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Holy & Bright―アクマでも、キミがキライ。Seasonal2

璃果

DIK-Seasonal2仮4

When I'm without ya I'm so insecure
You are the one thing, one thing I'm living for
(お前が居ないと不安でたまらない
たったひとつ お前こそが俺の生きる理由)

甘くて(?)らぶらぶ加えてSF(すこし・ふおん)。
少女まんがな「すくかー」りばみか季節ネタ、2つ目。
クリスマス=兵長/清掃員さんお誕生回。
りばいさん、はぴば!

原作アレなのに呑気で申し訳ない…。

《注意事項》
キャラ粉砕、捏造度はいぱーMAX
今までのお話が大前提(言うの忘れてた…)
しょうじょまんが注意! 激注意!!
清掃員さん絶賛発情期永続中
R18はパセリ程度(糖度控え目を微量に含む)
レンアイ初心者同士のアレやコレ
しょうじょまんが極めちゃえ、とは思ったけど
悪い方に作用してとんでもないことに

清掃員さん
:みっかを愛でる→みっかがなつく
:しあわせ/// =チョロい
ごすみっか
:りばいになつく→りばいがもっと愛でる
:しあわせ/// =チョロい

ほぼほぼコレでファイナルです。

どんなリヴァミカでも大丈夫な方のみどうぞ。

楽しいクリスマスをお過ごし下さいませ。
よいお年を。

My suggestion
: Christina Perri :  A Very Merry Perri Christmas

こちらの本編と連動したSSカードも作成・公開しておりました。
そちらも別個にUpしております。
よろしければそちらもどうぞ。

本文中引用
『新訳 ロミオとジュリエット』
 ウィリアム・シェイクスピア、河合祥一郎訳(角川文庫)

20171113→
                                                                                 christ-wreath.jpg

どんな時でも、あなたの思うように進みなさい。

まずはあなた自身を大切にね。
自分を粗末にしたら、周りのひともあなたを粗末に扱ってもいいものと思うから。あなたのことを、あなたがぞんざいにしてはダメ。されたままも、ダメ。
自分を大事に出来ないひとは、ほかの誰かを大事に出来ないの。

自分を大切にする、というのはね、なんでもかんでもワガママを言ってもいい、というのとはもちろん違うの。自分の思うところは主張すべきだけれど、それが必ず受け容れられる訳ではない、それを踏まえた上で相手に伝える、ということ。遠慮や謙遜ばかりはダメよ。みんなあなたに何をしてもいいと思ってしまう。あなたのやさしさに甘えようとしてしまう。
それではいつかあなたが壊れてしまうから。
同時にね、あなたではない誰かも自分が大事で、意見や思いがあることを思い出して。その事実を受け容れてあげたり、意見を受け容れられないとしても、そういうひとなんだって、尊重してあげてるといい。そのひとはあなたにもそうしてくれる。
してくれないひとも、いるけれど。
そしてね、あなたにもそうしてくれるひととの関係を大事にして、そういうひとたちと繋がって楽しく過ごして。

分かり合えないひとと、無理に一緒に居ることはないの。こういうひとも居るんだな、と思って静かに離れなさい。無理したってどちらもしあわせにはなれないから。気持ちを押し殺して一緒に居たって、意味ないでしょう? 相手にも失礼だし。

でも、もし、自分と相手は違う、それでも重なり合うものがあって、大切に思える、大切にしてくれる、そういうひとが現れたら。

あなた自身を大切にしても、相手を損ねることがない。相手が何かを主張しても、あなたを損ねたりしない。違うひとなのに歩み寄れる。歩み寄りたいと思える。歩み寄ってもらえる。

そういうひとは、たからもの。大事にしてね。

未来があるって、素敵なことなの。この先も色んなことに出会える、ということだから。可能性がある、ということだから。それはね、絶対無くならない。可能性だけなら、常に、ゼロではないの。

リヴァイ。しあわせになりなさい。

あなたには未来も可能性もある。

私? 私はもう十分しあわせなの。
あなたみたいに可愛い子を授かって、育てさせてもらえた。一緒に過ごすことが出来た。
こんなに幸福なことがある?

生まれてきてくれてありがとう。

はじまりはおわりに向かうことだけど、それだけだとは思わないで。

終わる日のことを考えていいのは、きちんと生きたひとだけ。つらいこともいやなことも沢山あるかもしれないけれど、でも、向かい合って乗り越えられたらそれはとても素晴らしいことだと思う。乗り越えられなかったら? その事実を受け止める、ということがきっと大事。それが出来たら、負けたとか悔しいとか思わなくてもいいの。でもね、思うのも糧になる。
また挑戦してもいいし、違う何かにトライするのもいい。何かひとつ駄目になったからといって、世界が終わった訳ではないでしょう?
何ひとつ乗り越えられなかったら? まずはその事実を受け容れるのはどう?
そう考えれば、生きてくことに損なんてないのかもしれない。

私は終わる日のことなんて考えない。一日一日を大切に過ごして、その日のことだけ考えるの。
そうすることが、結局、終わる日のことを考えるってことじゃないかと思う。
あなたと過ごせる毎日がどんなにしあわせかを噛み締める。

おしまいの日はね、誰にでも必ずやってくる。それが誰かより早いか遅いか、思っていたよりも先か後か、それだけ。
平等なの。いいひともわるいひとも関係なく来る。大事なひとにも、どうでもいいひとにも。

だからね、どう過ごすかが、大切だと思わない?

どんな人生だろうと、自分がそうしたいと思うことをしなさい。
自分の思う通りに。

どんな状況だろうと、しあわせでは、居られるの。

私とあなたは、……そうね、決して贅沢で豊かな生活は出来なかった。あなたには沢山不満もあったでしょう。でも我慢してくれた。
ありがとう。
いやな思いもつらいことも沢山あったけど、私はとてもとてもしあわせだった。不幸だなんて思わない。

そしてね、他人の基準で不幸だとか可哀想だなんて思われたくもない。でも、さっきも言った通り、そう思うひとは、居るでしょうね。沢山のお金もないしそのせいで大きくて素敵なおうちにも住めない。だから不幸で可哀想だって、思うひとはきっと居る。

それを、受け容れてあげる気は、ないの。そんな傲慢さに合わせてあげるお人好しにはなれない。
胸を張ってしあわせだったと言えるし、何を言われても「ああ、そう?」って流すだけ。

リヴァイ。「しあわせになりなさい」っていうのはね、そういう意味。

自分を不幸だと思ったら、それはもう不幸なの。あなたがそう決めるなら。
お金があっても大切なものに囲まれても。
でも、自分がしあわせだと思うなら、……誰が何と言おうと、しあわせなの。そうでしょう?

しあわせになりなさい。何もわざわざ不幸に浸ることもないんだから。

しあわせをありがとう。あなたが居てくれて、私の人生はとても豊かで贅沢なものだった。

あなたの人生にも、そんな風に豊かで贅沢に思わせてくれる素敵な何かが沢山ありますように。

どんな時でもどんな状況でも、あなたが自分をしあわせだと思えるような毎日でありますように。

心残りがないと言ったら嘘になる。もっとあなたと一緒に居たかったもの。でも、だから、私がどんなにしあわせだったか、思い返してみる。
ないものを数えるのはかなしいでしょう? あるものを数えて、その、「あるという事実」に感謝したいの。それが少なかろうと多かろうとね。

可愛い子。大好きよ。こんなに賢くて美しくて可愛い子は、どこを探したって居ない。私のたからもの。

しあわせにね、リヴァイ。

ありがとう。
あなたのお誕生日を祝えるのは、とてもとてもしあわせ。

生まれてきてくれて、ありがとう。
あなたのしあわせを祈ってる。
永遠にね。


morning-bed.jpg


リヴァイはさほど長くもない時間ではあったが、ベッドの上でぼんやりしていた。ベッドはこれほどまでに広かったか。ふと自分の右隣を見る。誰も居ない。
当然のことではあるのだが。

繰り返しあのなめらかな肌の感触を貪ったのは、ハロウィンの夜だった。その後は、限られた時間の中、ミカサの体調や気分が悪くない時に――大抵は誘えば断らず、身を任せるのだが――無理に自分を抑えながら抱いただけだ。

一度手を出すと際限なく欲しくなる。

夏の長期休暇の間も、確かに飽くいとまもなく抱きはしたが、まだ慣れないからだと経験値の低さ故に、言うほどは食い荒らせなかった。抱きたいだけで、怖がらせたくはない。それに、欲求をぶつけられて承諾しないことで嫌われるのではという懸念を持たせたくなかった。そんな風に捧げられたくはない。供物ではないのだ。
それに。傷つけるなら、からだではなく、もっと深い触れられない場所がいい。生涯消すこともかなわず小さな棘のように常に煩わしくなるようなものが。

忘れられず、絶えず意識の何処かを捕らえて離さないようなものが。どこへ歩こうと羽撃こうと拭い去れないようなものが。

時々、不思議に思う自分に気づく。
目が醒めて、何故居ないのかと考えているのだ。バスルームにでも行ったのか、あるいはキッチンに既に向かったのか。自分が寝ぼけているか、あるいは都合よく物事を見たいと思っているらしきことに気づいて、微かに愕然とした。
少しく絶望すべき状況にあるのかもしれない。

アレか、ヤキが回ったってヤツか。女ひとりに骨まで抜かれるなんぞ、考えたこともねえ。
しかも、……まだガキだってのに。

更に腹立たしいのは生理現象だ。まるで思い出したせいで身体が反応しているようで我が事ながら厭になる。そんなものとは無関係だとわかっているのに。
自分の下腹部を忌々しげに見下ろすと、ベッドから下りた。
冷たいシャワーでどうにかなるものか。治まるのを待つか自分で処理すればいいだけのことなのだが、考えずにいようとしても思い出してしまい、無かったはずの欲求が燻り続ける。

自らに対する閉口の念にいずれ気も萎えるだろう。そう思いながらバスルームへ向かう。

「リヴァイ」

名前を呼ぶ声は、どうしてああも甘ったるく響くのか。

浴室に深いため息が響いた。



ミカサはカレンダーを凝視する。
時間が欲しい。もっともっと欲しい。たかが学生、まだ高校生なのに、何故こんなにも時間が足りず、欲しいと思ってしまうのか!
今度は手帳を見つめる。
予定がみっしり詰まっている。アルバイト、ボランティア活動、クリスマスの準備、家族との団欒、……それから、いちばん大切な、リヴァイとの時間。
予定が多いのは、正直に言えばリヴァイと逢えるチャンスを増やせると思ってのことでもあった。外出の機会を増やせば、それにかこつけて顔を見ることが出来るかもしれない。
我ながら小賢しいとは思うのだが、そうでもしなくてはチャンスをつくり出せない。

冬休みは十二月の半ばから年明け四日までだ。二週間とちょっとしかない。それは、まあ、いいとする。
問題はクリスマスだ。
何より大切な、リヴァイの誕生日。お祝いしたいし、出来ることなら一緒に過ごしたい。

しかし、クリスマスといえば家族の時間なのだ。さすがに大抵はどんな事業所も休みになり、誰もが家族と過ごすことを望み、それが当然で当たり前である。何かを買い忘れたからと気軽に出かけようものなら開いている店など見つからないこと受け合いだ。最近は周知されあまりないが、少し前までは、文化の異なる国から来た旅行者など、気軽に考えて訪れるとどこも開いておらずに町を彷徨う羽目になるのもよくあることだったらしい。

家族の日。わかってる。でも。私はリヴァイと一緒に居たい。お誕生日なのに、ひとりでなんて過ごして欲しくない。
それに、今年は妙に冷える。寒さが厳しく感じられてならない。そんな季節にひとりきりだなんて。

寒さを一際厳しく感じるのは、あのぬくもりを知ってしまったからかもしれない。抱きしめてくれる腕や胸のあたたかさや、触れてくれる唇のあわあわとしたぬくみと、舌や口腔の熱とを。

はだとはだをあわせるのが、あんなにきもちいいって、しらなかった。たいせつにだいじにされるのが、あんなにしわせなきもちになれるのも。

ミカサは手帳に書かれた予定のあれこれをその黒い瞳に映しながら思いに耽る。過ぎて間もない感謝祭のことを思い出していた。


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サンクスギビング・ホリデイは家族と過ごしつつも無理矢理に時間を捻出し、リヴァイとも過ごした。限られた時間だったが、逢えることそのものが嬉しかった。

十一月の第四木曜日が感謝祭当日で、この日ばかりはほとんどの店や会社が休みになる。休まない店であってもいつもとは違って早仕舞いする。学校も休みだ。そして、基本的には家族と過ごすものと相場が決まっている。
ロースト・ターキィを用意して、収穫に感謝する意味でもかぼちゃのパイを焼き、ホリデイ・パレードの様子を中継するテレビ番組を眺めてあれこれ日頃のことを話す。定番の感謝祭、定番の過ごし方だろう。
飲食物に関しては家々でつくる場合もあるし、出来合いのものを事前に予約し購入して食べる場合もある。家庭や個々人によってまちまちだ。

N.Y.では毎年恒例「メイシーズ」のカトゥーン・バルーンが登場する派手なパレードが開催され、マンハッタンが沢山のひとでごった返す。シアトルやシカゴのような大都市でもやはりパレードが行われている。その場に赴く者、中継番組を観る者、ひとそれぞれだ。何しろ翌日から感謝祭の大セールが開催されることが多く、大手デパートや小売業が活気づく。これを毎年楽しみにして、当日はのんびり、翌日――ブラック・フライデイは街に繰り出して気持ちよく商業経済活動に勤しむ、というのもよくあることだ。
このブラック・フライデイからクリスマス商戦が本格的に始まり、この時期のセールスが年間売上の大半を占めるという。故に、どの大型小売店も力を入れるし、消費者も注目し、この時期にこぞって買物をする。

家庭によっては親戚の家を訪ね、ある一家は旅行を楽しみ、ある者は友人を招いて盛り上がる。

アッカーマン家では、日頃なかなか一緒に過ごせないのだから、と、昔ながらの感謝祭を過ごしている。母と娘とで料理を用意し、家族三人で集い、会話しながら食べ、こうして顔を見合わせて時間を共有出来ることに感謝するのだ。
少々遠方に暮らす父方の祖母は地元の友人たちと過ごしたいからと、今年はこちらに合流せず、クリスマスを一緒に過ごしたいと言った。祖母同様配偶者に先立たれた同年代の友人を中心に、料理を持ち寄ってちょっとしたパーティを楽しむらしい。

焼いた七面鳥は少々パサつくので、スモークドのものを用意するのがここ数年定着している。結構な大きさのため、休暇の間中何らかの形で食べているようなものだ。クランベリィのソースをかけて、あるいはほぐしてドレッシングで和えて、パンに挟んで、サラダに加えて、考え付くレシピを最大限試す。ポット・パイも悪くない。オランデーズ・ソースに絡めたこともあった。
伝統に則って、毎年、一家の長である父が七面鳥を切り分ける。
今年はかぼちゃに加え、ペカンナッツのパイも焼いた。なかなかの出来映えで、ミカサは思わずスマートフォンで写真を撮ってしまった。父もまた楽しそうに料理をする母娘の写真を何枚も撮り、時折動画も撮影した。母は時々茶目っ気を出して、ミカサを抱きしめたり腕を組んだりして、そのフレームに収まった。三人で肩を寄せて撮ったのも一枚や二枚ではない。

でも。
ミカサはその両親の笑顔を見て自分もまた微笑んで見せつつも、常にここに居るはずのない、そして誰よりも居て欲しいひとりのことばかり考えていた。

リヴァイ。家族で過ごす日は、どうしてるの?
ご両親は居ないって言ってた。アパートにひとを招くことはないって言ってた。私が最初で最後だろうって。特にそういう時間を「わざわざ」過ごすほど親しくしてるお友達も居ないって。

ひとりは、気楽でいいと思う。私も、ひとりで過ごすのは嫌いじゃない。
でも、知ってるの。とてもとても、……さびしくなることがある。

《今日の夜、逢える?》

ミカサはチャット形式のメッセージを送った。高校生が手元からスマートフォンを離さなくとも問題はない。いまや持ってない事の方が異常事態扱いだろう。感謝祭の休みに、両親と過ごそうが、女子高生がメールのやり取りをするなど息をするのも同然だ。だから、これが特別ヘンな行為だとは思われまい。

――感謝祭だろ 両親はどうした

あまり間を置かず返信が来て、思わず笑みがこぼれてしまった。ミカサはすぐに文字を打ち込む。

《日中ちゃんと一緒に過ごした。リヴァイに逢いたい》

もしかして、……日頃出来る限り一緒に過ごしてくれているから、こんな時くらい、ひとりになりたい、などと思っているのだろうか。心に燻る小さな不安を消せないまま、指を動かして返信を続ける。

――休暇明けたら逢える

《ひとりでゆっくりしたい?》

――両親と一緒は久々だろ

《そうだけど。リヴァイにも逢いたい》

それまでよりも間があった。心臓が跳ねる。

――お前に合わせる

逢ってくれる! ミカサは嬉しくなった。ほんの少し、胸がざわざわするけど。
私がわがままを言って、リヴァイがそれに付き合ってくれてるだけかもしれない。それでも。逢いたい。逢って、顔を見たい。
ひとりにさせたくないと思う人間が居るって、知って欲しい。

《嬉しい! ちょっと遅くてもいい?》

――構わないが 大丈夫なのか

《お友達に借りてた本を返すとか言えば大丈夫》

またひとつ嘘をつく。いいことではないのはわかっている。それでも。逢いたい。逢えるなら、どんなことでもする。

――悪い子の片棒担ぐか

《ありがとう! おなか、空けておいて欲しい。ターキィとパイ持って行く!》

――楽しみだ 都合良さそうな時間連絡してくれ

《また連絡するから待ってて》

――了解

ミカサは強張っていた肩の力をようやく緩めることがかなった。決まればあとは、……平然と嘘をつける自分にならなくてはいけない。
まずは下準備から始めよう。


リヴァイはスマートフォンを置いた。なんとなく、気遣いのメールをくれるであろうことは予想していた。ただ、まさか、感謝祭当日に「逢いたい」と言ってくるとまでは思っていなかった。
折角なかなか会えない両親と団欒が楽しめる時だと言うのに。あの家にひとりでぽつねんと座っていなくてもいいというのに、何故、わざわざ。

そう思いながら、どこかで黒い歓びが泡のように沸き立つのを感じる。

――そうだ。お前は俺のものだ。俺の腕の中に居るのが当然だろうが。ひとりで泣かせることはしない。なくなら、……俺のせいでなけばいい。

ケトルが大声を上げた。
それは目を醒ませと言わんばかりにけたたましく、思考の中の霧が晴れた。
紅茶を淹れる為の湯が沸いたらしい。リヴァイは座っていたソファから腰を上げ、シンクに向かった。

妙な気分だった。ひとりで過ごすことには慣れていたはずだ。好んですらいた。それが今は、もうひとりが居ないことが「違和感」になっている気がする。おまけに、その「もうひとり」は今独りではなく両親と共に家族の時間を満喫しているのだ。何も気に病むことはなく、心配する必要もない。

ポットに湯を注ぎ、温めたあとに茶葉を入れ、改めて湯を注ぐ。慣れたものだ。カップとソーサーを用意し、蒸らし終えた茶を注ぐと、それらを手にソファに戻った。座面に脚を投げ出して、読みかけの本を手に取る。
紅茶の香りが周囲にふわりと華やぎをもたらした。
鼻孔をくすぐるのがあの肌や髪から香る甘さではないことを、身に染みて感じてなど、いない。


ミカサは「武装」を固めた。少しばかりの論理と衣服。常に自分を護り、自分足らしめるもの。
両親にはすぐに話した。
「あのね、お友達に借りてた本、返してもらえないかって連絡来たの。ついさっき家に到着した従姉妹と一緒に見たいって。だから、その子の家まで送って欲しい」

父も母もミカサの頼みごとや願いをはねつけることはまずしない。ミカサもまた、ボーダーを弁えている。「これなら問題ない」という線引きをした上で頼むことがほとんどだ。何より、……何より、彼らには「負い目」がある。

ミカサは自分の卑怯さを正面から見つめ、顔を歪める。鏡の中に居る女の、無表情さが逆に全てを物語っている気がしてならない。平気で嘘を吐くコドモの顔。両親の「負い目」を利用する、狡猾な女の、貌。

母が階下から車を出す準備が出来たと声をかけてくれた。ミカサもまた支度を終え部屋を出た。

いいの。嘘ついただけでリヴァイに逢えるなら、……いくらだってつける。
あのぬくもりに触れられるなら。


大して遠い訳ではない。しかし、夜にひとりで歩き回ることを奨励する親はおらず、防犯上うかつにするものでもない。素直に頼るべきなのだ。
家族が集う日だからこそ、その滅多に会えない親類と共に過ごすのに必要だからと言われれば、借りたものを返しに行くのが筋だと思うだろう。そう思ってミカサは「それらしい」状況をつくり出した。「それらしい」程度でいい。あまりに本当らしいのも逆に疑わしさを招くことがあったり、説明に窮する場合もある。嘘には少しばかり「あり得ない」を混ぜた方がいいものだと何かの本で読んだ。

何より、一度両親の許可を得て外出した娘が改めてどこかに行くなど、普通は考えないだろう。用事を済ませ帰宅したのだから家に居る、ということを「わざわざ」疑う者はまず居ない。

随分町の景色が変わった。今は暗くてそうわからないが、日中の景色はハロウィンの頃から比べるとだいぶ冬らしさが増している。木々の葉は地面を埋めるために枝からほとんどが離脱した。夜ともなれば、空気が切るように冷たい。

雪、降るのかも。

伝えた住所に到着すると、ミカサは本を手に礼を言って車を下りる。勝手口に回るように言われたと伝えてあるので、玄関に向かわないことをおかしく思われることもない。
その家の裏手に回ると、コートの中に背負っていたマチの控えめなリュックのサイド・ジッパーを開けて本をすべり込ませ、今度はコートのポケットからスマートフォンを取り出し、リヴァイにメールを送信した。かじかむ指先がむしろ用件にかかる「それなりの時間」を生み出せていい。

冷たい空気は、他方で、心地いい清冽さを与えてくれる。凍る空気を胸に取り込むと、少しすっきりした気になった。
外出を企てたのは、子供じみた計略のためではなく、本当はただ抜け出したかっただけなのかもしれない。
久々に一緒に過ごした両親からは、労いと感謝と笑顔をもらった。嬉しいと思った。それは偽りではない。ただ、父にせよ母にせよくれるものは罪悪感でラッピングしてあるように思えてならない。

