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花冠

璃果

璃果

kakan-top2.jpg


いとしいひとよ せめて わたしをきるときは
ひとみあけて ほろびゆくしゅんかんまで みとって


原作ベース。リヴァミカ要素のある「進撃」二次、あるいは、「進撃」二次のふりをしたリヴァミカ風味のなにか。

コミックス最新巻(26巻)、及び「別マガ」本誌最新号(2018年9月号)までの内容を含むおはなしなので、ネタバレ著しいです。未読の方は要注意。
大切な仲間を喪った後の104期の面々と、ミカサと兵長の話。

ずっと前から、天野月子さんの「花冠(かかん)」という曲でひとつ書けないかな書きたいなと思っていたのだけれど、こんなカタチに落ち着いてしまった(最初はもっと違う話を思い浮かべていました。なお、歌詞の内容等には直接的にはかすりもしません)。

タイトルはどことなく乙女なカンジなのですが、どんよりというか、しんみりというか、基本そんなカンジのおはなしなので、楽しい気分にはなれないと思います。
ある程度は原作に沿っているのですが、もちろん捏造だらけです。

「かかん」なら花弁全ての集まり、花を形成する部分を。「はなかんむり」なら複数の花で環の形に仕立てたものを。
一枚だけ花弁が喪われた花冠。ひとつひとつを束ね編み込んだはなかんむり。

明るい物語ではないので、お時間とお気持ちに余裕のおありになる時にでも。

後日譚的になってしまったので、いずれこれに先立つものも書きたいなと思っています。最近原作でようやく描かれるようになった、マーレ襲撃までの4年間のある期間のおはなしになります。
今の構想のまま進めば、モブハン風味の話と対になる二つの物語になる予定。
多分、リヴァミカはちょっと18禁寄り。

どんなリヴァミカでも大丈夫な方のみどうぞ。

20180806→0816

graveyard.jpg


 初めて逢った頃、その黒髪は風にそよいでいた。煽られ、風をはらむとふわりと持ち上がり目に見えぬ空気の流れを描き出し、黒い炎のようにも見えた。

 艶やかでしなやか、なめらかな黒の炎。絹糸の束のようにすべり、白い敷布の上でうねる。

 今は強風に弄られでもしない限り、揺れることもない。かなり短く切られ、首に巻くことを忘れないくすんだ赤いマフラーが無ければ白い項が見えたはずだった。

 リヴァイはゆっくりと再び歩き出した。覇気のない背中に近づくために。

 あの背中は、これほどまでに小さく細かっただろうか。

 ほんの少し前に逝った部下を思い出す。快活と言えば快活で、どこか暢気にも見え、この背中の主とは対照的であったかもしれない。
 もう居ないのだという事実が碑として整然と並ぶ場所で反芻するのは、共に過ごした日々か、それとも逢えないという事実か。

 背中は、ぴくりとも動かなかった。




 コニーは黙々と手を動かしていた。何かにかまけていれば、なるほど多少は気が紛れるようだ。取り立てて得意とは言い難いが、それでも自分の手が憶えていたことで安堵した。今となっては遠い昔になった、サニーやマーティンと遊んでやった日々を思い出す。
 妹はよく花環をねだった。作れないと突っぱねてもどうしてもと譲らない。仕方なく母親に作り方を尋ねたものだ。母は笑って、お前はいい兄さんだよ、と覚えの悪い自分に付き合って何度も何度も作って見せてくれた。

 ――私たちの自慢の息子だ。本当だよ。まあ、ちょっとおっちょこちょいだけどね、お前は優しくて思いやりがある。誰が何と言おうと、気にすることなんかないんだよ。いいね。

 頭に載せてやっただけで、妹はご機嫌になり、駆け回って村中に自慢せんばかりに見せてまわったものだ。慣れると、頭に載せるのが精一杯だった花の環が、首に下げられる程になった。
 今度は弟が構えとじゃれついてきて、蹄鉄投げをやって見せたりした。兄ちゃんすげえすげえとはしゃいで手を叩いて喜んだ。
 それを、母が繕い物をしながら眺め、微笑んでいた。

