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黒豹は夜を切り取らない。

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胸に、シリウス。―Baby, the stars shine bright― DIK-Ex4

Category - Devil I Know
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あなたがかかえる暗闇は、あなたの輝く星のために、存在しているのです。 ――かめおかゆみこ

シリウス。ギリシア語で「焼き焦がすもの」、「光り輝くもの」を意味することばから。最も明るい恒星とされる。「天狼星」とも。

ルシファー(ルシフェル)。「光をもたらすもの」の意、明けの明星(金星)を指すラテン語。堕天使の長であり、悪魔と同一視される。

古代の南方の人々にとっては、明るい恒星シリウスは航路を定める等に用いられ重要視されており、「大きな鳥」を意味するManuと呼ばれる星座の体を構成しているとのこと。

焼き焦がすもの。光をもたらすもの。天の狼。大きな鳥。

胸にひとつ自分を照らす星を抱きしめるおんなのこと、そのおんなのこの暗闇に光をもたらして胸を焦がす誰かのみじかいおはなし。
光をもたらすものの中にも実は闇はあるのだけれど。そして、彼も胸に星を抱いてる。たったひとつ。暗闇で光る綺麗な恒星。
似てないようで似てるふたり。似ているだけの、別々の存在。

早く大人になって自由になりたい女の子と、自由になった女の子を自分に縛り付けたい身勝手な男。もたれあって支え合って生きてる。

これぶっちゃけタイトル「ゆあまいおんりーしゃいにんすたー」でいんじゃね、と思いましたが、さすがにどうなの、と思って現タイトルになりました(ひどい)。しかしサブタイがよりイロイロヤバさマシマシ。
しょうじょまんがテイストも崩れておりません。むしろ強化された気がする。どうしよう。ベースが「進撃」だってもう誰も気づけない! いさやませんせいにかおむけできない! あしむけてねますね!(死ねよ)

いつも丁寧なコメントをお寄せ下さる方に、何かご希望があればそれに添って書かせて頂きたいとお伝えしたところ、ミカサ→リヴァイがよりお好きとのことで、そんなおはなしになれば、と書き始めたものです。
基本、リヴァミカであれば何でも、とぶっちゃけても頂きましたので(笑)、あまり囚われる必要はなかったのですが、こういうカタチにまとまりました。
ご査収頂ければ幸甚に存じます。

もちろん、ほかの皆様にもお楽しみ頂ければ幸いです。

なお、

1:ミカサは清掃員さんにべっとり依存
2:鬼のように甘やかす(日本語よ)清掃員さん
3:大人の対応をしつつもなんだかしれっとミカサに甘える清掃員さん
4:えろはない繰り返すえろはないこれは演習ではない
5:初恋こじらせるとこうなるのかよ
6:カラダから先にくっついたようなものなのでキモチは後から追ってくる
7:らぶしゅきあいしてりゅ!(byみかさ)ともっとらぶしゅきあいしてりゅ!(byりばい)のばかっぷる
8:お前ら一生そうやってるつもりかああやってろ一生やってろ
9:しょうじょまんがにもほどがある
10:あれこれひょっとしてちょっとした総集編じゃね?


…みたいな胸焼け要素だけで構成された、夏に向かない暑苦しさでお送りしておりますので、体調が万全の時にお読み頂くほうがよろしいかと存じます。

「リクエストしたら書くの?」

トライ出来そうなネタやテーマであれば書きます。あるいは提示して頂いたものでネタが降ってくれば。今回はとても楽しく書かせて頂きました。いつも本当にありがとうございます!
リクエストを下さった〇〇〇〇様(お名前出していいかわからないので一応伏せますね)に謹んでお捧げ致します。

20180623→0718/→0721

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ミカサはまたスマートフォンを手に取った。そして、画面を操作し無料通話アプリを開くとリヴァイの名をタップした。このまましかるべき場所に指先を載せれば、簡単に繋がることが出来る。おそらく、リヴァイは三コールも待たせずにその声を聞かせてくれるだろう。

電話は、なるべくかけないようにしていた。連絡先をもらった時から今に至るまで、ずっとそうだった。確かに、教えてもらって間もない頃に比べればかけることも増え、チャットの回数も増したとは思う。それでも、付き合い始めのカップルが毎日のように電話のやり取りをする、などという話は、ミカサにとっては遠い異国に伝わる物語のように思えなくもない。ぼんやりと、なるほど国が違えばそんなこともあるのだろう、と。相手の時間を奪ってしまうのではないか、つまらない話をしてと呆れられるのではないか、そんな懸念もなしに、毎日、…毎日? かつてはファックスが、今はEメールが発達したのは、結局のところ、それが理由ではないのか。相手の負担にならずに、情報伝達や意思の疎通を図れる、という利便性が。

かけたが最後、ずっと話していたくなる。正直に言えば声を聴ければそれでいいくらいだった。
これといって話題が豊富ではない自分に、何を話す事があるのかと自問すべきだ。少しはいたずらにかけるべきではないと思い直すかもしれない。雑誌やネットで見た面白かった記事や行ってみたい場所、学校であった些細な出来事、そんなくだらない取るに足らぬ話題に飽いた態度を微塵も出さず、リヴァイは延々付き合って相槌を打ってくれさえする。まぜ返したり質問をくれたり、さして興味など湧かぬであろうあれこれに、実に根気良く。加えて、今は大抵放課後はリヴァイの元にゆき、可能な限り共に過ごしている。話題など出尽くしている。「まとも」でなくても良いのなら、なくもないのだが。
ミカサはいつも内心びくびくしながら話していた。共に居られる、あるいは会話が出来るしあわせに浸りながらも、常に。
本当はつまらないであろうこの時間に、どんな気持ちで付き合ってくれているのだろうと、そればかり考えながらも、声を聴き、時折くすぐる吐息を耳に感じると、虚ろな自分の至るところが埋まってゆく気がする。
フツウの、それでいて誰とも違う世界一しあわせなおんなのこになれるのだ。
傍に居られない事実を、ほんの少しでも誤魔化したい。一緒に過ごせない時間など、消してしまいたい。

私が話すことなら、リヴァイは聴いていてくれるし、相手になってくれる。わかってるから、簡単には電話なんて出来ない。遠慮しなくていいって、いつも言ってくれるけど。

ミカサはリヴァイのふだんの仕事ぶりを思い浮かべた。
常に不機嫌そうな顔で生徒に睨みをきかせ、時には態度の悪い生徒や学校を無為に汚す行為を見かければどやしつけることすらあるが、仕事そのものは本当に丁寧で真面目なのだ。勤勉であるが故に厳しいとも言える。
夏場の袋小路にある階段下など、風通しも悪くすぐに埃が溜まるような場所も、時折舌打ちはするものの、基本的には黙々と掃除している。表情は一切変わらないが、額から汗がこぼれているのを見た事もある。湿度はそれほどでもないが、無風だと夏場はかなり暑さを感じる場所も当然あった。冷暖房など皆無の、教室や何らかの部屋になっていない場所は暑さ寒さの厳しい時期は決して居たくなるようなところではない。階段下をうまく活用した小さく狭い収納スペースなど、校内で何が何でもいちゃつきたい物好きな生徒たちでもない限り、近づきたいとも思わないだろう。そんな場所で埃に塗れることもなくいちゃつけるのは、いつも仏頂面の清掃員が黙々と仕事をこなしているお陰でもあるのだから、皮肉ですらある。

手袋を外しマスクを軽く下げ、前髪をさらりとかき上げて掃除の行き届いてないところはないか見渡して確認している姿を見るのは、実はとても好きだった。

だって、……すごくセクシィに見える。

教室に移動しようと速足で歩いている折に見かけた時など、思わず一瞬足を止めてしまい、同じクラスを選択しているマルコに前進とスピード・アップを促されたほどだ。移動するだけで使い切る程度にしかない休み時間に何をぼんやりしているのかと心配してくれたのだろう。アルミンに訝しげに振り返られたこともあった。

シャワーを浴びた後の、髪が濡れてる時も好き。肌に水が伝ってるところとか。あと、汗ばんだ時は少し甘い香りがする、ような気がする。いつもは清潔であたたかみのある、どこか安心するような匂いがするのに。胸がざわざわするような、何となくうっとりする甘さ。

不謹慎極まりない思い出が過ぎってしまい、ミカサは思わず腰掛けていだだけのベッドに倒れこんで顔を伏せた。わたしのばか!! ばか!! もう、もう…ばか、ホントにばか!!

