前が好きでここ選んだのかもしれねえな」
「うん」
猫が少しずつ見えなくなってゆく。移植ゴテがミカサの手元に置かれた。
「さらっと土かけてやったら、お前、少しどいてろ。俺があとやってやる」
「……うん。手間をかけさせてごめんなさい」
近くに咲いていたシロツメクサやデイジーをいくつか猫の周りに置いた。
「謝罪は余計だ。十分俺の仕事の範疇だからな」
のろのろと避けるミカサの横で、リヴァイが移植ゴテと手袋をはめた手で土を寄せて穴を埋めてゆく。土が元の場所に戻され、丁寧に均された。もう何も見えない。
「ここに居ない」、という存在になってしまった。確かに、居たのに。この手で触れたのに。
黙々と作業する男の横顔を見つめた。

隣に居たはずだったのに、何と遠いことか。猫も、この男も。

ここに居ないのは、私かもしれない。私だけが「ここ」から弾かれているのかもしれない。

「大丈夫か」

ミカサははじけるように顔を上げた。

「大丈夫」
「終わった。行くぞ」
手を差し伸べられる。今は手袋で覆われていなかった。以前は目に焼き付けていた。とても、綺麗だから。
「平気。ちゃんと立てる」
ひとりで、立てる。今まで、……出会うまでもちゃんと立っていた。こんなに、脆くはなかった。
「そうかよ」
両腕を掴まれて引き上げられた。
自分より少し低い位置、目の前にあの瞳がある。薄い淡いグレイにほんの僅かに瑠璃を溶かし込んだいろ。
「あ、の、……問題ない。歩ける。ので、放して欲しい」

火傷を増やされては、困る。これ以上、こんな一瞬で肌を焼いて、消えるには永い痕を残されては、困る。

「戻る。膝下の土、払っとけ」

リヴァイは歩き出した。ミカサは言われた通り身体の土を払うと、その背を見つめながら歩いた。


洗面台でミカサに手を洗わせると自らも洗った。事務室に戻ると徐にケトルに水を注ぎ、コンロで湯を沸かし始めた。
「座ってろ。茶を淹れる。一息つけ」
無理に抗う気力は残っていなかった。近くを見回すと、まとめられた新聞の山を見つけた。一部手に取り広げるとソファの上に敷いてから座った。土や泥が衣服から落ちたり汚したりしては手間を増やしてしまう。
「そのソファは掃除しやすいからそのまま座ってもいい」
これ以上仕事を増やすこともないだろう。何より取り除くのも億劫だ。

リヴァイは淡々とポットとカップとマグを用意していた。湯が沸きかけたところでポットに幾分注ぐ。やや待って後にカップとマグにその湯を注いで温め始め、ポットには茶葉を入れた。沸騰した湯を注ぐと蓋をして蒸らす。
動いたかと思うと小さめの冷蔵庫から小振りなミルクの入った瓶を取り出した。
マグの湯を棄てるとかつてジャムが入っていたと思しき瓶から角砂糖を三つ取り出して放り入れた。カラコロと小気味よい音が響く。受け皿に載ったストレーナーをカップの傍に置いた。
ポットの口から濃い色の紅茶がマグに向かって落ちていった。ストレーナーをのけるとスプーンでかき混ぜてミルクを注ぐ。
動作によどみがない。慣れている。

今更、そんな姿は、見たくなかったけれど。脳裏に刻んだりしないように気をつけなくては。

「茶請けがねえからな。お前、甘いの好きだろ」
マグを差し出された。両手で受け取る。水で手を洗ったからか、一瞬触れた指先がひんやりしていた。
「ありがとう」
お砂糖、三つも入れる? そう思いながら飲むと、ちょうどよく感じられた。悔しいけど、美味しい。
「飲んだら着替えしろ。送ってやる」
「大丈夫。ひとりで帰れる」
甘いミルクティを飲む。香りと甘さが少し安堵感を与えてくれる。
「お前まだ免許ねえし、母親が忙しい間はスクールバスと近所の親切なおばさん頼みだって言ってただろうが。安心しろ、……何もしねえよ」

こうして頼らないと何も出来ない。懐いてくれていた猫が死んでも、何ひとつ自力だけで何かしてやることが出来ない。
どうして何でも自分だけでどうにか出来るだなどと思っていたのか。少しは大人になれたなどと思い上がりか勘違いだ。
どうしてひとりが平気だと、そう思い込んでいたんだろう。