 母ちゃん。ごめんな。俺、諦めてねえからな。元に戻してみせるからな。待っててくれ。ごめんな。

 母は優しかった。もちろん、悪戯をすれば叱られるし、手伝いをサボれば追いかけられたこともあった。だが、優しかった。何が出来るでもない自分を可愛がって褒めて叱って、…愛情を注いでくれた。うるさくて可愛いきょうだいもくれた。
 両親はどちらも働き者だった。自分が憲兵団を目指すと言った時は随分驚いていた。

 ――お前、勉強はあんまり得意じゃないだろ。あそこは試験に通っていい成績修めなきゃダメだって言うじゃないか。いいんだよ、無理しなくたって。

 母ちゃん。少しでもラクさせてやりたかったんだ。憲兵にでもなりゃ、俺を馬鹿だ馬鹿だって言ってたヤツらだって、見返せるだろ。ホントの自慢の息子になって、ラクさせてやりたかったんだ。いい暮らし、させたかったんだよ。

 手前に置いた摘みおきの草花から軸になるものを定めると、一本、また一本と絡め、結び、花の数を増やしてゆく。

「器用なもんだ」
「へ?」

 コニーは目の前に長靴を履いた足があることに気づいた。顔を上げ、血の気が引いた。

「へへへへへへい、へいちょ…リヴァイ兵長!!」

 膝の上に置いていたそれを地面に払い、手にしていた草花を身体の脇にべしりと押しつけ、慌てて立ち上がろうとした。

「何してんだ。いい。そのまま続けろ」
「いや、あの、別にその、…俺、座ったままですし、敬礼もまだで」
「いいと言った。聞こえなかったか」
「いえ。……あの、いいえ。すみません」

 リヴァイ兵士長だった。大きくはない口を引き結び、眉間にやや皺を寄せ、ご機嫌とは言えない表情で眼前に立っていた。いつもの通りだ。身長こそ多少追い越したが、今も何ひとつ敵わないと思う。

「はなかんむりってヤツか」
「は、はい。そうです」
「作れるのか」
「……ガキの頃、……母親に習って、作り方を覚えました。妹がせがむんで、それで、…」
「そうか」

 コニーが返答すると、リヴァイはわずかに表情を変えた。眉間の皺が目立たなくなり、どことなく穏やかになったように見える。コニーは控え目に笑ってみせた。

 兵長は、厳しいし怖えけど、優しいとこも山ほどある。

 自分の身の上を、リヴァイもまた知っている。彼の名を冠した特別作戦班に所属していたのだ、簡単な履歴来歴は知っているだろう。自分がどこの出身で、村がどうなって、村人が――両親や弟妹がどうなったか、そんなことくらいは。知らぬはずがない。わざわざ傷口を開こうとしないだけだ。

「サシャにか」

 コニーの顔からうっすら滲んでいた笑顔が消えた。

「はい」

 少し前に、海の向こうに渡り、エレンを救出すべく臨戦態勢で臨み、どうにか終えて油断したところを狂気を宿した子供に発砲され、大事な仲間を喪った。
 調査兵団に所属しているのならば、それは全て仲間だ。だが、わざわざ誰かにそうと教えることなどないが、それだけが理由ではない、より特別な、喪いたくない仲間というものがある。
 南方訓練兵団、第一〇四期生。同期の仲間たちだ。苦楽と寝食を共にし、絶望に何度も突き落とされながら一緒に這い上がってきた仲間。幾人も喪い、それでもどうにか共に生き残った。

 サシャ・ブラウス。どういう訳か気が合って、もしかして生き別れのきょうだいなのでは、と思うこともないではなかった。空腹や恐怖を紛らわせるために一緒になってふざけ、笑い合うことでそれを吹き飛ばしてきた。ひとり、またひとりと仲間が還らぬひとになる中で、隣に居ることに感謝してきた。射撃や弓術では驚く程の腕を見せた。あの張りつめた日々の中で、それでも笑うことも出来たのは、仲間の、サシャのおかげだった。
 それが。

「すみません」
「何で謝る」
「引きずったままで、自分でも情けないと、」
「仲間が死んで嬉しいヤツは居ねえだろ」

 思わず顔を上げた。兵士長は穏やかな顔のままだった。少し、曇ってはいたが。自分より長く兵団に在籍しているのであれば、……もっと多くの仲間や部下を喪ったはずだ。サシャが死んだと告げた時、確かにこの男は衝撃を受けた表情を見せたのだ。喪ったことを惜しんでくれたのだと不明な自分でも判る。
 何にも臆することのなかった団長も、ウォール・マリアで還らぬひとになった。自分たちはアルミンを喪いたくない一心だったが、……この男は見送ることになったそのひとをこそ、生かしておきたかったのではないか。元は地下街でよく知られたゴロツキで、エルヴィン団長に下る形で兵団に入った、というような話を小耳に挟んだ事もある。ひとりで何でも出来るこの男が従うほどの人物を、死なせるのはきっと辛かっただろう。利害ではなく信頼で繋がっているように見えた。自分たちが同期の仲間と繋がっているように。