余計に声が聴きたくなっただけではないか。それどころか、……逢いたくなった。

顔を見るだけでいい。あの不機嫌そうな顔ほど、見て安心することになるなどと、ほんの少しまで考えもしなかったというのに。それでも、自分と一緒に居る時は、表情がやわらいでいる、ように感じた。穏やかで、稀にうっすらと微笑んでくれさえもする。表情は決して豊かとは言い難いのに、何故かちゃんと感情や気分が伝わってくる。
そして、当の本人はそれ以上にミカサの気分や望むことに関しては、ほかのこと以上に察しがいいような気さえするのだ。
ねだらずとも顔に出てしまうのか、そうして欲しいと思っているとふんわりと抱きしめてくれて、目を見ればキスまでしてくれる。何をして鍛えたものかわからないあの小柄なくせに硬い身体に腕を回して首筋に顔を押し付けると、頭を撫で髪を梳いてくれるのだ。もつれた糸でもあれほどまでにそっとやさしくは指をすべり込ませたりしないのではないか。
乱暴で突き放すような口調からは想像も出来ないほどに、やさしく触れる手、指。結い上げた髪やアクセサリィで留めた髪を解いてくれる時は壊れ物を扱うような手つきでしなやかに動く。

「リヴァイ。もう少し強く引っ張っても大丈夫。平気」
「そうか」

こめかみに唇を押し当てて、「で?」と言いたげな表情を一瞬して見せて、変わらずそっと解き、クセのついた髪を手櫛で整える。髪のひと房に口づけをされることもあった。そして、まるで塩を取ってくれと言うのと変わらない口調で、「綺麗だな」とぽつりと言ってのけるのだ。ふだん清掃員として仕事をしている姿からは想像も出来ない真似をしてみせる。平然と。ごくフツウのことででもあるかのようによどみなく自然に。

「私、オヒメサマやどこかのご令嬢じゃないのに」
「雑に扱われてえのかよ」
「そうじゃなくて。……壊れたりしない、って意味」
「壊してやりてえ時は、そうしてやってるだろ」

耳朶を甘噛みしながら、そんなことを言ってくるのは卑怯だと思う。あの白い歯をゆっくりと突き立てて、ほんの一瞬小さな火花が散るような痛みを与えて、満足そうに見つめてくるのも。とても、とても卑怯。だってその後で、舌先やあの薄い唇で撫でてくる。ひどい。

グレイの瞳など、ありふれたものだ。光線の加減でグリーンにもブルーにも見えることがある。それでも、やはりあれはグレイなのだ。エメラルドのような緑でも、サファイアを思わせる青でもない。晴れた空のようなターコイズでもなければくすんだ朝焼けのブラウンでも深まりつつある夜の黒でもない。
ごく淡い、ほんの一滴瑠璃の雫をたらしたような、明け方の白みを帯びた薄く淡いグレイ。
それが何より美しいと思う。瞳を縁取る睫は思ったよりも長く、どこか優美な顔立ちなのはあの美しい母親から譲られたのだろう。整って美しく思えるし、引き締まった身体や意外に長い手足は直線的なラインで形成されているように思えて男性的だというのに、ふとした瞬間に繊細さや洗練された雰囲気を感じさせる。脚を大きく広げてどっかりと座り込む様など、どうみても粗野そのものだと思う。それなのに。

欲目ってやつ? 好きだから、……なんでもかんでも、その、なんていうか、…かっこよく見える、って。何をしてても、それがリヴァイなんだって思える。

よく連れていってくれるレストランは、すごく高級そうなのに、リヴァイは公園のベンチに腰掛ける時とあまり変わらない感じがする。気負ったふうもないし、リラックスして見えた。紅茶のカップを持つ時だけはいつものアレで、上から手を覆い被せるようにして持つし、でも咎めるような視線すら投げられたことが無い。あの給仕をしてくれる少しお年を召した男性は、穏やかでにこやかで、…まるでリヴァイが特別なお客様みたいに丁寧に対応する。もちろん、きちんとしたお店のきちんとした従業員なら、それが当たり前だけれど、……マナーが良くないって明らかに解る時ですら何も変わらない態度。古くからの知り合いみたいな、そういう空気も感じる。距離感があるのに。何ていうか、リヴァイをどこか崇拝してるみたいに感じることがある。王室のひとにでも相対するみたいな丁寧な口調で話しかけて。それでいて親しみも持ってるのが伝わってくる。

食事してる時のリヴァイは、だから、いつもと同じ。私のつくったものでもデリバリーでもあの特別なお店でも、気負う様子ひとつ見せずに、あの小さな口で。背筋が伸びてるから、だらしなく見えないの? でもリラックスしてる感じがする。

ふしぎなひと。いつもそう。つかみどころがない。映画なんかで見る、いかにも治安の悪い地域で育った男の子みたいな、ちょっと乱暴な口調なのに。カトラリィを持つ手や指先とか、タイを緩める時の手つきとか、ボタンを外す時の仕草とか、すごく素敵に見える。上品ぶってないって言えば、そういうことなんだけど、でもだらしなく見えたこともなくて、極端にお行儀悪く見えることもない。良くもないんだけど。ただ、何ていうか、ある意味でいかにもおとこのひと。気取らないし飾らないし。

時々、すごく困ったヒトになるけど! 私の服脱がせようとしたり! お風呂に一緒に入ろうとしたり! ダメって言ってるのに、離してくれなくて、ずっと、……。

ミカサはつらつらと考える。どんな仕草もことばも、自分にとっては宝石よりも尊かった。あんなふうに惜しげもなく何もかも与えられたことなどない。
どうして箱にしまっておけないのだろう。あの男から生まれるもの、与えられるもの、何もかも隠して誰にも見せずに自分だけのものにしたい。時折ひっそりと蓋を開けて、鉱物標本でも楽しむように眺めていられたら。

両親からは何不自由なく与えてもらい、極端に締め付けるようなこともなく育ててもらった、と思う。黒い服を好むようになったのには確かに難色を示されたが、最終的には受け容れてくれた。今は手持ちの服に似合うような、クラシカルだったりシックでロマンティックだったりする衣服をプレゼントでも用意してくれる。
家事を手伝えば礼を欠かさず言ってくれるし、労ってもくれる。疲れているはずなのにイライラして見せることもほとんどない。穏やかで、恵まれた、いい家庭に生まれた、と思う。それなりに他人に礼儀を払うことが出来るように育ててくれて、それなりのマナーを身につけさせてくれて、きちんとした教育も受けさせてもらった。そういうものが一切与えられることも手に入れることも叶わない子供がまだまだ沢山存在していることも知っている。

