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我もまた傍観者。

璃果

璃果

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※以下は、個人的な感想です。ネタバレ等も多く含みます。どなたかの感想等を否定するものではありません。自分と異なる意見であった場合、その事実にせよ内容にせよ、許容出来ない方はこの先はご遠慮願います。

48話「傍観者」。

10月も終わりに近づいてやっとまとめに手をつけることに。最終49話とまとめて、と思ったけど、あまりに長くなり過ぎるとわかったので、結局1話ずつ。

色々あり過ぎてGYAOで見返すことも出来ないまま記憶とメモとネットに頼りながらつらつらと。

DVDとかのパケ絵見て思ったんだけど、……もしかして浅野さんご自身が意識して絵のテイストを変えた、ということは、あるんだろうか。リヴァイの描写の仕方というか、顔立ちとかが「3期の絵」をしてるな、ということにやっと気づいた(今日初めて拡大してまじまじと見た)。
どんな意味があってのことだったんだろう。いずれその辺りの話をなさる時なんかは来るんだろうか。
リヴァイの小柄さや年齢相応の表情等の演出よりも、美麗さを優先させているように見受けられる。人類最強の兵士というよりもひとりの人間として焦点をあてたが故に描き方を変えられた、んだろうか。

物語として大きく時間の開きがあった訳ではないせいで、私などはひたすら戸惑ってしまって、「この絵はこの絵でとても美しいとは思うんだけれど、繋がり、という点で考えるとちょっと無理を感じる…」となってしまった。

原作厨なので常にその辺りに固執するのだが、いさやませんせいご自身は「それなりに変化はあったが大きく成長したとは言い難い」というようなことを仰っていた。
もちろん、「王政篇」にてジャンやアルミンをはじめとする104期の面々が事情を知らない同期に面構えが変わったと言われるほどの体験をしているのだけれど、内面や考え方に変化が大きく訪れたのであって、成長、というのとはまた少々違うのかもしれない、とも言える。全くしていない訳ではない。でも、コニーとエレンのやり取りどおり、まだたったの4ヶ月しか経過していない、のだから、むしろ著しい成長を遂げた、と言う方に無理があるかもしれない。
決して正しい行いをしているとは言えないとしても、自分たちのこれからと調査兵団としてなすべきことを見すえて考えれば、そうせざるを得ないのだ、という状況に追い込まれて、……人間と戦う羽目になり、必要とあらば殺傷も厭わないようになってしまった。仲間が死ぬ、仲間を喪うことに比べれば、というだけで、何も彼らは喜んでそうした訳ではないことを、読者は皆知っている。
割り切れないものを割り切ったことにする、それでもなお心に残るしこりや澱のようなものを抱えながら、そこではなく前なり未来なりを観ることに決めた、それが104期の顔に出ている、というようなことであろうと思う。
そういうものを絵的にも示すために、「3期の絵」になったのだろうか。わからない。子供の成長は早いとは言うけれど。

4ヶ月の間に超大型巨人や鎧の正体が判明すると共に再度出現、獣の巨人が新たに登場し、戦うべき相手は巨人そのものではなく背後のダレカではないのか、という予測の元に動き出す。鎧にエレンが奪われかけたのを奪還し、エレンに秘められていた力が発動し、それ故に新たな敵に狙われることになる。
新たな敵は内部にこそ居る。
王政が動きを見せ始めて調査兵団に手が及び出すと、リヴァイの元に新兵でありながら班員として集められた104期たちと、得体の知れぬ存在が暗躍し合うこととなり、壁の外ではなく内で、対人間で戦うことを余儀なくされる。

成長もへったくれもないかもしれない。けれど、変化は常に求められた。子供から大人へ、というよりも、兵士として、ひととして腹を括り現状を掴んで対処することを求められた少年少女。
そういうものを表すには、絵的な変化を必要としたんだろうか。