 そして、「あの時」何故エレンは笑ったのか。ほんの一年前、俺たちが大切だって言ったヤツが。
 夕日の赤に染まりながら、線路の上をごく近しい仲間だけで列車に乗って進んだあの時も、忘れてなどいない。むず痒いような、いたたまれないような、何とも言えない感覚のせいで、どうしていいかわからなくなったあの日。

「兵長」
「何だ」
「いつか、……忘れる日って、来ますか」

 コニーの声には苦さが滲んでいた。

「忘れてえか」
「……いいえ」
「思い出した瞬間に、それまでそのことを忘れてたって気づく時は、来るかもしれねえな」

 ほんの数年前まで、幼さが残りどこかヌケたところのある少年だった。迂闊なところはまだあるのだが、今は面影を残しつつも、その幼さはなりを潜めている。コニーは目を見開いてリヴァイの顔を見つめていた。

「そ…そんなの、」
「忘れてたって気づいて、思い出せるんだって気づく。毎日想ってやりゃ大事ってもんでもねえだろ。お前は、今生きてんだ。今そばに居るヤツを優先させるだろ。お前が今生きてるってことを優先させる。それが悪いってんなら、まあ死ぬしかねえが、……生憎生きてる」
「はい」
「死にたくねえ、死なせたくねえヤツらが死んで、でも俺たちは生きてる。簡単に追っかける訳にいかねえ」

 死にたい訳ではない。誰もがそうだった。自分も、仲間も、…多分、敵と呼ぶしかない人間も。

「はい」
「死んだこと思い出すんじゃなく、生きてお前の隣に居て、その時あったもん思い出してやれよ。どうせならな」

 ――コニー。おなか空きましたねえ。早くごはんの時間になりませんかね。お前な、さっき朝メシ食ったばっかだろ。もう腹減ってんのかよ。だって、あれじゃ足りませんよう! ニコロさんの作る海老のナントカ、とか、鱈のなんちゃら、とか、ステーキのなんたらソースがけ、とか、そういうのをおなかいっぱいですね! まあ確かにうめえけどな! 俺たちの食ってたもんて何だったんだよってくらい豪華だしよ。ホントですよ! ね、食べたくなるじゃないですか! バッカ、お前そんなこと言うから俺まで腹減っただろ!

「…っは、ははっ…」

 コニーは思わず笑った。目からこぼれたものが膝の上の花に落ちて弾けた。リヴァイは何も言わなかった。

 暗澹たる気分に頭の天辺まで浸かっても、訓練で疲れ果てても、それでも笑うことが出来た。それがどれほど尊いことなのか、今は解る。

 ……お前が居て良かったよ、サシャ。そうだ。逢えて良かった。

 それは偽りではないではないか。

「……兵長。ありがとうございます」
「礼言うほどのことか」
「ありがとうございます」

 リヴァイはゆるりと背を向けた。コニーは手の甲でごしごしと目の周りを擦った。

「そうしときゃ、風で飛ばされねえか」
「あ、はい、やっぱりただ花ひとつとか小さい束置いておくよりかはマシで、」
「そうか」

 地面を踏み締める足は小柄であってもどこか逞しい。コニーはその背を見送ることにした。亡くなったエルヴィン・スミスやミケ・ザカリアスのように大きく幅広くはないのだが、不思議と安心する。少しずつ小さくなり、やがて見えなくなった。

「ん?」

 コニーは再び長めに手折った花の茎を手に一本一本編み込みながらふと気づいた。何故、あんな問いを。あれは、ミカサとジャン、アルミンと四人で会話していた時のことで、ほかには誰も居なかったし、誰にも特に話したこともないのだ。