冴え冴えとした冬の夜空をこうして見上げるのは久々だった。オリオンを見ると冬が来た、冬が来るのだ、と思う。

いつもひとりで、それが当たり前だと思っていた。
いつもひとりなのを、当たり前だと思うことはないと言われた。

私は、私がかえってもいい場所が欲しいのかもしれない。
そこには、だいすきなものがあって、たいせつなひとが居てほしい。
どこになら、それはあるのだろう。

ふいにこころを過ぎるのは革のトランクと、自分の手を握ってくれるあの熱。

遠くへいきたい。
何も考えずにあの腕の中で笑っていられたら、どんなにいいだろう。誰に気兼ねすることなく、手を繋いで歩けたら。そして、それが生きている限り続けばいいと思う。
一緒にいけるなら、どこだっていい。「ここ」でないなら。

怖いのは、あなたが居なくなること。私のつまらない毎日から。意味の無い人生から。満たされたはずなのに、また空っぽになってしまう。

吐いた息が冷気に触れて白く染まった。


「リヴァイ!」
音量は極力抑えているが、喜びや嬉しさは溢れ返っていた。

小雪のちらつく中、バスケットを手に駆け寄ってきたミカサの鼻の頭や白い頬が、寒さで赤くなっている。

「お前、いつから外で待機してた」
「ちょっと前。だいじょうぶ!」

あたたかい掌で頬を包まれて、ミカサは微笑んだ。
そのミカサを、アイボリィの大判のストールで包み込んでやるとリヴァイはバスケットをさらい、ミカサの手を取って歩き出した。


ミカサは敢えて一度両親公認の元で外出し、すぐに家に戻ると、こう言った。
「沢山つくって食べたら、なんだか眠い! ので、部屋でのんびりしてもいい?」
一日中両親のためにとせっせと動き回り、ディナーのためのテーブルもセッティングし、終始ふだんの不在を責めもせずに笑顔でふるまう娘の言うことを、咎めるはずもない。また、咎めるような内容でもない。
そのままゆっくり眠ればいいとまで言ってもらったので、ミカサはこうも付け足した。
「なかなか一緒にゆっくりおしゃべり出来ないでしょ? だから、夫婦水入らずで、仲良くゆっくりして欲しい。私は、こうして同じ家の中に居てくれるだけで、すごく嬉しい」

嘘は無く、本心だった。そして、ことばには出さず、更に続ける。

お父さんとお母さんには、二人の物語がある。私には、私の。だから、……あのひとに逢わせて。

両親は夫婦の時間を持って、と言ってくれる娘の気遣いに感激はしても疑いは持たなかった。そんな気遣いまで出来るほど大人になったのかと感心するばかりだった。娘なりの配慮なのだろうと。

外出前、ダイニングのテーブルを片付ける時には仕上げは自分に任せて母に休んで欲しいと告げて、ミカサが自ら全てやり遂げた。既に余計につくっておいたターキィ・サンドをいくつか、サラダやデザートのパイを手早くパッキングして寄せ、残りを冷蔵庫やパントリィに収めた。
両親に、さも頼まれたと外出するための口実を告げ車を出してもらい、何もせずにしたふりだけをしてすぐに帰宅。部屋にこもると宣言して、両親にもそれを奨励した。
あとは、バスケットに必要なものを詰め、身支度を整え、家の中が静まり返るのを待つ。寝るかもしれない娘を呼びにきたり声をかけに来ることはないだろう。あとはビルトインのガレージの、外からはわかりづらい扉からこっそり出ればいいだけだ。念のためベッドにひとり分のそれらしいふくらみもつくってはおいた。
リヴァイを煩わせることにはなるが、迎えに来てもらえればアパートに向かうことが出来る。

バレるなら、別にそれでもいい。話してわかってもらえるなら嬉しいし、もしダメなら、――

待ち切れなくて、両親の様子を伺って、するりと外に抜け出した。
冷気が肌を刺す。厚手の生地のドレスを選んだのは正解だった。ただ、顔はそれほどガードしていないので、冷たさをダイレクトに感じる。

わ、やっぱり、……!
ミカサは空を見上げ、地面を見つめた。少し景色が白く染まっている。

いつの間にか雪が降っていた。

いつもなら待ち合わせるのは、少しばかりミカサの家から離れた場所にしている。だが、寒くなってきたこともあり、恐らくアッカーマン家の前までやってくるだろう。歩いていれば、向かってくるリヴァイに出くわすかもしれない。
期待を込めて歩いていると、前方から車がやってくるのが見えた。

「あの馬鹿」

リヴァイは小さく悪態をついて、路肩に車を寄せると運転席を下りた。助手席に置いておいたカシミアのストールを引っ掴むのも忘れずに。

「リヴァイ!」

瞳を輝かせる少女に、名前を呼ばれた。


「このクッソ寒いのに、何で屋内で待ってねえんだ」
アパートの敷地に入るなりたしなめた。ミカサはぱたぱたとストールに抱きつく雪を払いながらリヴァイに遅れまいと歩いている。
「真冬ほどの寒さでもないし」

それは少しばかり怪しい。もうかなり冬らしい痛みすら感じるような寒気に近い。

出来るだけ足音を響かせないように、それでもざくざくと進む。
ドアの前に来ると苛ついたように鍵を取り出して解錠し、ミカサを中に押し込むとすぐにリヴァイも部屋の中に入った。バスケットを足元に下ろし、ミカサをくるんでいたストールを取り去ってその上に落とすと、抱き寄せる。
「風邪ひくだろうが」
自分の背中にミカサの腕が回されたのを知ると、噛みつくように小さな唇を塞いだ。

「ん、…ん、ん」

息継ぎが叶わず少し苦しげにもれた声が、甘えるように響く。

冷えた唇が熱を帯びるのを確認すると、ようやく解放してやる気になった。ミカサは少し呼吸を乱しながらリヴァイに軽くしがみついている。

「少しでも早く顔が見たかっただけ」
「俺は逃げも隠れもしねえよ」

いじらしいことを言われたくらいで怯むような可愛げのあるタイプではないが、こと相手がミカサとなると、全く揺さぶられないと言い切れない気がするのが腹立たしい。リヴァイは密かに歯噛みする。

「時間の方が逃げてくから仕方ない」
「こんな冷えてんじゃねえか」
頬を指先で撫でる。
「リヴァイがあたためてくれるから、だいじょうぶ」
茶目っ気のつもりなのだろう。ことばの主は微笑んでいる。
「ほう。そりゃ風呂でか。それともベッドか。なんなら玄関で試すか。肌は冷てえだろうが、……お前のナカは別だろ」

一瞬、ミカサが眉根を寄せて下唇を噛んだのが見えて溜飲を下げた。肌が朱色に染まっているのは寒暖差だけが理由ではないはずだ。

「その口の悪さで!」
「そうかよ」

オヒメサマなりに精一杯の抵抗をして見せたらしい。脅威は微塵もなく、欲求を肥大させることに貢献して頂いて、リヴァイとしてはありがたい限りだった。舌打ちしたいのをぐっと堪える。

リヴァイはミカサの髪を軽く梳いた。
いっそ壊してやりたいと思う手の、やさしさと穏やかさに潜む昏い欲望を、ミカサは知っているのだろうか。


ミカサの家では、午前中から料理の仕込みと準備に取り掛かり、完成して食べることが出来たのは午後の三時近くだった。ゆっくりと食事と会話を楽しみ、食べ終えたのが四時半過ぎ。小腹が空くのを見越してつくったターキィ・サンドは家族三人で六時頃に食べた。
多忙を極める両親も、さすがにそれぞれ父が五連休、母が六連休獲得出来たため、この感謝祭当日に何が何でもきっちりみっちりと団欒を、とは思わずにいてくれた。むしろ当日にこだわり過ぎるのはさも予定でぎちぎちの毎日を想起させて厭になってしまう。明日もその次もあるのだからと鷹揚に構えていてくれた。
何より、さあ団欒しましょう、というのも欺瞞が過ぎて好ましくない。
サンクスギビングの為に頑張った娘を休ませ、自分たちもまたのんびりしたい、と思っていた。そして、それを、実の娘に見越されていることを、おそらくは知らない。

リヴァイに迎えに来て欲しいと頼んだ約束の時間は七時半だった。それまでに架空の用件を約束してもいない学友宅に果たしにゆき、と、本来の目的のために「暗躍」していた。
あとほんの十数分で夜の八時にならんとしている。両親は今頃、ワインのボトルでも開けているかもしれない。……そうであって欲しい。

「何時まで居ていい?」
リヴァイの手がミカサのコートを脱がせた。ウエストでややくびれ、裾に向かって緩やかに広がるプリンセス・ラインだが、黒一色の為それほど甘くなり過ぎず、ややシックな装いに見える。
「何時まで居られる」
コートの中はやはり黒で、ベルベット風の生地で出来たハイ・ウエストのショート・ドレスだった。デザインのせいでいつも以上に胸の豊かさが強調されているのだが、果たして本人に自覚があるのかは疑わしい。膝が隠れるくらいの長さで、脚の長いミカサによく似合っている。その脚を蒼い薔薇と黒いレース模様が描かれた総柄のタイツが包み込んでいた。白の飾り襟は自作のものかもしれない。以前アート・フェスに出店した時に似たようなデザインを目にしていた。
「十二時か一時くらいまでなら、大丈夫だと思う。うーん…二時?」
「まさか、親に許可取ってきたのか」
「ううん。お忍びです!」

ミカサから取り去ったものを全てハンガーにかけ、玄関の壁に取り付けられたフックにかけてやった。

「お忍びです、じゃねえよ。バレたらどうする」
「その時はその時」
「お前な、」
「逢いたかったの。感謝祭の日に、ひとりで過ごしたりしちゃ、ダメ。家族の日だってわかってる。でも、休暇は一日じゃない。明日も明後日も父と母は一緒に過ごそうと思えば過ごせる」
「その内の一日はボランティア活動だろ。それに便乗して逢いたいとか言ってたんじゃねえか」
「それはそれ。一日中って訳でもないし。一緒にお祝いする、というのが大事なの。リヴァイは、私がひとりなのは良くないって思ってくれてるでしょ。私も同じ。それは、その、家族じゃない私と一緒っていうのは、なんかおかしいとは思うけ」

両頬をあたたかな手で包まれて、やさしく唇に唇を押し当てられた。自分から口を少し開いて迎え入れると、探るように舌が忍び込んでくる。さっきの噛みついて飲み込みそうな勢いのそれとは違う。

触れてくれる時と、同じ。

ベッドでは、確かに激しく求められもする。だが大抵はとても大切に壊れやすいものやあえかなものでも触れるように、丁重に愛撫される。それを何度となく繰り返して、時間をかけて慈しまれる。数え切れないくらいの小さな高まりと、何も考えられなくなる程の強く深い愉悦を与えられる。
口ではさも好きなように蹂躙してやると言わんばかりなのだが、実際はそれほどでもない。少なくとも恐怖を与えられたことはないし、身勝手に自分の欲求を満たすような行為をされたこともなかった。むしろ、ミカサに快楽を与えることにこそ時間も情熱も注がれている。
恥ずかしさを感じていることや、今触れられている場所への愛撫でおかしくなりそうなことなどは、すぐに察知されて、執拗なほどに責め立てられはするけれど。

生きたままゆっくり獣に食べられるようだと、思うことがある。それでも、怖くはない。それどころか、そんな風に食べられるのなら、その獣の一部になれるのだという歓びに包まれる。

私が何も知らなかったから。

だから、リヴァイは、すごくやさしくしてくれたし、今もそうしてくれる。だから、逆に、激しくされると、それはそれでとても嬉しくなる。私が欲しいって思ってくれてるんだと、実感出来るから。
すごく意地悪なこともされるけど、そのあと必ずもっとやさしく甘やかされて融かされてしまう。

私のほかにも、こんな風にやさしくされたひとは、居たの? 
いつも熾のように静かに胸に在る、怖くて訊けない疑問。

「……差し入れより先に、お前食い散らかしそうだな。悪い」

もっと、欲しいのに。意地悪でそうしたのではないとわかっていても、名残惜しさに不満が募る。

「さ、先でも、」

リヴァイの親指が唇を封印した。同時に、唇を指の腹でするりと撫でる。

「言うんじゃねえよ。ホラ、持ってきてくれたの、出せ。茶で良ければ淹れてやる」
「一応、クランベリィのジュースも持って来たの。後で飲んでもいいし」
相変わらずミカサは用意周到だった。
「わかった。まずは、そのジュースでサンドもらうか」
「うん」

ダイニングの小さなテーブルで、二人は食事の支度を始めた。


「わざわざテーブル・クロスまで持参したのか」
テーブルの上に鮮やかなスカーレットの布がかけられる。
「感謝祭だから。……感謝なら、私が沢山リヴァイにしないと」
「あ?」
「沢山、もらったから。大事にされる嬉しさとか、可愛い服とか、一緒に居てくれることとか。数え切れないくらい。もらってばっかり、……」
白い皿をリヴァイが座る側に置く。続けて、バスケットから次から次へと小振りのタッパーを取り出し並べてゆく。その手を、ふいにさらわれた。ふんわりと握られて心臓の上に重ねられた。

私の心臓が埋まってる、リヴァイの左胸。

「もらったのは、俺の方だ。何も返すことも出来てねえしな。感謝してる」

ミカサは思わずリヴァイに抱きついた。

「オイ。食うもん間違うだろ。料理どうした。お前がつくったの、楽しみにして何も食ってねえんだ」
「う、ん。ごめんなさい。あと、もう少しだけ」
ミカサの唇がリヴァイのこめかみや頬に押し当てられた。抱きしめてやると、ミカサの安堵の吐息が耳元をくすぐった。
リヴァイはゆっくり目を閉じた。


「ターキィのサンド。こっちはスタッフィング。これは自家製のピクルスとサラダ。あと、デザートにパンプキン・パイと、ペカン・パイ!」
「母親とつくったのか」
目の前の皿やボウルをまじまじと見つめる。
「うん」
「大したもんだな。まさに感謝祭だ」
「ウチのターキィ、スモークしたものなんだけど、大丈夫?」
「問題ない」
「スタッフィングは、お米と野菜と栗とスパイス! …好みがあると思うから、無理して食べなくて大丈夫」
「お前がつくったんだろ。なら、美味いに決まってる」
「そ、れは、ちょっとアヤシイと思う…」

リヴァイはターキィ・サンドを手に取った。かぶりつくと、口の中にほんのり燻した風味が広がる。元々チキンほど脂がなく、焼くとしっとりした感じが失われがちなのだが、スモークドのせいかやわらかく喉にひっかかる感じもない。マヨネーズで和えてあるのもパサつきを防ぐのだろう。ミカサによればマヨネーズは日本製のものを特別に使用したらしい。日本国外のシェフにも評価が高いのだと言う。トマトやレタスと一緒に挟んであり、結構なボリュウムがあった。

「美味い」
そう言って、クランベリィ・ジュースを飲んだ。
「良かった!」
「お前は食わねえのか」
「家でたっぷり食べた。……でも、デザートは別腹。なので、リヴァイがデザート食べる時に一緒に食べる!」
「そうか」
スタッフィング――「詰め物」とは呼ばれているが、近年は詰めずにその材料で全く別に一品こしらえてサイド・メニュウとして食べられている。
詰めて焼くとどうしても火の回りが悪く、七面鳥やチキンの内部が生焼けになる。衛生的に問題が発生する恐れがあると言われるようになってからは、アッカーマン家のように別に用意して食べるのが通例だった。
硬くなった、あるいはこのためにわざわざ硬くしたパンを使ってつくることが多いのだが、ミカサとその母はコメを使うらしい。しかもミカサの話では日本で食べられるタイプのコメがテクスチュアがしっかりどっしりと仕上がっていいのだとか。インディカ米のような野菜扱いではなく、あくまでも穀物、粘りがあってパラパラしていない。初めて食べたがこれも美味だと思った。

「家で感謝祭の食事なんて、何年ぶりだかな、……」

リヴァイはぽつりとつぶやいた。

「リヴァイ、……お母様の写真、手元にある?」

以前家族について尋ねたことがあった。父親はおらず母親は既に故人だと聞かされ、少なからずショックを受けたのを、今も思い出す。リヴァイはまだ三十路にほんの数歳加えた程度だ。ミカサは遠慮がち尋ねた。

「なくはねえよ。…なんだ、見てえのか」
「うん。リヴァイがイヤじゃなければだけど」
「別に構わねえが」

口元を拭い手を軽く拭うと立ち上がった。

「ちょっと待ってろ」
「うん。お食事中にごめんなさい」

感謝祭では、よくあることだと思う。みんなで集まって、昔の写真を広げたりアルバムを見たり、場合によっては撮影したヴィデオやフィルムを観て盛り上がる。

リヴァイが向かった先は思ったとおり寝室で、おそらく本と一緒に棚に置いてあるのだろう。それほど厚い訳ではないが、アルバムと思しき一冊を手に戻ってきた。

「それ、小さい頃のリヴァイも居る?」
「お前、そっちが目的じゃねえだろうな」
「もちろん、見たい!」

差し出されたものを受け取ると、ミカサはそっとテーブルの上に広げた。控えめな厚みに比例して、写真の枚数も多いとは言い難い。だが、スクラップブッキングの手法で派手になり過ぎない程度に飾られ、美しかった。考えようによっては厳選された写真ばかりあるとも言えるだろう。

「お母様、すごく綺麗にまとめてる……」

生まれて間もないと思しき赤ん坊を抱いて微笑む女性には、リヴァイの面影を感じる。顔立ちの端整さは母親譲りなのか、としみじみ思った。写真はやや古びて見えるのだがそれが味わいにすらなっていて趣がある。丁寧な文字で生年月日の数字と「Levi」と名が綴ってあった。

《リヴァイ、私の太陽、私の全て。愛しい息子、私の小さな王子》

思いを込めて綴った文字を、思わず指先でなぞった。子供を授かるというのは、こんなにも喜びを与えるものなのか、と改めて感じると共に、ミカサは両親に嘘をついた自分を恥じた。

どうやらアルバムはリヴァイが生まれたその日の写真からまとめられているらしい。

「お母様、とても綺麗。リヴァイに似てる」
「綺麗、と俺に似てる、じゃ矛盾してんだろ」
「なんで?」

真っ直ぐに尋ねられて、毒気を抜かれた。時々「天然」で困る。それとも心底そう思っているのだろうか。我が母ながら美しいとは思うが、それは息子の欲目もかなり反映されたものだろう。面影はあるだろうが、自分に「似ている」かと言われると疑問符が浮かぶ。もっとも、父親の顔など知らないので、母以外の誰に似たのかなどわかりようもない。伯父ではないと思いたい。

呆れたように小さく息を吐くと、きゅうりのピクルスを齧った。酸味と甘みのバランスが良く、口の中がすっきりした。 

「子供が生まれて嬉しいっていうのが、伝わってくる」

誰が撮ったものなのだろう。それは訊いてはいけない気がする。母親のことは既に故人だとは教えてくれたが、父親についてはそもそも触れなかった。複雑な事情があるのかもしれない。

「すごく可愛いって思ってるの、わかる」
「そうか」
「そう思わない?」
「そりゃ、親だからな。まあ、確かに、……母さんの気持ちや愛情とか言うものを、疑ったことは一度もない」

ミカサの指はゆっくりと頁を繰る。

不思議そうな顔で見上げる乳児と、その顔を覗き込んで微笑む母親。ぬいぐるみの熊に抱きつく我が子を抱き寄せようとする華奢な腕。鼻と鼻をこすり合せて笑い合う横顔。ゆかに座り込んで何かを指差す小さな姿。膝に赤子を抱えて絵本を読むたおやかな女性。洗濯物を干す母親の足に掴まり立ちを試みる赤ん坊。
赤ん坊は確かにあの瞳のいろをしている。ごく僅か、ほんの一滴瑠璃を溶かしこんだような淡いグレイ。

まるで聖母子像だ。
美しくあたたかみに溢れている。

「リヴァイ、すごく可愛い」
「それもう一回言ったら取り上げるぞ、アルバム」
「ダメ! 赤ちゃんなんだから、可愛くて当然! ……あ。テレてる今のリヴァイも、すごく」
「オイ、返せソレ」
腕が伸びてきた。
「ヤだ!」
ミカサが慌ててアルバムを抱きかかえて立ち上がろうとしたが、ほんの少し遅かった。ミカサの手首をリヴァイの手が掴んでいる。

「お前、こっち来い」
「食事中でしょ!」
「落ち着いて食ってられねえんだよ」
「もう!」

ミカサは仕方なく立ち上がると椅子の背に手をかけて持ち上げ、移動しようとした。

「そんなもん、必要あるかよ」
「だって、」
「膝の上でおとなしくしてやがれ」
「はあ!?」

ミカサは思わず声を張り上げた。

「来い。離れてることはねえだろ」

この目。いつも、勝てない、って思う時の、目。冷たさのカケラもない、熱を帯びた視線。
だいたい、離れていると言っても、1メートルもないではないか。爪先などはむしろぶつかり合わないか気になる距離だ。

「邪魔になるし、」
「なるなら誘うかよ。……いいから、来い」
「重いし、」
「お前は重い内に入らねえ」

ミカサはようやく椅子を収め、リヴァイの側に歩き出す。リヴァイもまた腰を浮かせ、椅子を下げて座り直すとミカサを引き寄せた。

「尻の感触も悪くねえよな」

ミカサを膝の上に座らせるなり耳元でぽそりと言った。

「それが目的なの!?」
「当たり前じゃねえか。目の前は絶景だしな。服着てるのが惜しいとこだ」

リヴァイの目の高さにミカサの胸がある。

「何考えてるの!?」
「言ったらお前泣くだろ」

立ち上がろうにもウエストに腕が回されて身動きすら取れない。

「お母様の前!」

ミカサの持参した料理の向こうに、借りて見ていたアルバムがまだ開いたままで置いてある。

「行儀良くヤれってことか。脱がねえでするか」
「ばっっっっっっっかじゃないの!?」

ミカサが暴れ始めたが、意に介した様子はリヴァイにはない。

「今更だろ。……オイ。いいから食わせろ」
「ナニを!?」
「メシだメシ。……いや、別にお前でも」
「お母様の代わりにひっぱたいていいとこ、コレ!」
「元気いっぱいだな、お前は」

首筋に、唇が触れた。ごく短く、ほんの一瞬。それだけで、どんなことばよりも確実にミカサの動きを止めてしまう。

「お前つくるもんは、何でも美味いな。世辞抜きだ」

穏やかな瞳をしている。おやすみのキスをくれる前と同じ。帰りたくないってワガママ言う時と同じ。一緒に居られて嬉しいって伝えた時と。思わず泣き出した後と。指先で髪を梳いてくれる時。頭を撫でてくれる時。

「ありがとう。食べてもらえるの、ホントに嬉しい」
「そうか」
「うん」

ミカサの手が器を掴み、スタッフィングをスプーンで掬って口元に運ぶ。大きくはない口がそれをゆっくり含み、味わうように咀嚼した。

わたしをたべるときみたい。ゆっくり、すこしずつ。たしかめるみたいに。

ありがとう。
だいすき。だれよりもだれよりも、すき。

「リヴァイのお母様に、会ってみたかった」

たったひとりの子供を、大事に大事に育てて、長く一緒に居られないまま、この世を去ったひと。

「そうだな。会わせてやりたかった。喜んだだろうしな。俺はぶん殴られるかもしれねえが」
「は?」

思わず目を丸くした。

「驚くことはねえだろ。自分のトシの半分以下の小娘に手ェ出したんだ。お前のことは猫可愛がりで俺はクズ扱いだろ、そりゃ。蹴られても文句言えねえけどな」
「まさか!」
「クズ扱いの後、たっぷり褒められんだよ。よくこんないい娘連れてきた、でかした、よくやった、ってな。こんな可愛い娘が欲しかっただの、好きな食い物なんだだの質問攻めで、多分お前離してもらえねえぞ」

リヴァイはそう言うと、ミカサの差し出したターキィ・サンドを頬張った。

「……そうだったら、いい」
「確実だ。とりあえず、自分の息子に女見る目はあったって言ってくれるだろ」
「え」
「どれもこれも似たようなもんだ。女なんてな。綺麗だ可愛いだどうホメようが、花畑みてえなもんだ。どれも花だ。ただそれだけだ。箱の中にざらざら宝石流し込んで眺めてんのと変わらねえ。どれも綺麗だが、それだけだ。そのつもりだった。それが、……お前見つけて、とっつかまえたんだからな。いや、…俺がとっつかまったのか」

このひとは、時々、何の照れも衒いも躊躇いもなく、真っ直ぐにぶつけてくるから、……どうしていいかわからなくなる。

「私が、珍しかっただけかも」
「まあな。お前は誰にも似てねえよ。どんな服着てようがどこに紛れようが、見つけ出せる」

あの暗がりの体育館の中で、ちゃんと私を見つけてさらってくれた。白いドレスのせいかもしれない。偶然かもしれない。でも、ちゃんと見つけてくれた。

目立つからじゃなく、私だからだと言ってくれる。何も持ってない、つまらなくてサビシイだけのコドモではないと、言ってくれる。
それが、どれほど嬉しいことか、あなたにわかる?