原作の絵が時を経て変化するのはよくあることなので、いちばん最近の絵に添わせただけなのかもしれない。でも、通常アニメって絵の変遷を辿ったことを踏まえて、そもそもリファインかけて描いてきた訳だし、そんなに必要だったんだろうか。
??? わからん(それで終わりなや!)。

閑話休題。

では、48話「傍観者」。
キース教官がかつての調査兵団団長であったことをエレンが思い出し、彼の元に話を聞きに行く調査兵団一行。

冒頭は束の間の穏やかな時間を過ごす104期の姿。うん、顔がね、相変わらずリファインされて整ってて、私にはちょっと違和感、てヤツでした。ただ、ジャンだけは割としっくりくる。あれです、多分、3期って全体的に、特に男性キャラはやや面長気味だからだと思う(笑)。それでも、ちょっと老けさせ過ぎでは? と原作を最新話まで読んでいると思ってしまうけれど(だって原作じゃもう18~19歳ですよ…)。
エレヒスがいい雰囲気出してる時に立ちはだかるミカサさんのお顔を楽しみにしていたのですが、……あれ。思ったよりキレイキレイなカンジ。私はあの鎧の手の内にトルトが隠れていた時に見せたミカサさんの麗しくも恐ろしいお顔が大好きで、アニメでもイイカンジだったのでここも期待していたのですが、ちょっとだけ拍子抜けしました。フツウ綺麗に描かれたほうが喜ぶものなんでしょうけれど、私としてはミカサの内に眠る「エレン命」故の狂気と本気、も愛しているので、原作通り、より影が濃くどんよりした表情であってくれるほうが嬉しいです(笑)。
原作ではどす黒い何かがミカサさんの胸に渦巻いているのであろうかとドキドキさせて頂いたのですが、アニメで観た時は、特にアップの時、憔悴に見えてしまった。いや、細やかで美しいんですよ、アップの時の目元とか。悪い、とかではないの。怒りとも絶望とも焦燥ともかなしみともつかないなんとも言えないお顔なんですけど。

そこはあまりキレイキレイじゃなくていいんだー。くらい。

「エレンは家族」って言いながらも自分以外の女子と絡んでるのは気に入らないらしきことがびんびんに伝わってくるミカサさんなので、そこはやはりもう少し凄みを効かせて頂けたら私が楽しかった、というだけのことです。

私はどんなミカサでも愛しているので! 黒かろうと恐ろしかろうとそのまま美味しく頂ける!(の割にアニメのミカサさんにはぎゃーすか言ってた訳だが、それは私が原作厨でそこから逸れたミカサに見えてしまったからです)

飛び抜けてびっくりするような改変、は、なかったように思う。そもそもが淡々と「かつて」を語るキースの回想メインなのでそこは、うん。

グリシャだけはキースの深慮遠謀とでも言えばいいのか、見解の刹那的ではないところを評価して、結果として煽った、というあれが、後々(原作の展開で)ボディ・ブローのように効いてくるんだよなあ、と思いつつ観てました。

カルラままがまだママではない、快活そうなチャーミングな女性だった姿が可愛い。ママになってからもちゃきちゃきしてたけど。

原作を読んだ時から唸りまくっていたのですが、キースのカルラへの思慕、が、明確に描かれないカタチできちんと観る側に伝わる、というのが本当に見事だと思う。
全然如何にもな直接的な描き方をしていないのに、この男はこのちょっと気の強そうな女性に惹かれているんだな、というのがちゃんと伝わってくる。いさやませんせいの仰る映画的省略描写? 極力これと描かずに伝える手法の最たるものなのかもしれない、と思うくらい。
あれこれわかりやすいことばやシーンを重ねなくても、キースが彼女を意識してる、というのがちゃんとわかる、というのは凄いと思う。解説要らず。如何に語らずに語るか、という。
同じく、カルラの好意が誰に向かっているのか、それをわからせるのがキースの視点である、これも、……もう、なんなんだろ、いさやませんせいって!キース視点だからこそそう見える、ということでもあるんだけれど、それが間違っても居なかった、好意を寄せる男の目に間違いはないのだ、とちゃんと結婚式のシーンで示されるって。すげえええええええ!
そして、より戦いにのめり込むようになったのはソレが原因でもあるんだろうな、みたいに思わせるってのが。すげえ!