◆  ◆  ◆


「はなかんむり」
「は?」

 あまりに唐突にミカサが言い放ったので、ほかの三人は目を丸くして顔を凝視した。

「花。そのまま置いておくと、時々風で散らばってしまう」

 ぽそぽそと悲しげに言った。そして、その目はすぐ横のサシャの墓標を見つめている。

「ああ、確かにな。でも、花冠って、何だ?」

 ジャンが問うと、ミカサは墓標を見つめたまままたぽそぽそと答えた。今となっては最も親しかった同期の女兵士――友達を喪い、ただでさえ明るさに欠けるミカサは日々ずっと沈み込んでいるように見えた。何より、エレンが兵団施設の地下に隔離されたままだ。面会もまだ許されていない。

「花をそのまま置いても、一輪だと風で転がってしまうし、束と言ってもそう豪華でもないから、やっぱり飛ばされてしまってることがある」
「そういえば、そうだね」
 アルミンが穏やかに相槌を打った。ミカサと同様に、サシャの眠る場所を見ている。
「何本も組み合わせて環にしてあれば多少は重さがつけられるし、その辺に咲いてるような花でも、…」
「ああ! そうだよな、俺、妹に作ってやったことあるけど、茎が結構な束になるから、重たくなる! たんぽぽとかな、茎の長めのヤツなんかがいいよな」
「うん。だから、それなら、あまり飛ばされずに、サシャの前に置いておけるかもしれない」

 訓練、鍛錬、装備の整備や調整、新兵の指導、会議、新しい技術や知識を習得するための座学、以前とは内容も変わり、やることも増えた。それでいてさほど実入りが増えた訳でもない。他の兵団からの「新人」は自分たちより年長の者も居たが、実戦経験においてはやはり一日の長があるため、助言する立場に立たされてしまう。やることが増えれば、責任も増えた。
 永遠の眠りに就いたサシャにしてやれることなどもう無いのだが、無いからこそ、ミカサたちは頻繁に墓地を訪れていた。そして、必ずという訳ではないが、何とはなしに目に付いた花を供える。
 街に繰り出して花を購うほどの時間の余裕はなかった。手に届く範囲で名も知らぬ花を調達し、墓前に手向けた。
 誰も呼びかけることなどしたことはないのだが、不思議と示し合わせたように墓前に集まってしまう。忙殺されていれば気にならなくなるというものでもないのだと、改めて実感した。むしろ、日増しにサシャの不在を思い知らされる。

 助けられなかった、という事実が、誰の胸にもあった。ジャンやコニーによれば、サシャだけが飛行船に撤収した後の不穏な物音と気配に気づいたのだと言う。ジャンはそれを聞いてすぐ振り返ったが、その時にはもう厄災が目の前に在った。小鬼のような少女が躊躇いもなく銃を向けて発砲し、始まって、終わった。
 その場に居合わせた二人はそれ故に無念であり、居合わせなかった二人もまたそれを理由に無念さが消えなかった。何度呼びかけ揺り動かしても、サシャは目覚めなかった。
 塞いでも塞いでも流れ出る血溜まりに虚ろな表情で横たわる仲間を、ただ見ていることしか出来なかった。

 もうこんなことしか出来ない。その思いが消えてなくならない。所詮は自己満足なのはわかっていた。けれど、サシャをこんな石の下にひとりで眠らせておくのは、耐えられなかった。
 今となっては、あの場違いな明るさや素っ頓狂な問いや発言が懐かしくてしょうがない。のほほんとした口調で食事はまだか今度は何が食べられるのか、そんなことばかり話していた。そのくせ、射撃の訓練になれば従来の慣れに加え、腕と勘の良さとでもっともいい成績を叩き出した。後から調査兵団に合流した者や新兵たちも、その食欲と食べ物への執着の強さに呆れはしたが、嫌う者はあまり居なかった。威圧的なところもなく、少し独特なあの暢気さになれてしまえば、とっつき易く優しくもあった。疲れや不安でギスギスしがちな兵団に、朗らかさやあたたかい雰囲気をくれた。

「その、私の勝手な思いつきだし、みんなそうするべき、という訳ではない」
「いや、いい考えじゃねえか。俺、今度からそれでいくわ」
 ミカサの発案に、コニーは乗った。まだ作り方を憶えているかは疑問だったが、…何かしてやれることがある、というのは塞いで硬くなった心を少しほぐしてくれた。
「それ、簡単に作れんのか」
「大丈夫だと思うよ。僕でも作れるから」
 ジャンの問いかけにアルミンが答えた。
「へ? お前、作れんのかよ。……女子とばっか遊んでたクチか」
「子供の頃、三人で遊んでた時に、僕がミカサから教わってミカサに作ってあげたことがある。エレンはなかなか覚えられなくてめんどくさいってすぐ投げ出してふて寝して――」