私だから抱きしめてくれることが。

「リヴァイ。食べるの邪魔して、ごめんなさい」

ミカサがリヴァイの肩を両手で抱きしめて、さらさらの黒髪に顔を埋めた。

「邪魔なワケねえだろ」

リヴァイは母親の笑顔を思い出しながら、ミカサの料理を静かに食べ続けた。


リヴァイがミカサの差し入れを平らげ、ソファに移動すると二人でデザートにパイを食べた。
重くなった胃を落ち着かせるためにゆるゆるとただどうということもない話題で時間をやり過ごした。

家族の日。リヴァイと、……家族だったらいいのに。この先も、ずっと一緒にお祝い出来たらいいのに。

「リヴァイ?」

ふいに立ち上がったリヴァイを見上げた。ソファが虚ろに感じられる。

歩き出した先を見て、ミカサは少し心臓が跳ねたのを感じた。

「イヤなら、ちゃんとイヤって言えよ。俺に合わせるんじゃなく」

こっちを見て、言わないの?

「うん」

ソファの軋みでリヴァイが振り返った。ミカサが真っ直ぐ歩いてくる。手を差し出すと、躊躇せず小さな手が掴まるように握った。女性的なところはないのに、優美さを感じさせる長い指がミカサの指に絡みついてくる。

どんなにやさしく動くか、知っているせいかもしれない。

「リヴァイ」
「ん」
「あ、の、……………………私が、…………欲しい?」

こっち見ろよ、馬鹿。顔逸らしやがって。

「――死ぬほどな」

二人は寝室に向かった。
ほんの少し、蜜のような時間を過ごすために。


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時間が、足りません! 何故一日二十四時間しかないのです!

ミカサはカレンダーを見てため息をついた。

本日十一月二十七日。

それでも、手は止めない。作業は続けなくては! ミカサは最早意地と気力だけで手を動かしていた。
目の前には真紅、ヴィリジアン、金と銀、ロイヤル・ブルーの紙、紙、紙。色とりどりの刺繍糸、リボン。鋏、ステイプラー、糊にマスキング・テープ、色彩と小道具の大洪水だった。

感謝祭は無事終了した。両親とも色々語らい、少しばかり皆で他愛ないゲームに興じ、一緒にテレビを観て食事もした。父はここぞとばかりに撮った写真の、どれを財布に入れようかと悩み、母は一緒に買物に行こうと言って、素敵なチョーカーをひとつ買ってくれた。クリスマスが近いのに、と遠慮がちに言うと、いつも頑張ってくれている感謝の気持ちだと微笑まれた。

あれは、ちょっと、堪えた。

嘘をついた事実を、忘れた訳ではなかったから。おまけに、「チョーカー」。まさに、首を絞められてる。自分の愚かさに。

でも、逢えたから。いいの。

感謝祭当日、それからその翌々日、ボランティア活動があると言って家を出た日に。

「リヴァイ。あのね、……あの、ちゃんと、リヴァイが気持ち良くなれること、いちばんに考えて、して」

感謝祭の夜、寝室でそう伝えた時の見開いた目を思い出す。その目を見たら、うつむいて顔を上げられなくなったことも。

「時間、あんまりないし。いつもみたいに、オヒメサマみたいにしてくれなくて、平気。リヴァイがしてくれることは、全部好きだし気持ちいいから、……でも、あの、あんまりその、恥ずかし過ぎるのはちょっと困るけど、でも、……リヴァイに、ちゃんと、いっぱい、気持ち良くなって欲しい、……だから、」

言っている途中から耳朶を食まれて左胸をやわらかく包み込まれた。次第に指に力がこもり、鷲掴みにされる。

「――クソッ、知るか、」

ベッドに押し倒されるなり、お気に入りのドレスも、その下の甘やかで繊細なデザインのスリップ・ドレスも一気にたくし上げられた。白い腿の上にまたがり、着ていたプルオーバーを乱暴に脱ぎ捨てる。

「手で、押さえてろ」

両手を束ねるようにまとめられて、顎の下に押し付けられた。そこに、ドレスやスリップの裾をねじ込まれる。

「好きにしろって?」

下着を押し上げると乳房があふれ出した。

約束みたいに、左の胸から。

既に尖って待ちわびているそれを舌先で押し潰した。思わず、ミカサは自分の手に掴まされた衣服の裾を口に押し付ける。そうする間にも、リヴァイの手がショーツを脚から抜き取ろうとすべる。タイツはバスルームに行った時に脱いでおいたために、素肌の上を掌が這った。

「そうさせてもらう」

ミカサの上に天蓋のように一瞬覆い被さったかと思うと腕が伸びて乱暴にナイト・テーブルの抽斗を開け、中から銀色の蛇腹の帯のようなものを引きずり出した。持っていた左手で掴んだまま、歯で端を噛み一包だけ荒っぽく切り離し、残りのひと繋がりをベッドの上に投げ捨てた。その左手と歯でフォイルの包みを引き千切る。その間にも右手はジーンズのボタンを外しジッパーを下ろしていた。

ミカサはただ呆然とそれを眺めているだけだった。呆気にとられていた、というのが正しいのだろうか。

「数足りるかわかんねえな」

内側に潤滑剤が塗布されているそれを、あっという間に着けた。着けられるくらいには、……興奮している、のだろう。それくらいは、疎いミカサにもわかるようになった。第一、仄明かりの中でも十分見て取れた。サイズに余裕のなさそうなそれは、痛くないのだろうかといつも心配になる。余裕などあっても意味をなさないのも理解してはいても。

ショーツが足首に絡まっている段階で、両腕で抱えるようにして脚を持ち上げられて、くつろげられた。

「オイ。……垂れてきてんだろうが」
「んン!」

くぷ、と蜜の湧くそこに先端を押し付けられた。ぬめりを確かめるように上下に擦られ、ミカサの反った背にぞわりと何かが走り、白い腿の内側がひくついた。

「ひとの気も知らねえで、」

ミカサの小さな口が、はく、とほんの刹那息を吸った。
それを確認したように一息に貫くと、甘く苦しげな声が部屋の中に飛散した。

舌先が、自らの薄い唇の端を一瞬舐めた。視線は変わらずミカサに注がれている。

「遠慮、要らねえんだよな?」

涙を滲ませているクセに、微笑んで見せたその愛らしい表情は殊更気に入らない。

薄い明かりに見える、淡いグレイの瞳に、いつものやさしさは、ない。激しく叩きつけるように深みを穿たれる。それでも、怖いとは思わなかった。

私を欲しいと言ってくれた。
だから、もらって。何もかも、全部。


ガシャン、と大きな音がして、ミカサは我に返った。全身が熱い。淫らな想い出に気を取られて机の上に広げていた文具や小物の入ったトレイを落としてしまった。

あんなに激しくされても、ちゃんと気持ち良くなれるなんて、……。

まだ記憶から抜け出せずに居る。

「何で声出さねえ。聞かせろって言ってるだろ、いつも」
「んっ、…んっ、んんん、」

頑なと言ってもいい程に、ミカサは声を抑え込もうとした。口元を必死で手の甲や自分の服の裾を縁取るレースで押さえ、甘い声や乱れた息遣いを飲み込もうとする。

「ココは、もう一人前のオンナだよな。ちゃんと俺のこと根元まで美味そうに飲み込んでやがる」

吐息の混じる下卑たコトバで鼓膜まで嬲られて、ミカサの目からまた涙がこぼれた。右手の親指で蜜にまみれてふくれた花芯を撫で上げられながら、何度も何度も抽送を繰り返されて気が変になりそうだった。同じくらい、満たされていることにも気づく。

誰でもいいなら、私みたいなコドモになんて、目もくれないはず。それとも、あなたに簡単に脚を開くから抱くの?

「は……あ!」

高く甘い声が淡い暗がりで爆ぜた。

「そんなにイイかよ」

白い肌にも甘い唇にも穢れたものなど聞いたことのない耳にも、可能な限り傷をつけてやりたい。

「う、ん」

つらそうに眉根を寄せて、羞恥で耳まで赤く染めても、それでも否定のコトバを口にしない。

「強情だな」
「リヴァイは、わた、しに、傷、を、つけた…いと、しても、踏みにじっ、たり、しない」

穿たれて突き上げられて、どうにか繋ぐ息と息の合間に押し込んだ音が、リヴァイのあらゆる神経を撫でてすべり、さらって、千切ろうとする。

「あ、ああ、んく、……ふ、」

いきなりウエストと背に手がかけられて一気に抱き起こされ、胃の下辺りまで硬く昂ったものが届いたように感じて、ミカサは声が悲鳴にならないように必死で堪えた。
リヴァイが衣服の裾を握り締める手を解いてやり、両腕でほっそりとしたしなる身体を抱きしめると、瞼に頬、首筋や鎖骨、鼻の先や額にキスの雨を降らせた。

「見透かしやがる」

ドレスに手をかけてゆっくりと引き上げ、ミカサの身体に布地がまとわりつこうとするのをかわして取り去った。スリップ・ドレスともうひとつがそれに続き、その肌に汗と熱だけを纏わせた。

「ちがう。リヴァイは意地悪だけどやさしいから、」

繋がった場所が、熱い。

「腕」

それ以上言われずとも、リヴァイの身体に腕を回した。

まだ何か言いたげなその小さな口を塞ぐ。

「コトバまで甘えのか、お前の口は。つけ上がらせてどうする。泣いてるクセしやがって」

花束がほどけて広がるように、ミカサが微笑んだ。

「リヴァイのゆび。私を傷つけたこと、ない。いつもすごくやさしいの。だから、気持ちいい。大事にされて、すごくしあわせ。リヴァイの方が、よっぽど、甘い。私は、リヴァイのものでしょ? だから、好きにしていい」

濡れて潤んではいるが、穏やかな目をしている。黒い双つの玻璃の珠に乞うように見つめられ、それまで以上に煽られた。

「お前の中でイキてえ」

耳元で、吐息混じりにささやかれた。ミカサは瞼を閉じて、その甘さを耳で味わった。

「……それ以外は、ダメ」

ゆる、と身体をやわらかく揺すられた。

「お前、どうしたら俺のもんになるんだよ」

ぎ、とベッドが軋む。さっきまでの激しさがなく、愁眉を開くかのように。

「もう、リヴァイのもの。ちがうの?」

唇を塞がれた。間を置いて、時折下からゆっくりと突き上げられる。
気持ちいい。

「実感湧かねえ」
「だから、セックスするの?」

早急さのない、ゆるゆるとした交わり。
少しずつ高まる感じがして、これはこれで、すごく、すき。

「そりゃキモチイイからだろ」

故意なのか無意識なのかはわからない。リヴァイは酷く真面目な顔に見えた。ミカサは思わず笑った。

「ふふ。うん、リヴァイは気持ちいい。してくれることも言ってくれることも肌のあたたかさも全部。ホントに、私のもの?」
「わからせてやる」
「うん。いっぱい欲しい」

自分の全てがこうするためにあるような気がするくらい。パズルのピースみたいに隙間なく埋めて埋められて、何も考えられなくなる。

でも、時々、すごく遠くに感じる。
リヴァイのことは信じてる。信じられないのは、自分のこと。
隣に居てもいいのか、ふいに不安になる。いつまで一緒に居てもらえるのか、わからなくて、怖くなる。私に、そんな価値は、あるのだろうか。
リヴァイもそうなの? 

ううん。……まさか。リヴァイは、私が居ないからって、困ることもないし、辛いはずもない。

少しずつ、少しずつ、勢いと強さが増していく。なめらかに擦れて、言いようのない心地よさが腰の辺りにまとわりつき始めた。奥と内側から、じんわりと浸出して溢れ出し、その感覚に酔いしれた。

「ミカサ」

名前を呼ばれた。微量の乱れた息が混じる。

「……出る」
「ん、……このまま、」
「わかってる、――」

しがみついていたら、離れなくてもいいようにならないだろうか。

くだらないことを考えた自分に呆れる間もなく、快楽の波に飲み込まれた。


「――あ!」

まただ。余計なことばかり思い出してしまう。結局あの夜も、リヴァイは自分が気持ち良くなることより、私を傷つけないように気持ち良くなれるように導く側に回ってしまった、ような気がする。

確かに、私の中に、ずっと最後まで居てくれたけど。

ミカサはぎゅ、と瞼を閉じ、深呼吸してから、手に持った鋏を握り直した。まだ五日分しかカット出来ていない。残りまだ二十日分もあるではないか。
紙やリボンで出来た資材の山を改めて見つめて、手書きの計画表を凝視した。配色、形状、日によって変わるパッケージ部分の色の連なり具合、中に入れるお楽しみのあれこれ、添えるメッセージのカードのペンと紙の色の組み合わせやデザイン案、それを最初にある程度決め、一覧をつくった。何度か調整を重ねもした。

感謝祭が終わってすぐ、町はクリスマスに向かってそれ一色になった。赤や緑、柊のモティフやツリーに飾るオーナメントで見られるあれこれが至る所で目に付くようになり、商戦に賭けて百貨店やショッピング・モール、あらゆる店がこれでもかと魅力的な商品やそそられる惹句を並べてくる。
ミカサは手製のアドヴェント・カレンダーをつくろうとしているのだ。しかも、自宅用に、ではなく、リヴァイのために。

迷惑そうだったら、…持って帰るから。お祝いしたいの。クリスマスもそうだけど、リヴァイのお誕生日を。

このためだけに、色とりどりの包装紙やクラフト紙、リボンなどを買い込んだ。一日ひとつの「お楽しみ」も二十五日分用意した。
市販のアドヴェント・カレンダーも、年々工夫と意匠を凝らしたものが増えており、買った方が早いと言えば早い。
それでも、自分の手でつくりたかった。

リヴァイは多分、ツリーは持ってないだろうから、違う方法でちょっと飾ったりもしたい。本当なら、家族で家の中を飾り付けたりして、みんなでその日をわくわくして待つものなんだから。

感謝祭はどうにか逢うことが出来た。クリスマスも同じように、とは行かないだろう。当日は逢える可能性はゼロに等しい。

だから、何かで繋がっていたい。私のワガママを押し付けてしまうけど。リヴァイはやさしいから拒まないのを大前提にしてる。卑怯でいやらしいのなんて、わかってる。

繋がっていたい。離れていなくてはいけないなら、尚更。

つらつら考えていたら、またこの前の夜に記憶を巻き戻しかけてしまった。

「鋏で一度手の甲でもざっくりやっておくべき? 目が醒めるかも!」

ミカサは座った目で鋏を見つめ物騒なことをつぶやきつつ、作業に集中した。


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「オイ。大丈夫か」
「ん。ふぁ?」

ミカサは自分の口から出た間抜けな返事に恥ずかしくなった。

「眠そうだな。早めに帰って寝るか?」
「やだ。一緒に居たい。ぼんやりしてただけ」

授業で出された課題、忙しい両親の代わりの家事、クリスマスの準備。明日は百貨店のショコラトリィで試食案内兼客引きのバイトが入っている。やることリストには逐一完了済みのチェックが入りつつ、新しい用件、ルーティンの用件、が入れ替わり立ち代わりで増えては消えてゆく。

「今日逢わねえからって何か減るか」
「リヴァイと一緒に居られる時間!」
「眠いのに無理すんな」

リヴァイのアパートはあったかいし清潔だし居心地がいい。だから眠くなる。何より、座り心地のいいソファ、隣にリヴァイ、耳元で聞こえる甘い声、睡魔に誘われても仕方が無いと思う!

外がかなり冷え込んでいた。そのせいで、部屋に入り熱々の紅茶を飲み、つらつらと取るに足らない話題に興じている内に、心地よさに包まれてしまった。

「リヴァイは私に逢えなくても何ともないと思うけど、私は、」

ミカサは戸惑った。大好きな横顔が曇って見えたのだ。

「リヴァイ?」
「ん? ……どうした」

居ないと困るのは、逢えないと辛いのは、……誰だって?

「リヴァイ。私、何か気に障ること、言った?」
「いや。何でもねえよ。気にするな」
「ごめんなさい、折角お邪魔させてもらってるのに、ぼんやりするなんて」
「警戒されるよりいい。服脱がせるのもラクそうだしな」
「もおおおおおおおう!」

リヴァイ。何か、あった? 私、何かイヤなこと、言った?
ミカサは不安になった。自分よりもずっと「大人」の立場からでは、何かあっても言ってもらえないのかもしれない。コドモには、理解出来ないと思われている、のかも、しれない。
事実、今、何が気に障ったのかが、わからないのだ。

私が言ったのは、ぼんやりしてしまったと無駄に正直に伝えたのと、リヴァイに逢いたいから来たって、……。

リヴァイは私に逢えなくても平気でしょ、って、言った。その後、リヴァイ、悲しそうな、…違う、不満そう? なんだろう、とにかく、ほんの少し、表情が変わった気がした。

思えば、リヴァイは私なんかよりも、ずっと忙しい。仕事で手を抜いてるとこ、見たことがない。黙々と生徒たちが汚した壁を拭いたり、廊下の掃除をしたり。時々生徒を叱りつけてることもあるけど。窓だって曇りひとつ残さずに磨き上げてる。疲れてないはずがない。それなのに、私が逢いたいって言うと、こうして招いてくれたり一緒に夕食を食べたりしてくれてる。
沢山気遣ってくれてるのに、逢えなくても平気でしょ、なんて、時間も体力も割いてもらっておいて、言っていいことじゃなかった。

「ミカサ。どうした」
「ごめんなさい。私、わざわざ逢ってくれてるのに、すごく失礼なこと言って、」

失礼、か。礼を欠いていた訳ではない。少なくとも、自分はそう感じていないのだ。
ただ、自分の内面を突きつけられた気がした、ような気がした、のだ。
リヴァイは申し訳無さそうにうつむくミカサを抱き寄せた。ミカサは元気もなく項垂れている。

「何気にしてんだ。お前は疲れてて、少し眠くなった。それだけだ。疲れてんのに、逢いてえって言ってくれたから連れてきた、それだけだ。気に病むことはねえよ」

リヴァイは大人だから。それに、やさしいから。私の立場に立って、こうして気遣ってくれるのに。
私は、何もしてあげることが出来ない。それどころか、イヤな思いまでさせて。

だから、コドモのままなんだ、私。いつまでも成長がないまんま。
リヴァイがまだコドモのままでいいって言ってくれたことに甘えてる。

どうしよう。リヴァイが離れていってしまったら。私に呆れて、必要ないって思ってしまったら。

「こっち見ろ。そううつむいたままだとお前の可愛いツラ拝めねえだろうが」
「リヴァイ、お願い、」

嫌いにならないで。

「ミカサ」

リヴァイに名前を呼ばれるの、好き。すごく大切な呪文を唱えるみたいに響く。

「やっと顔上げたか」

額と頬に、唇をふわりと押し当てられた。

「あ、の、」
「何考えてるか知らねえが、余計なことで悩むなよ。だいたい勘違いか思い違いか筋違いだからな」
「違ってばっかり?」
「実際、そうだろ」

なら、思い違いだといい。リヴァイは私を大事にしてくれて、世界一しあわせなオンナノコにしてくれて、やさしくしてくれて、気遣ってくれる。何の意味もなかった私なのに。
それがなくなるかもしれない、なんてことは。

ミカサが抱きつくと、リヴァイの腕に包み込まれた。

ミカサにはまだ気づけない。ただ慰めるために、あるいは安心させるために、こうして腕を回してくれる訳ではない、ということに。
腕の中におさめて、やっと安心出来ると感じていることに。

結い上げていない黒髪に顔を埋めて、その香りで呼吸出来ない日がわびしく感じられることを自覚しつつある男は、抱きしめる腕に力を込めた。

あの家に帰さず、ここに閉じ込めるか、……あるいはミカサの言うように、どこか遠い場所に連れ去って、疑念の湧く余地などなく自分のものだと確信したい。

子供じみた願いだ。

ミカサにまだコドモで居ろなどと言えるのは、――自分こそが駄々をこねたいだけの手のつけられないガキだからだ。こいつの倍以上生きてるってのにこのザマか。

「このまま、少し寝ろ。頃合見て起こしてやる」
「いいの、」
「寝顔、見せろよ。随分見てねえ気がする」
「ヤだ。絶対マヌケな顔してる」
「だからイイんだろ」

ああ。ダメ。本当に眠くなる。

帰る時間も気にしないで、ずっとリヴァイと一緒に居られたらいいのに。
聖ニコラウスに、お願いしてみる?