ただな。なにがなじょして、グリシャ、けっこんしきにニットのチョッキ(ベストと呼んでやらねえw)になった??
かじゅあるな結婚式を演出するため?? え? なんで? 誰かと違ってカルラさん初婚でしょ? フツウにみんなに祝福されてるし、あれはささやかだけど幸せに満ちた素敵な結婚式でしょ? え、何故グリシャはニットのふわもこチョッキ?? え? ぱりっとしたすっきりベストでいくね? え? あれ? 
おめえな、昭和産のおなごはな、節目節目で何かっちゃTVで繰り返し放映された「お若い頃の今上天皇・皇后美智子様、テニスコオトの恋」しか思い出せねえんだよ! やだー、ちょうさわやか!! とか言ってよぉ(安定の「お前だけです」)。

気になるのそこかよ。だってそこなんだよ!(笑)

もとい。
真に何かを為せる人間ではない、と前線を退いて教官に納まったキースの心情、自分の息子は特別であんたとは違うと言い切るグリシャの鬼気迫る表情、厳しいだけではない誰もが持つ人間らしい弱さを持つ強面の男と、柔和に見えて何を身の内に隠していたかわからない男、それぞれの在り方とかをしんみり眺めてた。
1期の絵(回想シーン。エレンの顔等)を見て違う意味でもしんみりしたけども。色んな意味で。ああここまで来たんだな、とも思うし、絵、変わったねえ、も思ったし。

EDの演出は良かったな、と思いました。あのリンホラの曲にカルラの語りですよ。涙腺ぶん殴りにきてる!!

カルラは作中あまりエレンに対していい評価というものをしてあげてないのですが、それだけに、あの生まれてきてくれた、こんなに可愛らしい、それだけで十分に偉くて意味も価値もあるという全面的な肯定をするあのことばはエレンにとって何よりも意味があった、と思うと胸が詰まる。
ひ弱でも頭脳明晰で聡明なアルミン、体力的にも身体能力・戦闘力としても抜きん出て高いミカサ、その幼馴染みの間で「抜きん出て秀でたものを持たないものの、意志だけは強い少年」でしかないエレンにとって、居てくれるだけでいいということばが持つ強さがね。
しかも、通常EDだと母親にただの一度も受け容れられたことのないクリスタ/ヒストリアが描かれてる訳です。父親には利用されかけて、母親には抱きしめられたことすらない少女とエレンが重なってまた余計に切ないし。
「あんたさえ居なければ」と言われたヒストリアと「生まれてきてくれただけで尊い」と言われたエレン。そのエレンだけが後にヒストリアの心情に寄り添って兵団の決定をよしとしない、とか、あああああああああああああああああああああああああああああ(涙)。

あとはちまちま個人的ポイント。

1:マルロを演じる杉田さんの演技
杉田さんは、元々ちょっと硬質な声と演技なのに御本人のテンションがオカシイ、というギャップがある方で(笑。声優界一絡みにくい男www)、私にとって馴染みのあるのは「銀魂」の銀さんなんだけど、マルロの実直かつ朴念仁で生真面目馬鹿なところを、ケレン味なく淡々と演じていらっしゃるのが何故かすごく印象に残る。外画の時の演技を思い出させる感じ。邪魔しないけど存在感があっていいなあと思う。

2:フロック登場、中のひとが小野くん!
:賢章くんだった! そしてあのヘア・スタイルよく描いたね! すげえ!(笑)