 アルミンは口を噤んだ。ミカサは悲しげに俯いていた。ジャンは眉根を寄せて二人を見つめていた。「三人」。いつも三人だった。エレンはアルミンの頭脳と才覚を信じ疑わず、ミカサはエレンを常に追いかけ、アルミンはエレンの行動力と揺らがぬ心に時に呆れつつも尊重し受け容れていた。
 今は、どうだろう。どうなのだろう。そして、そんなことを問うて何になるのか。
 サシャは還ってこない。
 ジャンは一瞬唇を噛み締めた。

「なら、教えてくれよ。新しい立体機動装置いじくるよかラクみてえだしな」

 ジャンが言うと、まずは花を用意しようとなり、それぞれが周辺を見渡しては手に花を摘み始めた。


◆  ◆  ◆


 四人だけが知っていたことなのだ。コニーが思い返してみても周囲には特に誰も居なかった。痛ましいことになってからあまり時を経ていないため、比較的墓参に訪れる兵士やその家族や知人は居た方だったと思うが。

 たまたまか? 兵長は勘がいいしな。

 コニーはまた一本手にして、新たに茎の束に括りつけた。

 サシャ。食いもんじゃねえけど、許せよ。俺らが居ねえ間、さびしくねえように、花、置いといてやるからな。

 雪降る頃になったら、何にすりゃいいんだろな。そんなことを考えながら、手は小気味よく動き小さな花を環の形に仕立て続けた。




 わかっているのだ。こうして逢いに来ても、サシャは目覚めなどしないし、還ってもこない。
 ミカサは膝をついてもぞもぞと花を摘んでいた。訓練や戦闘中に見せる機敏さや鋭利な印象は、今は微塵もない。 

「相変わらずだな、根暗野郎」

 久々に聞いた。前にそう呼ばれたのは、いつだっただろう。この腹立たしい呼び方をするのは、たったひとりしか居ない。

「リヴァイ兵長。それは敬礼が遅いという、一種の催促でしょうか」
「生意気なクチ叩く気力が湧いたか。結構だな」

 相変わらずなのはどちらなのだろう。ここぞとばかりに皮肉げな口を利くくせに。ミカサは摘んでいた花を地面に置き、立ち上がろうとした。

「要らねえよ、馬鹿」

 膝頭で軽く肩を押したかと思うと、そこにどっかりと腰を下ろした。押されたミカサはと言えば、間抜けに転がりかけるのを手で留め、座り込んだままだった。むっとしながら脚を揃え直した。

「何してる」
「花を」
「あ?」
「サシャに、花を、」

 そう言ってするりと逸らした黒い瞳に長い睫が覆い被さり、余計に悲しげに見えた。

「そうか」
「その、職務には影響もありませんし、」
「俺が、何か言ったか」
「……。では、失礼して、作業させて頂きます」

 少し居心地が悪かった。ミカサはあまり顔を上げようとせず、集めた花を揃えてみた。緊張でやや強く握ってしまったのか、何本か茎がしんなりとしていた。膝の上に載せて、ほぐすようにして並べた。束にすべく、一本選び出し、根元を括ろうとした。
 ちら、と視線を移動させると、すぐ正面に組まれた脚とその両膝に載せられた両の腕が見えた。動く気配はなかった。何故わざわざ目の前に座ったりなどするのだろう。ため息をつこうものならまた何を言われることか。
 さっさと消えてくれればいいものを。
 ミカサは束ねようとした手を止めた。そうだ。束ねるより、いい方法がある。

「花、どうすんだ。供えてやるんじゃねえのか」
「このままだと、風にさらわれたりしてしまう。ので、…その、はなかんむりにして置いておこうかと」

 ふいの思いつきだった。なかなか去ろうとしない男の視線を気にしないために、没頭出来る作業が欲しかっただけだ。だが、なかなかいいかもしれない。

「冠? なら、わっかか。そんなもん、どうやってわっかにする」
「編み込むようにして、繋いでいくんです」

 ミカサの指先が花を数本掴み束にして固定すると、空いている方で手で一本するりと巻きつける。花だけを詰めて寄せてゆき固定すると、また一本手に取り同じ作業を繰り返した。
 良かった。まだ作り方を憶えていた。思わず安堵した。