リヴァイと永遠に二人きりで過ごせる場所を下さいって。

――わかってる。おねがいすべきは、サンタじゃなくて、リヴァイになんだって。でも、リヴァイがソレをのぞんでなかったら? わたしのねがいをかなえられるのは、いつだってたったひとりなのに。

首筋に顔を埋めて、ミカサがとろとろと微睡み始めた。

「このまま、ずっと俺の隣で眠ってろよ。そうすりゃ、朝起きて探さなくて済むんだ、……」

願い。あるいは祈り。それか、呪詛。ミカサはそれを子守唄に眠りに落ちた。

リヴァイは煮詰まった珈琲でも飲んだように顔を顰めた。それはごく僅かに泣くのを堪える表情に似ていた。


隣り合っているのに、向かい合っているのに、少しだけすれ違っている。
相手を思うあまりに、本当の気持ちが伝えられない。

もう、背中合わせなどでは、ないというのに。

そもそも人間は背中合わせの二人一対で生まれてくるのだと言う。男と女、男同士、女同士。神の怒りに触れ切り裂かれ、それ故にひとはその一対で生まれたはずのもうひとりを求めるのだと。

「離れたくない」。その単純な願いは共通のものだと言うのに。

どちらもたったひとりへの感情と欲求を持て余している。年齢も経験値も意味を為さない。スタート地点は同じなのだ。初めて互いが互いを「欲しい」とまで願ったせいで、一進一退を繰り返していた。

気づけぬまま、気づかぬまま、十一月最後の週の一夜が更けてゆく。



「よろしければ、召し上がってみて下さい」

ようやく少し笑うことに慣れたような気がする。

ミカサに声をかけられて、老夫婦が立ち止まった。ミカサが微笑んでトレイを差し出す。銀色のトレイには繊細なレース・ペーパーが敷かれ、その上に軽く砕いて中身が見えるようにしたボンボン・ショコラが数種類並べられていた。
「全部違うのかしら」
夫人の方がにこにこと問いかけてきた。
「はい。それぞれに中に詰まっているプラリネやフルーツ・フレイヴァのソースやジェリィと外のチョコレートの組み合わせが異なっております。こちらの緑色のものが、マッチャのチョコレートにアーモンド・プラリネ、こちらはビター・チョコレートにフランボワーズの果肉入りジェリィ、その手前のものがホワイト・チョコレートにヘイゼルナッツのプラリネとなっております。このカタチが全く異なる細長いものは、ドライ・オレンジ・ピールをカカオの純度が高いチョコレートでコーティングしたものです」
必要な情報はざっくりとだが頭に叩き込んだ。単純に美しく美味しそうだったので憶えるのは苦にならなかったし、楽しいとも思った。憶えるために、と店頭に出せない分などを分けてくれたために味わうことも出来たので、尚更楽しかった。
「どれも美味しそうだわ」
「ありがとうございます。どれもおすすめでございますので、まずは気になるものをお選びになっては如何でしょう」

自分は、ちゃんと説明出来ているのだろうか。平生のぎこちなさが出てはいないだろうか。

婦人はベリィが好きだから、とフランボワーズのボンボンを摘んだ。

「すごく美味しい! 上品ね。濃厚で口解けもいい」
「ありがとうございます。お連れ様も如何でしょう。もし甘いものがお嫌いでなければ。ブランデーやワイン、ビール、サケに合うものもございます」
「ほお。そりゃあいいねえ」
「あちらにちょっとしたお席がございます。ご案内致しましょうか。マリアージュをお試し頂くことも可能でございます」

老夫婦はにっこり笑ってその誘いを受け容れた。案内し終えると、ショウ・ケースの向こうに控える販売員とレジ担当者が小さくサムズ・アップやウインク、ジェスチャーでミカサの仕事ぶりを称えた。これでもう六組目の案内になる。店長が五組目の案内を終えたところで労いに来てくれた。

「あなたが案内すると、不思議と入ってくれる! よくやってくれてありがとう、その調子でね!」

ガラスの向こうの奥の厨房からはショコラティエたちが男女問わずミカサに投げキッスを送っていた。もともと評判のよいショコラトリィではあるのだが、客入りの良さに従業員たちは口々にミカサを褒めてくれた。味見をした客は全員何かしらを購入していった。高級チョコレートはギフトとして手堅い上に華があって喜ばれるのもその理由だろう。

ミカサは小さくため息をつく。斜向かいのケーキ・ショップの従業員たちまでが口笛を吹くマネや親指を上に向けてミカサの健闘を称えてくれた。ミカサはちょっとだけレヴェランスの真似をして返した。

少し足の裏が痛いとか、言ってない!

まさか採用されると思っていなかったのだ。口がうまいわけでもなく、接客が大好きとは言い難い。簡単な面接を受けたが、ほぼその場で採用が決定してしまい、やらざるを得なくなってしまった。曰く、「年齢より落ち着いていて言葉遣いが丁寧で好感が持てる」とのこと。おまけに可愛かったから、というのはミカサの知らない裏での評判だった。イマドキそんなことを軽々しく口にしてはセクシュアル・ハラスメントと取られ得る。

「落ち着いてる」? そんなの、言われたコト、ない。「暗い」とか「よくわからない」じゃなくて?

強いて言えば、アート・フェスに参加して、大人に混じり直接接客販売をした経験がある、くらいだろうか。その程度しか、経験はなかった。グロサリィのバイトは清掃や雑務がメインだった。
だいたい、「いつものまま」で敢えて面接に臨んだのだ。黒を基調にした、ゴシック・テイストのファッションのまま。強いて言うならフィンガー・アクセサリィからパンク・テイストは消しておいた。
だが、ブティックやメゾンもテナントとして軒を連ねる高級百貨店、むしろファッションに対する意識が高いと思われたらしい。

そう言えば、誰かが言っていなかったか。年長者との付き合いがあると、自然と実年齢よりも落ち着いた雰囲気が身につく、悪く言えば年齢相応の若さがなく、地味な印象を与えるのだとかなんとか。

リヴァイと一緒に居るから?

でも、リヴァイはいつもずっと変わらずの、あの口調。どこか投げやりにも聞こえがちな、ちょっと乱暴なカンジのアレ。確かに、落ち着いてるけど。でも、外見は逆に年齢よりも若く見える。
あ。その誰かはこうも言っていた。若い年齢層の者と交流があると、実年齢よりも若やぐとかそんなことを。
高校なんかで働いてたら、周り、リヴァイより年下だらけ。だから若く見えるの? そして、私はリヴァイと一緒に居るから年齢よりも上?

ミカサはちょっと楽しくなって、ひとり笑いを飲み込んでいた。ただ、その笑みには、僅かに苦みが混入する。
本当の私は甘ったれた取り柄のないコドモなのに。

昨日は、結局リヴァイに添い寝されて眠ってた。あったかくて気持ちよかった。起こしてくれて、車で送ってくれて。
リヴァイは私を甘やかすのが何より上手い。
リヴァイは、誰に甘えるの? 誰になら甘えられるの?

わたしが、そうなれたらいいのに。こどもでいてもいいんだっていってくれる、やさしいあのひとのために。
なれたら、じゃなく、なれば、いい、んだけど。どうしたらなれるだろう。

トレイの上にトングでチョコレートを追加しながら考える。
こういう仕事でもやってみようと思えたのは、リヴァイのおかげだと思う。もっと自信を持っていいんだと、ことばを惜しまずに何度も言ってくれた。

「お前に出来ねえことは、何ひとつねえよ。自信持て。肌以外は出し惜しみしなくていい。俺以外に笑って見せるのは気に入らねえが。しょうがねえな、そこは」

今日のミカサは白一色だ。
ファーにトリミングされたケープのついた、膝丈のドレス。ドレスの裾や袖口にもファーがあしらわれている。髪を緩く後ろでまとめ、ファー・ボールの飾りのついた白いボンネを着けていた。白のノルディック柄のタイツに、白の、これもファー・ボールのついたブーティ。清楚で上品にまとまっており、クリスマスらしさ、冬らしさも演出されている。貸与の制服に、ミカサが持参した小物などを合わせたコーディネイトなのだが、どういう訳か周囲から甚く絶賛された。
黒髪と唇のつややかさと自然な赤みが図らずも強調され、可愛らしさと美しさが際立った。
季節感の演出と、チョコレートがより映えるが故の白であり、デザインは店の上質さと品の良さを感じさせるものになっている。
ミカサの可愛らしさに寄ってきた子供を追って、チョコレートを購入して帰った家族連れの客も居た。

リヴァイが魔法をかけてくれたから。きっと、そう。なんにも出来ないと思ってた私にも、少しは出来ることがあるって、気づかせてくれた。

ねえ、リヴァイ。私が何をしてあげたら、喜んでくれる?

いつどこで何をしていても、考えるのはたったひとりのこと。

ミカサは自分の方を見ている家族連れに気づき、また穏やかに声をかけた。

「もしよろしければ、ひとつお試しになりませんか」

この日例年に比べ売上が大幅にアップしたのは、後に「雪の妖精」のおかげだと冗談混じりに言われることになる。家でもくるくるとよく働くミカサは、同じように骨身を惜しまず働き、売上に貢献し、何だったら時々バイトをしないかとまで言ってもらった。
元々提示されていた賃金に、少し足された金額をもらい、しかも帰る際にボンボン・ショコラの詰め合わせまでショコラティエたちから手渡されてしまった。

甲斐甲斐しく働く姿をリヴァイに見られていたことは、ミカサは知らないままだった。


冷え込みが相変わらず厳しい。

「良かった! 完成!!」

ミカサは半泣きで叫んだ。リヴァイのアパートに飾ってもらうためのアドヴェント・カレンダーが出来上がったのだ。
目の前には箱の中にひしめき合う彩り鮮やかな小さな袋の山。マチのないもの、テトラ型のもの、立方体、ヴァラエティに富んだ形をしている。赤一色、赤と白のレジメンタル、ゴールドやシルバー、ロイヤル・ブルーにヴィリジアン、柄のあるものやないものの紙で出来ており、それぞれにペンで書き入れたりシールが貼られたり、はたまた切り抜いた紙でつくった数字で日付が入っている。合計二十五個。

大抵はクリスマス前日までの二十四日分だけど。

全て刺繍糸のフープがあって、吊り下げられるようになっていた。
中に詰めるものから何から、八割方手作りだ。「お楽しみ」はさすがに市販品にも頼った。

明日、リヴァイのアパートに行かせてもらって、これを飾らせてもらうの。きっとリヴァイはやさしいから断らない。うん、そう!

クリスマスまで。そして、リヴァイの誕生日まで、楽しみに待ってるって、伝わってほしい。リヴァイはひとりが好きかもしれないけど、……ひとりじゃないって、ひとりにしておきたくない私が居るって、思い出してほしい。

エゴなのは、わかってる。

約束を取り付けるべく、ミカサはスマートフォンを手に取った。作業を続けたせいで、少しだけ手に震えが生じ、痛みがある。見れば、指先が赤くなり、少し皮がてい剥けているかと思えば紙で切ったところもあった。
メールを打つのが億劫に思われて、珍しく通話を選んだ。大抵は、長引いてリヴァイに負担をかけてはいけない、と控えているのだが、声も聴きたかった。

「えっ、」

たった二回のコールで繋がって、ミカサは何故か怯んだ。自分からかけておきながら、まさかこれほど速く繋がるとも思わず、心の準備が間に合っていない。

「あ、あの、リヴァイ、」
声が上ずった。

《どうした》

緊迫した空気を感じた。……滅多にかけない電話のせいで、何かあったと思われているのかもしれない。

「声、聴きたくなったの」
《そうか》

小さなため息が聞こえた。安堵を意味するのだとわかって、胸に甘い痛みが走る。

「今、大丈夫?」
《問題ない》
「良かった。ちゃんと、夕食、食べた?」
《…………お前には産んだ覚えのないトシ食った長男でも居んのか》

ミカサは思わず噴き出した。

「そんな可愛い男の子なら欲しい」

笑いながら言う。

《…………》

また不安になる。何か、気に障ったの?

「リヴァイ?」
《そんなこと言ってやがると、あっという間に孕ませるぞテメェ》
「な、…!」

ミカサはまさに「あっという間に」真っ赤になった。

《出来ねえように苦心するよりよっぽど楽しいからな、俺は》
「そういうの、耳元で言うの、ナシで!」
《あ? 今度ヤる時ゴムつけねえで耳元でいってやるから楽しみにしとけ》
「リヴァイのばかっ!」
《だから、わかり切った事実を繰り返すんじゃねえよ。飽きねえな、お前も》
「リヴァイのせいでしょおおおおおお!?」
《お前こそ、耳元で言うならもう少し色気のあること言え》
「うるさい!」
《お前がな》

ミカサは身体に一気に熱が回ってくらくらしながらも、どこかで安心した自分に気づいた。
良かった。いつものリヴァイ。

「あのね」
《ん》
「明日、アパートに行っていい?」
《早速子作りしてえか。なんなら一日中でも協力してやるが。三日三晩ノンストップでも請け負ってやる》
「だから! そうじゃなくて! 予定は! ないですか!」
《落ち着け。……ねえよ。あっても空けてやる》

ずるい。からかうだけからかって、そうやって甘やかして。

「嬉しい。あのね、……アドヴェント・カレンダー、つくったの」
《つくった? つくったって、お前がか》
「うん。だって、特別! クリスマスで、リヴァイの誕生日が来るんだから!」
《キリスト様差し置いて、俺も随分といい身分になったもんだな》
「でね。それを、その、……リヴァイのアパートのどこかに、飾らせて欲しいの。もちろん、わかってる。余計なもの置きたくないのも、ゴミが増えるのも嫌いだって。でも、」

《ミカサ》

そんなに甘い声で、名前、呼ばないで。しかも、耳元で。

《余計なモノなんて呼ぶんじゃねえ。そんな言い方すんの、ヤメロ。でねえとアパート出禁だ》
「やだ!!」

自分でも驚く程、声に悲愴感が滲んでしまった。

《それでお前、眠そうだし手に傷つくってんのか。……まったく》

思わず自分の手を確認した。そんなに、目立つだろうか。自分には、今日作業を終えてやっと目に付く程度だと言うのに。

《やること山ほどあって疲れてんのに無理しやがって》

ダメ。泣くところじゃない。ダメ。

「大変だったけど、でも、楽しかった。後悔してない。飾ってもいいとこ、考えておいて欲しい」
《わかった。どれくらいのもんかわからねえし、見せてもらって決めるが、候補は考えとく》
「うん。ありがとう」

やっぱり、やさしい。すっごく! 意地悪だけど。

《ちゃんと寝てんのか》
「産ませた覚えのある大きな長女でも居るの?」

一瞬、間があった。どういう訳か、ミカサはその沈黙の中に、リヴァイの小さな笑い声を聞いた気がした。

《まだそんなヘタ打ったことはねえな。ああ、安心しろ。お前は確実に孕ませる自信がある。出来るまで何発でも》
「リヴァイ!!」

顔が熱い。もうヤダ!!

《ちゃんと寝ろよ。俺の夢でも見てろ》
「それ寝るなって聞こえる」
《お前寝かせねえのが俺の仕事だしな》
「ダブル・スタンダード! ああ言えばこう言うんだから!! 可愛くない!」
《三十路過ぎて可愛い野郎なんぞこの世に要るかよ》

カワイくないけど、可愛いのが居ますよ、リヴァイって名前のね、私の世界には要るんですどういう訳か! コンチクショウ!!

ミカサは使ったこともない悪態のコトバを脳裏に響かせていた。悪影響なら抜群にある。何という男に身もココロも捧げたものか、……。

「と、とにかく。ちゃんと寝てるし、元気!」
《ああ。安心した》

ホントに、ずるい。なんなの。オトしまくってからこれでもかってやさしくして。

「明日、放課後、事務室に行くから、待ってて欲しい」
《おう》
「リヴァイ」
《ん》
「いつもありがとう」
《……おう。寒くねえようにして休めよ》
「うん。リヴァイもね」
《わかった。……電話、お前から切れ》

それは。

ミカサがあまり電話をかけようとしないのは、話せる嬉しさをしのぐ、切らなくてはならないせつなさのせいだ。それを、こちらから切れと。

《お前から切ってくれりゃ、ちゃんと話してえこと話して、満足してるって思える。俺から切ったら、お前、俺が面倒だと思ってたり、疲れてるからだのなんだの、気にするだろ。だから、もっと話してえならいくらでも付き合う。そうじゃねえなら、お前から切れ》

ダメ。ダメ。ダメ。ダメ。今はまだ、ダメ。

「わかった。ありがとう。おやすみなさい」
《ああ。明日またな》

だいすき。だいすき。だいすき。だいすき。だいすき。

スマートフォンの終話のボタン画像をタップしてから、何度も繰り返しつぶやいた。

リヴァイ。だいすき。だれよりも、だれよりも、すき。

ミカサは声を殺して泣いた。嬉しいのかつらいのか苦しいのか、何がなんだかわからなかった。


リヴァイはスマートフォンをベッドの上に放り投げた。

泣きそうな声出しやがって。切れるワケねえだろクソが。

――ああもういっそ孕ましてやりてえな。好きなだけ抱き潰して動けねえのをこれでもかって犯してえ。泣こうが喚こうが知るか。そんでおまえかっさらってだれもしらねえやつしかいねえとこいって、ふたりで、

「ハ、」

リヴァイは前髪をかき上げた。大きく息を吐く。
ヤキが回ったどころの話ではない。狂気の沙汰に足を踏み入れているらしい。

ガキにガキ産ませんのかよ。どんだけクソでクズだ。

しかも、それで本当に欲しいものが手に入るというのか。

「欲しいもの」。今までの自分にはないコトバだった。「必要なもの」ならあった。金銭だったり職だったり住む場所だったり食料、そういった、生きていく上でなくてはならないものだ。
「欲しいもの」。そんなものは、自分の人生にはなかった。生まれてきたらあとは死ぬだけで、その猶予を潰すだけだった。それ以上でもそれ以下でもない。

「しあわせになりなさい」。

母の言ったことばをどういう訳か思い出した。言われたその当時、どれほど理解していたかは何とも言いようが無い。歌う様によどみなく母はことばを紡いだ。思えば遺言だったのだが、どんな気持ちで言ったものだろう。
病のせいで残された時間に幾分明確な期限のある中でも、母は笑顔を絶やさず、やさしく、美しかった。

「逢いたかったの。感謝祭の日に、ひとりで過ごしたりしちゃ、ダメ」

そうか。リヴァイは思い返す。感謝祭だ。折角家族の団欒を堪能出来る日だというのに。

抱きたい時に抱ける女が居れば、それで事足りた。そもそもそれほど頻繁にそういう相手を見つける必要もなかった。何が何でもというほどの衝動でもなかった。付き合うだの気持ちを慮るだの、そんな面倒なこととは距離を置いていた。
それがあの少しばかり風変わりで、遠慮なく噛み付いてくる割に自分に自信がなく、表情が乏しいクセによく泣くあの黒髪の小娘だけはそばに置いておきたいらしい。心だろうが身体だろうが、思うままに自分だけのものにしたくなる。

誰かと共有するのも腹立たしい。それがたとえ実の両親であっても。

まさに狂気の沙汰だ。

自分の年齢の半分も生きていない、未来と可能性をこれでもかと抱えた少女を、鎖で繋ごうとしている。枷をつけて、自分のそばに置こうとしている。
籠の中にでも、閉じ込めてやりたい。飛べる翼があるクセに、自分のそばを離れようとしないのだ。
展翅台に載せて、刺し貫いて、永遠に磔にしてやりたい。
傷をつけて、それが疼くたびに、誰のせいなのかを思い知らせたい。

支配欲か。征服欲? あるいは、……所有欲、独占欲。その全てか。

忍従させたい訳ではない。それなら、何だ。

「リヴァイ。しあわせになりなさい」

母の声は、どんな風だったか、……。

リヴァイはベッドに腰を下ろすと、ナイト・テーブルの抽斗を開けた。中から取り出した小さな箱を手にすると、しばらくそれを見つめていた。


「エレン! そろそろ座れるはず! 急いで!」
「おー」
座れるスペースと座席には限りがある。カフェテリアはある程度の時間で学年が入れ替わることで希望した生徒たちが食事にありつけるのだ。どこかの魔法学校のように全学年全員がずらりと一堂に介してのランチなど、この国の一般的な公立校では無理があろうというものだ。
のろのろとつまらなそうに歩く少年と、その少年の背を押して速度のアップを促す小柄な少年、その二人を見つめて一緒に歩きながらやわらかく微笑む黒髪の少女。必ずしも取っている授業が一緒でもないわりに、よく並んで歩いている。

見るでもなく見ていた。

微笑ましい、とでも評するのが妥当なのだろう。大人が、子供の行き交う様を見かけたり、はしゃぐ姿を見た時は。

稀に、目が合うことがある。当然だった。ミカサはリヴァイの姿に気づけば自然に目で追ってしまい、リヴァイもミカサの気配には気づいてしまう。ミカサほど素直であれば、もっと眼差しの交わる頻度は高い。
ミカサは照れたように微かな笑みを浮かべ、リヴァイは目だけでそれを返す。

近い年頃の子供たちと一緒に居る方が、当然ではあるがさまになる。衣服ほど内面を声高に主張せず、少し他人と距離を置いているように見えがちなミカサだったが、エレンやアルミン、ほかの同学年の高校生たちの中にあるのがやはり自然に見えるような気がした。

自分と一緒に居るミカサは、ふだん学校では見せない幼さにも通じる可愛らしさがあった。なにというほどのこともない小さなワガママが満たされただけで嬉しそうに笑い、感謝を繰り返す。抱きしめてやれば全てを預けるように胸や首筋に顔を埋めて安堵のため息を漏らしたり、安心したような甘い声で話す。
学校では周囲にそんな様子を見せたことがほとんどない。淡々としており、感情の面ではフラットに見えた。どちらかと言えば、クールな印象を与える態度だった。

「エレンとアルミンには、似たところはあまりない。でも、だから、わかり合えるところがあるような気がする。ちょっとひととの付き合い方が不器用なカンジは、似てるところかも」

お前にひと付き合いが上手くねえとか言われるアイツらの立場はどうなる…。まあある意味じゃ似たような三人が肩寄せ合ってんのか。
ミカサは女性にありがちなおしゃべり好きではないらしいが、それでも促せば色々話す。リヴァイは何度か自分が話し相手でつまらなくないのかと尋ねたことがあるが、答えは決まって同じだった。

「リヴァイは、聞き上手。リヴァイこそ、退屈じゃない? 私、自分の身の回りのことばっかりで、あまり、その、実のあるハナシなんて出来ないし、」

少し、恥ずかしそうに。「大人のような」話題のチョイスや内容がある、と思っているのだろう。大人も必ずしもテーマや論点を持った会話ばかりではないというのに。

同じ年頃の子供たちと、一緒に居るべきだろうに。わかっていて自分のそばに置いている。
「間違い」と呼ぶべきだ。わかっている。それなのに。

手の中の小箱を閉じた。




耳が痛む。顔も痛い。それほどまでに空気が冷たかった。
十一月最後の日。ミカサはその日も滞りなく「高校生」の一日を送っていた。授業に出席し、教室から教室へと移動するだけであっさり消えてしまう休憩時間を慌しく歩き回り、カフェテリアでエレンやアルミンと昼食を摂り、また授業を受ける。
やっと放課後になった。逢う約束をしている時は、時間が過ぎるのが遅く感じる。即ち、ほぼ毎日だ。どこかでゆっくり一緒に過ごせないまでも、ミカサはリヴァイの顔を見に、清掃員事務室に足を運んだ。

「リヴァイ?」

戸口で、そっと声をかける。奥から出てきたリヴァイの姿を見て、ミカサはいつものように微笑んだ。
ずかずかと相変わらずの歩調でやってきたかと思うと、ミカサの手を掴んで引き入れ、ドアを閉めて施錠した。

「リヴァイ、…廊下にひとでも居」

両手で頬を包み込まれ、戸惑ういとまもなく唇を塞がれた。いきなりのことでドアにもたれる格好になってしまい、逃れることは叶わない。
逃げる必要は、ないんだけど。
ミカサがリヴァイの背に手を回そうと腕を上げたものの、頬を包んでいた両手がその手首を捉えてドアに枷のように押さえつける。

「ん、ン、……リヴァ、」

そんなことしなくても、私は逃げたりしないのに。

手首を解放されて安堵したのも束の間、ミカサはびくん、と身体をしならせた。
手が、スカートの裾から忍び込み、腿をゆるりと撫で上げている。腰を押し付けられて、身動きが取れない。

「リヴァイ、ダメ、」

自由になった両手で、リヴァイをそっと押しのけた。硬い身体は存外容易くふわりと離れた。まるでそうさせるために両手を解放したように思われた。

「コレは、まだ、試してねえよな」
「こんなところで、」
「そうだな。お前のあの甘ったるい声が筒抜けになる」

挑むように見据えられて、ミカサはどうしたものかと考えあぐねた。

「リヴァイ、」

懇願するように名を呼ばれて、リヴァイがミカサの首筋に顔を埋めた。

「悪い」

今度こそ、その背に腕を回して抱きしめた。小柄なクセに、男性でしかない逞しさを感じる。ひとの身体でありながら、鋼のように硬い。冷たくはなく、あたたかい。素肌ならば、燃えるように熱い。

「リヴァイ」
「悪かった」
「平気。あの、……アパートでなら、……あの、」
「悪かった。アドヴェント・カレンダー、持ってきてくれたんだろ。行くか」

首筋に、顔を押し付けたまま。

ミカサは黙って抱きしめていた。リヴァイの手が動き、項に回された。自分から少し身体を傾けてみた。やわらかくキスをされてほんの少し悲しくなった。

なにか言いたいことが、あるの? 私じゃ聞いてあげられないの? だから、口を塞ぐの?