3:グリシャって初婚は何歳なんだよ…
別にアニメに限ったことではないんだけど。キースと壁外で遭遇したのが20年前(原作ではだいたい、というカンジなのに、アニメでは断言)。巨人継承者の寿命とか色々考えるとどないなってますのんな点に、何か意味があるんだろうか。今までにもきっと読者からつっこまれたと思うんだけど、マルセルへの改名のように何らかの釈明もないままここまで来てる。
18~19で最初の結婚をしたんだろうか。ジークがマーレで戦士候補になれた年齢(両親を売った歳)を何歳と取ればいいんだ? 昔の徒弟制的に医学を学んだものとしたら、現代よりもずっと早く独り立ちして開業出来てたかもしれないんだけど。
それにしても20年かぁ…。がっつりしっかり断言したなあ。これどんな意味あるんだろ。

4:食堂のシーンの皆さんの妙な端麗さw
顔つきが変わった、て、もう違う意味にしか取れねえからやめてくれwww いや、大人びたカンジが出てて素敵なんだけど。成長というより、心の持ちようとかありようが変わった、ってヤツ、だろうなあ。直接対人戦を経験してしまって、巨人を倒すための力や技能を身につけたのに、それを人間に対して使う、というのがね、辛すぎる。
やっぱりジャンは比較的違和感がないwww 面長ちゃんめ!

5:キースの元を去った時の、アッカーマン二人を従えるエレン
当たり前のようにエレンの背後に二人のアッカーマンが居てちょっとだけ楽しかったです。調査兵団の双璧にして双翼なのねあっかーまんず…。男女で対、てカンジでちょっとオイシイなあ(もぐもぐもぐもぐもぐもぐ)。おのれエレン!(オイ)

6:ハンジの描写
いかにもハンジ、という巨人殲滅の新たな武器「地獄の処刑人」完成に歓喜する姿と、キースに真っ向から噛みつく姿と。好対照だなあ、と。ハンジにも憧れる対象が居たのか、と小さな衝撃を受けたな、原作読んだ時。

兵長の小柄さ、ホントに際立たなくなったなあ…。

「傍観者」。何をも為し得ずただ黙って見ているだけ。ハンジは逃げたというけど、それでも、その立場を今も貫いてる、てのも、それはそれで凄いような気がする。分を弁える、というそれはそれで辛いことからは、逃げてない。

細かい描写やシーンのカットは、うん、もう仕方ない。

次回は3期1クール目ラスト! っていつ書けるんだろ。


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密林で、DVDのレビュウをさらっと見てまいりました。パケ絵を見に行っただけなんだけど、もう評価上がってたので拝見しちゃった。
もっとも評価した人数が多いものは、OPへの違和感、民放から移動したことへの不満、内容は言わずもがな、みたいなカンジ(でもあーた星4つやないかw)。

ちゃんときちんと良かったところを踏まえた上での高評価もありました。時系列を入れ替えたためによりわかりやすいところがあった、と。原作でほとんどカットされているところはなかった、との言もおありでしたが、それは流れの話でしょうね。

流れだけで言えばそうなるんでしょうね。

ほかのかたのレビュウでは、その、私が好むところでもある「無ければ無くても成立するが、物語に深みを与える人物描写の掘り下げ、細やかな描写」がなくなっているのが残念だ、とも言われていました。
テンポの良さ、冗長さの改善、わかるけれども原作を愛する者には削られたり改変されることによって生じた違和感や遺憾の念があったのもまた事実だ、と改めて感じます。

テンポ、かあ。

それまでのある種の爽快感(立体機動による対巨人戦、巨人同士の近接戦で観られる迫力等。内容的にはとても爽快とは言えないのですが。描写における少年/青年まんが的ダイナミズム、と言えばいいのかな)が減り、ひとの思惑が蠢いて、そこに色々な立場の人間が複雑に絡む「王政篇」にあっては、その「単純に討伐すればいい存在である巨人」との戦いとは異なる、直視したくなかった現実、壁の内に潜む敵、同じ人間同士で戦うことの重さ、そういうものをどんよりじわじわと描いて下さったところに、私は魅力を感じてました。それまでと見せ方を変える、というのは凄くパワーが要るのではないかなあとも思ったし。

私には、アニメのその「テンポの良さ」が、むしろ障害になってしまったかな、と思います。

何て言ったらいいんだろう、それまであまり目に留めてなかった足元に、うぞうぞと得体の知れない虫やらなにやらが蠢いているような厭らしさ、というのが、対人間での戦いでは感じられたような気がしたんです。