「こうして、どんどん繋いでいきます。最後は、たわめて環にして、別な茎で結わえて留めるんです。ほかのやり方もあるのかもしれませんが、私はそうしてます。余った茎は環にした内側に埋め込んでいけば、完成です」
「ほう。結構な手間だな」
「でも、重さが出来るので、風で飛ばされにくく――」

 顔を上げると、目の前にさらさらと揺れる黒髪があった。前髪の分け目から額がのぞいている。

「あ、の、…!」
「どうした」

 のけぞったミカサに対して、少し下から覗き込むように、僅かに上目遣いに。冬の夜明けのような白んだ空の淡いグレイの瞳。ほんの一滴瑠璃の雫を加えたようなあえかな青みを帯びている。
 今よりもっとずっと近い距離で、その瞳を見たことを、忘れていない。大きくはない灯りを受けて、どこか熱を帯びた目をしていた。このひとでも、こんな目をするのだ、と思った。

「な、なんですか、」
「作ってんの見てんだよ。何か問題あんのか」

 こういうところが嫌いなのだ。まるで何も気にしていないとわざわざ態度で示してくる。

 私は、……忘れていないのに。

 ミカサは作業に徹しようと思い、それに集中した。

「慣れたもんだ」
「子供の頃、母が作り方を教えてくれました。山の中でひとりで出来る遊びなど、限られてましたから、こんなことでも楽しかった。母に冠を作って、父には腕輪を。二人とも喜んでくれて、……」

 もう居ない。父は家の扉を開けるなり殺された。母は私に逃げろと言ってくれたのに、私は何がなんだかわからなくてうごけなくなってそのまま――
 どうして動いてくれないの。目を開けて。ねえ、サシャ、お願い、どうして、

「!」

 腕を軽く掴まれて、思わずびくんと跳び上がってしまった。

「大丈夫か」

 何故嫌味な口調のままで、突き放すような声のままで居てくれないのだろう。こういうところが、本当に、心底嫌になる。

「何でもありません」

 ミカサの腕に触れていた手が、ゆるりと流れて膝の上から花を幾つかさらった。三本ほど掴むと、そこに新たな一本を巻きつけ…ようとするのだが、ややコシのある茎がするりとリヴァイの指から逃げて、ひょろん、と間抜けに飛び出した。

「うるせえよ」
「……何も言ってませんが」

 ブレードの柄を握る手に、似合うのか似合わないのか。以前と違い、立体機動の動きに連動させた射撃の訓練もだいぶ増えたが、この男は刃を手にする。
 その手が、指先が、思いの外優しく動くことを、ミカサは知っている。何となく切れずにいた伸びた髪を梳いた、最初で最後の男、の、指。長すぎると払いのけるのではなく、愛しむように梳り、挙句、唇を寄せた。

 まだ慣れないらしく、何度か指先から花を逃しては舌打ちをして改めて巻きつけている。

「黙ってろ」
「ですから、何も言ってません」

 白い指がよどみなく花を取り巻きつけていった。リヴァイは時折視線を上げてその動きに見入った。ごく軽く唇を押し当てただけなのに、小さく震えていたのを思い出す。掌と掌を合わせて、指に指を絡めた時は、折れそうに細く感じた。戦う時は、男の兵士など及ばぬほどの尽力と活躍を見せるというのに。
 敷布に、枕の上に、広がる黒髪が蝋燭の火を受けてなめらかな光沢を見せた。あの黒い炎を、自分だけが知っている。

「思ったより、……お上手ですね」
「世辞か。お前にそんなもん言えるアタマがあったとは驚きだ」
「兵長こそ、意外に器用でびっくりです」
「お前、ナメてるだろ」

 さも面白くもないという顔をして睨まれて、ミカサは向かいに座る男の手元に顔を近づけてしげしげと見つめた。辛うじて巻きついている茎がよれよれの螺旋を描いており、花の間隔が十分に詰められておらず、少々ガタガタの仕上がりだった。

「い、え、ホントに、…!」

 堪え切れず、ミカサは唇を噛んだが、ふっと鼻から抜けた笑いがこぼれてしまった。慌てて鼻の頭までをマフラーで覆う。目の前で、する、と影が動いた。組まれていた脚が、地面から真っ直ぐに上に向かって伸びていた。