ミカサが持って来たカートを手に、鍵を開きドアを開いた。さりげなく外の様子を確認し、ミカサのもう一方の手を取って歩き出した。


「紅茶でも淹れるか」
「うん。あったかくて甘いの、飲みたい」

どことなく落ち着かない気分だった。リヴァイに何かあったのだろうか。

「俺がやる。お前、アドヴェント・カレンダー出せよ」
「わかった」

リヴァイはシンクに向かい、ミカサはキャリーカートに手を伸ばした。
カートの中から大きめの箱を取り出して、テーブルの上に置いた。天板が見えなくなりそうに幅を利かせている。リヴァイは水で満たしたケトルをコンロに載せて点火し、振り返ってミカサを凝視した。

「オイ。お前、カレンダー持って来たんじゃねえのか。裁縫でドレスの次は木工工作か」

リヴァイが思わず懸念したのもある意味では無理もなく、実際、そういうタイプのものもある。木製の棚に抽斗がついており、抽斗の日付に従って開けるもの。あるいは居並ぶ棚に直接梱包した「お楽しみ」を置く形式もあるのだ。
街で気軽に買えるのは、ポスターのようにそこそこ面積のある薄い紙箱に二十四の封印された小窓が並び、日付のついた蓋を開封すると中にチョコレートや小さな玩具が入っているようなものだろう。絵本や子供に人気のあるキャラクターの絵があしらわれていたり、敢えて古典的な油絵風のサンタ描かれたものやクリスマスの風物が盛り込まれたもの、さまざまだ。
一日一日と開いては中を取り出し、クリスマスを――本来はキリストの降誕の日を待ち望む。

「さすがに、そこまでの技術と余裕はない。もっと、簡単! という訳で、オープン・セサミ!」

ぱか、と箱の蓋を取り去ると、色彩が噴き出して目に流れ込んだ。
柄のあるものないもの、様々に取り混ぜた紙で出来た小箱や小さな袋がぎっしりと詰まっている。リボンやステッカーで飾られ、可愛らしい。箱にある数字が日付なのだろう。

「お前、コレ、全部つくったのか、……」
「ふふふ。全てお手製!」  

ミカサが少し得意げに微笑んだ。えっへん、とちょっとだけ胸を張って見せる。

高校生は存外忙しい。
毎日授業に出席すればそれぞれに課題が与えられ、大抵はアルバイトに精を出し、ステディな関係を結ぶ相手が居ればデートもしたい、友人たちと盛り上がりたい時もある。
大学への進学を考慮する生徒はボランティア活動に時間を費やすのもごくフツウのことだ。そのほかに趣味を持っていればそれに勤しみ、習い事があれば練習し、クラブ活動に参加していればミーティングに鍛錬や練習、スポーツならば試合や遠征もある。家族との時間、友人との他愛ないおしゃべりの時間。
よく言えば人生と限られた青春の時期を謳歌している訳だが、悪く言えば休む暇なく常に「何か」をして、ともすれば疲弊する。疲弊する余裕すらないかもしれない。おまけに、思春期や進路決定、人間関係などという輩が苦悩や煩悶を引き連れて大挙して押し寄せてくるのだ。

ミカサは今も成績優秀な生徒のひとりだ。大抵の授業はより高度な内容を学べるクラスを勧められてそちらに出席しているし、成績の良さも保ち続けている。ボランティア活動も欠かしておらず、気づけば何かしらのアルバイトもこなしている。高校生は法律で就労時間や勤務可能な時間帯が定められているため長時間ではないが、それでもあれこれと探し出してきていた。よほど欲しいものでもあるのだろう。
加えて、リヴァイに予定を尋ね、可能な限り一緒の時間を過ごそうともする。

この細身の身体のどこに、それほどのパワーを秘めているというのか見当もつかない。もうひとつ余計にやることを増やし、満足そうに笑って見せているではないか。

「ちょっと、その、……結構大きめだし、目立つから、目にウルサイかもしれない、んだけど、クリスマスらしい色合いもいいかな、とか、」

ミカサは頭を抱き寄せられた。首筋に顔を埋める。
いいにおい。あったかい。すき。

「一緒に飾りつけ、やってくれるよな」
「うん。もちろん、」

手を取られた。リヴァイが自分の左胸に握ったその手を置いた。

「リヴァイ、」
「傷こしらえてんじゃねえよ」

左胸の鼓動に重ねられていた手は、今度はやわらかな感触を押し当てられた。小さな傷にキスを与えられて、ミカサは頬を染めた。

「もう、痛くないから」
「そうか」

顔がゆっくりと近づいてきた。ミカサもゆっくりと顔を傾ける。

ケトルの口が、沸騰を知らせた。

離れなくては、そう思ったが、それはさせてもらえなかった。
唇をそっと塞がれた。

リヴァイ。こんなことしか出来ないの。
それなのに、やさしい。
私がしてあげられることは、なに? なにをしたら、喜んでくれる?

ケトルの抗議の声に負けたらしい。リヴァイはミカサの頬を撫でるとシンクに向かった。

「座ってろ。作業は飲んでからだ」

背を向けて、手を休めることもなく。

「うん」

椅子を引いて座る。
夏休みを思い出した。寝起きを共にして、日常を分かち合った。夢のような三週間だった。

夢で、終わっちゃうの? それなら、醒めたくなかった。
何でもないことのひとつひとつが、全部嬉しくて楽しかった。
こうして、紅茶を淹れてもらった。ベッドに運んでくれたのを飲んだこともあった。

ただこんな風に、一緒に過ごしたいの。それがとても贅沢な願いだなんて。
世界は、思ってた以上に残酷。リヴァイが居るから美しいと思えるだけで。

部屋に、ふわりと甘い香りが漂い始めた。

私の夢は、紅茶の香りがする。甘くて、華やかで。

醒めなければいい。

……ああ。だから私はコドモなんだ。醒めるだけの夢に縋ったりするから。

ミカサはありもしない苦味に顔を顰めた。


「これなら、ココでいいだろ」

カップを上から掌で覆うように持ち、器用に紅茶を啜る。

「ココって、ココ? リビング・ダイニング?」
「おう。そしたら、お前がここ来た時に見えるだろ」

甘いミルクティを口に含んだ。美味しい渋みとミルクのまろやかさ、メイプル・シロップの香ばしい香りと甘み。あたたまる。

「いいの? 邪魔にならない?」
「問題ない」

目の前に箱から取り出したいくつかのカレンダーの「カケラ」があった。

「二十五日? アドヴェントって言うくらいだから、前日までじゃねえのか」
「フツウは、そう。当日に至るまでの四週間が本来のアドヴェントらしいけど、宗派とか国で考え方もちょっと違う、みたい。今は大抵十二月初日からイヴまで。でも、……当日、逢えないかもしれないから、トクベツに」

感謝祭もそうだが、クリスマスも一般的には家族やごく親しい友人らと共に過ごすもの、と誰もが思っている。日頃なかなか会えない親戚と集まってパーティをする家庭も珍しくない。イヴは敬虔なクリスチャンならミサに出かけ祈りを捧げる。日曜学校の子供たちがキャロリングで家々を巡り、可愛らしい賛美歌の歌声を響かせるのもお馴染みで、季節の風物詩と言えるかもしれない。

「かもしれねえもなにも、そもそも『逢う』のは無理だろ。ばあちゃん来るとか言ってなかったか」
「うん……。両親が迎えに行くことになってる。車で迎えに行って、日頃仲良くしてるひとたちにちょっとしたプレゼント渡して、家の中不在にするための準備手伝って、おばあちゃん連れて帰ってくる予定。おばあちゃん戻ってもすぐにいつもの生活に戻れるように、買い置き出来るもの買ってあげたりとか。ギリギリお店開いてるのに間に合うだろうし。私は待機して、出来るところまでディナーとかの準備するつもり」
「久々だろ、ばあちゃんとゆっくり話すの。ちゃんと、一緒に居てやらねえとな」

わかってる。わかってるの。

「でも、折角リヴァイのお誕生日なのに。リヴァイ。夜中、こっそり抜け出すから、ほんの少しでいい、一緒にお祝いしたい」
「気にしなくていい。それよりちゃんと、」

紅茶を飲む。ミルクも砂糖も入れず、いつもと同じブラックティだ。

「ダメ!」
「ん?」

ミカサは悲しそうな顔をしていた。

「ひとりで、なんて、ダメ」
「慣れてる。俺がお誕生会開くトシか?」
「そういう問題じゃない。大事な日。私にとっては。ひとりでなんて過ごしてほしくない。私がなんともないと思ってるって思うの? 慣れてるなんて言わないで。私にそう言ってくれたのはリヴァイでしょう?」

カワイイことを言うものだ。十代の少女ならいざ知らず、いい歳の大人の誕生日を気遣うなど。リヴァイは息を吐いた。ため息だとは思われぬよう、小さく、さりげなく。

「なら、次の日以降、お前の都合のいい日に、」
「ヤダ。当日がいい。ほんの少しでいいから、逢いたい。お願い」

リヴァイの手の甲にミカサの手が重ねられた。

ねだるなら、自分のことでねだれよ。馬鹿だな、お前は。

「わかったって言うまで、お前ごねるんだろ」
「もちろん。だって前に、私が欲しいって言ったものは、なんだってくれるって、言った!」

何参ったかってツラしてんだ。クッソ可愛いな。
リヴァイはミカサの手を握り締める。

「……わかった。人様が寝静まった辺りにでもお前の寝込み襲いに行ってやる」
「良かった! スマホに連絡くれたら、すぐ外に出るから!」
「部屋に居ろ。窓からツラ見えりゃ十分だ。今年はいつも以上に冷えるだろ」
「ダメ!」

リヴァイは今度こそ遠慮なくため息をついた。

「お前、強情で引かねえよな、意外と」
「リヴァイのやさしさにつけこむのが得策って、わかってきたの。遠慮しないから!」

もっと別なとこで遠慮忘れろよ、お前は。

「……アドヴェント・カレンダー、こんだけつくるの、手間かかったろ」

改めて足元の箱の中身とテーブルにある目の前のてづくりの小箱を見つめた。

「ふふふ。楽しかった! 中に何入れようとか色の組み合わせどうしようとか、考えるだけでわくわくした! ……リヴァイにも、楽しんでもらえると、いいんだけど、……」

だんだん声が遠慮がちになる。

「明日からだな。ちゃんと、毎日ひとつずつ開ける。お前、部屋に来たついでに、俺が忘れてねえか看視しとけ」
「……うん」

リヴァイ。ありがとう。私の子供っぽいワガママに付き合ってくれて。

「なら、飾るか」
「うん!」

リヴァイ。ありがとう。私にいつもしあわせな気分をくれて。

そんなリヴァイに、私がしてあげられることは、なんだろう?




目が醒めた。ずいぶんと冷えるらしい。控えめな暖房では間に合わないのか、寝室の中がややひんやりとしている。
リヴァイは身体を起こすと、すぐに素肌にシャツを羽織った。寝室を出て、リビング・ダイニングに向かった。
コンロの上のケトルに水を注ぎ火をつけた。吊り戸棚からマグとティ・キャディを取り出してシンクに置いた。

テーブルに近い壁に、色とりどりの小箱がずらりとぶら下がっている。幅の広い、きんの縁取りのある緑のリボンが上から下に向かって平行に五本貼られており、ミカサ曰く「ツリーの代わり」なのだそうだ。そのリボンにおおよそ等間隔に五つずつ小箱につけられた刺繍糸のフープが小さなピンチで留められていた。
「1」の数字がきん色のペンで書かれた赤一色のテトラ型の箱を外す。
テーブルの上にそれを置いて、カメラを手に取った。
その場で撮影した写真を手に出来るインスタント・カメラで、日本のメーカーが出しているものだ。どことなく玩具のような外見で、写真自体もややトイ・カメラ風だがそこに味わいを見出して使用するユーザも多いらしい。一般的なポラロイド・サイズより小さく、仕事と私生活で、ものの整理をする上で、箱の中身などが端的に把握出来る目印になりそうだからと以前手に入れた。
小箱の写真を撮り、それから開封した。中には、小さなカードと可愛らしいアルミの平らな袋が入っていた。

《朝これを開けた? それなら、おはよう、リヴァイ! 熱々の紅茶で身体をあたためて。学校で姿を見かけられますように。夜に開けた? 大丈夫、毎日朝は来るから!》

手書きのメッセージだった。メッセージの下になるように、淡い色でスタンプが押してある。リボンのついたベルの図柄だ。念のため裏を見ると、隅にバンビのステッカーが貼ってあった。

あの馬鹿。忙しいのに手間かけやがって。

少量の水はすぐに沸騰した。たった今開封した「グッド・モーニング・ティ」という名のティ・バッグをカップに入れ、湯を注いだ。皿を蓋代わりに蒸らす。飲むつもりだった茶葉の入ったティ・キャディは棚に戻した。
蒸らし終えると皿を外し、ティ・バッグも取り去ると、カップを持ってテーブルに向かった。メッセージ・カードと並べ、また撮影する。

スマートフォンを操作する。
これこそ習慣で、連絡先を教えて以来、起きてからミカサからの電話やメールの着信がないか念のため確認するのだ。着信があれば気づいた時点で対応するはずだが、「絶対に逃さない」とは言い切れない。ついでに、ニュウスや天気予報のヘッドラインにざっと目を通している。「例年になく冷え込むクリスマスとなるか」「寒波到来の兆し」などの見出しがニュウス・サイトに並んでいた。

ミカサはまだ寝ているのだろうか。楽しそうに小箱を壁に下げていた姿を思い出した。少しでも多く睡眠時間を確保出来ていればいいと思う。

「この時間、いちばん嫌い」

アパートを出る支度をしている時に、いつもこぼすことばだ。泣きそうな顔で、ぼそりと、心底悲しそうに。

「いい子にしてろ。明日も来りゃいいだろ」
頭を撫でてやった。
「明日、バイト入ってる」
「終わったら迎えに行ってやる」
「お母さん、珍しくマトモな時間に帰ってくるの。来てくれるって」
「…そうか。ならそっち優先させねえとな」

ミカサは拗ねてふくれた子供のように目も合わせずあらぬ方向を見ている。

「バイト先送ってやるから、放課後寄れ」
「でも、」
「いい。ツラ見せに来い。そのついでだ」
「ありがとう」

抱きついてくるミカサの肩を抱いてやると、首筋に頬をこすりつけてきた。
お前は猫か。

紅茶を口に含んだ。ふくよかな香りと程よい渋みが広がった。
また変わり映えのしない一日が始まる。かつてと違うのはミカサが存在することが当たり前になったことだった。
撮ったばかりの写真を見つめて紅茶をゆっくりと胃に流し込んだ。身体の内側に小さな火が灯る。

冷える朝を忘れさせるのは、あの差し伸べられる小さな手と真摯な眼差しだ。


次の日はロイヤル・ブルーの立方体の小箱だった。中にはカードとオーガニックのナッツやドライ・フルーツの詰まったチョコレート・バー。

《リヴァイがずっと健康で元気でいられますように。疲れた時には甘いものを》

小さな手書きのイラストとメッセージ。ピンキング鋏でも使ったのか、カードの縁が全て均質のギザギザにカットされていた。カードの裏にはチョコレートの絵柄のステッカーが貼られている。

「お前、……ホントに馬鹿だな……」

手書きのメッセージ、小さな「お楽しみ」。てづくりのパッケージ。それが、二十五日分。
また今日の分を全て写真に収めた。
十二月に入ってから、リヴァイには新しい日課が出来た。


ショコラトリィの店長から、もっとバイトの日数を増やさないかという、有り難い打診をもらった。おまけに、賃金にもう少し色をつけてもいいとまで言ってくれた。
ミカサは嬉しい反面、何故請われたのかがわからず、どことなく複雑な気分だった。
目標金額分は既に通帳にある。何度となく下見をしては店員にあれこれ質問し、もらったカタログやインターネットでもリサーチを繰り返し、どれにするかは割と早い段階で決まっていた。しかし、余裕を持ちつつもギリギリまでは悩みたい。
蓄えは、ないよりもあった方がいい。何時なんどき、必要になるかわからない。たとえば、……この暮らし馴れた家を出ていかなくてはならないような何かが、発生するかもしれない。

リヴァイと逢える時間が減るのだけが気がかりだった。冬休みに突入してしまえば、自由は利くのだが、両親も比較的家に居られるようになる。頻繁に不在にするのは申し訳なく思われた。
二十四日のイヴから二十七日までの四日間をクリスマス休暇にする会社や事業所は多い。多忙な父も母もこの四日間ばかりは家でのんびりする権利を行使するのだ。

そのイヴとクリスマス当日をこそ、両親ではなく、あの不機嫌そうな顔をした、自分には恐ろしいまでに甘い男と過ごしたいと願っている。

多分、逢えないけど。でも、夜こっそり、ほんの少しなら、逢える、かもしれない。
プレゼント、……怒られる……?


ミカサは相変わらずバイトにボランティア活動にと忙しく動き回っている。リヴァイは感心していた。どちらかといえば裕福な家庭に生まれ育ち、それなりに欲しいものを手に入れられる環境にあっても、それが当然の権利とばかりにふんぞりかえることはなかった。パートタイムの仕事でさえも真面目かつ真摯にこなしている。だらだらとおしゃべりに興じることもない。ボランティアの活動でも同様だった。
誠実が過ぎるのか、手の抜き方を知らないのか。

高級百貨店のショコラトリィで、今日も雪を思わせる全身白のコーディネイトで通りすがりの客に声をかけ、チョコレートを勧めたり客の対応に努めていた。物腰やわらかに、大袈裟な表情や身振りもなく、店が演出したいであろう上品さや上質さを心がけて丁寧に応対している。
遠くからその様子を眺められていることに気づきもしない。その姿に目を留め、場合によっては不躾な視線を寄越す男が少なからず存在していることにも。

リヴァイは黙ってティ・サロンに向かった。ミカサのアドヴェント・カレンダーの小箱から、イギリスのショートブレッドが飛び出したので、新たな茶葉を買いにきた。

《学校が綺麗になるのはリヴァイのおかげ。いつもありがとう。おうちではゆっくりして》

ミカサからのカードに綴られるメッセージは感謝と労いが大半だった。アパートに招いた折も、常に、一緒に居られることへの喜びを繰り返し口にした。
見合うだけのものを与えられたためしなど、ないというのに。

《一緒に過ごしてくれてありがとう。貴重な時間を私と居ることに割いてくれてありがとう》

小さな鍵と翼の二つのモティフのついたキィ・チャームが入っていたこともある。包んでいた紙に「いつでもどこにでもいけるように」と書いてあった。リヴァイはそれを車のリア・ビュウ・ミラーにつけた。

ミカサは忙しい毎日の合間を縫って、リヴァイの元を訪れた。

《もし今日雪が降ったらハグしてくれる? 降らなくてもしてくれる?》

そのメッセージと共に雪の結晶をかたどった砂糖が出てきた。小さな袋にひとつずつ、異なる形の結晶型のものが、六つ。
その日、本当に雪が降った。
放課後になるとミカサが事務室にやって来た。頬を染めているのは寒さのせいではないはずだ。まだ校内には暖房のやわらかい熱気が残っている。

「ここでか。それとも、俺のアパートがいいか」

頬にかかるほつれ毛を耳にかけてやりながら言うと、ミカサは微かに困ったような顔をした。羞恥に肌を上気させる様子はいつ見ても気分がいい。

「どこでも嬉しい。でも、やっぱり、二人っきりになれるところがいい」
「ハグより先を期待してんのか」
「そ、そういう訳では、」

ミカサの項に手をかけて引き寄せた。

「……俺はしてる」

小さな手が、リヴァイの左胸に添えられた。

「なら、連れてって」
「おう」

手を取って事務室を後にした。


窓の外では雪が降り続いていた。リヴァイのアパートの寝室で、後ろから抱きしめられながらその様子を見つめた。

スノウ・グローブの中に居るみたい。
閉じ込められて、どこにも行けなくなればいい。
窓の外から私たちを覗き込んでるのは、もし居るなら神様。手が届かなくてきっとイライラしてるの。

誰にも邪魔されない場所で、互いの息遣いと鼓動だけが響いている。ミカサは時折耳の裏や首筋や肩に、花弁を押し当てるようなキスをもらった。背中をリヴァイの胸に預けて耳元で紡がれることばを自分だけの音楽にしていると、何でも出来るような気がしてしまう。満たされて支えられて何も怖くないような気がする。

そして、そんなことを手放しで考えられる自分が怖い。

衣服はなく、境界は自らの骨、皮と肉。融けて混ざればいい。混ざってはふたりの意味がない。矛盾が苦しくて愛しい。

ひとりのままでは知らないままだったものは、全て得がたい大切なものになった。苦しさでも、痛みでも。

「なんか、不思議」
「ん」
「こうやってずっと見てたら、……当たり前だけど、ずっと同じように上から下に降ってるのに、この部屋がエレベーターみたいに上に上がってくみたいなの」

腕が身体により強く巻きついて、ミカサは微笑んだ。泣きたくなる。

雪は倦むことなく、静かに上から下へと舞い降り続けた。無限にも思える白い粒。日によって雪の形状は異なるが、今日のそれは泡のようにふわふわとしてあえかだった。天からせっせと振り撒かれている。ロマンティックな女の子ならば天使の羽根だなどと言うのかもしれない。
水分の量や外気によっては、結晶が肉眼で確認出来ることがある。濃い色の服を着ていると、付着したそれがの六角形に花咲いて見えるのだ。
寒くともそれはいずれ散るように消えてしまう。
地上に根付けば厄介なそれが、可憐に思える存在になる。

「どっか行くみてえに言うなよ」
「じゃあ、一緒に、行ってくれる?」
「当たり前だろ」

私が欲しいものを、必ずくれる。惜しげもなく。
私はリヴァイに、何をあげられる? 何をあげたら、喜んでくれる?