ただ。ただ、悪いコでもいい、何も出来なくてもいい、って言ってくれたのはリヴァイだけ。ワガママを言ってもいいし、ご機嫌なフリもしなくていい。役に立とうとする必要もないって。

アッカーマンのおじいちゃんを思い出す。おじいちゃんだけはこう言ってくれたから。

「ミカサはいい子だな。聞き分けがいいし、素直だ。頭はいいし何だって出来る。すごいなあ。でも、いっつもいい子じゃ息が詰まっちゃうよな。俺と一緒の時は羽目外してもいいんだぞ。イヤなことイヤって叫んだっていいしな、そんなこと今したくないって逃げたっていいぞ。じいちゃんがちゃんとお前のこと守ってやる。何してもいいんだ。じいちゃんは、お前を絶対嫌いになったりしない。いつでもミカサの味方だ。いいな? どんなミカサでも、じいちゃんの大事な大事なミカサだからな」

なんでもフリだけが上手くなった私をあっさり見破って、泣いても怒っても我儘を言ってもいいんだって抱きしめてくれたのは、リヴァイだけ。さびしかったらそう言っていいって。一緒に居てくれるって。
ひとりにしないって、言ってくれた。

「ミカサ、なんでお葬式でもないのに真っ黒な服なんか着たいの? ヘンなのぉ」
「フツウは、キレイな色好きになるんじゃない? 緑でも青でも、よく男の子が好きになる色とか言っても、それはそれで好きなコって居るし、わかるけど、黒? えー、何で黒? なんか、フキツな感じ! そんな服着てたら、誰も一緒に遊びたいって思わないよ?」

カラフルな花畑にぼんやりしてる鴉なんて、誰から見てもオカシイのなんて、わかってた。でも、私は着たい服で過ごしたい。黒だけが嘘っぽくない気がした。全部塗り込められる強いいろ。無色。全部が混ざったいろ。さびしくて、でも強くてかっこいい色だと思った。それなら私も着ていいかも、って。

私は嘘だけで出来てたから。せめて着る服は嘘がないのが良かった。

強いフリをして、気にしないフリをして、平気なフリばかりしてた。だから、着るなら嘘のない、黒。嘘を塗りこめられる黒。ほかの色がキライなんて、言ったこと、ない。赤だってピンクだってオレンジだって綺麗だし、好き。青も緑も黄色も素敵。でも、…着るのなら、黒。
喪服みたいって言われたこともあった。それは否定しない。私は毎日死んでるみたいに生きてただけで、色んな事を誤魔化して偽って過ごしてたから。
私が私を見送るために。毎日死んでた私にお別れしてまた私を迎えるために。繰り返してれば、いつかちゃんと終わる日が来る。ピンクの好きな子にも赤を着る子にも、同じようにいつか訪れるその日が、私にだって来てくれる。

ゴスって大好き。ヴィクトリアン・テイストのクラシカルなものは特に好き。シックで落ち着いてて。カタコンベで眠るような気分になれる。スチーム・パンクも好き。でも、私が着たいのはちょっと古風なテイストのゴス。中世まで行っちゃうとさすがに日常からかけ離れ過ぎてしまうけど、ヴィクトリアンならアレンジが利く。その辺のお店でも買えるようなアイテムで自分なりに工夫して気に入るものに出来たら最高に嬉しい。お小遣いで買えるようなものなんて、もちろんたかが知れてるけど。その代わり、自分で手を加えることを覚えた。アクセサリィも、今は割と手に入るけど、無ければどうにかしてつくれないこともないってわかった。下手でも、自分の「好き」が詰まってる。

私はわたし。ほかの誰かと同じになれない。それを自分がいちばんよくわかってる。だから、ゴス・テイストの服を着る。誰も私に近寄らないし、話しかけもしない。関心を持たないように訓練でもしてるのかもしれないと思うくらいに、居ないみたいに扱われたこともある。嗤われたり、こちらを盗み見て顔を見合わせる子たちも居た。

わかってる。私は、ほかの誰にもなれない。同じになんてなれない。たったひとり。それだけのこと。でも、「それだけ」のことが、時々少し辛かった。でも、私はどこまで行っても私。周りは変わらないから自分が変わればいいって言うけど、何を変えればいいの? 自分の「好き」を封じ込めて出来た私しか受け取ってもらえないなら、そんなもの、要らない。

ちょっとダークなメイクをして、大好きな服を着ると、「ああ、これがわたし」って、そう思える。嘘をついて誤魔化して知らないフリをしてるだけの卑怯な私を隠したがってるのを正直に出してるって、そう思えた。隠してるように見えるんだろうけど、私には曝け出してるのと同じ。矛盾してるのもわかってる。でも、そうなんだから仕方ない。

リヴァイは、似合うって言ってくれたの。似合ってる、お前は好きなものを諦めないなって。ほかのどんな服でも似合うって。可愛いって、言ってくれたの。少し目を細めて、誰にもわからないくらいに薄く微笑んで、「悪くねえな」って。必ず褒めてくれるの。「お前、こういうの好きだろ」って、ネットで見つけた可愛いゴステイストのドレスとかアクセサリィを見せてくれた。どれもすごく素敵だった。欲しいもの、着てみたい、着けてみたいものだらけ!
男のひとって、女の子の服なんか見て、楽しい? そりゃあデザイナーになりたいとか、そういうひとならわかるけど。でも、色んなものを見つけてきてくれる。私が好きそうな本。雑貨。服。家具。そういうものを一度も嗤わなかったし、それどころか、「好きなもの好きで何が悪いって胸張ってるとこがいいよな」って。

私が欲しくて欲しくて、でも欲しいとは言えなかったものを、全部くれた。何でもないものみたいに、ひょいひょい投げてくれる。ほかのひとは侮蔑や嘲笑をそんなふうに私にぶつけてきたのに。

リヴァイだけは、違ったの。

頑張っておしゃれした時、エレンにはものすごくヒかれたのがわかった。馬鹿みたいって、わかってた。自分だけが張り切ってるのも、わかってた。でも、ただ、大好きな服を着て、一緒に憧れのカフェに行ってみたかっただけなの。でも、やだ、って一言。
リヴァイは、それは無理もない、同い年くらいの男じゃ女の子のシュミに合わせるのは難しいし、そもそも関心が持てなくて、だからヘンに期待を持たせたりしないで断ったんだって教えてくれた。エレンのことを悪く言わなかったし、私の気持ちもわかってくれた。

真っ白な部屋で、素敵なスーツ姿のリヴァイと、精一杯おしゃれした格好で、信じられないくらい美味しいディナーを食べた。意地悪でイヤミたっぷりなクセに、ちゃんと正式なデートの相手みたいに扱ってくれて。

怖いひとだって、思ってた。いつも怒ってるのか不機嫌なのかわからない顔で、掃除だけしてて。たまに手を休めてると生徒を怒鳴ったり叱ったり。怖くて、何を考えてるかわからないひと。妙な噂は生徒なら誰だって知ってる。得体の知れない、仏頂面の妙な男。楽しいとか嬉しいなんて感情、持ってないみたいだった。

私には、甘い声でこう言うの。我儘を言っていい。さびしいって言っていい。悪い子でも何も出来なくてもいい。何もかも与えてやるし、願いも叶えてやる。

もう、ホンモノのアクマにしか思えない。

なんでもフリで誤魔化した私をあっという間に引きずり落として何もかも引っぺがして、……抱きしめてくれた。キスをくれてやさしさをくれて、私をとことんダメにした。ただの私に戻してしまった。