「笑えるなら、問題ねえな」

 頭をぐしゃりと撫でられた。その指先が黒髪の合間を縫い、愛でるようにすり抜けた。その手が確かめたのは、あの日のように指に巻きつくことのない、短く切られた髪の長さなのか、そのなめらかさなのか。
 引き寄せられるように顔を上げた。ミカサの視線の先にあったのは、見たくもない顔だった。穏やかで気遣わしげな、どこか哀しげでものやわらかな瞳をしている。

「直しとけよ」

 黒髪の上に、眉のような弧を描く短い花の鎖を載せると、踵を返し去っていった。

 私がおんなだったことを憶えている、たったひとりのひと。

 はたりと落ちてきた作りかけのはなかんむりを掴んだ。やわらかく不確かな手触りの花と、固く合わされた茎の感触には、ぬくもりが残っていた。

 あなたの手の熱を、まだ憶えてる。肌の熱さも。

 ――あったかいですね! 何だか子供の頃を思い出します。お父さんやお母さんと、くっついて寝たりしませんでした?
 ――小さい頃は。
 ――その、……部屋、あんまりがらんとしてしまってから、落ち着かんくて。
 ――うん。確かに、広く感じる。みんな、……居なくなってしまったから。
 ――これからは、たまにこうして一緒に寝ませんか?
 ――子供みたい。
 ――えええええ、いいじゃないですかぁ!
 ――……もう。なら、仕方ない。
 ――そんなこと言って、ミカサだってホントは少し楽しいなあって、思ってるでしょう?
 ――サシャ! くすぐらない!
 ――ヒストリアも居たら、もっと楽しいのに。女王様になんてさせられて、今じゃ兵舎に来ることすらなくなりました。……おしゃべりも出来ないです。ユミルが居たら、ヒストリアだってもっと元気で居られるんに…。
 ――うん。何もかも、随分、遠くなってしまった。
 ――三人でベッドにぎゅうぎゅうになって、色々おしゃべりするんですよ。お休みの日は何が食べたいか、とか、もし何でも食べていいってお金をいっぱい貰ったら何が食べたいか、とか!
 ――食べ物しか話題がないの。
 ――いちばんしあわせじゃないですか!! それ以外何を話すんです?
 ――ふふっ。サシャらしい。

 二人で、額をつき合わせるようにして、声を潜めて笑った。

 ウォール・マリア最終奪還作戦の後だった。まだ再編成前で、調査兵団が実質たったの九人になってしまった頃だ。ふだん寝起きしている兵舎の共同の部屋は、ミカサとサシャの二人きりになった。
 もっとそんなふうに、笑い合えるようなことを、しておけば良かった。ミカサは思った。ユミルはもう逢えない。ヒストリアは気軽に声をかけることすら出来ない。
 サシャ。ひとりで逝かせてしまった。
 振り返ることしか出来ないものが増えてしまった。もっともっと大切にしておけば良かった。
 今隣に居る誰かが、明日も隣に居るかはわからないと、誰もが腹を括ったはずだったのに。

「なら、俺が憶えててやる」

 私がおんなだったことを憶えている、たったひとりのひと。私は思い通りになる便利な武器などではないのだと。冷えた肌に血が通うことも、熱を帯びることもある、ただの女だと。

 ミカサは花を編み続けた。こうしていれば、じきに涙もおさまるだろう。
 喪ったものは取り戻せない。過ぎた時間も日々も、去っていったひとも。



「コニー、上手いね。綺麗な出来だ」
「まあまあイイカンジだろ。アルミンもうめえな」

 手に花の環を下げて、四人は墓地の入口を通り抜けた。

「お前ら女子かよ」
「ジャン、それ、悪くない。綺麗に出来てる」
「そ、そうか? やっぱアレだな、溢れ出る才能は隠せねえんだよな」
「ミカサは悪くないっつっただけで、いい出来だとは言ってねえぞ」
「コニー、テメェ!」

 無理に軽口を叩き合うと、つい、もうひとりの声が聞こえるのを待ってしまう。二人、だろうか。ひとりはもう二度と逢えない。もうひとりも、ある意味では、もう二度と逢えないのかもしれない、とどこかで考える。大切な仲間だから長生きして欲しいなどと言った上に、赤面したヤツには。