ミカサは振り返った。暗くてよくは見えない。窓から差し込む街灯の仄かな明かりで、薄い唇が見えた。
ハロウィン思い出す。私を見つけてくれて、連れ出してくれて、……大好きなリヴァイのアパートに閉じ込めてくれた。ファントムの仮装までしてくれて。

だいすき。だいすき。だいすき。だいすき。だれよりもすき。

「いっしょがいい」

甘えるような声が響いた。

「つれてってやる」

ミカサを抱き寄せて、向かい合うように自分の腿の上に脚をくつろげて座らせた。
あの家にまた帰らせなくてはならない事実をほんの少し忘れるために。

ひとつになりたいふたつのからだ。ひとつになってしまえば抱き合うことすら出来ない。ふたつだからこそひとつになれる。
時々、その事実がひどくつらい。

神が一対だった人間を分かつことで与えた本当の苦痛は、これなのかもしれない。二人だからこそ、ひとつになれる。けれど永遠にひとつのものにはなれない。

その事実が、嬉しいのに、かなしい。かなしくて、嬉しい。

雪はいつの間にか止んでいた。もっとも、二人は互いに相手しか見ておらず、気づいていない。
雪も風も眠りに就いた。


《一緒に居られる時間が、いちばんしあわせ。私が何をあげたら、喜んでくれる?》

以前アート・フェスに参加した時、ミカサが一緒に写真を撮りたいと言って、照明写真のせせこましいブースに二人で入ったことがあった。その時の四枚綴りの写真のコピーが小さな手製のブックレットの見開きに一枚ずつ貼られているものが今日の小さな「お楽しみ」らしい。撮った直後はミカサが見せようとせず隠してしまい、まともに見ていなかった。

怪訝そうにミカサを見るリヴァイと、何か話しているミカサ。共にカメラには目を向けていない。
呆れたようにあらぬ方向に顔を向けるリヴァイに、慌てたように縋っているミカサ。
ミカサを見つめカメラに横顔を見せるリヴァイと、楽しそうに笑うミカサ。
リヴァイが顔の向きを変えた瞬間、その頬にキスするミカサの写真が最後だった。
左の頁は空白で、パステルトーンのインクでスタンプが押してある。ある頁には猫、ある頁には小鳥の入った鳥籠、ある頁には裁縫道具、ある頁にはティ・ポットとカップ。
時間を共にした、夏の三週間まで脳裏に甦ってくる。長期に渡って時間と空間を共有しても苦痛ではないことに少なからず驚いたものだ。

ブックレットの表紙には小さく「わたしのたからもの」と書いてあった。裏表紙には同じく小さな文字が並ぶ。

「リヴァイのたからものは、なに?」

そんなもの、決まってるだろ。

黙々とカメラで写真に収めていった。


寒波が到来するかもしれない。誰もが時々緩んだかと思うとギリギリと切るような冷気で締め付けてくる寒さに怯え、ニュウスや予報に耳を傾けてはそれを話題にした。
あまり冷え込まないで欲しい。クリスマスはリヴァイに来てもらって、……おめでとうを言ってプレゼントを渡すんだから。

ミカサは大判のストールで襟元を包み込み、自分の吐いた白い息をため息で更に白く染めた。寒さに耐えようと身体に無駄に力が入ってしまう。

本来なら私が出向くべきなんだけど、クリスマスの真夜中に誰にもバレずにタクシーを呼んで外出するなんて、きっと無理。それ以前に、リヴァイが怒ってしまう。以前そんなことを口にしたら、実行するのなら逢うのをやめると言われてしまった。自分が出向けばいいし、それが可能だから、って。

やっと来たスクールバスの中も、寒さへの不満や今後の天候への不安を口にする生徒が多かった。ホリデイ・シーズンに旅行に行ったり遠くの親戚の元に行くことも珍しいことではないからだ。折角予約したフライトやホテル、何より楽しみにしていたものが台無しになってしまう。

クリスマスが少しずつ近づいてくる。

リヴァイのアパートに行ったら、ちゃんとアドヴェント・カレンダーが経過した日数分壁から消えていた。私が雪が降ったらハグして欲しいとメッセージを入れておいたのもちゃんと読んでくれてた。

やさしいひと。私のワガママと自己満足に付き合ってくれる。

抱きしめてくれて、一緒に過ごしてくれた。それと、……。
どんな風に触れてくれたか、憶えてる。私はオヒメサマでもガラス細工でもないのに、やさしいゆびとやわらかな唇。

……朝からなんてことを。ミカサは頬の熱さを感じた。

今日もカレンダーの小箱を、開いてくれた?

ミカサは曇る窓ガラスの向こうを見つめた。ここに居ながらにして、ここには居ない。バスの賑やかさも同年代の少年少女たちの熱気も、ミカサを取り戻せなかった。
心も魂も、あの男の左胸に埋めたのだ。


《私と出逢ってくれてありがとう。来世でも逢えるなら初めて逢うその日、水はかけないで》

《いつも素敵なプレゼントばかり。全部たからもの。持ちきれないくらいの贅沢をありがとう》

《世界一しあわせな女の子にしてくれてありがとう》

シンプルなカフスボタンが出てきたり、本革の栞、ミカサのハンドメイドのレザー製のブレスレットが小箱の中から出てきたこともあった。そのたびに頭を抱えたくなった。手間も費用も随分かかっている。
これほど感謝され、想われるほどの何を与えたものだろうか。

毎日開封前と開封後のカレンダーの小箱とその中身を写真に収めては、同封のメッセージ・カードと共に一日に一頁を割いて紙に貼り付けた。消費して終わったのではしのびないような気がした。自分のためだけにありとあらゆるものをつぎ込んでくれたのだ。何とも少女じみた真似だとは思うのだが、てづくりの小箱や封筒をただ棄てるのは躊躇われた。図面を引き、カットし、ひとつひとつ糊代を貼り合わせてつくったものだ。全てを取っておくのは出来かねるが、廃棄する代わりに写真に残した。小箱に使われた紙の一部を破り取ったり切り取って、それも貼り付けておいた。多少はミカサのまごころに応えられる気がする。メッセージは両面見られるように、一部だけマスキング・テープで留めるのみにした。

クラフト紙に貼り付けて箱に納める。まるで草花の標本でも集めるように。それがもう十数枚もある。

メッセージ・カードも毎日異なるデザインに毎日異なる文言が書かれていた。ペンや紙の色も時折変えてある。

《たった一つの私の恋が、
憎い人から生まれるなんて。
知らずに逢うのが早すぎて、
知ったときにはもう遅い。》

これはシェイクスピアだったか。「ロミオとジュリエット」だったように思う。ロマンティックな引用をしたものだ。

《好きな色は、ミルクにほんの一滴瑠璃のインクを溶かしたみたいな空のいろ》

前に、ミカサが瞳の色をそんな風に表現したことがあったような気がする。夜のいろをした濡れた瞳に覗き込まれた。美しいのはあの黒の玻璃だ。リヴァイは思う。

《ストーカーに気をつけて! 誰かに見張られてない?》

小さなフラッシュ・メモリが入っていた。ノート・パソコンに接続して中身を見ると、短い動画が入っていた。一秒の動画を二十五本連ねたものだった。
運転中の横顔、ソファで寛いで本を読む姿、ミカサの手のスプーンからアイスクリームを一口食べる瞬間、雑踏を歩く後ろ姿、紅茶をカップに注ぐ仕草、棚に伸ばされた腕、校内でモップを持って立っていたある一瞬、そんな何気ない一秒が二十五シーン。
お前、またか。いつの間にこんなもん撮ってやがった。

リヴァイは動画が再生される画面を見ながら、うっすらと傷の浮かぶ小さな手を思い浮かべていた。


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「じゃあ、戻るのは難しいってこと? …うん。でも、規制がかかってるなら仕方ない。第一、規制がかかるくらい、危ない、ということでしょう? なら、無理しちゃダメ。確かに、冷え込み厳しいし、路面の凍結は前から警告とか注意が警察とかからも出てるし、そういうの、テレビでもかなり観てる。何かあったらヤだ! 私は大丈夫! 知ってるはず。家のことは簡単なことなら出来るようになったし、クリスマス前にかなり買い込んだから、食べることには困らない。暖房もセキュリティもちゃんとしてる。それよりも、本当に、無理だけはしないでほしい。心臓が痛い思いをして、今頃狭いクルマに詰まって三人でどの辺に、なんて考えながらクリスマスを過ごしたくない! それよりも、おばあちゃんの家で、おばあちゃんや近所のひとたちとクリスマスを過ごして欲しい。こっちに戻ったら、改めて一緒にお祝いしてくれたら、それで十分だから。誰も悪くない。お天気のことなんて、人間にはどうにも出来ないんだから、謝ったりしないで。……あ、おばあちゃん? 泣かないで。こんなに素敵な時期にこんなことで泣いちゃダメ。規制解除されたら会えるんだから。ね? それよりも、おばあちゃんとおばあちゃんのお友達は元気? ちゃんとクリスマスのお食事してね。もし来てくれた時に痩せてたりしたら、私、口きいてあげられないかもしれない! 私? 買っておいたラムがあるから、みんなには悪いけどソレ食べちゃうと思う! ふふふ、そう。うん、たっぷりね。そう。帰ってきたら真っ先に買い出し行かないと! ふふ、やっと笑ってくれた。うん。私は大丈夫。もうちっちゃなミカサじゃないんだから」

ちらちらと音を絞ったテレビの画面を見ては電話の向こうの父、母、祖母と会話をする。かなりの広範囲に渡って警報や交通規制
が出されるようになってきた。
ウォール・ハイの学区は比較的マシな状態だった。雪が積もり例年よりは積雪量が多いが、自治体や行政サイドがどうにか後手に回らず対応したために、日常生活に支障を来すレベルの被害は幸いにしてあまり耳にしていない。山がちな地域で水道凍結とそれに伴っての水道管破裂があったらしいが、早急に対応されたとかで大事には到っていないと聞いている。
ふだんから雪が降る地域なのが幸いしていた。降らない地域は稀に来る寒波やスノウ・ストームの襲撃への対応が出来ず、広域停電などの被害を受けるのだ。予算を設けて事前策に割く余裕がないのが実情なのは明白だった。
クリスマスを控え、寒波が到来する可能性や予報は早い段階でテレビやネットで喧伝されていた。
アッカーマン家でも、念のために早めに暖房設備のメンテナンスをしてもらい、隙間風の対策や日持ちする食材をパントリィやフリーザーに蓄えた。
ミカサの家もご多分に洩れずセントラル・ヒーティングで暖を取っている。在宅時間やその時々に滞在出来る人数も異なるため、使う部屋を定めて通風孔を小まめに遮断・開放し、無駄遣いを避けていた。
両親が不在がちなため、キッチンにオイル・ヒーターを置き、帰る時間などに合わせて効率よく使う部屋を暖めるように暖房を活用していた。通風孔の開け閉めも、よって、ミカサがチェックすることが多い。

電話を終えて、ミカサはぼんやりと居間やダイニングを眺めた。静かなものだ。テレビも消してしまえば、あとは風の音くらいだろうか。強いて言うなら自分のため息が耳障りだった。音楽でも流すべきだろうか。

どうしたものだろう。何もかも中途半端だった。料理の準備。ツリーの最後の飾りつけ。
何よりも、ぽつんとひとりぼんやり立って間抜けに周囲を見回している、自分。

今日、クリスマス・イヴから二十六日の午後まで、ひとりきりなのだ。

昨日疲れて帰ってきた両親は、ミカサの頑張りに感謝し、一緒に夕食をとり、早めに休んだ。早朝、車でやや遠方に暮らす祖母を迎えにいくからだった。その日の内に祖母を連れ帰り、暗くなる少し前にはミカサの待つ家に戻り、娘が進めてくれた様々な準備を引き継いで、クリスマスのディナーを共にするはずだった。
エッグノッグにアップル・クランブル・パイ、フリーザーにはガロン・サイズのヴァニラ・アイスクリームも控えている。メインディッシュはラム・チョップを用意していた。付け合せにはクレソンと人参のグラッセ。以前父に好評を博したマッシュド・ポテトもつくるつもりだった。
当然、既に支度を始めてしまっている。

ふと、いけない考えが過ぎった。

リヴァイ。呼んだら来てくれる?

二十六日までひとりだと知れば、心配させるだけだろうか。その点が気になってしまう。
両親には交通規制が解除される予定の二十六日までは絶対に無理をして欲しくない、と伝えた。州を跨いだだけ、それどころか、同じ州にあっても山際と都市部では天候もかなり異なる。こちらが安全でも、ここに到るまでの道路の安全性が確保出来ていない。
天候ばかりが理由ではなかった。祖母の暮らす地とミカサたちが住む辺りを繋ぐ大きな道路で、スリップが原因の事故が発生したらしいのだ。長距離に渡る上に冷え込みが厳しいせいで路面の凍結も緩和されないために、新たな事故の再発を未然に防ぐためにも管轄の警察によって規制が敷かれてしまった。
ほかのルートも無い訳ではないのだが、かなり迂回せねばならず、また、慣れないルートで気が急いた運転を悪天候の中、など、不安要素がこれでもかと山積している。そんな状態で帰ってきて欲しいなどとは思えない。

もし。ナニカが、起きてしまったら。それを考えると全身が凍りつく。

両親には、故に懇願した。安全が確保出来ない中を帰ろうとしないで欲しい。叶うならば、クリスマス休暇の最終日、たとえ一日でもみんなで揃って無事と安全に感謝して穏やかに過ごせればいい、不安なままいつ着くのか、今何処にいるのかと気にしながら待つのだけはイヤだと訴えた。自分はテレビもネットも食べるものもある家でのんびり待てばいいし、両親と祖母は可能な限りクリスマスを満喫して欲しい、と。祖母には可愛い孫をひとりきりで離れた家に残して楽しめるはずがない、と泣かれてしまったが、ミカサの訴えももっともなことで、最終的には理解してもらった。ホーム・セキュリティもあり、定期的に両親とはメールや電話のやりとりをする約束もした。両親はセキュリティ会社に連絡し、状況データを送ってくれるよう手配し、可能ならば巡回もして欲しいと懇願した。

こんな「非常事態」に、男を家に引き込むフシダラな娘だと、思われるだろうか。両親や祖母が知れば悲しむかもしれない。
それなら。
リヴァイは? 呆れるかも。
でも、クリスマス当日くらいなら、居てくれるかもしれない。やさしいから。あのハロウィンの準備をしてた頃だって、一緒に過ごしてくれた。

ミカサはスマートフォンに手を伸ばした。だが、手が触れるか触れないかの一瞬で引っ込めてしまった。

どうしよう。


リヴァイは黙々と家の中を歩き、支度を整えていった。撥水性のある大きめのバックパックを用意すると、必要なものを次々に詰めていった。荷物のいちばん上に、プレゼントの箱を潰れぬ様に載せた。
寝室に入り、ナイト・テーブルの抽斗を開け、小箱を取り出すと蓋を開いた。一瞬凝視し、それから中身を掴むと、ジーンズのポケットに押し込んだ。
キィは車ではなく、バイクの方を手に取った。車で立ち往生しては厄介なことになる。二輪ならば、運悪く乗っていけなくなったとしても、押して歩いてゆけるだろう。車ならばその場に放置する羽目に陥るかもしれない。ふだんはミカサと行動することも多い為、あまり乗らなくなっているが、車をメンテナンスに出した時などに活用していた。
サーモスタットのスイッチや各部屋の電源、ガスの元栓を確認し、足早に玄関へ向かう。

一瞬、ダイニングの壁を見た。ツリーを模して貼られたリボンにぶら下がる、赤い封筒。明日、二十五日の分をどうしたものか。帰ってから開けたとしても、ミカサは気分を害したりはしないだろう。急いでいる今は写真を撮ったりする余裕がない。

リヴァイは家を出る旨を告げるメールを送信し、明かりを消し、アパートを出た。

結構なホワイト・クリスマスじゃねえか、クソッタレ。

今も降り続く雪が町中を白く染め上げている。日が暮れ始め、全てがモノトーンに変わろうとしていた。


《着いた》

届いたメールを確認するなり、ミカサは駆け出して家を飛び出した。
全身ほぼ黒一色に見える小柄な体躯の男がバイクを横に立っている。ガレージのシャッターをリモコンで開くと、二輪車を押して中に入ってきた。車体が納まったのを確認するなり、再度操作してシャッターを下ろす。リヴァイはガレージの隅にバイクを停め、ヘルメットを取り去った。頭を振り、前髪を軽くかき上げた瞬間、

「リヴァイ!」

ミカサが抱きついてきた。

「オイ、雪まみれなの見りゃわかるだろ、お前ちょっと待」

「ごめんなさい、こんな寒くて雪降ってるのに、」

雪も冷たさも寒さもお構いなしで、ミカサは離れようとせず、リヴァイの頬に自分のそれを押し付けている。リヴァイはグローブを取り去ってバイクのシートにそれを置くと、ミカサの顔を両手で包み込んだ。頬が冷えている。

「そんなもんどうでもいい。それより、そんな薄着のままでここ居たら身体冷やす。中入っていいか」
「うん。ごめんなさい、寒い思いしたのはリヴァイなのに」

ミカサから距離を置くと、バックパックを軽くはたき、着てきたライダース・ジャケットを脱いで手早く雪と水分を払った。メルトン・ウールとレザーの異素材コンビのもので、背中に翼を意匠化したやや大振りのワッペンが縫い付けられている。ジャケットは、良く見れば黒みを帯びた深い緑と黒のバイ・カラーだった。ハンガーを手に、ミカサがそれを受け取ろうとしたが、濡れたジャケットをミカサに持たせることはしなかった。代わりに、ハンガーをもらってジャケットをかけた。

「謝罪は要らねえ。それよりも紅茶、淹れてくれねえか」
「うん!」

ミカサがリヴァイの手を取った。自分の手よりもよほど冷えている。リヴァイは思わず内心で舌打ちをした。ガレージにスムーズにバイクを入れられたのは通路からシャッター前に至るまで、最低限とは言え、きちんと除雪されていたからだ。両親が不在の今、ミカサ以外の誰がこの降り続く中でやったというのか。そこまで頭が回らなかった自分に腹が立つ。

この家に、こんな時期にたったひとりで居るのかと思ったら、それ以外のことが考えられなかった。冷静さに欠けた自分が呪わしい。

ミカサは古い絵本から抜け出してきたような姿をしていた。深みのあるヴィリジアンのドレスに、前ボタンの生成り色のエプロンを着けていた。ドレスもエプロンもやや丈が長めで、ヴィクトリア朝の良家の子女のような趣がある。ドレスの裾からは白いレースがのぞいていた。素材が飾り気のないコットンだけであれば、開拓期の西部に生きる少女のように見えたかもしれない。両親や祖母に見て欲しくて身につけたに違いなかった。黒髪の両サイドを緩く後ろに結い上げ、やはり深い緑色のバレッタで留めている。

行儀良く、真面目で、誠実で正直で素直な娘。その形容の一部を自分が削ぎ落とした。おまけに、血の繋がった家族はまだ誰も知らない面まで付与してしまった。与えられる快楽に逆らえず、猫のように擦り寄って甘え、得体の知れぬ歳の離れた男にありとあらゆるものを惜しげもなく差し出そうとすることなど、知る術もないのだ。

同じ屋根の下に居るってのにな。ああ、……稀にだったか。

砂粒ほどの大きさ。
消えてゆく霞ほどの淡さ。
黒く昏い歓びが湧き上がった。

「リヴァイ」

呼ばれて、顔を上げる。目に入った光景に少し顔を顰めてしまった。

「リヴァイ?」

ずかずかと歩き出し、ミカサの先をゆく。

「オイ。お前、何してた」
「何って、その、食事の準備、の、続き」

キッチンの作業スペースにはパイが見えた。そのほかにも調理器具やボウルが並んでいる。洗い終えたものの水を切るバスケットには、小鍋やボウルがあった。
翻って、リビングを見る。ツリーの脇に脚立があった。

両親が帰ってこない事は、ミカサの話では正午を少し過ぎた頃には連絡があり確定していたのだと言う。そこからたっぷり四時間も悩んで自分に連絡をした、というわけだ。
朝早くに発った両親の代わりに、クリスマスを祝う準備をしていただろう。想像に難くない。この感心で生真面目な娘は、親にばかり苦労をさせる訳にはいかないから、と折角の休みに午前中からたったひとりでせっせと下ごしらえを進めていたに違いないのだ。昼にはそれが水泡に帰すことがわかってしまった。それなのに。
それでも。

「あの脚立、どうした」
「ほら、ツリーの天辺、あそこに、星飾るでしょ。いつもお父さんの役目なの。忙しいからつい先延ばしのまま結局ギリギリのこんな時期。脚立出しておくからお願いって言ったんだけど、疲れてるのか忘れて寝ちゃって。で、朝急いでたから、また出来なくて。帰ってくる前に私が代わりに、」

リヴァイが不機嫌そうなのは元々なんだけど。なんだか、いつも以上に機嫌が悪そうに見える。

「会ったことはねえが、お前の両親には感謝してる。カオもアタマも、おまけに気立てまでいいお前みてえな娘生んで育ててくれたからな」

不機嫌全開で、何を言ってるの? それも、いきなり。

「だがな、それと同じかそれ以上に、ムカっ腹が立つ。なんでお前にこんなことやらせて平気でいられんだ」
「え、あの、どうしたの、」
「ヨソのガキはみんな友達にメールしたり電話したりネットだなんだお忙しくて、手伝いなんぞ二の次三の次、やったってイヤイヤがいいとこだ。友達主催のパーティに行かせろ、ダメだの攻防もザラだろうな。なんだったらヴィデオ・ゲームに夢中で呼ばれても気づきもしねえ。なのにお前ときたら誰も見てねえ中、せっせとこなしやがって」

えっと。私は叱られてるの? ホメられてる?