初めて神様に感謝しそうになった。神様なしに悪魔は存在しないもの。アナタが居たからリヴァイが居るのね、って、そう思った。
でも、わかってる。私が感謝すべきはリヴァイなの。手を伸ばして救いを求めるのは、ほかの誰でもないの。それが「堕落」って言うなら、それでいい。神様から離反したって言うのなら、それでもいい。

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逢えて、良かった。リヴァイが居てくれて良かった。生まれてきてくれて、私の目の前に現れてくれて。本当に本当に良かった。私の人生で、これ以上素敵なことなんてないし、もうこの先何もなくてもいい。お誕生日をお祝い出来たのは、だから、心の底から嬉しかった。私の独り善がりな自己満足を、受け取ってくれた。

初めて、しあわせって思えた。生まれてきて良かったって。生きてて良かったって。死んでるみたいに生きてきたクセに。
お父さんもお母さんも私を沢山褒めてくれて可愛がってくれたけど、そんなことばや態度に値しないコになっても、私を受け容れてくれるか、わからない。親子だけど、自信がない。親子だからこそ、信じられないのかもしれない。失望させたら、私はどんな扱いを受けるんだろうって。どんな顔をさせてしまうんだろうって。あんなに二人とも優しいのに。
リヴァイは、私が特別だからいいんだって言わなかった。特別なんかじゃなくていいって。そのままでいいって。私がわたしで居たら、それで十分特別だって。バカみたいに駄々をこねてもくだらないお願いをしても小さくてどうでもいいようなものを欲しがっても、「そうか」って言ってくれる。
子供の頃から大事にしてて捨てられない人形や玩具も、私の大事なものだって言ってくれる。くだらないなんて思わないって。モノだらけの部屋を見ても、「面白い」って。

「お前が少し見える気がする」

そう言いながら、私が気恥ずかしくてべらべら部屋中のモノのくだらない来歴を話すのを聞いてくれた。いつ手に入れたとか、どんな思い出があるかとか、どうでもいい話を。そんなリヴァイが知りもしないいつかのナニカのハナシなんて、赤の他人のホーム・ヴィデオを見せられるのと同じくらいつまらないはずなのに。

「ごめんなさい、つまらない話聞かせたりして」
バツが悪かった。でも。
「つまらねえ訳ねえだろ。俺が知らねえ頃のお前のカケラじゃねえか」

頭を抱き寄せて頬にキスしてくれた。

私をそのまま受け容れて抱きしめてくれる。嫌われたらどうしようって不安になることもあるけど、それは全部リヴァイが消してくれた。
私の醜い部分も狡さも全部丸ごと。残さずに受け容れてくれた。きもちもからだも、全部。

「考えてもみろ。フツウな、お前みてえなガキにたまたまホレられたとしても、そんなもんは一過性のもんだって諭して遠ざけるのがマトモな大人だろうが。俺はどうしようもねえクズだ。遠慮もしねえでもらっちまった。せめて十八になるまで待つくらいすりゃいいものを、今のお前抱いた。変わりゃしねえがな、十五も十八も。しかも、……二度と離してやる気もねえ」

知ってるの。リヴァイは。

私が「リヴァイのものになりたい」って言って断られたら、二度と立ち直れないし自分が今まで以上に価値も意味もないんだって思いながら、死んだまま生きてくんだって。そうさせずに居てくれたの。
私だって解ってる。「マトモな大人」は子供なんて相手にしない。コドモにそんなマネ、しない。それが当たり前だって思う。子供は守るものであってそんな対象に見るべきじゃないって。色んな事件を耳にしたり、ミステリを読んで胸が悪くなるような描写を目にすると、最低だって思ってた。大人のクセに子供をそんなふうに扱うなんて、って。

でも、私はリヴァイに受け取って欲しかった。もらって欲しかった。私に与えられるのなんて、自分しかないと思ってた。私より初体験が早い女の子なんていっぱい居るし、ああいうことするのが、リヴァイにとって大して意味がなくてもいいって思ってた。一度そんな関係になって飽きられてもいいって思ってた。
それなのに、私のこと、大事な壊れやすいものみたいに気遣ってくれた。どこに触れる時もやさしかった。それが、今になっても変わらない。何度か、どころか、何度も、そういうことをしてるけど、リヴァイはいつもやさしい。

あの初めての夏の夜に心臓が止まったら、世界一しあわせなおんなのこになれて、世界一しあわせなおんなのこのままで死ねるのにって思った。
今は、止まらなくて良かったって思う。同じものを見て、美味しい紅茶を飲んで、どこかに出かけて、それぞれに全然違うことを感じてもイヤじゃなくて、そうなんだって受け容れて、それでも一緒に居られてだいすきなひとって思えて、毎日昨日よりももっとずっとしあわせって感じられるから。

リヴァイのためなら何でもしてあげたいし、リヴァイが喜ぶことをしたい。滅多に見られない笑顔を見られるのは、すごく嬉しい。もらってばかりなのに、リヴァイは私にもっと欲しがれもっと受け取れって言うの。
試しに焼いてみたお菓子が上手く出来てお茶請けにして欲しいって持っていったら、お店のよりずっと美味しいって大袈裟に褒めてくれて。そんなに食べないほうなのに、私がつくったものはきちんと平らげてくれる。何回も何回も褒めてくれた。お前すげえな、って。ものすごく手間のかかるものなんて作れない。それでも、何でも美味しいって言ってくれる。しかも、一緒に作ってくれることもある。作り方教えろ、って言われたこともあった。

「お前に食わしてやる。お前みてえには上手く作れそうにねえけどな」

そんなの、嘘。見てて分かってきたもの。リヴァイ、実は大抵何でも出来る。シャツのボタンつけなんて、私より丁寧で上手いかもしれない。お掃除は当然プロの仕事。料理はあまりしないって言ってるクセに、刃物の扱いは鮮やかって言っていいくらい。

「野郎がひとりで暮らして、三十過ぎて何もしません出来ませんて訳に行かねえだろ。そういうヤツも居るんだろうが、母親に女手ひとつで育ててもらっといて、それは言いたくねえしな。ボタンひとつでシャツ捨てるか? ……そういい暮らししてきた訳じゃねえ。贅沢すんのは性に合わねえよ」

だったら、私に金額のケタが違い過ぎる服をプレゼントしたりなんて、しないで欲しい…。あれこそ贅沢の極み!! あんな丁寧に縫われた何層もの重なったレースとか綺麗に寄せたドレープとか、細かいピンタックなんて!! どれだけ手間とか工賃がかかると思ってるの!? 気が遠くなりそうなくらい面倒なんだから! バテン、トーション、ボビン、どんなレースだってお高い! 総手刺繍なんて眩暈がする!!