 居並ぶ墓標はいつ見ても心が冷えて沈んでゆくのがわかる。名もよく知らぬ沢山の兵士たちが眠る場所は、それでも陽が差してのどかに見えなくもない。だが、そこに在るのは、ただの現実だ。

 もう逢えない。それがずらずらと規則正しく並んでいる。

「お?」

 コニーが驚いたような声を上げた。コニーの首を軽く締め上げていたジャンも、つられて前を見た。

「なんだ、コレ。誰か、先に来て置いてったのか?」

 アルミンとミカサは質問に促されて首を伸ばした。

「え。僕は今みんなと来て、初めてだけど」
「私もそ、――」

 サシャの墓標の前に、はなかんむりがあった。ミカサが思わずその碑の前に歩み出て、ぺたりと座り込んだ。

「これ、」

 丁寧に編み込まれた花の円環、のはずだったが、近づいてよく見れば、最後の仕上げがされていなかった。一見綺麗な輪を描いていたが、完全ではない。繋げる部分の処理が足りていないのか、はたまた処理の仕方がわからなかったのか、ほどけかかっている。

「俺たちじゃないなら、誰だ?」

 ミカサ以外の三人が首を捻っていた。

 ――直しとけよ。

 途中で立ち去ったあの男には、最後の仕上げ方を実演しないままだった。口でただ説明しただけだ。ミカサはその花冠のなりそこないをそっと手に取った。花と花の間が綺麗に詰めて寄せられ、茎の部分もしっかりと結わかれていた。

 練習したとか。……まさか。

 ミカサの指はその最後の仕上げに取りかかっていた。

「誰だっていいよ。サシャのためにつくってくれたんだから」
「あ。もしかして、……」

 アルミンのつぶやきに、コニーが何か言いかけたが、やめてしまった。コニーはあの時のやり取りは何となくしまっておいた方がいいように感じた。サシャと自分と、それぞれにあの不機嫌そうな顔の男からもらったやさしさは。喧伝されたくてした訳ではないだろう。

「何だよ、コニー」
「あー……何でもねえわ」

 ミカサが持参した花環と、残されていた花環のふたつを、サシャの墓前に置いた。ジャン、コニー、アルミンと続いて、ひとつ、またひとつと花の冠がのっぺりと草に覆われた地面にほんの少し彩りを添えた。

「悪くねえな」

 五つの花の輪がそれぞれに重なり合って花の環の連を生んだ。ジャンはしばらくミカサの背中とその向こうの墓石を眺めた。コニーとアルミンもそれに倣った。

「ミカサ。そろそろ座学始まるからな。遅れずに来いよ。俺たちが……しっかりしてねえと示しつかねえ」

 いちばん滞在時間が長いのは、多分この中ではミカサだろう。今も座り込んだきり動かない。間もなく海図の読み方と船の運行や操舵についての概要を復習するための時間が来る。

「わかってる。ちゃんと間に合う」
「おう。先行ってるぜ」

 仲間が遠ざかっていく気配を感じながら、ミカサは名前と生没年が刻まれたそっけない碑を見つめた。

 サシャ。お花。肉じゃなくてがっかりするかもしれないけど。私たちが居ない間、さびしくないように、置いていくから。

 ミカサは立ち上がった。一瞬、強めの風が吹き、前髪をなぶられた。思わず足元を確認したが、花の冠は重なり合った不安定な部分が僅かに揺れただけだった。

 私も、いつか、ここに眠るの? エレンを護った後のことなんて、想像もつかない。「その時」が来たら、誰かがあの力を受け継いで、そしてエレンは本当に居なくなってしまうの? そんなの、そんなのは、……。

 ――なら、俺が憶えててやる。

 思い出すのは、何故あの目であの声であの男なのだろう。ミカサはうつむいて三人の仲間が去った道をゆっくりと歩き出した。

 私に「その日」が来ても、あのひとが居てくれる。きっと。



 こどもではなくなった私に、被れない冠をくれたひと。
 花はいずれ朽ちる。そして、この世界も。

 誰も居なくなっても、花はまた咲くのだと思う。私が斃れても、あの男だけは立ってそこに居るように。




 もし私があなたに背くことがあれば、あなたの手で斬って欲しい。花を編むことも出来るその手で。
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2018/09/09 (Sun) 16:24 | EDIT | REPLY |   

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