「紅茶、ありがとう。すごく美味しかった。帰る支度する」
「おう」
ミカサは着替えのために提供された奥の部屋に移動した。
リヴァイは紅茶を啜る。
「清掃員」に仕事をさせるのに躊躇う必要はないはずだ。ミカサはわざわざこの部屋を訪れておきながら、自分の姿を見るなり去ろうとした。
「清掃員」である自分より、そうではない自分と会いたくはなかったということか。
紅茶を飲み干すと自分の中に渦巻くものを棄てるように息を吐いた。


作業服を脱いで、着てきた服を身につける。
もっと早く決断していれば、あんなところで死なずに済んだのではないか。家に連れ帰っていれば。もう少し長くひとりと一匹で仲良くなれたのではないか。
どうして私はまだ子供なんだろう。何も出来ない役立たずなんだろう。必要とされないし、意味もない。
どんな服を着たって十字架をいくつ下げたって、誰も見つけてなんてくれない。

指先が冷えてきた。ひとりは、寒い。
ミカサはしゃがみ込んでうずくまると手足の動かし方を思い出そうとしていた。


遅い。着替えにここまで時間がかかるものか。それとも、何かあったのか。
リヴァイが使ったカップを洗い、水切りかごに置いてから既に二十分以上経過している。それでもミカサはまだ奥の部屋から出てこない。その間にカップとマグとポットは所定の位置に戻り、ソファに敷かれていた古新聞はゴミ箱行きになり、ゆかの掃き掃除もあらかた終了した。
奥の部屋にはリヴァイの私物を入れるロッカーもあり、着替えもそこにある。ミカサが出てこなくては身支度も出来ない。
どこからか携帯電話の震動音が聞こえてきた。自分のスマートフォンは作業服のポケットに収まっている。奥の部屋の入口手前にあるキャビネットの上に、スマートフォンが置かれていた。自分以外は基本この部屋を訪れないし、訪れたとしてもそんな場所にスマートフォンを忘れるほどくつろぐこともない。ミカサが置いたものだろう。
両親のどちらかが連絡を寄越したのかもしれない。本人に渡してやるのがいい。そう思って手に取った。

別に、他意はなかった。急ぎの用件の可能性があってはいけない、と思っただけだった。

「…!」

メール着信を示す、本体の上から垂直に現れる幅の狭いスクロール表示。スマートフォンは、見知った人物の画像が壁紙にされていた。主に鏡の中に居るのを見かける顔だった。

「ミカサ」

ドアの向こうから声がする。返事をしようと思ったが、声が思うように出せない。膝を抱えてうつむいているからかもしれない。
ようやく頭をもたげて見上げると、ドアの上部にある小さなパターンガラスの窓に人影が見える。当然、そこに居るのはリヴァイだろう。その時、視線を上げたせいで、それまでは気づかなかったが見覚えのあるものが目に映った。

「開けるぞ」

多分、イヤだと言っても開けるに決まっている。ミカサは黙っていた。

「少しは、スッキリしたか」
返事はない。
ミカサは泣いていた。声も上げずに目から溢れるに任せている。壁を背に、膝を抱え小さくなっていた。決して気温は低くないが、寒そうに見えた。
「ありゃ、……老衰ってやつだろ。気に病むな。ガキどもに可愛がられてソコソコは幸せだったはずだ。ここがイヤならとっとと河岸変えてただろ」
ふと気づく。今日はあまりアイメイクを施していないらしい。黒い涙はこぼれていない。それどころか、……赤みがあり、うっすら腫れている。泣いたせいで余計に赤みが差しているのであって、たった今泣いたのが原因ではないような気がした。その原因の一部とやらが自分かもしれないという自覚がないでもない。