「それは、お父さんもお母さんも忙しいし、」
「お前の両親は、なんでお前がやるのに感謝して終われるんだ。なんでお前に待ってていい、やらなくていい、帰ったら一緒にやりゃいいって言わねえ」

え。あの、だから、もう準備始めた分は食べちゃった方がいいし、リヴァイが来てくれるなら私がつくれる範囲で料理用意したいし、

「わ、私が自分からやるって、」
「そうすりゃ喜んでもらえるからだろ。だがお前のさびしい気持ちはどうなる。一緒にやりてえ気持ちは置き去りじゃねえか。お前、自発的にやってるつもりだろ。それもある意味じゃ事実だ。だがな、俺に言わせりゃ、お前の親はそうしてくれるお前を期待してやがる。やってくれたら感謝して褒めてやりゃいいって思ってる。それで、そんなもんで、お前が満たされるってな。大人になった、何でも出来るエラい子だって言ってやりゃいいと思ってる。お前は何年も何年もそんな生活で慣らされて、それでありがたいって、嬉しいって、そう思ってんだろ」

どうして、怒ってるの?

「リヴァイ、私、イヤだったらやってないし、」
「ソコだ。それが気に入らねえ。お前が『一緒にやりたい』『待っててもいいか』、そう思ってんじゃねえかって考えもしねえ。あるいは、そんな気持ちあるの知ってても、お前に言えねえ環境こしらえてやがる。お前はイイコだからわかってくれるよなって、言わねえでいてくれるよなって、仕向けて押し付けてやがる」

リヴァイ。怒らないで。

「お前に甘え方も頼み方もちょっとしたガキのワガママの言い方も忘れさせやがった。それが気に入らねえんだよ、クソが」

いつの間にか、抱きしめられていた。自分が泣いているのにも、そうされてから気づいた。

「何ひとりで頑張ってんだ。そんなことしなくたって、お前はとっくに自慢の娘だろうが。たまにはワガママ言ってブチ切れてお前のありがたみわからせてやれ。お前の協力や気遣いが当たり前のもんじゃねえって、思い出させてやれよ」
「リヴァイ、」
「よく連絡くれたな。でもな、もっと早く寄越せよ馬鹿野郎。何でひとりで我慢してんだ。くだらねえことで気ィ遣いやがって」

頭を撫でてくれて、キスをくれて、でも、私、ずっと罵倒されてる。でも嬉しくて胸が苦しい。何、コレ。

「知らねえツラして二十五日のクソ真夜中に俺を迎えて追い返しやがったらぶっ飛ばすだけじゃ気が済まねえとこだ。……ちゃんと電話寄越したな。遠慮と逡巡は気に入らねえが、俺を忘れてねえのは褒めてやる」
「んぅ、……ごめ、」
「お前の口はな、謝罪するためじゃなく、俺の名前呼んだりしょうもねえおねだりするためにあるんだよ。使い方間違ってんじゃねえ」

本当ならば、今頃は家族でとりとめもない会話を交わしながらオーヴンから漂う胃袋に訴えかける匂いに包まれて、外のモノトーンを忘れさせるような色鮮やかなツリーやその下のプレゼントに子供のように胸を弾ませていたはずなのだ。
わざわざ選んだドレスも用意した全ても意味をなさなくなり、ひとりで過ごすには大きい箱でしかない空間で孤独を噛み締めるなど、あってはならない。

ミカサには、そんなことを、させたくない。これまでのようには。

「泣いてすっきりしたら、俺はお前の助手だ。使われてやるから指示出せ。一緒につくってクリスマス・ディナー食うぞ」
「うん。……うん。……う、――」

クリスマスは奇跡が起きるとかよく聞くけど。それなら、これがそうだと思う。
すごく惨めな自分を見ないフリして我慢して、雪で泥だらけの地面を隠すみたいに、誤魔化そうとしてたのに。

寒くないし、あったかい。ひとりじゃないし、さびしくなくなった。

このひとが、わたしのだいすきなひと。とくべつなたったひとり。
奇跡なのは、私なんかを大事にしてくれる、このひとに出逢えたこと。


ミカサは泣き止んだ後もリヴァイにしばらく抱きついて離れなかったが、抱きつかれている男からの苦情はひとこともなかった。




二人でキッチンに立ち、ミカサの説明に従って、二人で調理を進めた。

「料理残してやるなよ。一からお前と一緒に準備出来る栄誉をお前の親にくれてやれ」
「アイスクリーム、ガロンで買っちゃった!」
「…………料理じゃねえからセーフな」

相も変わらずミカサはよく働いた。ショコラトリィでのしっとりした接客態度はどこへ行ったのかと尋ねたくなるくらいに、……楽しそうで、喜びに満ちている。
馴れ合うことはせず、おいそれとは笑わず、どこか澄まして見えるミカサも、決して偽りではない。それもミカサという少女の一面だ。それと同じように、こうしている姿もまたミカサの一面なのだ。
これを、実の両親が見逃している。惜しいことだと気づいてもいないだろう。

ならば、独占してしまえばいい。
リヴァイはそんな思いはおくびにも出さず、ミカサが任せてくれた作業をこなした。

ミネストローネ、黒胡椒をきかせたラム・チョップと付け合せ、マッシュド・ポテト、サラダ、デザートのパイにはアイスクリームを添えることにし、エッグノッグも用意が出来た。コーンブレッドはバスケットに盛り付ける。
テーブルのセンターを飾る花も、ミカサがアレンジしたのだろうか。

「豪勢なもんだ。お前のおかげで感謝祭とクリスマスのディナー制覇だな。何年も食ってねえ」

ミカサを連れて食事には行くが、実を言えば食に関心が高いとは言えない方だという自覚がある。どうせ口に入れるなら美味い方がいいとは思う程度だ。

「一緒につくって一緒に食べてくれて、嬉しい。好きなもの、好きなだけ、食べて」

お前も入ってんだよな、その食っていいもんの中に。

「ん」
「私にとって、これが、間違いなく今まででいちばん嬉しくてしあわせなクリスマス・ディナー。リヴァイ、ありがとう」
「礼言うのは俺の方だ。ラクして美味いもんにありついてんだからな」

穏やかな気分で、ゆったりと食事する。ミカサは自分の中に冷たい隙間風が吹き込まないことが嬉しかった。リヴァイがそれをさせないのだと身に染みてわかる。

来年も再来年も、この先ずっと、ずっと。こうしてリヴァイとお祝いしたい。だって絶対楽しくて素敵な日になるに決まってる。豪華な食事がなくても、一緒につくったサンドウィッチと熱々の紅茶だけだとしても。

リヴァイのお誕生日が数時間後に控えてるのに、また私がもらってる。リヴァイのやさしさや気遣いに、見合うものや同じだけのものを私から差し出せる日は、来るんだろうか。
ミカサはエッグノッグを飲みながら思案した。自分の口にはこの濃厚な甘さがしっくりくる。大人ならばここにアルコールを加えるところだ。
……アルコール抜き。私と一緒。
リヴァイには、物足りないのではないだろうか。


デザートにつくったアップル・クランブル・パイにヴァニラ・アイスクリームを添えて出した時に、リヴァイがガレージに行って小振りの瓶を手に戻ってきた。

「秘密っての、増やす気あるか」
「なに、なに!?」

ミカサはわくわくしながらリヴァイを見つめる。二人だけの秘密。欲しい!

「お前の親と俺の母親と、それ以外のマトモなオトナに俺が殺される案件だ」
「は!?」
それって全員!!

「アイスヴァイン。トロッケンベーレンアウスレーゼと迷ったが、アイスヴァインなら酸味も程よく味わえていいかと思ってな。甘いワインはヴァニラ・アイスクリームにかけてもイケる」

アイスヴァインにしても貴腐ワインにしても、工程などのせいで高価なものではなかったか。

「グラス、くれ」

ミカサはシャンパン・グラスを手に戻ってきた。

「……お前、もう飲んでんのか」
「ち、が、い、ま、す! ショコラトリィでお酒とのマリアージュオススメするお手伝いもするから、簡単にどういうグラス使うか、教わったの! ……でも、実は、……ちょっとだけ、飲んだこと、ある」
「ほう」

リヴァイはアイスヴァインのボトルの蓋を開けた。そのハーフ・ボトルの量に支払う金額でもう少し手軽なワインが四、五本買える価格のものもあったはずだ。テーブル・ワインなら十数本は軽く手に入るかもしれない。

「お父さんもお母さんもおばあちゃんも、みんな『秘密だからね』って、ちょっぴり。シェリィとかポート・ワインとか。お菓子とか料理つくるのにお酒使ったりするでしょ、それで」
「ヨーロッパじゃ十六くらいで飲酒可なとこ結構あるからな。だが、お前の初めてもらい損ねたな」
「言い方!! ……結構ダイジなのはリヴァイにあげちゃったけど、」

ちゅ、と軽く唇にキスをされた。

「結構なんてレベルじゃねえだろ。ありゃとっておきだ」

伏し目がちに見られるのは、今も慣れない。うっすら青みを帯びたごく淡いグレイの目は、冷たく見えがちなのにリヴァイの瞳には熱っぽさとつややかさを感じる。

グラスに注がれた、澄んだ淡いきん色の液体はとても美しく見えた。
リヴァイが先に口に含み、味わいを確かめている。

「俺には少し甘過ぎるが、モノは悪くはねえと思う。赤もねえ訳じゃねえが、ドイツは白のが美味いな。国がきっちり管理してるからラベルでかなりの詳細が掴める。同じワイナリィでもな、たったひとつの樽でつくる訳じゃねえだろ。樽にも歴史があるから、飲んでわかるかわからねえかは別にして、同じ畑で同じ年に収穫した葡萄で仕込んでも、厳密には味わいが違う。このラベルのクッソ小せえAPナンバーってヤツの羅列にな、その樽に割り振られた番号まで記載させられんだよ。だから、その気になりゃ、飲んで気に入ったワインはそれを手がかりに探せば全く同じもんが入手出来る。在庫とツテさえありゃあな」

ミカサの前にもうひとつのグラスが差し出された。そこでそれぞれに席についた。

「まあ、過ぎねえ程度にナメてみろ。あとはアイスクリームに少し垂らしゃいい」
「あ…りがとう。いただきます」

香りも甘くて華やかなのか。ほんのり感激しながらそっと啜ってみた。

「甘い! ジュースみたい!」
「デザート・ワインって言うだけあってな、甘いもの食いながら飲むのにも向いてんだよ。俺は飲まねえが、珈琲も似たようなこと言うだろ、甘さのある豆とは濃厚さだの果物の甘みのある菓子と合うとかなんとか。アップル・パイなら相性良さそうだ」

そういえば、ショコラトリィで教わった。アルコールと合わせるならチョコレートの甘さに負けない甘さのあるものを、苦みのあるチョコレートが引き立つように甘い酒を合わせて味わいの変化を楽しむ、近いフレイヴァ同士を合わせる、そんな風に組み合わせるのがよいのだとか。

「気に入ったか」
「すごく! 美味しい!」
「今からソレだと先が楽しみだ。でも、飲み過ぎんなよ。度数控えめな分飲みやすくて弱えとツブれるからな」
「ツブれたらリヴァイが面倒見てくれるから、平気!」
「まだ半分意識ねえお前とヤったことねえな。遠慮なくツブれていい。急性中毒はナシで頼む」
「やああああああああだああああああああああぁぁっ! リヴァイのばかっ!」

お前、ツラ赤いの酒と照れ、どっちだ。

「リヴァイって、見直すとすぐソレダメにする!」
「お前はいつもクソ可愛いな、腹立つ」

そう言って、とろけ始めたヴァニラ・アイスクリームを添えてパイを頬張った。口中にその味わいが残っている内にワインを飲む。
ミカサはと言えば、突然褒められて思わず放心した。もう! もう! もう! リヴァイって!!

アイスクリームとパイを一緒に食べる。今年もこの組み合わせは間違いなく美味だった。ワインをもう一口だけ。
美味しい。クリスマスに食べるアップル・パイって、なんかちょっと特別。しかもワインなんて!

「ミカサ、口。パイの欠片ついてる」
「え、どこ、」

舌で拭い取られた後、口を塞がれてしまった。

「甘いもん同士、悪くねえよな。ワインにパイにアイスクリーム。但し、お前の口がいちばん甘ったるい」

ミカサはことばを失ったまま頬を余計に赤くした。

「ハロウィン以来、甘いもんねえと落ち着かねえ。いちばん甘いとっておき、後で寄越せ。何しろ俺はお誕生日だしな。お祝い、もらってやるよ」

パイとアイスクリームを掬い上げてミカサの口に押し込んだ。

アクマのおたんじょうびですね! イエス様のおたんじょうびといっしょって、さいこうにわらえるじょうだんだとおもいます!
ミカサは放り込まれたデザートを、もっしゃもっしゃと咀嚼しながらわなないた。

まあ、聖書にイエス・キリストが生まれたのが十二月二十五日、なんて、書かれてないんだけど。

「このワイン、気に入ったんなら、全く同じの手に入れて、お前にやる。晴れて飲んでいい歳になったら、開けて飲め。ちゃんと保存出来ればもつ」

この最高にムカつくカワイゲのないクリスマス生まれで仏頂面のやさしいアクマが、私のいちばんだいすきなひと。

「その時は、一緒に飲んで欲しい」
「それがお前の望みなら」

願い事は、私のやさしい悪魔だけが叶えられる。
ミカサが身体を寄せたのを受けて、リヴァイが上体を突き出した。

甘いものって、大好き。いくらでも欲しくなる。



一階から、二階にあるミカサの部屋に移動した。暖房の無駄遣いを避けるためだ。リビングやダイニングでは空間の広さも持て余してしまう。何より――ここには、ベッドがある。
用意のいいことに、リヴァイは着替えも持参していた。互いにそれぞれシャワーを浴びてミカサの部屋にこもった。その後は、ベッドの上でとりとめのない会話に興じた。料理の出来と手際の良さを賞賛されたミカサは、一緒に作業をこなしディナーを共に出来た喜びと感謝を改めて伝えた。

突然、ミカサのスマートフォンがいきなり鳴り出した。電話の着信ではない。両親や祖母とのやり取りはもう終えてあったし、何より誕生日を祝うメロディが、深夜十二時きっかりに鳴ったのだから。
ミカサの手が音を止めて、リヴァイと改めて向かい合った。

「リヴァイ。お誕生日おめでとう」

ミカサがリヴァイに抱きついて、耳元でささやいた。

「私がいちばん最初におめでとうを言うひとになりたかったの」
「お前以外にわざわざ言うヤツ居ねえよ」

ミカサを抱きしめた。甘い香りで呼吸する。祝われる自分よりも祝おうとしているミカサの鼓動の方が暴れている。ばくばくと忙しなく重なった右胸をノックされた。
身体を離すと、いそいそとベッドを下りて机の前に立った。抽斗から手に取ったものをリヴァイに差し出した。

「プレゼント。受け取って欲しい」

うつむいているせいで、顔が見えない。
それほど大きな箱ではない。包装紙は深みのある緑だった。それを受け取ると、思わず手に力がこもった。アドヴェント・カレンダーひとつにあれほど手間をかけたミカサのことだ、あれでもないこれがいいと思案に暮れつつ選んでくれたものだろう。

「開けていいか」
「も、もちろん。あの、……紅茶、淹れてくる! 特別な茶葉があるから!」

ミカサは背を向けると、足早に部屋を出て行った。呼び止める間もなかった。
リヴァイは包装紙に手をかけて剥がした。なめらかな手触りのケースが現れて、…中身の予想はついた。蓋を開く。
思った通りで、それは腕時計だった。黒のレザーベルトにクロノグラフ。文字盤は機能の割にすっきりしており、竜頭も邪魔になりにくいデザインになっている。上品でオン、オフ問わずに使えそうだった。

「お前、……それで逃げたのか」

あと百も足せば四桁、千の位に達する価格帯のものだ。高校生のミカサが気軽に出せる金額ではない。アート・フェスに参加したり、バイトを増やし、得意とは言えないであろう仕事の数々をこなしていたのは、これを手に入れるためだったと考えざるを得ない。
両親の代わりに出来る範囲で家事をこなし、授業で出された課題をやり、アルバイトとボランティア活動に駆けずり回る。睡眠時間を削る以外に、時間を捻出出来る方法などないだろう。事実、アパートに遊びにくれば、嬉しそうにしている反面、いつもとろりと眠そうでもあった。それでいて新しいレシピを試したいと料理を買って出ては供してくれる。

ハロウィンの頃はパーティに出るために凝ったドレスを縫っていた。今回のアドヴェント・カレンダーも手製で、一日分用意するだけでも結構な手間がかかっているのは毎日中身を取り出すリヴァイにも察することが出来た。手間を手間と考えないところがあるように見える。
あれほど部屋にモノがあり、好きなものは手元に置いておきたそうに見えるのに、それほど何かを買うことにうち興じている様を、思えば見たことがなかった。生活に必要なものがほとんどで、無駄遣いに思える買物をしていたことがない。何かを贈ればカネを遣い過ぎていると申し訳なさそうに言われることはもはやお約束になっていた。
着まわしが上手く、元々やや衣装持ちではあるが、手持ちのものを組み合わせてその日のコンセプトを打ち出しておしゃれを楽しんでいるらしきことも伺えた。

腕時計を見つめる。

これを手に入れるために、眠気や疲れと戦って、得意でもない接客業までこなしてたのかお前は。

ショコラトリィではきびきびと、それでいてものやわらかにひとに接し、よく働いていた。ベビー・シッター先では一緒に過ごした子供が玄関先で話し込んで帰らせまいとすることもしょっちゅうだったし、グロサリィでも無駄口を叩かずしっかり働くので先方から再度来てくれないかと電話がきたこともあった。
ボランティア活動でも寒さの中で防寒着を配り、食堂に来訪者を案内していた。年長のまとめ役のおぼえもいいらしい。タイトな予定を縫って呼ばれればきちんと参加し、やるべきことをやり遂げた。

リヴァイはベッドから腰を上げ、階下へ向かった。ミカサが心臓を跳ねさせながらキッチンで湯が沸くのを待っているはずだ。

ガキのままで、いいって言っただろ。何なんでもかんでも頑張ってこなしてんだよ。並の大人より、よっぽどしっかりしてるじゃねえか。

てっきり、何か欲しいものでもあって、バイトに精を出しているのだと思っていた。親にねだりもせずに。

「ミカサ」
「あのね、」

振り向こうとしない。シンクのそばでケトルを見守っている。

「お店のひと、すごく優しいひとでね、もし気に入らなかったら、同じくらいのものと、交換してもいいって言ってくれたの。だから、」
「ミカサ。こっち向け」

ケトルの水が湯になりつつある音が響いている。

「気に入らなかったら、予算内なら大丈夫、少しのプラスくらいも問題ないし、」
「オイ。何無視してやがんだテメェ」

リヴァイの手が伸びて、ガスの火を止めた。

「こっち向けって言ってんだろ」

ようやく振り向かせたが、うつむいている。

「ツラが見えねえ」
「怒らないで」

声が僅かに震えていた。

「怒ってねえ。呆れてんだ」

ミカサの頭に腕を回し、抱き寄せた。

「何してんだよ、お前は。眠いのも疲れてんのも我慢して、働いてたのは欲しいもんあったからじゃねえのか」
「そう、欲しいもの、あったの。いけない? ……欲しい理由がなんだろうと、構わないはず」

ナマイキに言い返しやがった。
だからこそミカサを気に入っているのだが。

「お前がくれるんなら、何だって受け取るに決まってんだろ。百分の一の値段のものだろうがそれより低かろうが、構やしねえよ。あれだけのカネ貯めんの、ラクなハズねえだろうが」
「貯金、少しあったし。あとはバイトとかアート・フェスの売上とか、」

顔上げろ、クソガキ。

「もっと大事にしろよ、カネもお前も。無理しやがって」
「リヴァイに、大事にして欲しかったの」
「あ?」

ようやくミカサが顔を上げた。リヴァイを真っ直ぐ見つめている。

「時間」
「そりゃどういう」

つややかな、黒の玻璃の双珠。ミカサの美しさをもっとも際立たせるもの。

「忙しくて疲れてても、私が逢いたいってワガママを言えば、リヴァイは時間を空けてくれる。断ってゆっくりしたい時だって、あるはずなのに。だから、時間を大事にして欲しくて時計にしたの」
「ならもっと手の届きやすいのがあっただろうが。目覚ましでも壁掛けでも、」
「腕時計なら、身につけてもらえる。一緒に過ごせなくても、代わりにそばに居られる。それに、上質なものがいいって思ったから。長く使って欲しいし」

私も、長く一緒に居たい。この先もずっと。

「だから、違うのが良ければ、お店に、」
「黙れ。お前が俺のために選んだものだろうが。何で交換しなきゃならねえ」

叱られてる。プレゼントを贈って、詰られてる。なのに、声はやさしく響くし、嬉しいと思ってる。
ヘンなの。
ミカサは泣きたいのか笑いたいのかわからない。いつもそうだ。

「つけてくれるの?」
「お前の代わりなんだろ。大事にする。……ありがとう」

その時計で、時間を止められたらいいのに。スノウ・グローブに封じ込めるみたいに、誰にも邪魔されないまま、二人っきりで永遠に閉じこもるの。

「茶飲んでる場合じゃねえな」
「ひゃ、」

リヴァイはいきなりミカサを肩に担ぐと、一階の明かりを消した。火の気を改めて確認し、無駄に灯る明かりがないかぐるりと見渡す。ツリーの電飾がまばゆかった。二階の、階段を照らす明かりを元にすたすたと歩き出し、階段を上がり始めた。

「リヴァイ! 下ろして!」

珍しく、リヴァイがそれに従った。体勢を整えようとした瞬間、今度は横抱きに抱えられた。

「鹿だの狐じゃねえって言いてえんだろ、オヒメサマ」
「ちが、そうじゃなくて、…ううん、合ってる、ううん、そうじゃなくて、」

アタマがついていかない。

「お前の行動は美味しく召し上がれって言ってるようなもんだろうが」
「はい!?」

平坦な場所でもなく、足元もやや覚束ない場所だというのに、ものともせずにミカサを抱えて平然と階段を上がってゆく。細身の身体に備わる体幹の確かさと強靭さにはいつも驚かされる。