遠くにあっても大きく見える巨人に立ち向かうのではなく、至極近い距離、所属は違えど兵団という括りでは同じ立場、壁内人類という括りでは単純に共生していた仲間、同志、ざっくり言えば家族的存在であるのに、それが明確に敵となり得るのだと匂わせ始めて、遠慮もなく襲い掛かってくるあのなんとも言えないやるせなさとか、やり場の無い気持ちとか。そういうものと対峙して、交代/後退も許されず前に進むしか自分たちの未来がないんだと突きつけられるあの状況を、さくさくと気持ちよく進められてしまわなかったが故に、私には「王政篇」が面白く感じられたし、「それまでとは違うんだ」と思わせてもらうことが出来てた。

それまでとは違う魅力が出てきて、しかもそれが今の展開にも連なっている、そこに素晴らしさを感じてました。それまでとは違う流れに切り替えてそれまでとは違う物語のあり方や戦いを描いて下さって。この先どうなるんだろう、とか、ハラハラさせてもらった。
キャラクターそれぞれの描写も良かったなあと思うし、人気のあるリヴァイをより掘り下げて描くのは描き甲斐があるんだろうなあ、とか、その分大変なんだろうか、とか、あれこれ考えるのもなんかわくわくしたし。
それまでのリヴァイは行動や態度を通して描かれていたのを読み取ってこんな人物なんだな、と思っていたのが、過去や関係の深い人物を通してより繊細に描かれるようになった段でもあったから、これは兵長ファン歓喜だなーと思ったり。

冗長、で片付けられない魅力が詰まってた、と思う。

ただ、いさやませんせいにとっては心残りがおありだったらしきことは色んなところで拝見していたので、アニメの構成や演出なんかで、ある種払拭をされたのだろうか、そうであればいいな、とは思います。

大筋は、確かに何も変わってないかもしれない。でも、筋が同じならいいでしょ、とは私には簡単に思えなかった。

魅力的なキャラクターの、その「魅力」がよりわかるシーンをさっくりと削られてしまい、いやいやいや、そこがあってこその「王政篇」では…! と常に歯噛みしてしまった。

サシャは狩猟民族の出で、ひょっとして山間部に暮らして医者なんかも居る訳でもないから、皆それぞれにしのぐしかなかったのか、しかも怪我が日常茶飯事故に傷を縫うくらいお手のものなの!? と想像を煽られたり(何しろサシャは全く動じた顔をしていないし指示を仰いでやっていた訳でもない)、麻酔もなく縫われても顔色ひとつ変えるでもない兵長を見て、このひとが過ごしてきたそれまでの人生にどれだけの何があったんだろう、と感じたり(そして、そこからのケニーとのあれこれですよ)。
リーブスの商人としての気骨や頭の回転の速さ、それに比して息子のフレーゲルのちょっと頼り無い感じ(二代目はだいたいしょっぱい、というのを思い出す。初代と三代目が定評ある、てヤツをw)とか、その頼りなげなフレーゲルなりに男を見せたシーンだとか、その「無くても成立するシーン」が物語をさらに面白くしていた、と信じて疑ってない(フレーゲルの憲兵団をやり込めるシーンはもちろんあった訳だけれど、そこに至るまでの彼の変貌っぷりがなかなか、…)。

どう書いても、これが不満と不平にしか見えないひと、も居ますよね、確実に。

確かに不満で不平なんだけど、私なりに如何に原作が面白いか、「進撃」が素晴らしいかを語ったつもりでもある。

それが届く方に届けばいいな、と思います。

アニメの何もかもを素敵だと称えられるひとの意見を否定してる訳じゃない。そんなことに何の意味もないし。そこまでヒマを持て余してもいないです。
こう思いました、という感想です。

それを受け容れて読んで下さった方、ありがとうございます。

20181025
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最終更新日2018-11-27
Posted by 璃果

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