「長く着られるからモト取れるだろ。お前着まわし上手えだろうが。似合ってんだし、似合うように着られるんだからいいじゃねえか」

私が子供だから金銭感覚が違うの? 確かに、いいものは長持ちするし、大切に着る価値もあるんだけど。安くたって、お気に入りの服は大事にしたいし、してる。でも、ためらいもなくあんな高そうな服、…。
だからって、リヴァイはものすごく高いものにこだわってる訳でもない。どこにでもあるようなカフェやバーガー・ショップにも入るし、ピッツァだって公園の露店やフード・トラックで売ってるホットドッグやキューバン・サンドだって食べるし。
でも、たとえばいつも連れていってくれるあのお店。
ドレスコードがあるようなレストランは、女性に渡すメニュウには値段を載せない。一人前の女性として扱ってくれるために、未だにどれくらいの価格なのかミカサは具体的に知らないままだった。でも、新鮮で上質な素材を惜しげもなく使って、しかもすごく腕のいいひとが作ってる。接客も丁寧。使ってる食器は多種多彩、シンプルなものから豪華なのまで何だって揃ってて、料理やその時のテーマで変えてくれる。どんな料理だって、一皿だって私のお小遣いじゃ賄えないような気がする。
見栄でするようなひとじゃない。たまに冗談めかして「男に花持たせとけよ」とか言ったりするけど、男を気取るひとって訳でもないし。
美味しくて素敵ないいお店だから。多分、理由はそれだけ。同じように、服も可愛くて素敵で質がいいから。

コドモなんかには、もったいないくらいのものばかり。

ミカサは自分のクローゼットの中とリヴァイのアパートに置かせてもらっている、新たに増えた衣服を脳裏に広げた。黒や黒みを帯びた色の衣服ばかり着ていたのに、いつの間にか明るい色が混じるようになった。白も元々着ない訳でもなかったが、より増えたし、着ることも多くなった。アクセサリィも燻したシルバーやくすんだ金古美加工のゴールドだけでなく、色味の美しい石やレジンの装飾も前以上に加わるようになった。母や父も気づくのか「今日のは落ち着いてる上にエレガントでいい」などと言ってくれる。黒一辺倒でないのが嬉しいのだろう。

リヴァイが褒めてくれるのが、いちばん嬉しい。ただの気遣いでも。すごく嬉しくなる。

リヴァイと一緒の時は、黒だけで鎧わなくても平気。ありのままのダメな私で、それでいいって言ってくれるから。でもゴス服でも構わないって言ってくれる。取り繕うしか能のない私でもいいんだって。

「一緒に歩くの、恥ずかしいでしょ」
「何でだよ」
「だって、……服。私は好きで着てるけど、こういうのって、」
「なら、お前は、恥ずかしくねえのか」
「何が?」
「俺みてえなおっさんと歩くのがだよ」
「まさか! リヴァイを恥ずかしいなんて思わない!」
「そうかよ。で? じゃあ何でそんなくらだねえこと考えた。胸張って歩けるお前を、何で俺が恥じなきゃならねえ」

あまり知り合いには遭いそうにない町でなら、リヴァイは手を繋いで歩いてくれる。ゴス服を着た私でも、平気で。その時も、怒って手を引っ掴むようにして歩き出したけど、…やさしく握って離してくれなかった。

――どうしよう。逢いたい。今逢って顔が見たい。いつもみたいに、ハグして欲しい。髪を撫でて欲しい。あったかくていいにおいがしてしあわせな気分になれる、あの瞬間が欲しい。

ミカサは時計を見た。もうじき零時になる。

せめて声を聞くだけなら、許されるだろうか。こんな時間に電話をかけたら、要らぬ心配をかけるだけだろうか。スマートフォンを眺める。オンにすると、リヴァイからクリスマスに貰ったスワロフスキーで出来た雪の結晶のオーナメントの画像がふわりと浮かび上がった。光を受けて煌く様が美しく、クリスマスが過ぎても自分の目に入る場所に飾ってある。

明日、…もう今日になった、今日だって学校に行けば逢える。顔なんて見られる。わかってる。でも、そういうことじゃないの。今逢って顔が見たいの。声を聴いてああリヴァイが居てくれるんだってわかりきったことを実感したいの。

心臓がばくばくと内側から身体をノックする。もう休んでたら。すごく疲れてたら。ゆったりくつろいでたら。どうしよう。邪魔したい訳でもないし迷惑なんてもちろんかけたくない。
電話をかけようとするだけで、こんなに手や指が震えるとは思わなかった。

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「おう。どうした」

二コールだ。たったの二度鳴らしただけで繋がった。

「あ、あの、……今、大丈夫?」
「いつでも問題ねえって言ったろ」

ミカサはスマートフォンを顔から離し、大きく息を吸って吐いた。そんな音も拾って届けてしまう現代の利器の集音性の良さを、ミカサは知らない。自分がリヴァイの呼気や息遣いをあれほど感じて一喜一憂しているというのに。

「声、聴きたくなったの」
「……それ言うために、何時間悩んだ」

意地の悪い声が耳をくすぐった。からかいたげな、どこか愉快そうな空気をはらんだ声。

「そ、そこまで悩んでない」
「悩んだのは否定しねえか」

いじわる。ほんとにいじわる。キライ。

「だって、寝てたらどうしようとかのんびりくつろいでるの邪魔したら、とか、色々考える」
「どうせなら、今俺の隣にお前じゃねえ誰かが居ねえかとか、そういう色っぽいの心配しろよ」
「え」

ミカサは凍りついた。そういえば、リヴァイが今何をしているのか、どうしているのかは気にかけても、そんなことは考えたこともなかった。
全て明かし切っていないだけで、嘘を吐くことなどなく、誠実で、もしほかの女性がいいのなら、そんないい加減なことはせずに自分をきちんと切り離して捨てるはずだ、と、そう思っていた。

「冗談に決まってんだろ。何固まってんだよ」
痛い。怖い。苦しい。どうしたらいいのかわからない。ミカサは深呼吸しようとするのだが出来なかった。
「リヴァイのばか。最低…」
搾り出せたのはそんなありきたりの一言だけだった。
「随分信用されてんだな、俺は」
「キライ。……ほかのひとがいいなら、ちゃんとそう言えばいい」
「お前が居ようが、ほかの女が抱けりゃ良かったんだろうとは思う」

すう、と一気に体温が下がった。頭から背にかけて冷水が流れてゆくように冷たい何かが駆け下りてゆく。いつもの甘さは感じられない、乾いた声だった。
声が聴きたい、なんて、思わなければよかった。いきなり、…もうこれっきりにしようとでも言われるのだろうか。

「そ、…なら、」

あんな風に触れるの? 私にしてくれたみたいに、私じゃない誰かに、融けそうなくらいやさしく触れて、抱きしめてあげるの? そう考えると、喉に粘土でも詰められたように声が出ない。

「わかんねえだろ、お前には。ヤりてえのに欲しい女が居ねえせいでイラつく気分とか。車トバしゃ明かりついた窓の向こうに居るってのに、呼べねえし手も出せねえんだ。適当な女ですっきり出来りゃ簡単なのに、お前が泣くの考えたらそれも出来ねえ。ヤれる男探してる女引っ掛けた方が早えんだよ。なのに、そもそもその辺に転がってる女じゃ勃たねえときてる。どうしてくれんだよ」
「…う、……く、」

酷いことを言われているのに、何故安堵で泣かなくてはならないのだろう。こんな最低な男なのに、どうして愛しい気持ちが消えて無くならないのだろう。

「遠慮要らねえって、言ったろ。電話でもメールでもチャットでも、好きなだけ寄越せよ」
「わ、わたし、私ばっかり、……お願いしたり、そういう、の、で、…負担かけたく、な、」

泣くのを堪えながら話すせいで途切れ途切れにしか話せない。きっと電話の向こうで呆れていることだろう。ミカサは必死に息を整えようとするのだが、上手くいくはずもなかった。

「泣き言でも愚痴でも、何だって構わねえよ。お前が話してえことなら、何だっていい。俺が断ったり渋ったこと、あったか」
「ない。……だか、…簡単…でき…い、」
ひとを容易に寄せ付けない雰囲気をまとっているくせに、気遣いや気配りは誰よりも細やかに感じる。だからこそ、それにすがって時間を奪ったり、余計に疲れさせたりするようなことはしたくなかった。
「何でだよ。俺とは、……カラダでしか繋がる価値がねえか」
「違う!!」