「今は、時間、気にしなくていいよな」

ミカサの部屋に入るとそっと下ろし立たせ、後ろ手にドアを閉めた。
腕時計は、今はベッドの上の枕の横に置かれている。

リヴァイがミカサをベッドのそばに誘導した。

「うん……」

リヴァイの手がミカサの背に回されて、ジッパーの引き手を掴もうとした。

「待って」
「待たねえ」
「あの、私がリヴァイの服、脱がせてあげる」

耳まで赤い。

「ほう。悪くねえな」

ミカサの手がリヴァイの頬を包み、目尻に唇を押し当てた。続いて、スキッパー・カラーの厚手のプルオーバーの裾に手をかけて上に引き上げた。従うように両腕を上げてミカサに協力する。その下のTシャツも取り去った。
ジーンズのベルトを外し、ボタンを外してジッパーを下ろすと、ゆっくり膝をつき、リヴァイを見上げた。

「転んじゃいけないから。座って」

促されるままにベッドに腰を下ろした。ミカサの衣服に手を伸ばしたが、封じられた。立ち上がったミカサに中腰で額にやさしくキスをされ、その唇が頬に押し当てられる。首筋をすべり、心臓の上を彷徨い、平らかな腹の上を撫でた。徐々に黒髪や小さな肩が下降してゆく。

ちゅ、と小さく音がして、リヴァイは一瞬目を細めた。脱がせるために手が触れただけだと思っていたのに。

「オイ、」
「ココ、キスしちゃダメなトコ? いたい?」
「いや、そうじゃねえ、お前、」

オイオイオイオイ。待て。まだお前にそんなこと教えてねえだろうが。

ミカサの小さな唇が触れたせいで、そこに何もかもが集中したのを感じる。

どう何をしたらいいのかまではわかっていないらしい。あるいは、本当にただ「キス」をしたいのだ。やわらかく唇が触れ、少しずつ移動して軽く啄まれる。ごく稀に濡れた舌先が僅かにそよいで、……痛みすら感じた。

ほんの刹那、リヴァイの息が乱れた。

ぎこちないたどだとしさで、ただ印でもつけるように。両の手指がそっと支えるように添えられるのも余計に昂ぶらせる。

「ミカサ。もういい」
黒髪を指で梳き、頬を撫で、そのなめらかさを確かめる。
「いたいの? ごめんなさい、」
リヴァイの顔を見上げ、その表情にミカサが申し訳なさそうな表情を浮かべた。

痛えかって? 勃ち過ぎて痛えんだよ馬鹿。

「違ぇよ。プライド地べたに叩きつけられる前に止めてえだけだ」
「え」

あっという間にイきそうになるとか言えってのか。

「耳まで真っ赤なクセしやがって。どこでこんな真似おぼえてきやがった」
「だって、いつもリヴァイが、…私に、」
「ああ、そうかよ」

勘弁しろよ。

ミカサを抱き寄せて、髪を解く。いつものようにやさしいと思う反面、どこか早急さを感じる手つきで、ミカサの鼓動が早まった。ヴィリジアンのドレスもそっと掴んではいるものの、邪魔に感じていることが伝わってくる。

下着、上下揃えておいて、良かった。

ただ脱がされるだけのアイテムにこだわりがあったとて、何の意味もない。脱がせる男にとっては。それでも、ミカサは自分の朝のチョイスに安堵していた。
瑣末なことを考えていると、少し気にせずにいられる。今自分に触れている男の視線がどんな風に自分の肌を彷徨っているか、などということを。

リヴァイはミカサをベッドに横たえた。

「お前の匂いしかしねえベッドとか、抑えが利く気がしねえな」
「た、たんじょうびだし、別に、その、」

マジで言ってんのかお前は。

「俺が居ねえ時も、自分の部屋のいつも寝てるベッドで誰に何されたか、いつでも思い出せるようにしてやらねえとな」

一瞬泣きそうな顔をしたのを見て、リヴァイは唇の端を舌で湿らせた。ひとの余裕を奪っておいて笑顔を見せられてはたまったものではない。

「そそるカオだ」




ミカサはくたりと力なく眠っている。リヴァイの腕の中に収まり、小さく寝息を立てていた。
風が時々呆れて叩きつけるようなため息を響かせた。
今年だけは、冬とこの寒さに感謝してやってもいいとリヴァイは思った。

枕元に置いた腕時計を手首につけた。まだ少し火照る肌に一瞬冷たさが刺さる。文字盤を見て、朝なのを確認した。通常なら活動を開始しているような時間だったが、ようやく眠ろうとしている。
時間を大切にして欲しいと言った女の寝顔を見つめた。

その時間に、お前は居るのか。
この先も。

吸いつく様ななめらかな肌にゆる、と手を這わせた。一瞬ぴくん、と身体が反応したが、リヴァイの胸により肌を寄せて眠ったままだった。

誕生日を祝われたのは何年ぶりだろう。惜しげもなく与えられるだけの日を。しかも、そこに到るまでの二十四日間、毎日祝福され続けた。

「リヴァイ。メリィ・クリスマス。お誕生日に気を取られて、まだ、言ってなかった」

腕の中で意識が眠気に絡め取られつつあったミカサが、くふんと笑いながらささやいた。満足げに蕩けた笑みで。

「メリィ・クリスマス」

もう何年も口にしていない季節の挨拶だった。最後に交わしたのは母とだったような気がする。

耳元で小さくささやくと、微睡みに手を引かれた。リヴァイはそれに抗わなかった。
絹のような肌を抱いて、甘い香りに包まれて眠るのは随分久しぶりだった。


「リヴァイ。本当に、それでいい?」
「あのな。お前、コレ俺のために選んだんだよな。別にクジ引いて決めた訳じゃねえだろ」
「もちろん! パンフ見て、ネットでレビュウ読んで評価見てお店のひとにも相談した!」
「ならいいじゃねえか」
「でも、使うリヴァイにとって、使い勝手とかデザインとかが、」
「気に入ってる。お前だと思って使うって、言っただろ」

目が醒めたミカサが、自分を抱いてくれる腕の手首に贈った腕時計をつけているのに気づいて、嬉しくなって抱きついた。

素肌に腕時計だけって、なんかすごく、……イケナイ感じ。

目覚めのキスをもらい、改めて抱きしめられ、あたたかい肌に額をこすりつけて、陶然とした気分だった。身体が少し軋むのと、心を過ぎった密かな背徳感は見なかったことにする。

「つけてくれたの」
「時間大事にしろって言ったからな。……お前とこれだけゆっくり出来たの、久々だ。だから、その時間てのを堪能してんだよ。お前からもらった時計とお前と一緒に」

頭を撫でながら言われて、胸板に顔を押し付けた。ついでに唇も押し当てる。
すき。すき。すごくすき。だいすき。

嬉しさがこみ上げた。だからこそ、もう一度だけ確認しようと思ったのだ。

「どんだけ心配してんだ」
声が呆れている。
「だって、…リヴァイの欲しいもの、あげたかったから。でも、リヴァイは遠慮して言ってくれないかもしれないし。せめて、私が贈ろうと思ったものの中でも、リヴァイが本当に気に入ったものがいいかな、って」

マットのスプリングが軋み、リヴァイがゆっくりと身体を起こした。ミカサを改めてブランケットでくるんでやると、身体と腕を伸ばして脱ぎ捨てたジーンズを掴み、ゆかに下ろした脚をそれに突っ込んだ。

「お前、俺の欲しいもんくれるってのか」

言いながら、立ち上がってジーンズを引き上げた。

「…!」
「遠慮、すんなって?」

ミカサは息を飲んだ。振り返ろうとしないその背中を見つめる。
リヴァイはあまり物欲がないように感じていた。部屋の中は必要最低限、生活の中で用を為すものだけを置いている。
……私を欲しいと言ってくれたのは、……嫌いではないのと、その、……したいから、で、私はリヴァイが好きだから、そういう関係になって、……もう、とっくにリヴァイのもの。
だとしたら、何が欲しいんだろう。ずっと知りたかった。

「私にあげられるものなら、もちろん、」

何だってあげる。リヴァイになら。私に今まで誰もくれなかったものばかり与えてくれたリヴァイになら。私ひとりの力では永遠に手に入れられないものをくれた。

何だって、あげる。

「無理なものだって、あるだろ」

ベッドに腰掛け、もう一度脚を上げ、ミカサの隣で鬱陶しげに投げ出した。

金額のことや、物理的な問題云々ではないだろう。コドモが購うには高額な時計を用意した自分を暗にたしなめたのだから。

「ない! だから、言って欲しい、」

ミカサは真っ直ぐにリヴァイを見つめた。

「あるんだよ。そう簡単に渡せねえものってのは」
「私が、リヴァイに、でしょう? なら、ない! 何だってあげられる」

たとえそれが、命でも。
だってリヴァイに出逢うまでは、……私は死んでたのも同じだったから。意味も理由も目的も何もなくて、ただ呼吸してただけ。死んでるみたいに生きてた。
リヴァイからもらったようなものだもの。あげられる。

「ほう、……」

リヴァイは少し遠い目をした。

「なら、」

それから、ミカサを見据える。

「お前の未来をくれ」
「え」
「未来だ」

ほんの僅かに青みを帯びたごく淡いグレイの瞳が、静かに燃えている、ように見えた。ミカサは身体を起こした。腕が、手が、震えてしまう。

「約束をくれ。俺だけのものになるって言え。欲しいのは、それだ」
「それって、」

どういういみでいってるの。

「何だって変わる。変化しねえものなんて、ねえだろ。今俺のものになるって言ったって、今後どうなるかわかんねえよな」

時折自分を見ない瞳が、あまりに遠くてミカサは怖くなった。

「そんなこと、」
「この先お前には何十年て時間がある。その分、可能性も無尽蔵だ。数え切れねえほどの人間に出会って、知ってることも知らねえことも山ほど経験する。新しい価値観だの考え方だの、どんどん手に入れる。それまでお前になかったものが手に入って、それまでとは違う哲学や好みが生まれることだってあるだろうな。それは構わねえ。当たり前のことだ」

リヴァイの目がミカサをとらえた。

「気持ちだって、変わってくだろ。ソレ許さねえって言ったら、お前、どうする。耐えられねえだろ。当たり前のこと許さねえって言われても、腹立たねえか。今その歳でだ」

なんだろう、すごく胸がどきどきする。

「ひとは、変わる。ひとに限ったことじゃねえな。それ許さねえって、オカシイだろ。でもな、俺が欲しいのはそういうものだ」

なに、いってるの。ねえ、なにいってるの。

「お前がしたいことは何だってさせてやる。欲しいものも、何だってくれてやる。けどな、これから先、キモチが変わるかもしれねえってのを、許す気がねえんだ。ほかにもっと好きなヤツだか欲しいのだか現れようが、離してやらねえ。お前を俺に縛りつける」

《未来があるって、素敵なことなの。この先も色んなことに出会える、ということだから。可能性がある、ということだから。それはね、絶対無くならない。可能性だけなら、常に、ゼロではないの》

母はそう言った。素晴らしいものなのだと。それを、取り上げようとしている。
ミカサから。

「未来も可能性も、安かねえ。……だろ」

リヴァイ。それは、どういういみなの。

「わ、わたしは、もう、リヴァイのもので、」

今度は声が震えてしまう。

「カラダはな」

自嘲するように小さく吐き捨てた。

「リヴァイ、やくそく、って、」
「たかが紙切れ一枚のハナシしてんじゃねえんだよ。そんなもんでお前が手に入るかよ。でも、そんなもんで縛りつけられるなら、なんだって利用する」

心臓が今にも胸を蹴り破って出てきそうな気がする。

「リヴァイ、それって、」

「ほかにどう言や俺の言いてえことに合致すんのかわからねえんだ。だから、こう言っとく」

「リヴァイ、」

「俺と、結婚してくれ」

ミカサは動けなくなった。声も出ない。

「書類だの法律だの、そういう次元じゃ先の話だがな。俺のものだってのに、年齢にしてもお前の両親のことにしても、すぐには出来ねえ。だからこそ、お前には無理だって言ってんだ。可能性はゼロじゃねえだろ。今は俺にひっついてるが、時間が経てば、いや、明日にでも、」

相手に何も求めない人間と、何もかもを寄越せという人間なら、どちらを選びたいものだろうか。

「ない!」

絶叫に近い声だった。

「あ?」
「ほかのひとなんて、どうだっていい。リヴァイしか要らない!」

ずっとずっと思ってた。リヴァイと一緒に居たい。それがいちばんの願い事で、それが叶うなら、それ以外棄ててもいい。いつか離れることになるかもしれないのが、何より厭で、何より怖かった。

「離してやる気はねえぞ。ほかの野郎がいいなんてほざきやがったら一生檻の中だ」

故意に大袈裟に言い放った。何が恐ろしいといって、それが全くの誇張でもないことだった。

「それで安心するなら、すればいい。ついでに、脚も切り落とす? 腕は? どこにも行けない私を見て安心出来るなら、そうして欲しい」

ミカサは目を逸らさなかった。

出会って間もなく囚われたも同然だった。呪ってやりたいほど腹を立てたのに、先に名前を呼ばれて支配権も手渡したようなものだったではないか。
一緒に食事をして、他愛ない話を聴いてもらって、からかわれながらも次から次にやさしさと気遣いを与えられた。それまで誰もくれないものばかり、両手からこぼれそうなほどにもらったのだ。
とっくに、その腕の牢獄で暮らしている。それも、ぬくぬくとぬるま湯にでも浸かるように。全て受け容れられ、赦され、許容されて抱きしめられている。
まるで楽園の中だ。もっともやさしく甘い、唯一無二の牢獄。

ぎ、とベッドが軋んだ。

気配を殺す獣のように、ゆっくりと身体の向きを変え、間を詰めてくる。

「お前の未来が欲しい。お前と居る未来が欲しい。……くれるか」

絡めとるように腕が伸びて茨のように巻きついた。やわらかく締め上げられる。

「なんでもあげる。でも、でも、……これじゃ意味がない」

抱きしめられて安心しながら、息も出来ない苦痛に見舞われるなど。
この血と肉で出来た鎖に繋がれたいと、ずっと願ってきた。

リヴァイ。未来を奪おうとしてるって、思ってる? 
それは、違う。リヴァイは私に、新しい未来をくれたの。

「なにがだ」
「だって、リヴァイにあげたいのに、これでは私が欲しかったものをもらうだけになってしまう。私はいつももらってばかりで、いちばん大切なリヴァイに、なんにもあげられないままで、」

ミカサの目から涙がこぼれ出して止まらなくなった。

「それは俺だ。お前からもらってばっかりなのに、まだ寄越せって言ってんだよ。お前、そんな男で平気なのか」
「リヴァイとずっと一緒に居たい。離れたくない。一緒に居られるならあと何も手に入らなくてもいい」

唇と舌先が眦や頬をすべり、ミカサの涙を拭い去ってゆく。

「これくらいは、受け取れよ。クリスマスだろ」

するすると腕が解かれた。ジーンズのポケットに手を入れ、空いている手でミカサの右手を掴んだ。
薬指に、指輪をはめる。濁りのない澄んだ石の煌きとリングのつややかな光。
ミカサは自分の右手を穴が空きそうなほどに見つめた。

「左手の薬指も当然俺の予約済だ」
「わ、わたしなんかで、いいの、」
「お前以外じゃ意味ねえんだよ」
「だって、なんにも出来ないコドモで、なんにもしてあげられなくて、」

両手で頬を包まれて、持ち上げられた。目の前に大好きな顔があって、――ほんのりとやわらかく微笑んでいた。

「俺が本気で惚れてる女を、そう悪し様に言うんじゃねえよ。いくらお前でも許してやれねえな」
「ふ、ぅ、……え」

抱きしめ直すと、ミカサが声を上げて泣き出した。


間違いかもしれない。それでも欲しい。
母は赦さないかもしれない。

それでも、欲しい。

もう会うことのかなわない姿を思い浮かべてみるが、背を向けたままだった。


「しあわせになって。あなたの思うように進みなさい」


生まれてはじめて、ほしいものが出来た。

生まれてはじめて、そのほしいものを、手に入れた。

初めて、未来というものに目を向けた。思っていたよりも眩しかった。


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ことりをいちわ、てにいれた。

きれいなはね、あまいこえ。

はねがあったら、いつかさってしまう。こえをきかれたら、いつかうばわれるかもしれない。

はねをむしってつばさをおって、のどをつぶしてしまおうか。

――そんなことはできない。

とりかごがほしい。だれからもまもられるがんじょうなおりがほしい。

まずは、このてから、まもってやれる。

「そんなことしなくても、だいじょうぶ」

でも、かあさん、そうしたら、ことりが、

「だいじょうぶ。そのこは、いなくなったりしない」

それは、どうすればいいの。

「あなたはしってるはず」

ことりが、かたにとまってなきだした。てをのばしても、とんでいこうとしない。

りょうてのなかにとじこめた。ことりはあばれるようすもなく、うれしそうにないている。

めをとじて、それをだまってきいていた。てのなかに、きえないぬくみがある。

とても、しあわせだとおもった。


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二十六日の朝、リヴァイはバイクに乗り、去って行った。それまでが嘘のような晴天だった。この急激な変化に、誰もが振り回されるのだ。雪が積もった道を帰るのは大変ではないのかと心配するミカサが取り縋ったが、車よりはどうにかしやすいのだと説き伏せて帰った。運のいいことに、多少は除雪もされていた。

おめでとうを言えた。プレゼントも渡せた。ちょっと私をたしなめて、うんと喜んでみせてくれた。一緒に料理して、食事してくれて。ずっとそばにいて、一緒に眠ってくれて。

ミカサは右手の薬指を見つめる。

こんやくゆびわ。また二人だけの秘密が出来た。たからものが増えた。
結婚しようって言ってもらった。ずっと一緒だって。離れなくていいって。
約束をもらった。
いままでで、いちばん嬉しくてしあわせなクリスマスだった。おまけに、来年からもずっとそんな風に素敵なクリスマスが過ごせるなんて。
こんな風に、一緒には過ごせないかもしれないけど。

「これから、毎年コレをお前にやる」

毎年、クリスマスにひとつ、その年新しくつくられる雪の結晶のオーナメントをくれるって。スワロフスキーのとても綺麗なオーナメント。
いつか、一緒にツリーに飾るの。それが何個目のことになるか、わからないけど。必ずそういう日が来るって、今は信じられる。リヴァイが、約束をくれたから。
神様もサンタも居ないとしても、リヴァイが居てくれる。私の願いをかなえられる、たったひとりのひと。

ミカサは両親と祖母の到着を待ちながら、自分の部屋で指輪とオーナメントをいつまでも飽きることなく眺めていた。まだ隠したくない。

「来年、ツリー買う。お前、一緒に選べ。飾りつけも手伝えよ」

私がどうしたら嬉しくなるか、誰よりも知ってる。

右手の薬指に唇を押し当てた。


リヴァイはアパートに戻ると着替えもせずにすぐにケトルに水を入れコンロに置き火をつけた。留守にしていた分、いつもより冷え込みを感じる。サーモスタットのスイッチをオンにし、少し温度を高めに設定した。
壁を彩る五本平行に貼られた緑のリボンの「ツリー」を見た。ひとつだけ、まだ開封していないものがあった。二十四日にミカサに電話で呼ばれ、支度に追われてそのままにしてしまった。
箱というよりは袋で、ほぼマチはない。赤一色にゴールドのリボンの封印、きん色のペンで手書きされた「25」の文字。

カメラを手に取り撮影してから開封した。
中から小さな封筒が二つと、メッセージ・カード、正方形の封筒が出てきた。
正方形の封筒は感触とサイズで中身がわかった。思った通りCD-ROMだった。ディスクは淡い青に雪の結晶が鏤められた絵で彩られており、おそらくミカサが家のプリンタで印刷したものだろう。一緒に出てきた美しい便箋には、メッセージと曲目、ちょっとした解説が書かれていた。

《冬や雪やクリスマスを連想させたりテーマにしている曲を取り混ぜて色々。オススメは、日本のアーティストの雪をテーマにした曲。同じ雪でも雰囲気が違ってすごく素敵。リヴァイが生まれた季節だから、冬も楽しく過ごせるようになったの。クリスマスも前よりもっと好き》

自分の誕生日も冬なの、忘れてねえだろうな。

小さな手製のカードを手に取った。エンボッサーで柊のデザインが型押しされている。丁寧な手書きの文字が並んでいた。

《今日は特別な日だから言ってあげる。
誰よりも誰よりも好き。大好き。
今までもこれからもずっと好き。》

お前、……直接言えよ。

残る小さな封筒のひとつを開けた。封蝋にベルの刻印のある方を先にした。二つ折りのカードが入っている。ロイヤル・ブルーの地に、シルバーの文字でクリスマスの定番の挨拶が印刷されていた。中を見ると、「どの一日よりもしあわせな日でありますように」とミカサの文字で書いてあった。

そのことばはそれを与えてくれたミカサによって叶えられた。リヴァイはカードを穏やかな表情で見つめた。

もうひとつの封筒を開ける。封蝋には「M」の字の刻印。予想通りバースデイ・カードだった。白一色に、藍色のインクがよく映えた。

リヴァイは思わず目を見開いた。そのそれほど長くはない文言を黙って見つめる。

ケトルがリヴァイを呼んだ。だが、しばらく動かず、そのままカードに書かれた文字を目に焼き付けていた。

テーブルの上の箱には二十四日分の祝福の記録が詰まっている。これから二十五日目がそこに加わるのだ。
「ツリー」の天辺に星を飾るのは、今度ミカサが訪れた時にしようと思った。


morning-cup.jpg


リヴァイはリビングの窓辺にブックレットを置いた。

ミカサを見つめ横顔をカメラに向けるリヴァイと、楽しそうに笑うミカサの写真のページを開いた状態で立てた。
その前に二つ折りのカードも置いた。

《お誕生日おめでとう!
生まれてきてくれて、ありがとう。
リヴァイのしあわせを祈ってる。
永遠よりもながく、ずっと。    
           愛を込めて M》


「うーん…うちは年明け六日くらいまではツリー出してる。お父さんもお母さんも、生粋の、というか、特別ものすごく敬虔なクリスチャンていうのじゃないけど、多分おばあちゃんがそうしてたからだと思う。どこのおうちもそんなカンジ、多分」

ミカサが壁にツリーを模して貼った緑のリボンには、小箱の下がっていた位置に、今は小さな写真が二十五枚吊り下げられている。

窓の外には冬の淡い青空が、リビング・ダイニングには紅茶の香りが広がっていた。


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母さん。
言ったことがなかったと思う。生んでくれて、感謝してる。

ありがとう。

母さんが願った通り、……俺はしあわせだ。
これまでも、これからも。
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Posted by璃果

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2017/12/31 (Sun) 17:39 | EDIT | REPLY |   
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2017/12/29 (Fri) 21:08 | EDIT | REPLY |   
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2017/12/25 (Mon) 18:40 | EDIT | REPLY |   

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