「ねこ」
「あ?」
「猫。好きなの」
指の背で一度、ぐい、と涙を拭った。
「何だ、急に」
「訊いてるの。猫、好きなの」
「嫌いじゃねえよ。飼ったことはねえが。それがどうした」
「あの子に、ミルクあげてたの、あなたなの」
目は合わせたくないらしい。顔を上げようとしない。
「何のことだ」
「さっき、そこで皿を見つけた。時々、ミルクを注いで繁みの陰に置いてあったのと同じ。あなた、紅茶を飲む時は、……少なくとも私と一緒の時は、ストレートでばかり飲んでた。それなのに、さっき私にはミルクティにして飲ませてくれた。ふだんからあなたが飲むなら、ミルクがあってもおかしくない。でも、飲まないなら、ミルクなんて用意しておかない。あの猫にあげるために用意したものの、残りを入れてくれた。違う? 第一、自分で言ったの。あの繁みの陰なんかに来るのは私かあなたくらいだって」
「それは、重要なことか」
「どうして?」
「何がだ」
「どうして、そんなことしたの。好きでも大事でもないのに」
何を問おうとしているのか。ついさっき見送った猫についてのことなのか、それとも別の件なのか。
「……別に意味はない」
「理屈ではない、という意味?」
「そうとも言うな。理由てのは、必須か」
「場合によっては」
「あれに構ってる時は、お前が笑うからだ。……これでいいか」
そこでようやくミカサの顔に生気が宿った。
「家に、連れて帰ろうと思ってた矢先だった。もっと大事にしてあげればよかった。あんなに可愛かったのに。私に甘えてくれて、懐いてくれた。なのに、もう何もしてあげられない。それなのに、私は静かに瞑らせてあげることすら出来なか…」
また涙が溢れてきた。
リヴァイがミカサの目の前に腰を下ろした。両脚を大きく開き、膝を立て、その上に自身の両腕を載せて。全身で包囲している。退路を与える気はないらしい。

「声殺さずに泣け。我慢するな」
「泣きたい訳じゃない。泣いたって何の意味もない。止め方がわからないだけ。もう少しだけひとりにしてくれれば、それでいい。迷惑なのはわかってる」
「居ねえやつのために役立てることなんざもうねえよ。泣くのはお前のためだ。もう会えねえ事実に向き合うのに要る、それでいいだろ」
「ひとりに、してほしい」
「コレに入ってる画像の男の方が、お前の役に立つか」
スマートフォンを目の前に差し出された。ミカサはそれをぼんやりと見つめていたが、急に表情を変えた。
「……画面、見たの!?」

ひったくるようにしてスマートフォンを奪い取る。首筋から耳から、何もかも赤く染まっている。
その方がいい。キレようが怒ろうが、体温も感情もある。押し殺すよりもずっといい。

「着信あった。お前の両親が急ぎで連絡寄越したのならまずいかと思ってな。そもそもお前に声かけたのはそれが理由だ。不可抗力だ。見られたくねえなら、そんなもん壁紙にすんなよ」
「信じられない!」
「……そりゃお前だろ。撮られてんの気づかなかっただろうが」
「うるさい!」
ミカサが顔を伏せてより身体を小さくした。
「頭上げろよ。好いカオしてんの見えねえだろ」
「あっち行って」
「俺よりその写真の男がいいか。ソイツには体温もねえし名前も呼ばねえし、……ついでにな、」
ミカサを頭の載った腕が掴まれたかと思うといきなり引き寄せられた。
「――こうして、泣きてえお前を抱きしめてもやらねえよ」

ほんの数センチ先に自分を見据える双眸がある。
辛うじて両膝をついて見下ろしてはいるが、ウエストに腕を回され手首を掴まれ、身動き出来ない。

「放せ」
「俺より、ソイツがいいか」
声が甘く響くのが腹立たしい。
「……放して」
「断る」
「何で、」
「お前、目につくんだよ」
「こんな服着てるのが、そんなに珍しい?」
「服じゃねえ、その服のナカミだ、馬鹿」

どれもこれも、花など皆同じだ。少しばかり、色が違う。かたちが違う。そんなものだ。群れをなして咲く花に、いちいち違いなど見出せない。咲いてそこに在る。それだけだ。
それでも、目に留まるのだから、どうしようもない。
引き千切って手元に置いて、自分のものになったと実感すれば、少しは気が紛れる。もう花の群れの中にその姿を探さなくてもよくなる。
断りもなく目を奪う方が悪い。

「俺よりソイツがいいならそう言え。ここから出て行ってやる。お前が望むなら、今後は一切関わらねえよ。ただの清掃員だ。お前の学校のな。元々そうだし、今もそうだ。ふりだしに、戻りゃいい」

見上げながら、言う。ミカサがほんの少しより深くうつむくだけで触れてしまう距離で。

「あなたは、……いつもいつもいつも! 本当にズルい、よくもそんな卑怯な言い方が出来る」
目など合わせられそうにない。逸らそうとしない相手では、逃げようもなくかわすしかない。視線がまとわりついて苦しい。
「……お前のキモチを尊重してやってるだろ」
「どこが!」
「……選べ。お前が、後悔しねえように」