口に出して言えることなどではなかったが、セックスは嫌いではなかった。ミカサは自分のような年齢の「少女」と呼ばれるような存在が、躊躇いもなくそんな風に思う自分を恥じるべきなのか誇るべきなのかもわからない。
肌の温かさは心地よかったし、自分に触れて満たしてくれるリヴァイの身体は何もかもが愛しいし、そもそも美しいと思う。経験する前はただ未知の世界のことで、ロマンス小説や映画の中でそんなシーンに出くわせば、愛とやらがあればしあわせな行為なのかもしれないと漠然と思うだけだった。自分とは縁遠いものだった。
息が苦しくなるし、自分の身体がますますよくわからなくなるし、でも、どこもかしこも気持ちよくて、とても嬉しくなる。すごく恥ずかしいのに。服を脱がされるのも、リヴァイの前で脱ぐのも、まだ少し抵抗がある。でも、脱がないまま触れられてそのまま求められるのも、やっぱり恥ずかしい。
でも、そんなのもどうでもよくなるくらい、しあわせな気持ちになれる。

きっと、リヴァイ以外のひととはそんなふうにはなれない。

しあわせな「初めて」を迎えられる女の子は、実はそんなに多くないのだと聞いた。恋人に求められて断ることで嫌われるのではないかと流されるように応じたり、半ば無理矢理に行為に及ばれて、それほどまでに自分を好きなのだと己に言い聞かせて誤魔化す女性は多いのだと。それに比べたら、自分など幸運な上に恵まれている。
求められた以上に、自分から望んだ。それを受け容れてもらえたのだ。

私は、リヴァイのものになりたかった。リヴァイに触れてもらえるたったひとりになりたかった。リヴァイを歓ばせてあげられるようになりたいと思ってた。
リヴァイは私の気持ちを受け容れてくれて、受け取ってくれたんであって、都合よく利用したりしなかった。下品なことを言ってはくるし、あけすけに何でも言うけど、言うばかりで、無理矢理だったことは、ない。ちょっと、強引が過ぎることはあったけど。
おまけに、リヴァイは「それでも、待つべきだった」って言ってくれる。私はそんなことして欲しくなかった。だって、明日が本当に来るかなんて誰にもわからない。今だけが今なんだから。明日にはリヴァイは私の元を去るかもしれない。いつどうでもいいって思われるか、わからない。

だって、私はわたしだから。ほかのどんな素敵なおんなのこでもない。遠巻きにされてヘンなコだと思われてて、無駄に目立つのに居ないひとも同然な、つまらないコだから。明るくにこにこ笑ってみせるのは得意じゃないし、誰とでも話せるような人付き合いのうまさもない。みんなでわいわい賑やかに過ごすより、好きな本を読んだり映画を観たり、あれこれ思い描いてる方が好きで、集団行動などと言うものは、群れから外れたり外されたりするためのものでしかなかった。

わたしは、わたし。ただのミカサ。生きてる意味どころか価値もなくて、ただそこに居ただけ。

そんな子と、ずっと一緒に居たいなんて、思うはずがない。たまたま、ちょっと珍しかっただけ。ちょっと目に付いただけ。リヴァイが知ってる女のひとの中には、私みたいな子なんて、きっと居なかった。私を「誰にも似てない」って言ったもの。

そんなことになる前に、…去られてしまう前に、繋がりたかった。最初で最後になるかもしれなかった。することをしたら去ってしまう男のひとも居るものだって言うから。
それでもいいって思ったの。リヴァイなら。

――俺がマトモなオトナじゃねえってことだ。お前を抱いたのは、間違いだ。俺が卑怯だった。でも、……後悔はしてねえ。俺だけのものにしてえと思ったのは嘘じゃねえんだ。

特別な場所で特別な時間の中で、すごく大切に大切にしてくれた。私のことをずっと気遣ってくれてやさしくしてくれた。痛いのも苦しいのも、それでも全部嬉しかった。だって、いちばんすきなひとがくれたものだから。

リヴァイがしてくれるみたいに、気配りや気遣いが出来たらいいのに、って、いつも思う。でも、甘えるだけ。与えてもらうだけ。リヴァイはそれでいいって言ってくれる。

「なら、声、聞かせろよ。庭に咲いた薔薇が綺麗だった、顔上げたら窓の外の月が珍しくきん色だった、壊れたアクセサリィのリメイクしようとしたら材料足りなかった、……オラ。続き、あんだろ」
「でも、……くだらないし、」
「部屋にある『オペラ座の怪人』のバービー人形は、初めてブロードウェイでミュージカル観た時に、《FAOシュワルツ》で両親に買ってもらった店限定の特別仕様だ、そうだろ? 玩具屋は、『ビッグ』って映画にも出てくる有名な店だよな。あの映画も嫌いじゃねえだろ。ガーゴイルみてえなポーズの女の子の彫像、ありゃアーティスト志望の若い女がお前があんまり気に入ってじっと見てるからって、くれたんだよな? 路上のアート展だか、昔地元であった、ちょっとしたイベントの時だ。その彫像のアタマにのっかってる玩具のティアラは、五歳の誕生会でつけたヤツだ。両親との写真が入ってるアイアンのフレームは、たまたま入った店でクリアランス・セールの棚にあったのに一目惚れして手に入れて小遣いがパアになった。俺が洗ってやった例のスカートは、リーズナブルな店の割に質がいい好みのヤツ見つけて小躍りしそうになるの堪えてレジ持ってったんだよな」

憶えててくれてるの? そんなどうでもいいこと。

淡々と語る声は、それほど大きくもないのに低く甘く耳から胸に染み渡った。

「気に入ってた白のハンカチに染みがついた時は、たっぷり三日落ち込んでから気ィ取り直して黒の糸で薔薇と小鳥の刺繍して、汚す前よりお前のお気に入りだ。好きな店のロゴの入ったリボンは処分出来なくて全部取ってあって時々小物やアクセサリィに化ける。モールのガラス器専門店にある足つきのこじゃれたグラスはアイスとフルーツとスポンジ・ケーキとクリィム入れてパフェに仕立てて食ってみてえから欲しくてたまらねえが、その用途のためにしちゃ高額過ぎるせいで未だに買わず終いだ。何しろお前はペアで欲しいんだからな」

ミカサはただ目から溢れてくるそれで膝を濡らすことしか出来なくなった。

「まだまだあるだろうが。好きなだけ言えよ。そしたら、俺はお前が遠慮しいしい嬉しそうな声でしゃべってんのが聞けるんだ。……一緒に暮らしてりゃ、そんなお前がどうでもいいようなって言う話、いつでもいくらでも聞いてやれる。俺がお前と同じ歳だったら、お前は遠慮しなくて済んだんだろうな。何でもやるって、願い事あったら何でも叶えてやるって、このザマだ」

違う。違うの。ごめんなさい。リヴァイはリヴァイのままでいいの。そのままのリヴァイでだいすき。ごめんなさい。

「泣かせるしか出来ねえな、俺は。それでも、お前のこと離してやれねえんだよ」

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離さないで。リヴァイの居ない世界になんて、戻りたくない。言いたいのにことばにならない。