後悔? するに決まってる。

「あなたがいい」

口にした瞬間、呪文をかけられたように腕が身体に絡み付いてくる。

「選んだな。お前の意思で」

自ら堕ちてきたのなら、どうしようと構わないはずだ。
ほんの一瞬、黒い瞑い微かな笑みを浮かべたが、ミカサの眼には届かなかった。ただ、その声音に、どうしてか僅かに背中が総毛だった。

「あの猫が不幸だったかどうか、お前が決めてやることはねえだろ。いいからあの猫亡くした自分のために泣けよ。……急なことで辛かっただろ。ちゃんと出来ることしてやった。あれで十分だ」
「……ふ、……」

ミカサはようやく少し声を上げて泣いた。リヴァイの肩に顔を埋めると、頭をやさしくさするように撫でられた。



「落ち着いたか」
「うん」

日が暮れ始めている。部屋の中が薄暗い。

「帰るぞ」
「…うん」
「その前に、ちょっとお前のスマホ貸せ」
「? なんで」
「いいから、貸せ」
ミカサはいぶかしげな顔をして手渡す。
「…この画面、どうにかしろよ」
しまった。そのことを失念していた。
「あとで違うのにする」
「消すとは言わねえのかよ」
ミカサは赤い顔で困ったようにうつむいた。

……お前、襲われねえの、俺に感謝しろよ。

「あの、何するの、それ」
「待ってろ」
リヴァイが画面上で操作している。
「返す」
手渡された。大して時間は経っていない。画像が消された訳ではないと知り、そっと胸を撫で下ろす。
「俺の連絡先入れた。番号とアドレス。何かあったらソレに寄越せ」
「なんか、って、なに」
「わかんねえのか、」

思わずミカサの顔に見入った。

誰が悪魔だって? 濡れた眼と唇で真っ直ぐこっちを見てきやがる。

「声が聴きたいとか、そんなのでも」

いいの、とは訊けなかった。塞がれては、何も言えない。

「訊かなきゃわからねえなら、ソレ、消せ。ふさけやがって」
「消さない。……ありがとう」
「もう支度済んでるならそっち行ってろ。俺も着替える」
「ん」

出て行く間際、小さな皿をもう一度見つめた。灰色のふわふわの毛玉。大好きだった。
それが可能な内は、許される内は、一緒に居てもいいのだと思うことにした。


「じゃあ」
「コレ、持ってけ」
ごく小さな紙袋を差し出された。掌よりもまだ小さい。
「何?」
「この前、落としていった」
「あ。ピアス。あなたのところに? …と、?」
紙袋からは銀のピアスともうひとつ何かがこぼれ出てきた。
「…イヤー・カフ? 薔薇の…」
薔薇の花をいくつか連ねたような華奢なデザインのもので、ピアスと同様に燻し加工されたシルバーだった。
「そんな豆より小せえのひとつじゃ、返す前にまたすぐ失くしそうだったから、おまけだ」
「ありがとう。とても、可愛い」
「ちゃんと寝ろよ。疲れた顔してる。あと、親に連絡してやれ。心配してんだろ」
「うん。…………それじゃあ、あの、…………また」
「明日な」

あした。具体的に言われて心臓が少しだけ跳ねる。

「うん」

ミカサは車を降りると家に向かっていった。

エンジンをかけようとするとポケットでスマートフォンが着信を知らせた。確認すると見知らぬアドレスからのメールだったので、それが誰から届いたのか判った。件名はない。

『おやすみなさい。帰り道、気をつけて。』

どっちが悪魔なんだ。絡め取りに来てんじゃねえか。

おやすみとだけ返し、リヴァイはその場から去った。



スマートフォンを枕元に置く。
離れていても繋がっていると思える、小さなドア。
家にひとりきりでも、部屋でひとりで過ごしても、少し安心する。

おやすみなさい。
目がさめるのも悪くない。夢から抜け出すのも。

だって、まだ会える。消えてない。

また、会える。
「また明日」、そう言ってくれるひと。




「もちろんぼくのバラだって、通りすがりのひとが見れば、きみたちと同じだと思うだろう。でもあのバラだけ、彼女だけが、きみたちぜんぶよりもたいせつだ。」
  サン=テグジュペリ、河野万里子訳『星の王子さま』(新潮文庫)
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