「いい。無理すんな。泣いてすっきりしろ。泣いてるお前も笑ってるお前も、俺のだ。そばに居てやれねえの、俺が何とも思わねえ、平気だと思ってんだろ。俺もそう思ってた。思い込もうとしてた。……ムカつくけどな、そうでもねえんだ。こんなクソみてえな小せえ玩具みてえな機械で繋がったって、……歯痒いだけじゃねえか」
「リヴァイのばか! そんなこと言われたって、余計逢いたくなっただけ!!」

思いの外声が出た。逢えないことへの苛立ちとたかが半日も待てない自分の子供っぽさへの呆れる気持ちが噴き出しただけの、ただの八つ当たりだった。
何故いつもこうなのだ。ミカサはギリギリと唇を噛んだ。それでも口の端から嗚咽がこぼれてしまう。

「今日また逢えるだろ。バイトあろうがなんだろうが、その後でいいから、俺んとこ来い。限られた時間だろうが、嫌になるくらい一緒に居てやる」

この男もそうだ。いつもいつもいつも! 息をするようにするすると自分を絡め取ってしまう。怒ることもなく、叱りすらしない。ただ黙って受け容れてしまう。

「何で怒らないの? 私、子供みたいに、」
「俺が無理矢理階段から引き上げていきなり屋上連れてったからな。まだガキで居ろって言ったろ。大人になったって、喚き散らしてえことだらけだ。みんな飲み込むこと覚えて喚くの我慢してるだけでな。だが、本当なら、溜め込むより、吐き出した方がいい。お前は、特にな。大人になると、逃げ道ってのがあることに気づくだけだ。逃げって言うだけあって、必ずしもいいもんじゃねえが。酒がいい例だ」

ああ。そうか。このひとは声でもことばでも、私を抱きしめることが出来る。ミカサはふいにわかっていたはずのことに気づいた。ふ、と嗚咽もやみ、息がそれまでよりも楽になった。

「矛盾してんのは、わかってんだ。ガキで居ろって言うなら、抱くなって話だからな」
「リヴァイ。私は、後悔してない。二年も三年も待てない。世界の誰も許してくれなくていい。リヴァイだけのものになりたかった。あの夏で良かった。今もそう思ってるし、この先も永遠にそう思う。子供でなんて居たくない。でも、子供のままでいいんだって言われて、嬉しいとも思ってる。私だって、矛盾してる」

後悔など、微塵もない。流されて好きになったと言えるような、そんなわかりやすいひとではない。イヤミを言われからかわれて、最初は見かけるだけで本当にいらいらしてばかりいた。それでいて何故いらいらするのかは考えないようにしていた。
理由に気づいていたからだ。惹かれていると認めるのが、イヤだった。
意地が悪いクセに、誰よりも気遣いをくれた。小馬鹿にするような態度を取るのに、つまらない話でもはねつけたりせずに、耳を傾けてくれた。
何もかもがわからない、不思議なひと。

「……すっきりしたか」
「うん。……少し」

少しとはまた遠慮したものだ。逢えない事実であれこれ差し引いてしまった。
感情に飲み込まれた自分が恥ずかしかった。目元を手の甲で拭う。状況や置かれている立場、そんな自力ではどうにも出来ないものに抗いたくてもがくだけの自分に、そうさせるものに、うんざりしていた。

「どうにも出来ねえことだらけだ。お前のしたいようにさせてやりてえが、現状出来るかって言われりゃ無理なことばっかりだ。……そりゃ、やろうと思って出来なくはねえんだが。お前に、折角あるものを棄てさせるのはしたくねえ。確かにな、……二人っきりでどっか行ってひっそり好きなように暮らせりゃラクはラクなんだ。でもな、今だけが今だろ。高校生としてトモダチと馬鹿やって笑える時間だの、忙しい親と一緒にメシ食ってのんびり話が出来る日常ってのは、今だけのもんだ。愚痴りてえようなことでも、振り返れるようになりゃお前の思い出だの宝物だのに変わる。そういうものを、諦めたり棄てさせることはしたくねえ。
まあ、……キレイゴトだ。お前が欲しいものなら何だってくれてやるって言ったって、空の星取ってくれって言われてんのと変わらねえ。馬鹿みてえに眺めてるだけだ。アホ面さらして星観るみてえにな。俺とお前が置かれてる『今』ってのを。もちろん、何もかも棄てろってお前が望むなら、叶えてやる覚悟はある」

今だけが、今。リヴァイは、私が思ったのとは違う視点からそれを大事にしようとしてくれてる。ミカサはするするとあの薄い唇から紡がれることばに耳を傾けていた。

「お前の部屋にぎゅうぎゅうに詰まったモノは、結局のところ、想い出だ。だろ。それがねえならただのモノだ。俺と暮らせるようになったら、あれ、全部持って来い。いいな。置ける部屋、ちゃんと用意してやる」

リヴァイには、敵わない。自分は何でも棄てるって言って、私には何ひとつ棄てるなって言ってくれる。

「リヴァイ。……ありがとう」
「もうこんな時間だ。ちゃんと寝ろよ。でも、話してえなら付き合ってやる。どうしたい」
「ちゃんと寝る。今日も逢ってくれるって、言ってもらったし」
「そうか。俺から切ればいいか」
「うん。そうしてもらえると嬉しい」
「またな」
「うん。……リヴァイ」
「ん」
「だいすき」
「知ってる」
「うん。おやすみなさい。ありがとう」
「おう」

部屋が静寂に包まれた。ミカサは熱を持った小さな機械を手から離し、静かに寝支度を始めた。

ブランケットの中に身体をすべり込ませ、ナイト・テーブルの上のライトを消した。窓の外がまだわずかにぼんやりと明るいのは、月のせいかもしれない。
いつもの如く、猫のように少し丸まって枕に頬を押し付けた。
あれほど昂ぶっていた気持ちも静まり、今は穏やかだった。けれど、胸が熱い。

そこに、リヴァイが居るから。多分、……きっとそう。

眠って、朝が来たら月も星も見えなくなるけれど。私には、リヴァイが居るから。
今度からは、もう少し無駄な遠慮はやめて、素直に電話をかけてみようか。そんなことを考える。きっと、また直前になればぐずぐずと悩むのだろう。逡巡を重ねるに違いない。何故今逢えないのか、隣に居てもらえないのか、そんなことを恨みがましく考えながら、からかわれてそれに腹を立てながら、その声の甘さに満足して、安心するのだ。
逢えるのがわかっていても逢えない時間がつらい。そんなことも、いつか笑って思い返せる日が来るのだろうか。

意識がとろとろととろけ出した。滴って夜を濡らしてゆく。ミカサはわずかに微笑んでいる自分に気づいた。それが寝入る前の最後の記憶になった。

電話の向こうで、カップの紅茶を飲み干した男が、それまでとは異なる琥珀色の液体で満たして胃に流し込んでいることなど知らないまま。酔うことも出来ず、甘い声に浸かることしか出来ないことなど。
アルコールなどで消すことの出来ない何かを、リヴァイもまた抱えていることなど、知らぬままで。

ふたりとそれ以外を載せて、地球は回り星は巡る。夜を去らせ、朝を呼ぶための、毎日の静かな儀式に護られながら。



待ちに待った放課後、ミカサがリヴァイの元を訪れると、風にさらわれるようにアパートに連れ去られた。リヴァイはあまり喋らず、ミカサもそれに従った。
ミカサはアパートに入るなり抱き上げられ、寝室に連れていかれた。ベッドに座らせられると、黒の幅広のシルクのリボンがミカサの目の周りに巻きつけられた。何も見えない。あっという間だった。ミカサは一切抗わなかった。
両の手を握られ、唇を塞がれた。繰り返し啄まれ、舌で唇をなぞられた。心臓が躍った。自分の手を握っていたそれは、今度は結い上げた髪を解いている。慣れたもので、髪にも頭にも負担など与えず、するりと結わいていたゴムを外し、ミカサは自らの黒髪が項を撫でるのを感じた。
頬や耳や小鼻や指先にキスを与えられながら、衣服を脱がされているのに気づいた。横たえられ、全て取り去られた。ぎしぎしとマットレスのスプリングが軋む音だけがしている。シーツのひんやりした感触が心地いいと思えるくらいには、肌は熱を帯びていた。

人工の夜を与えられた後は、身体中に唇で見えない刻印を押された。触れていない場所などどこにもないほどに、丹念に時間をかけて。時折指先や掌が肌をすべり、ミカサを震えさせた。

「リヴァイは、……着たままなの?」

答えはなかった。

「私だけなんて、ずるい」

ほら、また、もらうだけ。

乳房や腿の内側、腕の付け根、耳の裏、くびれたウエストから下の曲線、よりやわらかく感じやすい場所を甘噛みされ唇と舌で撫でられた。

数え切れないほどのキスと愛撫をもらった。

月も星もない夜でも、リヴァイが居てくれるから。平気。こわくない。

「……しないの?」

はしたない問いを投げかけたせいだろうか。改めて唇を塞がれた。濡れた熱が触れなくなったかと思うと、身体に手がかかり、うつ伏せにさせられた。

「リヴァイ?」

あの大きくはない口からもれる吐息やわずかに喉から溢れる低く甘い音に、意識が遠のく。ミカサは堪えきれず息を吐いた。まただ。ゆるゆると肌を探り、撫でては移動してゆく「だけ」。

「どうしよう。眠く――」



目覚めると夕方だった。髪は解かれたままだったが、衣服は身につけていた。あれは、夢だったの? ミカサは考えるが、そんなはずはない。身体中に心地よい感触が残っているし、ベッドの端に黒いリボンもあった。自分の欲求を満たすことを一切せず、ひたすらにミカサに密やかで穏やかな、とろけそうな快楽だけを与えてくれた。少しさびしくて、とてもしあわせな気分だった。

「腹、減ったろ」

甘酸っぱい香りと、紅茶の芳香をまとって、リヴァイが現れた。ベッドの上にあれこれと載せたトレイを置き、自らも座り込んだ。ベリィとエディブル・フラワーで彩られたココア色の生地とのコントラストが美しい、ホール・サイズのネイキッド・ケーキを目の前で切り分けて皿に載せ、ミカサの前に置いた。
当たり前のようにフォークを持ち、一口大に掬い取ると、ミカサの口元に運んだ。ラズベリィ、ストロベリィ、ブルーベリィ、ブラックベリィ、それぞれの華やかな甘みと酸味と芳香に、しっとりしたスポンジの僅かな苦味、生地と生地との間に挟まれた上品でなめらかなクリィムが、混ざり合ってとけて喉の奥をすべって落ちていった。時折思い出したように、仄かにミントが香った。うっすら積もる粉糖の雪は儚く甘い。

「クリィムたんまりだが果物もたっぷり使ってるから、アッサムとも迷ったが、キャンディにした」

口の中に風味が残っている内に紅茶を飲むと、ケーキの美味しさや風味が増し、しかもすっきりした。

「ケーキ、いつものお店?」
「ああ。今日のは口に合わねえか」
「まさか! すごく、美味しい」
「そりゃ何よりだ」

いつものように手で上から覆うようにカップを持ち、紅茶を啜った。

まるで何もなかったように。フツウに会話して、フツウにケーキを食べ紅茶を飲んでいる。とても不思議な気分だった。目隠しをされてニセモノの夜が訪れて、その後はただひたすらキスの雨に見舞われた。視覚を遮断されて、ほかの感覚が尖ったのがわかった。空気が甘くとろけて、清潔な匂いが少し淫靡になって、乱れて弾む息遣いに鼓膜をくすぐられた。

そうだ。スキマがない。満たされている。ココロにもカラダにも、冷たい風が通り抜ける場所がない。
あっという間に夕焼けの赤が消えて空が群青に染められつつある中で、鮮やかなベリィに彩られた華やかなケーキを頬張って、紅茶を飲んでいる。
いちばん、だいすきなひとと。
だれよりもやさしく触れて抱きしめてくれるひとと。

授業で出された課題をやってる時に思いついたことを、ねえ、ってすぐに伝えられないだけなのに。ひとりで夕食をつくりながら、味見してもらいたいけど居ないだけなのに。寝る前のキスがもらえないだけなのに。腕の中で眠れないだけなのに。眼が醒めて最初に見るのがあの顔じゃないだけなのに。

その「だけ」に囚われて、少し忘れてしまう。リヴァイがいつもどんなに私に素敵なものをくれるのか。それがどんなに私を満たしてくれるのか。

「リヴァイ。ありがとう」
「おう。残ったら持って行けよ」
「うん。でも、リヴァイももっと食べるべき。こんなに美味しいのをほんの少しなんてもったいない」

いつもこのひとが私の中に在る。私の左胸に、このひとの心臓が埋まってる。だから恋しいだけ。嬉しいのに、苦しい。苦しいのに、嬉しい。

「まあ、菓子は嫌いじゃねえ。お前が喜ぶからな」
ミカサの手を取って、持っていたフォークの先からクリィムのまとわりつくココアのスポンジを口にねじ込んだ。もくもくと咀嚼するとべらりと口の周りを無造作に舐めて見せた。それがどれくらいミカサの目に淫猥に映るか知っているのではないかと疑わずにはいられない。いかにかき乱されるのかを。
「帰りたくなくなること、言わないで」
少し眉を下げて少し無理に笑って見せる顔が、どれほど心臓を鷲掴みにするのか、ミカサはおそらく生涯気づかないのだとリヴァイは思う。鳥籠に放り込んだはずの存在に囚われている自分が、酷く滑稽に思えることも。
「返したかねえよ。俺のだ」

どんなに手をかけたケーキより甘い。

ゆらりとミカサが身体を起こしたかと思うと、リヴァイの首筋にその細い腕を巻きつけて顔を押し付けた。

「課題終わったら、電話寄越せ。今日は天気がいいらしいから、多分星がよく見える。別々の場所で一緒に眺めんのもいいんじゃねえか。空は繋がってんだろ」

茶器の乗ったトレイを少し遠ざけてから、ミカサを抱き寄せた。ケーキを食んだ小さな唇から、ココアとヴァニラとベリィの香りが漂った。味わえば、ミントも香るかもしれない。

「……うん」

わたしのたいせつなひと。たったひとつのたからもの。

「明日もその次も、好きなだけ電話寄越せ」
「うん。リヴァイは、してくれないの?」
「かけた方が切らなきゃならねえだろ。マナーってのはめんどくせえな」
「……ひきょうもの」
「それがお前の惚れた男だ。諦めろ」
「オトナのクセに」
「黙れクソガキ」

ミカサはそのことばに従った。今はこのキスが欲しい。

出来ればこの先も永遠に。





「リヴァイ。そっち、星、見えてる?」
「思ったほどじゃねえな」
「じゃあ、何見てるの?」

リヴァイは左手首に巻きつく腕時計を見た。
また逢えるまでの時間だなどと、教えてやるはずがない。

ミカサは自らわざと左の薬指にはめた指輪を見つめた。

星なら、この胸にある。

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